1-7 同期からの誘い

「おい平」


 異世界での業務を終えて現実に戻り、転送装置のあるビルを出た途端、声を掛けられた。


 振り返ると同期の山本だった。まあ嫌な野郎だな。入社早々問題児扱いされ始めた俺のこと、まっさきに避け始めた奴だし。裏で俺の悪口言いまくってたのも知っている。


「なあに平くん。お友達?」

「同期です。吉野さん」

「これは初めまして。山本です」


 吉野さんにぺこぺこ頭下げてやがる。


「吉野課長のご活躍は伺っております。なにしろ――」

「なんか用かよ」

「ああ」


 俺に邪魔されて、むっとしてるな。


「吉野さん、先に戻っていてください。俺、山本と話があるんで」

「いや別に吉野課長も――」

「悪いな山本。課長はこれから書類書きだ」

「ちっ。……そうか」


 ぺこりと頭を下げて、吉野さんは歩き出す。後ろ姿をしばし見送っていた山本は、俺を振り返った。


「まあいいか。お前でも」

「なんだよ話って」(まあいいかって、失礼な野郎だな)

「今晩飲みとかどうよ」

「今晩?」

「ああ」

「お前と?」

「決まってんだろ」


 同期会から俺をハブしたのは山本だ。なのに今さら誘ってくるとは。なにか裏があるのは確実だ。探り出さないとならない。とはいえ、すぐ餌に食いついたら逆に不審に思われそうだ。


「断る」

「なんでだよ」

「俺が飲み会嫌いなの、お前よく知ってるじゃないか。……だから、同期会に俺を誘わないよう、お前がみんなを説得してくれたんだろ。同期連中を。感謝してるんだよ」

「ま、まあな」


 照れたように笑ってるがこいつ、嫌味も通じないのかw


「でも今日は特別だ。いい話がある」

「ほう」


 興味があるふりをして、山本を見つめた。


「なっ。だからさ」

「まあ今日は特に用事もないし」

「よし。……なあ、さっきの、お前んとこの課長も呼んでくれよ」

「なんでだよ」

「いや、彼女は出世頭じゃないか。俺も知り合いくらいにはなっておきたいしさ」

「出世頭ねえ……」

「社内ですごい噂になってるの、お前、知らないのかよ」

「俺、出世とか興味ないし」

「……そういやそうだったな。お前とは長いこと話してなかったから、忘れてたわ」


 長いこと話してなかった奴を、こいつはなんで誘うんだろうな。


「それに……吉野さん、噂だと実はボンデージの過激美人だとか」


 にやにやしてやがる。


 はあ例の転送担当者、あることないこと触れ回ってるなこりゃ。一度締めとかんとなー。


 なよなよした陰険な宦官かんがんっぽい転送担当者の顔を、俺は思い浮かべた。


 また転んだふりして蹴り入れとくか。……いや、俺達の情報を漏らしたら社長から叱責があるぞとかなんとか、もっとはっきり脅しといたほうがいいな。


「悪いけど、それは今度だな。……本当に書類仕事でてんてこ舞いなんだよ、あの人」


 実際、今日はマハーラー王と遺跡探索の詳細を詰めてきたから、吉野さんの社長報告書書きも大変なんだ。


 なんせうまいこと了承を得ておかないとならないからな。一応異世界子会社の社長兼本社社長だし。異世界事業は俺が仕切っているとはいえ、形の上だけではハブにするわけにはいかないw


「なら今日は平だけでいいか。吉野課長は後日口説くとして」

「どこで飲むんだ。たとえば――」


 俺は角の中華屋を指差した。


「あそこで餃子ビールとかどうよ。安くてうまいし」

「いや、あそこは駄目だ。社内の人間で溢れてるし。……東麻布にいい密室――じゃないかクラブがあるからさ」

「クラブだと?」

「ああ。VIPを予約済みだ」

「居酒屋でいいじゃんか」

「秘密の話をできないだろ」


 俺は、少し躊躇するそぶりをしてみた。


「高いだろ、そこ。俺、金ないしなー」

「安心しろ。今日はスポンサー付きだ」

「ほう」


 出たな。黒幕w


「誰だよ。そんな奇特な紳士」

「お前知らないか? 営業の川岸さん」

「誰だそれ」

「金属資源事業部でさ。新規探索プロジェクトの課長補佐」

「知らんなあ……」


 金属資源事業部といえば、ウチ、つまり三木本商事の主流だ。なんせ鉄鋼製品商社が祖業だからな。商社だから営業が花形だし。つまり俺みたいな落ちこぼれ左遷組とは無縁のエリート様だ。


「平、お前はほんとに社内力学とか知らないんだな」


 呆れたように俺を見る。悪かったな。靴下臭い社内政治は嫌いなんでね。


「まあ悪いようにはしないからさ、行こうぜ」


 てか言葉の端々からヤバさが垣間見えてるんだがw 偉そうに言う割に、こいつマジ政治の才能ないわ。


「おう。今晩はゴチだぞ。その条件で参加してやる」

「任せろ」


 まんまと乗せられた体にして、吉野さんに直帰の連絡をした。

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