3-3 対アンデッド戦

「吉野さん、ポーションをタマ」

「わかった」


 ポーションの中身を、吉野さんが後ろからタマに振りかけた。腹の傷が癒えて、タマが唸る。窪地に入った俺達は、アンデッド相手に数戦こなしながら北に進んだが、あと少しで窪地を抜けるというあたりで、スケルトンの集団に襲われてしまったのだ。


「ご主人様。左からスケルトン二体」


 俺の胸で、レナが叫ぶ。


「くそっ!」


 棒をふるって、先頭のドクロ野郎の頭を叩き落とし、後ろの奴の胸を貫いた――が、相手はガイコツ。虚しくあばら骨の間を突き抜けただけだった。しかも骨に挟まって抜けない。近づいてきた臭い野郎に肩を噛まれた。酸でも撒かれたかのように、焼けるような痛みが走る。



 カーン



 タマの回し蹴りが後ろから野郎に命中。頭蓋骨をふっ飛ばした。アンデッドは毒を持つので、組み付いて戦う格闘担当のタマの被害がどうしても多くなる。棒術の俺は多少距離を取れるのでそうでもないが、隙間スカスカのガイコツ相手だと、こんなこともある。


 この一戦だけで、すでに多くのポーションを消費していた。タマの助言に従っていなかったら、ここで全滅していたかもしれない。


「平くん、ポーションを」


 吉野さんの声が聞こえ、背中に温かな液体を感じた。肩の傷が癒えて痛みが消える。



「ご主人様、右からリッチ」

「リッチ――。自ら不死化した死霊術師ネクロマンサー、強敵だぞ」


 スケルトン数体を同時に相手しながら、タマが叫んだ。


「くそっ。手強い」


 俺の背後から、吉野さんがリッチにポーションを振りかけた。じゅっという嫌な音と共に、リッチが苦悶の叫びを上げた。アンデッドには回復薬でダメージを与えられる。


 ミイラのような皺だらけの顔の中央、ぽっかりと空いたふたつの穴は、萎縮した眼球だろう。それで俺達を睨むと、なにか唸るような声を漏らした。途端に、俺とリッチの周囲に半透明の壁が立ち上がった。


「隔絶術っ」


 スケルトンの相手をしつつタマが叫ぶ。


「あたしらはそっちに行けない。なんとかするんだ、平ボス」


 どうやら俺がリーダーと判断し、個別撃破に来たようだ。


「平くんっ」

「大丈夫です」


 強がってみたが、状況は厳しい。すでに奴はまた詠唱に入っている。このままでは死霊化されてこいつの手下にされるか、よくてゾンビ化ってところだろう。


 魔法を使う分、奴のほうが間合いで有利だ。だが幸い、今、俺達は隔壁で囲まれていて逃げようがない。総合格闘技の金網みたいなもんだ。ならこっちから突っ込んで、近接戦に持ち込めばいい。


「死ねっこの死体野郎っ」


 意味不明の言葉と共に走り込んだ俺は、奴の頭を棒で横殴りにした。アンデッドは腐っているので肉体は弱いはず。タマが回し蹴りでスケルトンの頭を飛ばしたように、俺だってできるはずさ。


 だが、予想外に敏捷な動きで、敵は俺の攻撃をかわした。死体だし魔法使いだからのろのろとしか動けまいと思っていたのだが。


 その勢いのまま、野郎は俺に抱きついてきた。すごい力だ。ぎりぎりを胴を締め上げて、俺を絡め取ってくる。腐敗臭だけで気絶しそうだ。


「平くんっ」


 吉野さんの悲鳴も、今はなんだか遠くから聞こえる。意識が飛びかけた俺の首を狙い、奴が噛み付いてきた。


 そのとき――。


「えーいっ!」


 俺の胸から気合いの雄叫びが響いた。


「レナっ」


 瞬間、頭をのけぞらしてなにか叫ぶと、リッチが飛びのいた。よろよろと後退したが、それでも数歩でかろうじて態勢を立て直し、また詠唱に入った。


 だが、それも途中で途切れると、膝をついた。そのまま、関節が外れたかのごとくバラバラに崩れ、虹となって四散した。


「レナ」

「えへへへ。ボク、頑張ったでしょ」


 ひょいっと、シャツの間から、レナが顔を出した。銀色に輝く、レイピアのような細身の剣を握っている。


「なんだそれ」

「ご主人様にもらった木製の剣を、毎日鍛えて魔金属化させたんだ」

「そんなのやってないぞ」

「くれたじゃん。初日にいっしょにご飯食べたとき」


 俺は思い返した。レナと最初に飯を食ったのは、ここ異世界での弁当だな。たしかあれは鶏の唐揚げ南蛮弁当だった。どうでもいいが。


「もしかしてこれ、爪楊枝か」

「そうそれ」

「楊枝が武器になるなんてな」

「一撃で相手の命を奪う、必殺剣だよ。アンデッドだってイチコロ」


 ゲームに出てくる「毒針」みたいなもんか。


「だからお前、リッチ戦になってから黙って隠れてたんだな」

「うん。あいつは頭がいい。油断させないと、急所を狙うなんて無理だから」

「助かったよ。さすがはレナだ。サキュバスとしてはレベルゼロだが」

「ご主人様の意地悪」


 怒って腕を組んだ。


「平くんっ!」

「うわっと!」


 隔壁が消え、ラグビー日本代表並の勢いで、吉野さんが抱きついてきた。外のスケルトンはタマとふたりで全部倒し、元の妄想へと返したんだろう。


「平……くん。心配したんだからね。うーんと心配したんだから」


 涙こそないものの、泣き声だ。


「すみません、課長」

「ふみえって呼んで」


 いやそれはさすがに……。


「よ、吉野さん」

「ふみえ」

「ふ、ふみ……吉野さん」

「それより、これからどうするんだ。油断してるとまたスケルトンが出るぞ」


 いつも冷静なタマの声に救われた。


「そうだな、タマ」


 俺は見回した。


「なるだけ動かないようにしよう。たとえ戦闘直後の数歩でも、偶然モンスターがポップアップすることがあるからな」

「何体出たんだろ、スケルトン」

「二十や三十は倒したな」

「もう少しでポーション切れるところだったわよ。ほら」


 吉野さんが立っていたところを中心に、空容器があちこちに転がっている。


「なるだけ動かないで、ここで休憩。装備を整える。容器を回収して、薬草をポケットに詰め直して落ち着いたら、一気に窪地を抜けよう。もうあと数十歩だ」

「サボり放題の理想の地は、すぐそこだね」


 レナの奴、余計なことを言う。さっきほめたの取り消すぞ、お前。

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