1-8 ベッドタイムトーク

「ふふっ……」


 裸の寝台。俺の腕に抱かれて、タマゴ亭さんはくすくす笑った。なにがおかしいのかわからん。初めての愛を交わしふたり、まったりキスしながら余韻に浸っているところなのに。


「なにがおかしいんだよ」

「だあってえ……」

「俺、ヘンなことしたか?」


 普通にしただけだ。処女相手だったのでとにかく優しく。激しい愛撫などはしていないし、させてもいない。


「胸、舐めすぎたか」

「やあだ」くすくす

「エッチな平さん」

「だってさ……」


 わけわからん。楽しそうに、タマゴ亭さんは俺の目をじっと見ている。


「平さんと初めて会ったときを思い出してた。仕出しの配達で」

「そんときの俺、どの部署だったっけな」


 なんせあらゆる部署をたらい回しになってた嫌われ者社員だったんで、年次の割に経歴部署が大量だからな、俺。


「社史編纂室」

「ああ、あそこか」


 くらーい、窓もない部屋を思い出した。元々は物置だったところだ。


「社員さん三人だったよね。ふたりは定年後再雇用のおじいさん。でもひとりだけ、二十代のばりばり社員さんで驚いた。いじめられてここに流れ着いたのかなって思った」

「俺か……」

「あそこ、お情け部署みたいなもんでしょ。もう現場に口突っ込むな、ここで資料相手に格闘してろって。そういう意味の」

「まあなー。いついつまでに社史をまとめろ……とかいうミッションもなかったし」

「普通、そんな部署に異動になったら、不貞腐れて荒れるじゃん。でも……その人は違ってた。あたしのお弁当を受け取ると蓋を開けて、鶏唐揚げと竜田揚げの違いについて、嬉しそうに話し始めた」

「あー……それ聞くと、なんとなく思い出したわ」


 記憶の片隅にある。


「唐揚げは下味なしの小麦粉揚げ、竜田揚げは下味つけての片栗粉揚げ。最近の唐揚げは下味つけたり味付き唐揚げ粉を使ってたりで堕落してる……って平さん、怒ってた」

「そうだったかな」

「ウチの唐揚げを箸に刺して振り回してた。これはガチの唐揚げだ、おたくは最高の仕出し屋だ……って、ほめてくれた」

「なんか偉そうですまん。……プロ相手にイキってて」

「あたしなんだか楽しくなっちゃった。ほら、三木本商事さんって商社だから、営業部署とかは殺気立ってて怖いのよねー」

「特にウチは、祖業が鉱物商社だからな。創業者は田舎の鉱山やま回って、ヤクザに片腕落とされそうになりながら悪党の利権を潰していったっていうし。荒っぽいのは社風だよ」

「でも平さんは他の人と全然違ってた。だからいろんな部署に出入りするときに、それとなく教えてもらったの、平さんについて」

「そうか……」


 頭が痛くなった。


「どうせ……ろくな噂がなかったろ」

「うん」くすくす

「だろーな」

「でも人柄に惹かれた。ほらあたし、前世でお姫様らしくできないで、壁壊して脱走したドハズレ王女だったし」

「あー……そう言えば……」

「類は友を呼ぶ。それ以来、気がつくと平さんのことを考えていた。仕出しで会えると嬉しかった。異世界子会社に出向になったときは、心配だった。あたし……なんせあの世界のこと、よく知ってたし」

「なるほど」

「吉野さんは、できる人として社内で有名だった。ただ……おっとりしてるから色々踏み台にされたりして苦労してたよね」

「商社だからな」

「ふたりで異世界なら、意外に向いてるかもって思ったんだよ」

「安心したのか」

「うん。でも……」


 体を起こした。きれいな胸が、ランプの光に影を曳いていた。


「まさかこうなるとは思っていなかった。……あの頃は」

「ごめん……」

「なんであやまってるの」

「いや……なんとなく」

「平さんは器が大きいよ。心配しないで」

「そうかな」

「そうだよ。だって……こうしてあたしの課題も受け入れてくれたじゃん」

「ただエロおやじなだけだよ、俺」

「そうよね……」くすくす

「サキュバスのレナちゃんとすることで魔力を注入され、絶倫になってるんでしょ」

「まあ……な。てか、それどこで聞いた」

「レナちゃんが教えてくれたよ。自慢なんだって。自分の力でご主人様を強い雄にできて、サキュバス冥利に尽きるって」

「なに自慢してんだよ」

「だから本当は、今日はどきどきしてた。きっと平さん、朝まで……あたしのことをいいように責め立てるんだと」

「……」

「でも……平さん、優しかった。ふふ……」


 俺の胸に、ちゅっとキスをしてきた。


「あたしのこと、大事にしてくれるんだね」

「そりゃ……嫁にしたんだ。当然だろ」

「あたしは……平さんに愛される。……死ぬまで。吉野さんやタマちゃんと一緒に……」

「ああ。誓うよ」

「それでこそ平さん。男の中の男よ」


 上に乗ってきた。


「キスして……」

「……」


 初めての経験というのに、タマゴ亭さん、積極的だ。きっと俺と相性がいいんだな、心の。これは……言うとおりにすぐ、俺のことを大好きになってくれるかも。


「平さん……」


 胸に頬を寄せる。


「ぎゅうっとして。もう私が一生……平さんから離れられなくなるように」

「よし」

「……あっ」


 強く抱くと、思わず……といった様子で声が漏れた。


「やだ……あたし、どんどん好きになる。平さんのことを……」


 瞳に涙が浮かんだ。


「異世界の王女であり、下町の雑な娘であるあたしが」

「不思議な縁だな」

「きっとあたし、ふたつの魂がある。転生前後の。そのどちらも、平さんが大好き。だから……人の倍、好きなの」


 キスをせがんでくる姫様……タマゴ亭さんを、寝台に組み伏せた。


「俺は絶倫親父だ」


 わざと乱暴な言葉を使った。


「覚悟はいいな、シュヴァラ王女、それにタマゴ亭さん」

「うん……」


 涙がひと筋流れた。


「平さんを忘れられないようにして。あたしを平さんだけのものにして。一生。平さんだけのものだと、体に刻印を打って。心にも。……魂にも」

「よし」


 俺は、荒々しく脚を開かせた。

 

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