6-4 秘密の宝物庫
「平ボス。これをっ」
タマが叫んだ。
書物庫は、入り口から入って左右に書物棚が並んでいた。中央部分には棚が設けられておらず、幅広の通路になっている。そこを突き進んだ先、書物庫のどん詰まりを調べていたのだ。
「どうした」
駆け寄ると、かがんだタマが、床と壁の境目を指差した。
「壁と床が、この部分だけわずかにずれている」
「本当か」
見てみたが、暗いしよくわからない。なんせここは地下室だ。明かり取りの窓もはるか上に開いてはいるが、床はぼんやり闇に沈んでいる。
「そうは見えないわね」
吉野さんが、眼鏡を拭った。
「平くん、見える?」
「俺にもさっぱり」
「ケットシーは夜目が利くんだよ、ご主人様」
「俺達スカウトも同じさ。……でもわからんな俺にも」
アーサーも首を捻っている。
「ここから……ここ。幅二メートルないくらいだ」
タマが左右を指す。
「二メートルか……広いな」
しゃがんで壁と床の境をなぞってみた。たしかに、この部分だけ、他よりわずかにずれている気がする。ただ触ってようやく感じる程度のもので、見た目ではわからないくらいだ。
「たしかに、ずれている気がする。ごくわずかだが」
「それがどうした」
アーサーが笑い出した。
「ずれてるとしてもだ、ただ、壁の建て付けが悪いだけだろう」
「いや違う。もっと人為的だ」
タマが言い切る。
「触った感じ、たしかに統一感がある。人工的だ。それに俺は、幅二メートルってのが気になる」
「どういう意味だ。平」
「考えてみろ。ここは書物庫だ。書物を最大限に収納することを考えるはず」
「棚が並んでるじゃないか」
「この中央の通路が広すぎる。普通は人間が通れるぎりぎりまで狭くして、その分、棚を設けるはず」
「それは……たしかにそうかもしれないが」
「なにが言いたいんだ、平」
ミフネが、焦れたような声を出す。
「ここは、書物出し入れのためでなく、本当に通路なのさ」
「つまり?」
「通路の先にはなにがある」
「そりゃ……。なんだ?」
「出入り口ね、平くん」
「そうです吉野さん」
「ここに隠し扉があるってのか」
「可能性だ」
「下がってろ」
抜剣すると、ミフネが、剣尻で壁を叩き始めた。
「うん……。たしかにこの周辺だけ音が違う」
「扉か……」
「おそらく」
「しかし幅二メートルとなると広い」
「多分人間が通るためでなく、もっと大きなものを出し入れするためだろう」
「だがどうやって開ける。取っ手もなにもないぞ。ほら――」
アーサーが押してみた。
「押して開けるものでもない。びくともせん」
「あたしがやってみる」
トリムが進み出た。
「わかるのか、仕組みが」
「うん……。ハイエルフに伝わる技術だけど、魔法解錠ってのがあって。ここかすかに魔力を感じるから、それでやれるかも」
扉と思われるあたりをあちこち触ってなにかぶつぶつ呟いていたが、やがて一箇所を集中して触り始めた。
「きっとここ。念のためちょっと離れてて」
「危険なのか」
「解錠は危険じゃないけど、これだけ隠してるんだから、なにか仕掛けがあるかも」
「それもそうか」
「あー平はそばにいて。あたしの手を握ってて」
「はあ? まあいいけどさ、それも解錠手順なのか」
「あたしが安心するから」
「なんだ」
かわいいとこあるな。左手を握ってやると、ぎゅっと握り返してきた。
「……じゃあいくね」
「おう」
「えいっ!」
トリムが気合いを入れると、壁に当てた手のひらから、なにか目に見えない力が、壁に伝わっているのがわかった。かすかに空間が揺らいでいるから。俺が握っているトリムの左手も、徐々に熱くなってきた。
「うわっ。こいつカターい」
ほっと息をついている。
「んじゃあ、こっちかな。えーいっ!」
気合いを入れ直した瞬間、壁の奥からガコンという鈍い音が響いた。
「見てっ!」
背後遠く、吉野さんが叫ぶ。
「壁に隙間が」
トリムが手を当てている部分から上下に向かい、壁にすっと筋が走る。上で左に折れて、やがて下へ。そう、扉の形に。
「ほら逃げるんだよ、平っ」
俺の手を握ったまま、トリムが走った。
「なにが出てくるかわからないだろ」
みんなのところまで走って振り返ると、扉は開いていた。内側に向かって。中から眩しい黄金の光が漏れている。
「あれなに?」
「なんの光だ」
「明かり取りとかじゃないな。照明器具でもなさそうだ」
「魔力の光か……」
「多分」
「よし、俺が入る」
ミフネが進み出た。
「隊長、俺も」
「来い」
近衛兵をひとり連れて、ミフネは輝く扉に消えた。
「なにかしら、あそこ。ねえ平くん」
「よくわからないけど、多分重要な施設でしょう」
「魔法照明まで設置してあるもんね。あれ、もう何百年も灯ってたってことでしょ」
「ええ」
「出てこないな、ミフネ」
アーサーはやきもきし始めた。
「もうかなり経ってますね」
「なにかあったんじゃ」
「俺が見てこよう」
「隊長、危険です。なにかあったとしたら、飛び込んでは駄目です」
「しかし――」
「おいっ」
案ずるまでもなかった。入り口から身を乗り出したミフネが、手を振っている。
「入ってこい。ここは多分秘密の宝物庫だ」
「ってことは、お宝満載か。――こいつは楽しみだ」
アーサーは駆け出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます