8-12 決着
「うひーっ!」
もの凄い加速だ。ジェットコースターどこの話じゃない。背骨が抜けるかと思った。
みるみる地上が近づいてきた。このままでは混沌神に激突する、その寸前、一気に反転すると体を震わせ、エンリルは俺を背から放り出した。素早く回転して爪で掴み、絶妙の力加減で、柔らかに俺を投げる。赤ちゃんが羽毛布団に身を伏せたくらいの柔らかさで、俺は混沌神の背中に着地した。
「熱っ!」
石焼きステーキかよってくらい、混沌神の背中は加熱している。そりゃそうだ。前と上、二方向からドラゴンの噴炎に焼かれたんだからな。
焦げて縮こまった触手は、動きもしない。多分機能停止してるんだろう。
「ご主人様早くっ」
レナが叫んだ。
「一撃を加えたらすぐジャンプして。エンリルが助けてくれるはず。でないとご主人様、ここで石焼き芋になっちゃう」
「わかってるって」
任せろレナ。的はもう見えてるからな。
バスカヴィル家の魔剣を逆手に握り直す。
「消えろや、このどクズ野郎っ!」
魔剣を体幹に固定し、体ごと
ぐっと食い込む感触がして、魔剣は柄に届く寸前まで深く、野郎の肌に突き刺さった。
「うおっ!?」
急に、全身から力が抜けた。てか剣を通じて混沌神に吸い取られた。こらえにこらえて溜めた全身の力がすべて、この剣を通して注ぎ込まれたよう。言い方は変だけど、射精の瞬間みたいだ。我慢し我慢しこらえた最後のときに、全力で射ち出す感覚だったから。
「ヤバっ」
あまりの衝撃に、反射的に剣を放そうとしたが、無理。高圧電流に触れると体が吸い付いて放せないとか聞くが、多分こんな感じだろ。握った手を通してなにかが俺の体から混沌神へと抜けていく。
と、混沌神の頂点が、くるりと回り、俺のほうに正面を向けてきた。中心に輝きが生じ、どんどん強くなってくる。
「ご主人様、ビームが来るっ!」
「わかってる」
焦ったが、どうしようもない。手は剣と一体化したかのように、まったく動かせない。
「ご主人様。早く抜いてっ」
「くそっ」
思いっ切り、体ごと後ろに反り返ってみたが、剣を抜くどころか、放すこともできない。
混沌神の頂点の中心に奇妙な口が開いた。内部は強く輝いている。あと数秒で発射してくるだろう。
「抜けねえっ」
「じゃあ剣を捨てて。逃げないと死ぬよっ」
「ダメだ。放せもしない」
「えーいっ!」
振りかざした例の「楊枝剣」で、レナが俺の親指を刺した。
「痛っ」
瞬間、感覚が戻り、俺は魔剣を抜くことができた。
「跳んで。早く」
「くそっ」
痛む左脚を無視して、なんとか跳んだのと、混沌神からビームが発射されるのが同時だった。
間一髪。飛び込んできたエンリルが俺を咥え、もの凄い速度で上空に突き進んだ。はるか眼下に、混沌神が見える。ビームは直線状にまっすぐ進み、その先の山肌に大きな穴を開けている。
じゅっという音が響き、岩の熔け焦げるいがらっぽい臭いが、煙と共に漂ってきた。
「エンリル、もっと速く飛んで。きっとご主人様をまた攻撃してくるよっ」
「安心するがよい。使い魔レナよ」
エンリルが口を開いた。
「あれはおそらく、最後の力を振り絞っての攻撃であろう」
「でも――」
「余の見るところ、奴にもう動きはない」
たしかに、特に変化はないようだった。頂点も回転を止めたまま、ただじっとしている。とはいえ、動いてないだけだ。これまでも得体の知れない奴だっただけに、ただ単に攻撃の手段でも考えているだけのようにも思える。
「エンリル、本当にそうなのか」
「おや、平も心配なのか」
くっくっと、エンリルは含み笑いを漏らした。
「お前、今自分の力がその剣を通して奴に注ぎ込まれたのを感じたんじゃないのか」
「まあ……それはそうだけど」
「見てみよ、ほれ」
「あっ」
叫んだレナが、下を指差した。
「動いてる」
混沌神の体が大きく震え始めた。心臓が脈動するかのように膨らんだり縮んだりしている。
と、奴の体の中になにか輝きが生まれた。稲光が走るような、放電のような。
「みんな逃げろっ」
ミフネの声が聞こえた。どんどん小さくなる地上に、味方が四方八方に散るのが見えた。
と――。
激しい輝きが、混沌神から生まれた。真夏の太陽かってくらいに眩しくて、目を開けていられない。同時になにかを高温の油で揚げたかのような、じゅっという気味悪い轟音が響く。
「目をつぶれ、平」
エンリルに言われるまでもない。強くつぶったが、まぶたを通しても眩しい。失明するんじゃないかと思うくらい。
続いて激しい衝撃波が届いた。爆風でさすがのドラゴンロードもバランスを崩しそうになる。咥えられた俺はブランコのように揺れて、そして……。
そして気がつくと、世界は静寂で包まれていた。目を開けると、混沌神の姿は消えている。野郎がいたところには、巨大なクレーターが大地を裂いている。上空に爆発雲が生まれ、みるみる大きくなっていく。
みんなは……無事だ。離れた岩陰から、三々五々、顔を出している。グリーンドラゴンのイシュタルに跨った吉野さんは、俺のほうを見上げている。
「倒したのか? ワープして逃げたとかじゃなくて」
「ああ。自信を持て、平よ。お前が倒したのだ」
「そうか……」
どうやら、混沌神って奴を倒せたらしい。ラスボス級モンスターであるドラゴンロードが断言するからには、なにか根拠となるものを感じているんだろう。
少しだけ安心した。
「……それにしても」
ドラゴンが二体も加勢してくれて助かった。でなければ、俺達全員殺されてたろう。この世界も現実世界も、遅かれ早かれ野郎どもに蹂躙され、とんでもない事態になった可能性は高い。
「ありがとうな、エンリル」
「なに、お前の力だ。それとバスカヴィル家の魔剣をフルに使うという、とてつもない決意。……お前の気高い献身とな。見事な戦いぶりであった」
シャイア・バスカヴィルは、大軍勢と魔剣の力を用いても、混沌神を封じ込めるので精一杯だった。俺がそれを超え倒せたのは、やっぱドラゴンが装甲を焼き破っててくれたからなのかな。それか最初に三体倒したから、合体したとき、その分のパワーに欠けてたとかかも。まあ実際のところは、俺にはわからないが。
いずれにしろ、ラスボス級のドラゴン二体と魔剣の力、フルに使ってようやく一体倒せるだけってのは……。とんでもなく桁外れの野郎だったな。あの混沌神とかいうヤバい奴。
魔剣と言えば、そうだ俺……。
あわてて顔や手足を触ってみる。特におかしな感じはない。ただ左脚が痛むのと、多分やけどしてひりひりするくらい。
「レナ、大丈夫か」
「うん」
レナが俺の服から顔を出した。
「ご主人様はどう」
「どう見える?」
わざと聞いてみた。
「うん。平気そう」
ほっとしたように笑っている。どうやら見た目が七十五歳になることはないみたいだな。中身だけ浦島太郎状態か……。
俺の心に声が響いた。魔剣の声が。己の命を使ってまで、よくぞやり遂げたと。
無我夢中で握り締めたままだった魔剣を見ると、刀身の輝きが次第に収まってくるところだった。強く握っていたからか、それとも生命力を注ぎ込んだ影響なのか、手や腕が痺れるように痛んでいることに、急に気づいた。
ねぎらいの言葉に続けて、魔剣の精が教えてくれた。あのグリーンドラゴンの洞窟で、俺の前にバスカヴィル家の魔剣が虚空から現出した理由を。
それは、あまりにも意外なことだった。
●次話から第二部エピローグ突入。お楽しみにーっ!
エピローグとしては豪華な全7話構成にて、物語収束&伏線怒涛回収しまくります。
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