1-9 静かな夜

 それからしばらくは、とてつもなく忙しかった。


 まず、国王とタマゴ亭さん、それに俺の関係者だけの秘密の会食があった。言ってみれば結婚式の代わりだよ。まあ……他の嫁が何人も同席してる謎結婚式というかさ。


 それから、予定通りタマゴ亭さんの実家に挨拶に行った。「娘さんを俺に下さい」って、例の奴。話はすでにタマゴ亭さんから行ってたから、まあ形式的な奴だよ。俺が頭を下げてる間、背筋をぴんと伸ばしたタマゴ亭さんは、にこにこしてた。ご両親もそんな感じ。


 もちろん「幸せにしてやってくれ」ってことで、そこから次々料理が出てくる晩餐会よ。なんたって仕出し弁当屋だからな。和食から中華、洋食まで、気取りはないが死ぬほどうまい料理がどかどか出てきた。吉野さんやみんなにも食わせたかったけど当然、俺とタマゴ亭さんのふたりだけだからな、ご両親の相手。


 それで終わったわけじゃない。事実婚であることはなんだかんだ理屈をつけたが、下町に根付いた家系だけに、近所の親戚だの何代も前から付き合いのあるご近所さんだのに何度も会わせられた。歌舞伎の顔見世興行かよってくらい。


 タマゴ亭さんは身ひとつでマンションに来てくれたよ。てか偽装のため同じマンションに、俺が新たに部屋を借りた。いかにも商社マンの新婚さんって感じの家具だの設えだの揃えてさ。でもそっちは使ってないんだ。基本、全員俺の部屋で暮らしてるからさ。


 つまりこれでこのマンションに俺は、三つの部屋を確保していることになる。


 俺の部屋は生活の場。吉野さんの部屋は武器防具だの異世界絡みのヤバい物のストレージ。タマゴ亭さんの部屋はまだきれいなモデルルームといったところだが、タマゴ亭一家の接待が落ち着いたらやはり物置とか予備寝室扱いにする予定だ。


 あーちなみに嫁が増えたから、俺の部屋のふたつの寝室も、使い方が逆転した。大きな寝室は、俺が嫁といちゃついて寝る。小さな寝室は、参加しない嫁とか、まだ嫁になっていない同居人が眠る。


 最初は恥ずかしがってたけどタマゴ亭さん、複数での行為にすぐに慣れたよ。おっとりしておしとやかな吉野さんがベッドでは乱れて、みんなの前でもかわいくよがる姿を見たりしているうちに、気にならなくなったんだってさ。


「それで……平くん、これからどうするの」


 全員裸の寝台で、吉野さんは俺を抱いてくれている。ひととおり全員と交わった後だ。俺の嫁は皆、俺にくっつくか、互いに抱き合ってうっとりしている。


「そうですね。トリムも取り戻せたし、なんだか……気が抜けました」


 腹に乗っているトリムの頭を、撫でてやった。俺の大事なハイエルフは、夢の中だ。


「そうよね。新大陸に向かったの、トリムちゃん奪還のためだったし」

「だからしばらくはのんびりしたい気分というか」

「タマゴ亭さん絡みも忙しかったしね」くすくす

「ええ、本当に」

「あら……」


 女の子座りでベッドに起き直ると、タマゴ亭さんが首を傾げた。


「あたしと結婚したの、嫌だった?」

「そんなことないの、知ってるだろ」


 手を伸ばすと、胸をからかってやる。


「目が回っただけだよ」

「ウチ、下町だからねー」


 ふふふっと微笑む。


「いやマジだよ。大昔の松竹の喜劇映画みてるみたいだった」

「ごめんねー。……その分、あたし、平さんを楽しませてあげる」


 かがみ込むと、キスしてくる。


「ゆっくりしようよ。……別に業務でムキになる必要ないんでしょ」

「まあね……ただ」

「ただ?」

「邪神って奴がなあ……」


 あいつの存在が、喉に刺さった小骨のように気にかかる。聖魔大戦を仕掛けてきた野郎だ。復活の力が貯まれば、いずれまた異世界で大暴れするに決まってる。


「それにあれ、エンリルさんの母親の仇だものね」

「そういうことです、吉野さん」

「嫁の仇は、自分の仇……か」


 タマゴ亭さんが、俺の頭を撫でてくれた。


「さすがは平さんね。……あたし、どんどん好きになる」

「とりあえず、探りは入れようかと」

「キラリンちゃんに、マーカーを撃ち込ませたものね。邪神の影の撤退のときに」

「そういうことです、吉野さん」

「わかったよ、平さん」


 俺の胸に、タマゴ亭さんが口を寄せてきた。ちゅっと、音を立ててキスしてくる。


「じゃあ、それは明日からね。だから今晩は……」


 ちゅっ……。


「あたしをかわいがって。……もう一度。みんなと一緒に。そうしたら……平さんも心が安らぐでしょ」

「いいんですか、タマゴ亭さん。俺……止まらないですよ、そうなったら」

「わかってる。もう何日か、一緒に夜を過ごしたから」

「なら覚悟してもらおうかな、ふたりとも」

「ええ」

「うん」


 俺が身を起こすと、吉野さんとタマゴ亭さんは、仲良く並んだ。ふたり手を繋ぎ合って。


「よろしくお願いします。あたしの……旦那様」

「私もよ、平くん。平くんは……私のご主人様なんだからね。ベッドでは、私になにをしてもいいのよ……」

「よし」


 ふたりの頬を、俺は撫でてあげた。うっとり瞳を閉じて、ふたりとも、幸せそうだったよ。


 みんなを嫁にして良かったわ。


 そうして幸せな一夜を過ごしたんだけど、翌朝俺を待っていたのは、邪神がどうとかじゃない。社内の揉め事だった。

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