2 沖縄で羽を伸ばしたら天国への階段を上った
2-1 沖縄リゾートで「裸エプロン」妄想捗る
「これは吉野様」
ロビーを歩く俺達を目ざとく見つけて、レセプションに立つマネジャーが声を掛けてきた。
「お待ち申しておりました」
ここは沖縄本島中部。那覇空港からバスで北に何時間か揺られて着いたリゾートホテルだ。正式な異動内示が公表されてちょうどいい区切りだってんで、有給休暇をたっぷり取り、俺と吉野さんは骨休みに来た。
今頃、社内グループウェアの掲示板を見た社員連中は、俺と吉野さんの内示で大騒ぎになってるに決まってる。前代未聞の謎人事だからな。
いろんな連中が事情を探りにメールやらメッセンジャーやらで連絡してくるの、見えてるわ。だから内示の時間だけきちんと経企の個室で待機しておいて、翌日どころかその日の午後から速攻で休みに入ったのさ。
真夏の八月だし、休暇取っても変に思われないからな。探り針みたいな対応のめんどい連絡から逃げるのに、ちょうどいい。
会社に持たされてる社用スマホは(異世界用デバイスじゃない、ただのスマホな)、もちろん電源オフだ。緊急連絡があろうが、知ったこっちゃない。俺は休暇中だ。文句あるか。
もっと空港に近いホテルのほうが楽ではあるんだが、ここはプライベートビーチが広く、管理もしっかりしてるとか。今回、レナやタマ、トリムも出てきてもらって遊ぼうと思ってるから、そのへん問題なさそうな場所にしたわけよ。もちろん今は俺と吉野さんだけしかいないけどな。
「佐伯さん、お久しぶりです」
「本日から十泊、レジデンシャルスイートで承っております。お間違いありませんか」
「ええ」
レセプションマネジャーは、六十代後半と思しき、紳士然とした白髪のおっさんだ。歳で腰が曲がるどころか、びしっときれいに背筋が伸びている。
沖縄のリゾートホテルだと寛いだ「かりゆしウェア」っぽい制服も多いらしいけど、ガチ伝統ホテルばりの、端に触ると指が切れそうなくらいかっちりしたブラックスーツ姿だ。
「では、こちらにご記入を」
「それは彼が」
差し出されたアコモデーションなんたら(記入項目を見るに、要するに宿帳らしい)を、俺に示した。つまり吉野さんは、俺がこの旅行の主人だと、マネジャーにはっきり告げたってことになる。
このリゾートを選んだのは、吉野さんが子供の頃から家族でよく遊びに来てたってのもある。いろいろホテル選ぶの面倒だし、いいとこだって吉野さんが太鼓判押したからな。ならそれでいいじゃん。
「それにしても……」
俺が宿帳にいろいろ書いてる間(あやうく四人とか五人と、使い魔の分も書きそうになったわw)、ふたりの雑談が聞こえてきた。
「あの愛らしいお子様であられた吉野様が、いつの間にか、こうして素敵な殿方同伴でお越しになられるほどご立派に……」
吉野さんをじっと見つめて。
「わたくしも感無量でございます」
「佐伯さん、お孫さんいかがですか」
「かわいいです」
紳士然としたホテルマンのペルソナを脱いで、相好を崩した。いい人っぽいな、このマネジャー。
「一度、吉野様のお父様にも遊んでいただいたんですよ」
「あらそうですか。今度父に聞いておきます。……きっと佐伯さんに似て、しっかりしたお孫さんなんでしょうね」
「いえもう。ただの悪ガキですよ。毎日、海で遊んでいるので真っ黒です」
「子供はそうでなくっちゃね」
どうにも、相当家族ぐるみで付き合ってるホテルのようだ。そこに連れてきたってことは、俺のこと、「誰に紹介してもいい、自分のしっかりした恋人だ」って、宣言したことになる。なんか超うれしいわ。
「ご記入ありがとうございました。平様」
俺から宿帳を受け取ると微笑み、傍らに控えていたベルボーイに視線をやった。
「十四階、レジデンシャルスイート。ご案内します」
音もなく近寄ってきたベルボーイがふたり、俺と吉野さんのコロコロを、競うように受け取った。
●
「うわ、広い」
案内された部屋は、とてつもなく広かった。俺の部屋の何倍だ、これw
「私もこの部屋は初めて。家族で来るときは、広めのスタジオタイプにエキストラベッド入れてもらう程度だから」
「そうなんですか」
「うん。私がエキストラベッドで、父とかがメインベッド」
「へえ……」
スタジオタイプってことは、間取り自体はそこらのビジネスホテルと大差ないじゃん。
吉野さんの実家、金持ってそうだから高い部屋に泊まるのかと思ってたが、そうでもないんだな。金持ちなら普通、エキストラベッドとかケチくさいこと言わないで、スタジオタイプを二部屋取るだろ。自分達と娘とで。家族で一部屋なら、ベッド数の多いスイートとかさ。それに自分が持ってるマンションに吉野さん住まわせて家賃取ってるって話だし。
このへんの金銭感覚からして、父親もしっかりしてるんだろ多分。まあ個人商店みたいな商社とはいえ、経営者だし、当然なのかもしれないが。
常連扱いなのは、頻繁に来るか長逗留してるか、あるいは両方かな。
「今回、タマちゃんやトリムちゃんにも泊まってもらうから、続き部屋のあるスイートにしたんだけど、広すぎたかな」
「いえ。ちょうどいいんじゃないかな」
あちこちのドアを開けて見てみると、ベッドルームがふたつ、LDK的な大部屋がひとつ、あと風呂と別にシャワールームまである。大部屋の一面は大きなガラスの掃き出し窓で、海を見下ろす広いバルコニーに繋がってる。
バルコニーだけで、旧三木本Iリサーチ社のボロオフィスより広いな。露天のバルコニー、いちばん見晴らしのいい場所には、アウトドア用の白いテーブルと椅子四脚、脇にペアのデッキチェアが配置されている。
それだけじゃないぞ。大きなジャグジーまで、バルコニー備え付けだわ。五、六人は楽勝で入れそうだ。すでにスイッチが入れられていて、水中が見えないくらい派手に泡が湧いている。泡でマッサージされるから、あれ気持ちいいんだよな。湯気が立ってるから、今すぐにでも入れるくらいには温かいはずだ。
それにしても豪勢な部屋だ。今回、吉野さんが口利いてくれて、常連割引で随分安くなったとは聞いてた。それでも絶対値として俺んちの家賃何ヶ月分だよってほど高かったが、こりゃ当然だ。てか内容考えたら、コスパいいくらいだわ。
「俺、いっつも狭い部屋で過ごすのに慣れてるんで、なんとなく落ち着かないだけです」
「ふふっ。かわいいんだ」
甘えるように、吉野さんは、俺の腕を取った。
「私も今度、平くんのお部屋にお邪魔したいな。……トリムちゃんとかも泊まってるんでしょ」
「ええまあ……」
なんちゃってビール目当てだがな。あと風呂で俺に三助させるためと。……やっぱ俺、トリムの奴隷みたいじゃんw
まあ、吉野さんが俺の狭ボロ「汚部屋」に入って絶句するところも見てみたい気が、しないでもない。ベッドだって小さいから、否応なく密着して寝ることになるし。むふふ……。
などと妄想に耽る。
「タマちゃんやトリムちゃんは、ちょっと人間とは見た目が違うでしょ。なんとかごまかせるとは思うんだけど。それでも外に出られない場合を考えて念のため、ただのスイートでなく、キッチン付きのレジデンシャルタイプにしたんだけど、どう」
たしかに大部屋の片隅にはキッチンが仕付けられており、簡単な調理器具や大きな冷蔵庫まで備え付けられている。キッチン付きのホテルなんてあるのか。初めて知ったわ。……世界は広いな。
実際、これなら外に出なくてもいろいろできる。作ったり食べたりだけじゃなく、あれやこれやとか……。
「いいんじゃないですかね。裸エプロンも自由自在だし」
「裸エプロン?」
「いえ。こっちの話で」
いかん。妄想暴走して、いらんこと思わず口走ったw
「まあ使い魔も喜びますよ。ここなら」
「良かった」
微笑んでくれた。
「最上階はこのレジデンシャルスイート一室だけだから、ペントハウスみたいなものね」
「はあ、屋上に作った小屋のことですよね」
「だからこのフロアには他にお客さんいないし、ホテルのスタッフも呼ばない限り来ない。タマちゃんたちがちょっと廊下に出ても、ネコミミ見て驚かれることもないから」
それにエレベーターは、エントランスやバー、ジムなどの汎用フロア以外は、カード型ルームキーでタッチしないと停止階を選べない。選べるのはもちろん、自分の泊まるフロアだけだ。だから事実上、この十四階に出入りできるのは、俺達とホテルスタッフだけってことになる。
海外では割とあるって吉野さんは言ってたけど、日本のホテルでは珍しい機構だろう。てか俺の出張安ビジホ経験では、こんなエレベーター皆無だ。
いずれにしろタマやトリム、レナまで今のところ封印しているのは、大騒ぎを避けるためだ。まずホテルや周辺を確認して、大丈夫そうだと思ったら呼び出せばいいからな。呼ぶのは簡単だし。
その晩も、使い魔には遠慮してもらって吉野さんとふたりっきりで晩飯を食った。その場で、吉野さんからとんでもない提案があったんだわ。
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