4-12 魔界の混乱、そして天使の加護
「サタンが代替わりして魔界が大混乱なのは知っていますか」
天使イシスは、とんでもない情報を口にした。
「いえ、それは全然」
「闇のモンスターは、基本的に悪。これまで魔王サタンに従ってきたのは、力で支配されていたからです。心の繋がりで部下になっていたわけではありません」
「まあ、そうでしょうね。悪のモンスターだし」
イシスの話では、最近、といっても天界スケールの「最近」だから百数十年前らしいが、歴代魔王に比べても群を抜いて強大だった、前サタンが滅んだ。その影響で魔界では、血で血を洗う抗争と権力闘争が発生したという。
それでも長期に及ぶ即位の儀礼と段取りを経て、なんとか新サタンに代替わりした。だが前サタンの強大な力を受け継ぐはずの即位の儀礼を経ても、新サタンはどういうわけか力が弱かった。
このため、新サタン派として闘争に参加していた多くの闇モンスターが反旗を翻し、新サタンは追われているという。
「混乱に乗じ、天界に手を出す魔族が増えています。今、天を離れるわけにはいかないのです」
悲しげに眉を寄せている。
「戻るのが無理なのはわかったけどさあ、地上を離れるときにせめて、旦那やキングーと連絡できる、スマホみたいなの置いてけなかったわけ? 平なんか、夜こそこそなんかの動画見てるし」
おいトリムw 余計なことバラすなや。
「それは……。天使の気配を混沌神に感知されてしまうと、キングーが危険なので。辛い選択でした」
イシスは溜息をついた。
「ただ、今ならできます。混沌神は、もう滅びましたからね。あなた方がわたくしを呼んだ珠。それはキングーから受け取ったのでしょう。わたくしが遺したイシスの
「はい」
「その珠に、わたくしの心を入れてあげましょう。わたくしの心が入っていても、今なら混沌神の感知を恐れる必要も消えていますし。……協力してくれますね」
「もちろんです」
俺が差し出した珠を、そっと受け取った。懐かしそうに見つめている。
「ああ、キングー……。大切にしてくれていたのですね。こんなにきれいなままで……。まるで渡したときのままのように」
「キングーさん、詩も毎日詠んでいるようでした。眠っていても詠唱できるほどだとか」
「そうですか……」
珠を握った手を、胸の前に置く。瞳を閉じて、天使はなにか祈りの言葉を口にした。魔法詠唱とも朗詩とも取れる、美しい旋律の。
「……」
瞳を開いた。珠を、愛しげに撫で回す。
「あなた――平と言いましたね。これをキングーに渡してください。わたくしに会いたければ、珠に祈るようにと。わたくしの姿が、必ずや現れるでしょうと。その姿を通じて、わたくしも愛しい子と再会できる。……一度は諦めた、母としての幸せを感じることができるのです」
天使の顔に、微かに喜びが広がったかのように見える。
「ではお願いします。これを、我が子キングーに……」
俺は、珠を受け取った。
「キングーの奴、喜びますよ」
「よかった」
微笑んだ。んじゃあ次は俺のお願いだな。せっかく天までのこのこやって来たんだ。聞けることは聞かんと。
「イシスさん。地上では今、シタルダ王国の領域と蛮族の領域、その境に謎の結界が現れて混乱しているんです。ついでと言ってはなんですが、なにかご存じないですか」
「さあ……。でも少しお待ち下さい」
瞳を閉じると天を仰ぎ、しばらく沈黙していた。それから目を開く。
「悪意と悲痛な叫びを感じます。なにかとんでもない事態が起こっているのは確実でしょう。……おそらく魔族絡みかと」
「もっとわかりませんか」
「今はこのくらいですね。……でも継続して知覚を拡げておきましょう」
「ご主人様。あと
レナの言うとおりだな。なんたって相手は天使だ。全智全能とまではいかないにしても、情報を持っていても不思議ではない。
「寿命を延ばすのは、魔法というより呪術ですね。光の魔法とは異なるので、わたくしにはなんとも……。ただ、呪術に優れた民はいるはず。そこで聞かれるとよろしいでしょう。それと……隠れ村ですか?」
「ええ。かつて、ゴータマ・シタルダから離れた蛮族の有力支族が滅び、そのわずかな生き残りが暮らしているとかいう話です」
「それなら、大陸の山奥に進むのがよろしいでしょう。……ただ危険なので、おすすめはできませんが」
「それでも行きます」
「ならばあなたに、わたくしの持つ、もうひとつの加護の珠を与えましょう。イシスの
一度手を握り、また開くと、手品のように手のひらに黒い珠が乗っていた。キングーが持っていた白銀の珠と同じくらいの大きさで、色だけが違う。光を吸い込むような漆黒だ。
「これをお取りなさい。わたくしの加護を与える珠です」
「ありがとうございます」
受け取ると、ずっしり重い。
「……どう使うのでしょうか。珠に祈るとか?」
「使うときが来ればわかります」
「はあ……」
いろいろ聞いてみたが、「使うときがくればわかる」の一点張りで、結局、使い方も効果も教えてくれなかった。天使っつっても、結構ケチだな。
「……ところで平、あなたはこの世界の人ではないですね」
「はい」
天使に嘘ついても仕方ないしな。
「それに、シャイア・バスカヴィルの血を引いていますね。その剣を持っていることからしても」
「そうです」
「えっ!?」
吉野さんが飛び上がって驚いている。バスカヴィルが俺の爺様だって話、レナにしかしてないからな。
「吉野さん、後で詳しく話します。タマとトリムにもな。……これまで話さず悪かった」
「気にするな平ボス」
これまでひとことも発しなかったタマが唸った。多分、話の邪魔したくなかったからだろう。
「よかれと思ってのことだと信じている」
今、口を利いたのは、俺をフォローしてくれたんだな。ありがとうな、タマ。実際、余計な心配掛けたくなかったからさ。
「では平、シャイア・バスカヴィルをこの世界に召喚したのは、数百年前、全盛期の前サタンです。それは知っていますか」
「なんすかそれ」
イシスの爆弾発言に、今度は俺が飛び上がる番だったわ。因果応報……違うか。人を呪わば穴二つ……これも違う。まあいいや。とにかく俺は飛び上がった。
「冗談でしょ」
「本当です」
いやそんなん、魔剣の主も教えてくれなかったからな。知らなかったんだろうけどさ。んじゃあなにか、俺の爺様は、現実世界での数十年前から、こっちの世界での数百年前へと、サタンによって召喚・転生させられたってのか。
「シャイア・バスカヴィルと呼ばれる前、前世の俺の爺様、つまり
「それはわかりません」
首を振っている。
「でもシャイア・バスカヴィルが、天のわたくしたちと奇妙な因縁で繋がっているのは確かです。……その血を引くあなたにも、いずれなにかお願いすることになるかもしれませんね」
天使イシスの姿が、透き通るように薄くなった。
「イシスの白真珠を……我が子キングーに……お願い……しますよ」
「お任せください。俺が必ず」
「お願……いし……」
声が小さくなったと思いきや、姿は完全にかき消えた。
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