2-9 白身魚の塩釜焼き「マタタビ入り」で、タマが暴走

「あははははっ」


 楽しげに笑ったのはトリムだ。サラダの大皿からオリーブを摘むと、口に放り込んでいる。


「うん。この木の実はおいしいわ。塩味が利いてるし、香りもいいし。てかお酒に合う合う。エルフもびっくり!」


 なんちゃってビールのグラスを、一気に飲み干した。


「みんな一緒だと、にぎやかで楽しいわよね」

「そうですね。吉野さん」


 テーブルを囲む使い魔たちを、俺は見回した。それぞれ皿の料理をやっつけるのに大忙しといったところだ。


 全員揃って初日の晩飯は、予定通りルームサービスだ。パスタやピザ、大きな白身魚丸ごと塩に包んで焼いた奴とか、とにかくあれこれの料理がテーブルに並んでいる。


 宿泊ふたりなのにどう見ても五人前はある量で頼んでるわけだが、特になにも言われなかった。吉野さんはこのホテル、馴染みらしいし、友達でも呼んでると思われてるんだろう。取り皿とかカトラリーの類は最初から部屋に備えられてるしな。さすがキッチン付きの部屋だけあるわ。


「平、あたしに高貴な飲み物ついで」

「へい。トリムお嬢様」


 氷を入れたバスケットに放り込んである大量のなんちゃってビールをひと缶取り出すと、グラスに注いでやった。テーブルにはなんちゃってビールだけでなくワイン数本、沖縄ならやっぱり飲みたい泡盛の古酒くーすーなどが並んでいる。


「んもう、最高っ。今晩は飲み放題じゃん、なんちゃってビール」

「いつも平くんのところで飲んでるんじゃないの、トリムちゃん」

「だあってえー吉野さん」


 赤くなった頬で、トリムは吉野さんの肩に手を置いた。


「平ケチだから、一日一缶しかくれないんだもん」


 少し酔った潤んだ瞳で、俺を睨んだりして。


「お前、飲みすぎると暴れるだろ」

「そんなことないもん」

「あるけどな」


 実際そうだ。毎度毎度裸になった挙げ句、俺を風呂に連れ込むし。どのくらい飲ませると正体なくなるかだいたいわかったんで、一缶だけ飲ませるように決めたんだ。それなら脱ぐ程度で済んで、所構わず俺に裸で抱き着いてきたりしないから。


 夢でレナが癒やしてくれるんで、それを思って、トリムの裸はなんとか我慢してる。ただあんまりベタベタされると、さすがの俺でも理性が飛んじゃいそうになるからさ。毎晩そんな苦行するのは嫌だから、妥協点を見出したってわけさ。


 まあトリムは不満みたいだが、今日みたいな特別な日に解禁してやれば、それなりに欲求不満は解消するだろ。そのために、なんちゃってビールはホテル近くの店から仕入れて、部屋の冷蔵庫に放り込んである。入り切らない分を床に並べてあるくらい大量だ。


「このホテルでルームサービスは初めてだけれど、ちゃんとおいしいわね」


 吉野さんは嬉しそうだ。


「そうですね。それに誰も見てないから、寛げるのが最高というか。個室居酒屋なんかより、ずっと気楽だし」

「タマちゃんもネコミミ隠さなくていいしね」

「そうそう」

「尻尾と耳が開放できて、すっきりしてるぞ、あたし。やっぱりこれでないとな」


 巨大なパーティー大皿に盛られているのは、前菜だ。盛り合わせってことだろう。ほうれん草のキッシュ、タコのマリネ、あとスペイン料理らしいが、なんか牛の串揚げみたいな奴とかオリーブのフライとか。いろんな料理がずらずら並んでる。彩り豊かで、見ているだけで心躍るような一皿。飯始めの前菜にふさわしい。


 というか厳密に言えば、並んでたって線。結構な量だったが、もうあらかたみんなで食べ尽くしたからな。シャンパン二本と白ワイン、それにもちろんなんちゃってビールとで。


 タコは口に含むと強い旨味が広がるだけじゃなく、栗のような匂いがして驚いた。俺の知ってるタコじゃないw キッシュは生地が意外に香り高くサクッとしてた。またバターを結構使ってるみたいで、食べるとうまいんだこれが。


 オリーブのフライなんか初めて食べたけど、意外にイケる。かりっと香ばしいから、つまみに最高。揚げ物なんで、きりっとした白ワインに合うわ。後味がすっきりするから。


 俺ワインはあんまり飲んでこなかったけど、吉野さんと過ごすようになって機会が増えたせいか、おいしさがわかるようにはなったわ。まあうまいまずいがわかる程度で、品種や産地がどうのとか畑の等級がどうとかいう世界はさっぱりなんだけどさ。


 社長と吉野さんの間でその手の話が始まると俺には呪文みたいなもんだから、得意の妄想に逃げることにしている。吉野さんとの初体験を振り返ったりとかな。


 パスタは二種、アサリのボンゴレと、魚介のトマトクリームソースだ。ボンゴレは意外に塩が強くてバターやにんにくも利いてたから、つまみとしてこれまたグッジョブ。アサリも身がぷりぷりしててうまかった。


 トマトクリームソースのほうは海老やイカ、タコなんかがキノコと一緒にてんこ盛りで入ってるから、とにかく味が濃厚。海鮮の出汁や旨味がこれでもかって奴よ。うまいうまい。


 これは赤ワインにも合ってるが、俺はもっぱらなんちゃってビールでやったわ。なんちゃってビールは本物ビールよりあっさりしてるのが欠点だけど、むしろそれがトマトクリームソースには合うというね。


 これいいわ。今度自分ちでトリムにケチャップスパ作ってやるとき、生クリームでもわずかに入れてみるかな。ケチャップスパ、あいつの大好物だし。


 ピザは宅配ピザみたいな豪勢なパターンじゃなく、なんての南部煎餅にチーズかけたみたいな「ナポリピザ」って奴だったわ。トマトとチーズ、葉っぱとか(ルッコラか?)がぱらぱら乗ってるだけの素朴な品。


 あっさりしすぎて物足りないかなと予想したけど、なんか知らんが生地が激ウマ。もっちり&さっくりでな。俺、なんならチーズすら抜きの生地だけ素ピザでもいいわ。そういうのピザと呼ぶかは知らんが。そのくらいうまい。


「ご主人様。もっとご飯ちょうだい」

「おう。レナすまんな。気が付かんで。パスタもピザもあらかたないし、そろそろメインに行くか」

「そうそう。ボク、その塩釜焼きが気になっててさ」

「そういう名前なのか、これ? 魚を塩で包んだ奴」


 包んでいるといっても、まぶしている程度じゃなく、ガチで分厚く包んでる。だから外側から魚の形なんかわからんぞ。なんかどでかい肉まんみたいに見えるからな。表面の塩はこんがりきつね色でうまそうだが、塩は食べないらしい。


「そうだよご主人様。ネットでいくらでも写真が載ってるじゃん」

「食いもんなんて検索せんしなあ、俺」


 こっちの世界を知るためと称して、レナは俺のスマホをよくいじってる。だから俺より知ってる分野も、それなりにある。


「平くん、塩釜、割って」

「はい吉野さん。……この木槌きづち使うんですよね」

「うん」


 皿についてきた木槌を、俺は手に取った。


「どのくらいの強さで叩けばいいのかな」

「軽くだ平ボス。本気で叩くなよ。皿が割れて台無しになる」

「そこまで馬鹿じゃないぞ、タマ」


 魚料理だけに、猫獣人ケットシーたるタマも待ち切れないみたいだな。


 コンコン。


「割れないな」

「もう少し強くだ。加減を考えろ。前衛職だろ」


 おいおいw タマ、食べたすぎてイラついてるじゃん。


 実はこの魚料理には、特別にマタタビも入れてもらってる。魚の腹に野菜やキノコの詰め物が入ってるらしいんだが、そこの具材としてな。そりゃ待ち遠しくもなるだろ。てか前菜の間、よく我慢したもんだわタマ。


 コンコン。


「おっ割れた」

「塩を分けるんだ」

「わかってるって。焦るなタマ」


 フォークやナイフを使って塩を外し、別の皿に移す。塩、崩れるんじゃないかと思ったけど、全然平気だ。レナが言うには塩に小麦粉を混ぜて卵白で練ってあるらしいから、それでしっかりしてるんだな。


「わあ、いい香りだね、ご主人様」

「おう。本当にな」


 塩を外した途端、魚と香草のいい匂いが漂った。密閉されてたからだな。


「こりゃうまそうだ」

「マ、マタタビも香ってる。はうーっ」


 タマw 鳴くな吠えるな。


「これはあたしが取り分ける」


 いきなり宣言w


 俺の手からすばやく皿を奪い取ると、ものすごい勢いで五枚の取り皿に取り分ける。もちろん自分の皿は、マタタビ満載の腹の部分が中心だ。俺達の皿にもわずかとはいえちゃんと詰め物も盛ってくれるだけ、タマ優しいわ。


「うん。おいしい」


 ひとくち食べた吉野さんは、ワインを飲んだ。この香りだ。俺も辛抱たまらん。さっそく食ってみた。


「意外に香ばしいですね、これ」

「そうよね」


 あんだけ大量の塩で包んであるわけでしょっぱいのかなと想像していたが、そういうことは全然ない。皮が塩効果でかりっと香ばしくなってるくらい。そこには塩味がしっかり付いてるから、とにかくうまい。


「うん。香草もいい仕事してるじゃん。平もそう思うでしょ」

「そうだな、トリム」


 魚自体はとにかくふわっと身が柔らかく焼けてる。レナが得意げに説明してくれたけど、それが塩釜焼きの特徴だってさ。なんでもオーブンで焼くとき、塩からまんべんなく熱が伝わるかららしいわ。


 それだけだと味がぼうっとしちゃいそうだが、そこに香草がアクセントを加えている。こりゃ料理人の工夫勝ちだな。飽きたら詰め物をソースとして絡めると、強い味に味変できるから、またうまい。よく考えてあるわ、これ。


「じゃあ肉のほうは私が取り分けるね」

「お願いします吉野さん」


 専用ナイフを手に取ると、でかい肉を吉野さんが切り分け始めた。タリアータとかいう料理で、要するにオリーブオイルで焼いた牛のステーキみたいなもんらしい。その意味で鉄板焼き的料理だが、ワイン酢で味付けしてあるそうだから、日本の鉄板焼きとどう違うのか楽しみだ。


 見た感じ、肉の表面はしっかり焼けていて、切った断面も割と火が通っている。吉野さんが言うには、普通はもう少し中は赤いらしいけど、ルームサービスだから冷めないように強めに火を入れてるんだろうってさ。


「はい平くん」


 まず俺に皿をくれた。


「これはレナちゃん。トリムちゃん。タマちゃん……は、まだいいか」


 苦笑いしてるな。


 実際、目の色を変えて、タマはマタタビの――じゃなかった魚の皿に食いついているところだ。下手に手を出すと咬まれるから、ほっておいたほうがいいだろう。


 それでも吉野さんは、タマの分をそっと脇に置いておいた。


「じゃあ召し上がれ」

「はい」


 薄く切ってくれた肉を一切れ摘むと、さっそくかぶりつく。口に香ばしい肉汁が広がった。


「うおっ。うまいですね、これも」


 しっかり歯応えのある肉を噛むとまず、いい肉特有の旨味を感じる。それから続いて、ワイン酢の酸味がわずかに鼻に抜ける。これがまたもう……。


 泡盛の古酒は、アルコール度数が四十もある。原料はインディカ米と黒麹。米と麹による泡盛独特の香ばしさは、ロックにしても強く感じられる。肉のオイリーな後味をキリキリに冷えた泡盛で洗うと、さっぱりした香味が広がる。なので飽きずに肉をガン食いできる。うまい。


「てかこの酢、めっちゃ香りいいんですけどそれは……」

「赤ワインのビネガーね。ウチにもあるから、今度来たとき、なんかの料理で使ってあげる」

「ゴチになりまーすっ」


 また吉野さんのマンションにお泊まりできるのか。


 くあー最高じゃん。だって吉野飯もうまいだろうし、その後、ふたりで夜も過ごせるんだぜ。俺もう死んでもいいわ。昨日の夜も吉野さんと天国だったし、あんな思いをまたできるなんて。


「ねえご主人様。ボク、ご主人様の家でふたり、まったりするのも好きだけど、こういうのも楽しいね」

「そうだなレナ」

「みんないるし、誰にも気を遣わないで済むものね、平くん」

「それに飯も酒も最高というね。こんな贅沢、毎日だったらバチが当たりますね、吉野さん」

「たまだからいいのよね」

「俺達休暇中ですから」

「いい休暇よねえ、これ」

「本当に」


 みんなでいろんな話をしたよ。あっちの世界の話や、こっちの世界で俺と吉野さんが陰謀に巻き込まれてることとか。大声で騒ごうが、誰にも聞かれないからな。


 実際、周囲に誰もいないし、なにしようが問題ないので、みんな多少タガが外れてて楽しそうだったよ。あんまりないことだわ、こんなん。


 吉野さんも酔ったのか、使い魔連中に見られていてもあんまり気にせず、俺にべったりくっついてくるし。レナはトリムと向こうの世界の話に興じてる。


 タマは相変わらずマタタビの――じゃないか魚の皿を抱えて放さないぞ。挙げ句、突然俺をとっ捕まえて、顔中舐め回して悦に入ってるし。


 みんな楽しそうだわ。


「さて、中入りだよ。みんなでお風呂にしよー」


 トリムが立ち上がった。秒速ですっぽんぽんになる。


 始まったか……w

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