第二部エピローグ

ep-1 おてんば王女の帰還

「では、それからドラゴン二体に分乗し謎の地より飛び立ち、王宮の中庭まで送ってもらったということじゃな」


 ニルヴァーナ王宮最深部、王居室玉座から、マハーラー王は身を乗り出した。王の隣に立つ近衛隊長フラヴィオさんは、瞳を伏せたまま、ちらちらタマゴ亭さんに視線を飛ばしている。


「まさしく」


 王の前にひざまずいたまま、ミフネが頷いた。


「なにせ蛮族すら禁忌するらしき地。どこがどこやらわかりませぬし、はるか辺境にて、徒歩での帰路など不可能な事。我らの苦境をおもんばかって、ドラゴンが手を貸してくれた次第で。歩けないほどの怪我人もおりますれば」

「そう堅苦しく儀礼を守るな。厳しい任務で疲れておろう。立ち上がって寛げ、ミフネよ」

「身に余るお言葉」


 一時間近くひざまずいたまま俺達探索隊の足跡そくせきを説明していたミフネは、頭を上げると立ち上がった。さすがにくたびれてたみたいだなw


「それにしても、我ら王家と契約しておるグリーンドラゴンだけならともかく、はるかいにしえの伝説にしか登場せんドラゴンロードまでとは……」


 王はほっと息を吐いた。


「レア種が複数同時出現するなど前代未聞。大騒ぎになったのも、むべなるかな」

「ええ。まさしく一生に一度――いや子々孫々末代までの語り草でありましょう」


 アーサーの目はまだ潤んでいる。なんせドラゴンに乗れるとわかった瞬間、漏らしそうなほど感極まってたしなw


 轟音・大振動と共にドラゴンが中庭に着地すると、居合わせた兵士やら侍従やらが「この世の終わり」もかくあらんほどに右往左往してた。誰もが知るミフネはじめ近衛兵やスカウト達が降り立っても、なかなか騒ぎが収まらなかったくらいで。


 俺に耳打ちしたドラゴンどもが空の彼方に消えた後で、ようやくミフネの姿を認識して歓声を上げてたわ。


「なんにせよ、この度の王女探索、平や吉野はじめ異世界の勇者殿と使い魔様がおりませんでしたら、成就はかなわなかったものと信じます」

「うむ」


 王は大仰に頷いた。


「人に媚びず真実を見抜く目を持つミフネが言うのであれば、真であろう。平殿にはこの王、生涯尽くしても尽くし切れない恩を受けたようじゃ。……で」


 マハーラー王は、俺の隣にあっけらかんと立つタマゴ亭さんに、ようやく視線を移した。これまで我慢してきたのは、さすが王。ずっと探してた愛しの娘なんだから、俺だったら部下のねぎらいなんて後回しにして飛びつくがな。


「その方が、我が娘シュヴァラの生まれ変わりだと申すか」

「はい。お父様。お父様は一年ぶりでも、私にとっては十八年ぶり。ご尊顔を拝謁し、心の底からお懐かしゅう感じます」


 普段のガサツな雰囲気から信じられないほど優雅に、タマゴ亭さんが微笑んだ。それにしても家族でも、ここまで王にへりくだるもんなんだな。


「……そう言われても、見た目も歳も声も違うし、どう答えたものやら。……なかなか難しいのう」


 困ったような笑みを浮かべている。


「恐れながらマハーラー王」


 アーサーが口を挟んだ。


「こちらのお方は、まず間違いなくシュヴァラ様かと。――少なくとも中身はですが」

「どうしてそう思う。アーサーよ」

「まず、私やミフネの、他人はなかなか知らない秘密を知っておりますし。混沌神討滅後にもいろいろ話しましたが、王家の内部事情も恐ろしいほどお詳しくて。それに……」


 どう言うべきか迷っているのか、曖昧な笑顔になった。


「それに――失礼ながら王、ひときわ乱暴も……ご活発であられたシュヴァラ様が王宮のあちこちに顔を出し、退屈しの……いえ民草の暮らしぶりを知るため、様々な噂話を収集されていたのはご存知のはず」

「ほう」


 王は噴き出した。


「なんとかいいように言い繕ったのう、アーサーよ」


 まあギリ悪口に聞こえたがな、俺にはw


「それに王」


 ミフネが付け加えた。


「平が向こうの世界に転生後のシュヴァラ様の動向を調べております。平は信用できる男。私はシュヴァラ様の転生を信じます」

「なるほど」


 王に見つめられた。


「どうかのう。フラヴィオ」


 傍らに立つ年配の近衛隊長に、王は話を振った。


「王。ミフネは近衛兵で最高に信頼できる男です。たしかに話は胡散臭げですが、ミフネの判断なら、このフラヴィオも信じます」

「そうであろうのう」


 会う度にいつも王に振り回されるばかりのフラヴィオさんだったけど、今回はさすがに認めてくれるみたいだな。


「王」


 怪我の応急処置を受けていた近衛兵のひとりが、椅子に座ったまま口を開いた。あーちなみに俺の怪我は、吉野さんのヒーリングポーションとタマの脚舐めで、もう平気さ。骨の(多分)ひびはもうくっついてると思う。ちょっとうずくくらいだからさ。


「実際、転生の経緯で聞いたとおりに、混沌神とかいう悪鬼どもが旧都王宮地下から出てきましたし」

「うむ」

「混沌神については、王もなにかご存知であられるのでは」

「本当なら口にしてはならないことだが……」


 顔を歪めた。


「だがまあ、お前達はすでに事実を知った。仕方ない。……ここだけの話にしてもらうが、旧都地下の秘密の封印については、王家三大機密のひとつとして、代々申し送られてきた。玉座を譲るときに、伝統に従い、わしもシュヴァラに開示するつもりであったが……」


 タマゴ亭さんの瞳を、王はまっすぐ見つめた。


「お前は本当にシュヴァラなのか」

「はい。お父様」


 物怖じせず、タマゴ亭さんはぐいぐいと玉座に近づく。剣の柄に反射的に手を掛けた周囲の近衛兵を、フラヴィオさんが手で制した。


「お父様……」


 口を寄せると、タマゴ亭さんはなにかを王に耳打ちした。王の顔が、みるみる赤くなる。


「うむ……。どうやらお前はシュヴァラで間違いないようじゃ」

「えへっ。わかってくれた?」


 なに話したんだタマゴ亭さんw どうせロクでもない秘密なんだろうが、めちゃくちゃ気になるw 急に砕けた口調になってるし。やっぱさっきのは挨拶のときだけの外面で、普段はこんな感じなんだろうな。親である王に対しても。


「ああシュヴァラよ。この父によく顔を見せておくれ」


 タマゴ亭さんの手を取ると、王は瞳を覗き込んだ。そのまま動かない。王もタマゴ亭さんも。


 かなり時間が経ったような気がするが、ふと、王の瞳から涙がつたった。


「おう……おう。姿かたちは変われども、同じ瞳。それに細かな仕草……まさにわしのシュヴァラじゃ」


 涙を拭った。


「ああシュヴァラ」

「お父様、不出来な娘の過ちをお許し下さい」

「許すも許さんもない。戻ってくれただけで、この王は幸せじゃ」

「お父様……」


 タマゴ亭さんの声も震えている。後ろ姿だからよくわからんが、多分涙ぐんでるんだろう。


「平と異世界の勇者殿よ。それにレナ、タマ、トリムの有能な使い魔。もちろんミフネやアーサーをはじめとする探索隊の面々よ」


 タマゴ亭さん――シュヴァラ王女の手を握り瞳を見つめたまま、王が声を張り上げた。


「見事な働き、ご苦労であった。その働きに、このマハーラーとシタルダ王家は必ずや報いよう。……王女転生をどう国民に告げるか、これからわしは考えないとならん。なにせ国民から見れば赤の他人なればな」


 ようやく瞳を逸らすと、溜息をついた。


「ましてドラゴン来襲で度肝を抜かれた民草が、あらぬ噂を城下であることないこと流しておるようじゃしの。……まあ無理もないことじゃ」


 そりゃな。ドラゴンロードが出てきた後に急に見たことない女を出して「これが失踪してた王女だ」やるんだから、慎重にならんといかんのは俺でもわかる。


「だからすまんが、今宵の祝宴はなしじゃ。王女帰還も、この場限りの秘密でな」


 俺達ひとりひとりに順繰りに見てきた。労をねぎらうように。


貴賓きひんの客間にて存分に休まれよ。近衛兵にスカウトもな。なに遠慮するな。お前達はわしにとって賓客も同然。特別じゃ」

「有難き幸せ」


 ミフネやアーサー、近衛兵やスカウトが声を揃えた。


「特に平と吉野よ。この王の願いに応えてくれて助かった。返す返すも礼を言うぞ」

「まあこれも楽して地図作るためです。気にしないでくださ――ってーっ!」


 横の吉野さんに、思いっ切りつねられた。


「マハーラー王とシタルダ王家のお役に立てて光栄だと、平は申しております」


 ひきつった笑顔を張り付けた吉野さんに頭を掴まれ、無理矢理お辞儀させられた。


「うむ」


 大声で、王は笑った。


「ふたりはよい相棒だのう。わしも若い頃を思い出すぞ」


 俺を振り返ると、タマゴ亭さんは、ウインクしてきた。――やったね――と無言で唇を動かして。

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