1-2 初めてのおつかい的ななにか(異世界だけど)
「さて使い魔。初めましてって話だが、まずはお前の名前を聞いておこうか」
「ご主人様が決めていいんだよ」
優しそうな笑顔だ。
「そうか。ならサキュバスだから、サッキーとかどうよ」
「なんかかわいくない」
「使い魔のくせにうるさいな。じゃあそうだな……」
青く広がる異世界の大空を見て考えた。雲ひとつない晴れやかな風景だ。
「それならレナとかどうよ」
「うん。それならいいよ。かわいいし。どうやって決めてくれたの」
そりゃ、どエロいゲームに出てくるキャラで――ってのは、言わないでおいてやる。
「お前がかわいいからさ。それっぽい名前がいいかなって思って」
「ありがとうご主人様」
うれしそうだ。
「ボク、ご主人様のためなら、なんだってやって頑張るよ」
「その話だけどさ」
「うん」
「お前、サキュバスのくせに淫魔能力ないんだろ」
「あ、あるもん」
ムキになってるな。ことさら胸張ってスタイルの良さを強調したりして。でもサキュバスって普通、色っぽいお姉様じゃないのかよ。なんだよ、お人形みたいなキャラとか。なんかおかしいんじゃないか、これ。
「フィギュアみたいな大きさのくせに、なにができるってんだ」
「エ、エッチなことするときは、人間サイズになるから」
「でも説明には、サキュバス能力は使えないって書いてあったぞ」
「ま、まあね」
「サキュバスって、夢に出てくるんだろ。淫夢というか」
「それも……今はまだできないというか」
「ならなんにもできないじゃないか」
「それはその……。ボクが成長すれば、徐々にいろんなこと、できるようになるから」
「どうやって成長させるのさ」
「そりゃサキュバスなんだから、ご主人様とエッチなこといっぱいすればいいんだよ」
ドヤ顔されてもなあ……。
「だから、そのエッチなことが、最初はできないんだろ」
「それはその……そうなんだけど」
「なら詰んでるじゃないか。零手詰みとか、笑える」
「も、もうひとつやり方があるよ。ご主人様がこの世界で経験を積めば、ボクも成長するから」
「パーティーで経験値がたまるみたいなもんか」
「そうそう」
経験を積むのに、戦闘は必要ないんだ。とにかく歩き回って地図を作るのが目的だから。だからモンスターが出現しなさそうなルートを選んで進むのが一番だよな。楽だし。
でも万一敵が出現したらどうするか。逃げりゃいいんだろうけど、逃げるってことは走るってことだから、そっちでまたモンスターが出る可能性があるよな。挟み撃ちにされたら、楽しく死ねるわ。ランダムエンカウント呪うべし。……やっぱ戦うしかないのか。
そう尋ねると、サキュバスのレナは、俺の足元を指差した。
「ご主人様の装備は、そこに落ちてるじゃん」
なんだこりゃ。木の枝でも転がってるんだと思ってたけど、もしかしてこれ、戦闘用の棒切れか。たしかに木刀くらいの大きさはあるな。
拾い上げて振ってみる。まあバッタくらいなら退治できそうだ。
「じゃじゃーん。俺様はひのきの棒を手に入れた」
「なにそれ」
「いや、ゲームのセリフだからさ」
なかばヤケになってるとは気づかないみたいだな。銅の剣くらいは出せよな、ドケチゲームマスターめ(ゲームじゃないけど)。俺のレベルが低いからって、手を抜きすぎだろ。それともこれに、なんかどえらい力でもあるってのか。いやない(反語)
「なあレナ。もうひとつ重要な質問があるんだが」
「なあに。ご主人様のためならボク、なんだって教えちゃうぞ。そうだ、レナの好きなエッチな――」
「それはいいからさ。お前、この世界を冒険するのに、役立つ能力はあるのかよ。魔法使えるとか、とんでもない必殺技で敵を瞬殺とか」
「うーん」
急に黙り込んで唸ってやんの。汗かいてるぞw ……こりゃ期待薄だな。
「戦いはえーと……苦手かも」
「……」
「で、でも頭はいいほうだと思うよ」
俺が返事しないもんだから焦ってんな。とはいえ頭いいってのは救いか。道案内とか得意そうだし。モンスターの気配がなさそうな方向とか、選ばせればいいや。とりあえず俺とレナは協力し合うしかないんだから、互いの得意な部分で頑張るしかないし。
「そうこうするうちに、もう昼前だ。少しは仕事するフリしとかないとヤバいから、出発するぞ、レナ」
「やったあ。ボクとご主人様の冒険、始まりだね」
「お前、ここ入れ」
シャツのボタンを外すと、レナを胸元に入れてやる。
「そうそう。ネクタイに掴まってな。吊り革みたいに」
「わあ、ご主人様の匂いがする。最高……」
「おわっ。お前、体熱いな。カイロかよ」
「えへっ。素敵なご主人様だったから、うれしくて」
「興奮してんのか。ヘンなところがサキュバスっぽいな。能力ないくせに」
「それは言わない約束でしょ」
「そんな約束、してないけどな」
熱いだけでなく、生意気に柔らかいぞ、こいつ。マジ、女みたいだな。小さいけど。
モンスターの気配のなさそうな方向をレナに決めさせて、とりあえず出発地点の周囲を百歩ほど行ったり来たりしてみた。謎スマホで地図モードを出すと、踏破地域として、歩いた範囲が色づけされている。
「どうかなあ。千歩も歩けば、初日だからってことで言い訳立つな」
「最初から頑張りすぎちゃうと、それが基準だって思われちゃうもんね」
「そうそう。別に歩合制でもないんだから、サボってると思われない程度に散歩しときゃいいんだ。……レナお前、なかなか頭回るな」(悪知恵とも言う)
「だから言ったじゃん」
「飯にしよう。腹減ったし」
腰掛けにちょうどいい倒木を見つけたんで、背中のビジネスリュックから弁当と茶を出した。会社だとだいたいコンビニ飯か牛丼あたりで済ますんだ。安いから。ただ異世界子会社では出張扱いってこともあって、仕出しの弁当を朝、持たされる。見たところこの世界、店なんかないからさ(当然だ)。
この弁当、うまいかは博打だ。どこの仕出し屋が作ってるかによるから。でも一食分、金が浮くんだから、たとえまずくても不満はない。
「おう。鶏の唐揚げ南蛮弁当か。これ、甘酸っぱいから好きなんだよな。しかもタマゴ亭さんの弁当じゃん。当たりだな」
甘酢の漬け汁と肉汁がしみ出るうまい鶏をぱくぱく食べてると、レナが熱い視線を送ってくる。
「お前も食うか」
「いいの、食べて」
「もちろん」
どうやら、遠慮して我慢していたようだ。かわいいとこあるな。鶏や野菜を細かくして、皿代わりに蓋に載せてやった。
「それ頂戴」
「おう」
楊枝を渡してやると、器用に突き刺して食べる。
「てか、サキュバスも飯食うのか」
なんでもおいしそうに食べるんで、不思議に思ったよ。
「もちろん。ボクは人型だし、基本、人間と同じだよ。ちょっと変わった能力があるだけで」
ないけどな。レベルゼロなんだから。
「ところでよ。遅かれ早かれモンスターとエンカウントするのは見えてる。こんな棒でひっぱたくくらいで退治できるのか」
「うーん。ご主人様は、この世界だとめちゃくちゃ強いと思うよ」
「マジか」
こりゃ希望が持てるな。
「うん。ここは人間の妄想力が生んだ世界。ご主人様、妄想が大得意でしょ。だから相性バツグン。ボクはサキュバス。ご主人様のエッチな妄想、全部わかるからさ」
「余計なこと探るな」
「えへっ」
「そういやさ、使い魔候補にドラゴンロードってのもあったんだ。ならあいつを呼んでも使役できるかな。いつでも使い魔追加できるって話だし」
「殺されるだろうね」
即答かよ。
「なんでだよ。俺、強いんだろ」
「潜在力はね。ただ、今は経験ゼロみたいなもんじゃん。潜在力一億だって、ゼロかけたら、ゼロでしょ」
「なるほど。掛け算みたいなもんなわけか」
「そうそう。ご主人様だと、このあたりに出る雑魚キャラだけど、ウェアラットならけっこう楽勝で勝てると思うよ」
「へえ。なら割と安心して歩き回れるか。名前からしてネズミ男かなんかか」
なんか気持ち悪そうだ。
「いや。見た目はただ、猫か犬くらいの大きさのネズミって感じかな」
カピバラと戦う自分を想像してみた。
「それもなあ……。見た目動物のモンスターをこの棒で撲殺して血が飛び散るとか、あんまりしたくないんだけど」
「それなら安心して、ご主人様。ここは妄想が形になった世界。モンスターだって要は妄想が凝り固まった存在だから、倒すと妄想がこうパッと花火みたいに解放されて消えちゃうんだ」
米粒を手に持ったまま、両手を広げてみせた。
「死体はなしか。そんなら罪悪感も少ないからいいな」
「うん、解放された妄想は、この世界に拡散していって、いずれどこかでまたモンスター化するんだよ。だから厳密に言えば、殺してるわけでもないんだ。妄想の循環を、むしろ助けてるんだよ」
「へえ」
飯を終えた俺達は、そこからさらに一時間、茶を飲みながらいろんな話をした。どうせ誰にもバレないんだから、サボればいいのさ。
「さて、そろそろ歩くか。食後の運動だ」
「じゃあ、今度はこっちの、北のほうに少し歩いて、また戻ってこようよ」
「モンスターの気配が少ないんだな」
「うん」
安心して歩き始めてそう、数歩くらい進んだかな。目の前の地面がこうガバっと盛り上がって、雑草を突き破るように、土の中からヘンなのが数体飛び出てきた。
「おわっと」
「ご主人様、気をつけて」
「なんだよ。気配ないんじゃなかったのかよ」
「えへへ。ちょっとミスった」
「カンベンしろよお前」
見ると汚れきった茶色のドラ猫みたいな奴で、多分こいつがウェアラットって奴なんだろう。キイキイ叫んで牙を剥いてるし。今にも飛びかかってきそうだけど、雑魚キャラとはいえ、あの牙で脚とか咬まれたら痛そうだ。
気を抜いてたから一瞬焦ったけど、とりあえずひのきの棒――じゃなかった棒切れを構えた。
「あっ!」
俺の胸元で、レナが叫んだ。
「どうした」
油断なくネズミ野郎を
「大事なこと、言うの忘れてた。ウェアラットは雑魚モンスターだけど、とにかく仲間をたくさん呼ぶんで、最後には疲れ切って殺されたりしちゃうかも」
「おーまーえーはー」
俺の叫びは、うららかな午後の空に吸い込まれたよ。
「それを早く言え。このポンコツ使い魔!」
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