2-3 異世界クルーザー完成

「平ボス、酒をくれ」

「ほら、缶ビールとワインのバスケット。好きなほう飲め」

「助かる」


 ペレの船の甲板。木のデッキチェアから、ビキニ姿のタマが体を起こした。氷を入れたバスケットからスパークリングワインを抜くと、手元のグラスに注ぎ入れる。一度香りをかいでから、口を着けた。


「……うまい」


 タマ、泡、好きなんだよな。沖縄で夏休みした頃から、それは変わっていない。


 そのまままた、ごろりと横になる。凶暴な太陽光とかタマは気にしないので、異世界の強い陽射しが身を焼くに任せている。そもそもケットシーの種族特性からか、タマは全然日焼けしないからな。


「それにしても……なじむもんだなー」


 甲板のあちこちでごろごろしてるパーティーを、俺は見渡した。異世界クルージングの休暇に入って一週間しか経ってない。それなのに黒い石造りで無骨だったペレ船は、魔改造されすっかりリゾートクルーザーの装いだ。


 甲板の至るところにデッキチェアが置かれている。操船室より前は、パラソルなし。後ろのほうはパラソル付き。吉野さんやキングーなんかは、そっちにいる。デッキチェアで体を起こしふたり、日陰でなにか話し込んでいる。キラリンは日陰ですやすや昼寝中。


 前の方は陽光なにするものぞの、タマとケルクスが身体を晒している。トリムはサイドのデッキレールにもたれかかって、目の前に広がる海を見ながら、デッキレールに跨ったレナと会話中だ。


 もちろん、全員水着姿だ。ちゃんとケルクスにも吉野さんが見繕ったからな。ケルクスが水着になると知って、トリムが露出度の高いトライアングルビキニを選んで着たのは笑ったが。俺も水着な。男の水着なんか、自分でもどうでもいいことだが。


「ご主人様」


 飛んできたレナが、俺の肩に留まった。


「船、きれいになったねー」

「そうだな」


 だいたい毎日、午前中は資材や機材を持ち込んで船の工作。ランチから後はこうして、ごろごろ遊んでいる。うとうと昼寝して、体が熱くなったら海でひと泳ぎしてから酒飲むとかな。


 休暇中ということで、飯にしたってマンション近くの高級惣菜店で見繕って持ち込んでいる。だから、そこそこ豪勢だ。


「もう普通に使えるね、この船」

「ああ」


 操船室には、予定通りチェアを固定した。タイダウン固定だから外せるのがポイントだ。甲板――つまりデッキに並べられたデッキチェアは置いただけだが、パラソルはケルクスが甲板に空けた穴に挿し込む固定式。


 船の周囲、つまり舷側げんそくはもともと、数十センチほど石が高くなっていた。その上に転落防止のデッキパイプを取り回し、乗降に備え、左右と後部には、折り畳み式ラダーを増設してある。


 保存の利く水や酒、保存食などは船倉に運び込み、船室には寝具やキャビネットを配置した。正直に言えば、みんなが昼寝している隙に吉野さんを船室に連れ込み、エッチな行為に及んだこともある。姫始めというか。女神に下賜された船で不謹慎かなとも思ったんだが、我慢できなかったわ。もう俺の船なんだからいいよな。


 つまりすでに俺やみんなの別荘みたいなもんだな、これ。


 唯一の欠点は、トイレとシャワーがないこと。いずれ携帯シャワーを取り付けるつもりだが、トイレはなー。一応、船の最後部は海面すれすれくらいに低いロワーデッキ状になっているから、あそこになんとか工作して、海に直接流す形のトイレを作ろうとは思っている。


 キラリンの力で次元か空間を跳べば一瞬だから、今のところ、トイレやシャワーはそっちで使ってる。でもいちいちそれするの、面倒じゃん。


「みんな、操船も覚えたしなー」

「吉野さん、意外に上手だったよね」

「そうそう。これでもう安心だ」


 俺が許せば、誰でも操船できる。そういう話だったからな。実際に全員にやらせてみた。ちっこいレナまでできたのは意外だったが。


「全然揺れないし。いい船だよね」

「まだ沖に出てないしな。沖は揺れるだろ。さすがに」


 実際、岸から一キロ以内とか、そのあたりをうろうろしてるだけだ。ガチの沖に出ると、海棲モンスターが出るというしな。だから漁師町の漁師も、あんまり沖には出ないらしい。


 キングーがいるから、天使亜人の力で俺達の周囲には雑魚モンスターは出ない。だがネームドとか中ボスクラスは襲ってくるはず。そうなりゃやっかいだ。


 なんせ海上戦となれば、俺やタマといった前衛は戦えない。海の上で回し蹴りもないからな。サポートに回るしかない。トリムの弓術やケルクスの魔法攻撃、吉野さん(ミネルヴァの大太刀)の雷撃とかが、攻撃の中核になる。これまでの戦い方と大きく異なるから、事前に訓練しておきたいところだ。


 まあいずれ沖に行くこともあるだろうが、とりあえず今は休暇中。どちらにしろ、意味のない戦闘は避けたい。


「海はいいねー。潮風っていい匂いがするし」

「だなー」


 船を出してわかったんだが、位置によって、風の強い場所と弱い場所がある。陸地から離れると強めで、陸地近くの風下に位置すると弱い。考えたら当たり前なんだが、それをうまく利用してる。今のような真昼は沖合に出て、風に体をなぶらせる。暑いから。で、三時とかになったら陸に寄せ、風の弱いところでおやつにする。ビキニ姿でも寒くない。それに「ドナツー」が風で飛ぶと、トリムが俺のせいにして怒るというのもある。


「婿殿」


 ケルクスに手を引かれた。


「こっちに来い。一緒に飲もう」

「そうだな」


 デッキチェアに、ケルクスと並んで座った。俺の肩には、まだレナが座り、足をぶらぶらさせている。目の前には、横たわるタマ。その先に、銀色に輝くデッキレールと海が見えている。


 タマはスタイルいいし、なかなかの眺めだ。「眼福」っての、まさにこれだろ。裸はもう見慣れているが、ビキニ姿ってのは新鮮でいいわ。目を閉じて陽光を味わうタマの胸は、呼吸と共に上下している。あれなんというか、揉みたくなるな。


「飲め」


 泡の瓶を鷲掴みにしたケルクスが、豪快にグラスに注いでくれた。それから自分のグラスにも。


「乾杯だ」

「おう」


 ケルクスは一気に飲み干した。それからまたなみなみと溢れるほど注いで、半分ほど飲む。細かな泡が弾け、俺とケルクスの周囲に果実味に満ちた香りが広がった。


「ふう……」


 グラスを目の高さまで上げて、酒を通して海を見ている。


「この酒はうまいな。格別だ」

「吉野さん見立てだからな」


 別に聞いてもいないが、多分そんなに高い酒じゃない。船倉に長期保管することも考えて選んだとか言ってたから。ラベルで見るとスペインのカヴァだ。多分コスパのいい、安い線とかを選んでるんじゃないかな。


「里にも置きたいぞ、こいつ。ブラスファロン様も喜んでくれるに違いない」


 ちゃんと国王のことを思いやるとか、ケルクス、いい奴だな。


「そうか……。なら今度、里にたくさん持ち込むか。献上品ってことで」

「さすがは婿殿。平はいい男だ」


 俺の腕を、ケルクスは胸に抱いた。浅黒い肌に、白いビキニが超絶似合っている。タマに似た芯を感じる筋肉質の胸には、汗が浮いている。陽射しが強いからな。


 この汗、舐めたらやっぱり甘くて催淫効果があるのだろうか。……それとも性的に興奮したときの汗じゃないと、あの効果はないのかな。


 せっかくの機会だし、試してみるか……。


「ケルクス、こっち寄れ」


 腕に力を入れ、思いっきり抱き寄せる。


「あっ……む、婿殿」


 ケルクスがわなないた。

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