3-6 ソロモンの指輪

「邪の火山に陣取ると、ルシファーは使いを寄越した。互いに利のある取引をしようと……。う……失われたソロモンの指輪が、火山の地下、マグマ溜まりに眠っている。アールヴの秘術で、それを吸い上げろ……と」


 ルシファーの奴。やっぱりここに……。それにソロモンの指輪だと……。それ、ドラゴンロードのエンリルが教えてくれた奴だよな。失われた偉大なアーティファクト。それを魔族が見つけたのか。


 どう転んでも、いい方向には進みそうにない。俺の脇を、冷たい汗がつたった。


「ルシファーは言った。ソロモンの指輪を回収してくれたら、代わりに自分たちの持っているラ……ラジエルの書を渡すと。ラジエルの書に秘められた力はすでに用いた。自分達には用済みだと」

「ご主人様、どちらも、ソロモン王のアーティファクトだよ」


 レナが耳元で囁いた。


 そうだな。俺の所持するソロモンの聖杖せいじょうと合わせて、ソロモン王が古代の神から授かった、三大アーティファクトだ。それを用いて、この大陸を統一したんだったな。エンリルの話だと。


 それにしても、使い古しとまっさらの秘宝交換とか、アールヴ側は大損だろ。魔族は図々しいな。


 そう指摘すると、男は頷いた。


「もちろんだ。それにわしらだって、魔族の悪逆さは知っておる。断ったが、王女を誘拐して人質にしおった。やむなく同意し、作業に取り掛かった。鉱石を魔力で熔かし、直径三センチほどの穴を、地中深くまで穿った……。そ……うして、マグマ溜まりの上に開いた空間まで進むと、始祖の秘法を用いて、ソ……ソロモンの指輪を」


 また目を閉じた。


「しっかりしろ。もっとポーション」

「もうない。……また作らないと」


 悲しげに、吉野さんが眉を寄せた。癒やしの魔法歌を、トリムとケルクスがハモりながら続けている。ここ王宮にはマナが充分満ちているというが、これだけの深手に、どこまで効果があるかはわからない。


「ああ……」


 気を取り戻して、男は微笑んだ。


「久しぶりで耳にする。……その歌声。懐かしいのう……。ハイエルフと……ダークエルフか……。わしはンターリー。王のほ……補佐をしておる。……いや、しておった」


 悲しげに、顔を歪めた。


「詠唱、かたじけない……」

「気にするな。同族じゃないか」

「そうよ。元気出して。頑張って」

「ハイエルフとダークエルフにそう言われるとは……」


 ふっと笑う。


「長生きはしてみるものだ」

「大怪我のところ悪いが、教えてくれ。俺はアールヴの宝玉の欠片を探している。持っているのか」

「ある」


 あっさり認めた。


「あんなものはやる……。冒険者殿、名前はなんと」

「平だ」

「平殿、わしはもう駄目だ。これからそ……祖霊の元に旅立つ。ひ……姫様を救い出してくれ……。魔……族から……」


 げほげほと咳き込んだ。また口から血が流れる。


「しっかりしろ」


 手を上げると、ンターリーと名乗ったアールヴは、右手の方角を指差した。指先が震えている。


「地下にある。神域……の。ま、魔族も知らん。ぎ……玉座の下、床を魔法で壊せ。いいか、エルフの魔法でしか壊せん。そ……そこにか……階段……が。そこにあるものは……すべて……与えよう……」


 苦しげに咳き込むと、大量の血を吐いた。


「ア、アールヴとエルフ諸族、そして平殿との友情に……ひ、光……あ……れ」


 男の指先から光が放たれると、俺達を包んだ。体が燃えるように熱くなったと思った瞬間、光は消えていた。


「しっかりしろ」


 男の手は、地に落ちている。何度呼びかけても、反応はない。首筋に、タマが手を当てた。首を振る。


「この男は死んだ。自らの死が避けられないと悟り、生命を捧げて、あたしたちに祝福の秘法を施術したのだ」

「くそっ」


 エルフの四大部族、そのひとつが今、滅んだというのか……。姫様さえまだ生きていれば、アールヴの命運はかろうじて繋がる。だが、魔族はすでにソロモンの指輪を入手した。もはや王女を生かしておく理由はない。望み薄だろう。


「ルシファー許すまじ……」


 ケルクスは唇を噛んだ。瞳が怒りに燃えている。


「今から行くぞ、婿殿。弔い戦だ」

「落ち着けケルクス。もしかしたら、まだ生き残りがいるかもしれん。まずはその捜索だ」

「……そうだな」


 ケルクスは、ほっと息を吐いた。


「俺達は今、フィールド踏破速度重視の、アウトドア装備だ。戦を仕掛けるなら、ミスリルのチェインメイルを着て、装備も整えないと。相手は魔族を束ねるルシファーだぞ」

「たしかに……。婿殿の言うとおりだな。あたしは先走りすぎていた」

「生存者を探し、その後、ンターリーを弔ってやろう。祖霊の元に送り届けるんだ」

「わかった」


 しゃがみ込むとケルクスは、ンターリーの手を胸の前で重ねた。エルフ模様の布を自分の懐から取り出し、顔に着いた土埃や血を拭う。


「苦しかったろうに……。復讐を願う一心で、魔法で命を繋いだんだな。生き延びたアールヴがいれば、指揮するため」


 ケルクスは立ち上がった。


「生き残りを探そう。ひとり居たんだ。他に居ても不思議ではない」


 だが、タマの嗅覚を頼りに瓦礫の隅々まで探したが、誰も見つからなかった。生存者も、死体すらも。おそらく魔族が死体を根こそぎにしたのだろう。ンターリーは秘術で気配を消し瓦礫に擬態したとか、そのあたりだろう。


 宮殿を臨む広場に、ンターリーを埋めた。頭を宮殿に向けるようにして。埋めて整え、ケルクスとトリムが、エルフに伝わる弔いの聖歌を捧げた。


 その最中、タマの耳がぴくりと動いた。


「待てっ」


 ふたりの詠唱を止めた。空を見上げる。タマの猫耳が、せわしなく動いた。


「なにか来る……」


 三百六十度、全周を見回している。


「空だ。全員隠れろっ」


 タマの叫びに、慌てて瓦礫の陰に隠れた。上空から見えにくい場所に。


「タマ、王宮に跳ぶか」


 キラリンに頼めばすぐだ。


「いや」


 首を振った。


「平ボス。どんな奴が来るか、調べよう。いざとなったら逃げるのはすぐだ」

「だな」


 キングーの隣でしゃがみこんでいるキラリンに、ハンドシグナルで指示する。キラリンが頷いた。万一のスニークミッションに備えて、ハンドシグナルの訓練しておいてよかったわ。


 特になにも起こらない。もう五分は経っている。だが、傍らのタマは、身をかがめながらも、激しく耳を動かしている。なにかある証拠だ。


「見ろ」


 囁くと、タマが瞳で示した。


 邪の火山。どす黒い噴煙の陰から、なにかが飛び出してきた。奇妙な大型モンスター。遠目で正確には判断できないが、少なくとも十メートルはあるだろう。鰻か蚯蚓みみずのような外観で、頭というより胴の端。そこから胴にかけて、目らしきものが多数ついている。


 胴の中程にコウモリに似た羽が生え、闇のように黒い体皮で、遠目にも邪悪な雰囲気を撒き散らしている。


 羽で羽ばたくと、頭の端が大きく割れた。真っ赤な牙が多数覗いているから、やはり口だろう。ひと声、悲鳴のような鋭い啼き声を上げた。


「あのモンスターは……」


 見たことがある。ペレが見せてくれた夢で。かつての聖魔戦争のときに、ドラゴンと戦い暴れまわっていた奴だ。


「ご主人様、多分、シムルグールだよ」


 俺の胸で、レナが囁いた。


「大昔にいたという、不浄の人造モンスター。死体を食べる屍鬼グールの一種。ボクも見たことはないけど、姿形が、伝承のとおりだし」

「人造なのか」

「ドラゴンゾンビに、特殊な魔法を施して作るんだって。まだドラゴンが多かった古代だからこそ存在できたモンスターなんだ」


 まさかのレアモンスター出現に、レナは興奮していた。胸から這い出て、瓦礫の上に立った。


「見つかるぞ」

「ボク小さいから平気。……あれ、魔族の技だよ。もはやこの大陸には、ドラゴンゾンビ自体がいないって話だからね。そもそもドラゴン自体が超レア種になったからさ。そのゾンビが材料とか、普通は無理だよ。当然シグルグールも、とっくに滅びたという話だったのに……」

「来たぞっ」


 身振りで、タマが隠れるように促した。レナを引っ掴むと、俺は胸に押し込んだ。


 気味の悪い叫びを上げながら、シグルグールは、瓦礫の上空を何度も周回した。それから一声、ひときわ高く啼くと、火口へ、噴煙の中へと戻っていった。


「もういいぞ」


 タマの合図で、全員立ち上がった。トリムは体を伸ばしている。長い間身をかがめて息を潜めていたから、凝ったのだろう。


「危ないところだった」


 タマが唸った。


「タマ。あいつら、気づいたら攻撃してきたか」


 あんな奴に上空から火だか毒だか噴かれたり魔法攻撃されたら、ひとたまりもない。キラリンの技で一気に逃げるしかないだろう。


「いや、あいつは斥候だろう。たった一匹だし」


 アールヴの生き残りでもいないかと、調べに来たのかもな。


「いずれにしろ……」


 タマは俺を見た。


「いずれにしろ、ここから離れたほうがいいだろう」

「でも、延寿の欠片が……」


 心配そうに、吉野さんが俺を見た。


「平くんの寿命が……」

「ふみえボス、それは後で取りに戻ろう。もしあの斥候に気づかれていたとしたら、じきに魔族が来る」

「それもそうか。……平くん、どうする」

「戻りましょう、吉野さん。延寿は命あっての物種だ。延寿のために死ぬんじゃ意味ない」

「ここの惨状を見る限り、魔族はかなり強いでしょう」


 キングーが冷静に分析した。


「なんにせよ、一度、いろいろ考えたほうがいいですよ、平さん。ンターリーさんの墓には、墓標の類を作らなかった。もし魔族が来ても、僕達が来たことは気づかれないでしょう。……多分ですが」

「そうだなキングー。……キラリン頼む」

「わかった」


 駆け寄ってくると、キラリンが俺の腕を取った。


「お兄ちゃん、どこに跳ぶ」

「今日はいろいろあって疲れた。体も心も。一度マンションに戻ろう。それから俺と吉野さんだけ王宮に跳び、そこから帰社して、何食わぬ顔で定時退社する」

「わかった」


 キラリンは頷いた。


「今晩、鰻重取ろうよ。なんか食べたくなった」


 それもしかして、あのモンスター見たからか。キラリン、度胸あるな。……てか、恐怖心に食欲が勝つ特異な事例を見た気分だわ。


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