1-3 裸よりはドール衣装
「ひどい目にあったなー」
異世界初日勤務を終え、アパートに戻ると、思わず愚痴が出た。
「ご、ごめんなさいご主人様」
「もういいよ。お前だって悪気はなかったんだし」
結局、ウェアラットが延々仲間を呼ぶために、倒し切るまでどえらく時間がかかった。例の「ひのきの棒」だって、秘められた力もクソも、やっぱただの棒っ切れだったし。それでもうやる気がなくなって、出発点近くの例の倒木に座り込んで、定時三十分前までふたりでだべって過ごしたさ。
フィギュアサイズとはいえ、話すだけならレナはかわいい女の子だし。俺の使い魔で気を使ってくれるから、気楽だし。
「それにしてもレナお前、こっちの世界にもいられるのな」
「うん。ボクはご主人様の使い魔だから。いつでもそばにいるよ」
「でも会社に戻ったときは消えてたじゃないか。アパートの玄関をくぐった瞬間に、胸元に現れたし」
「使い魔って、そういう子が多いと思うよ。……それにご主人様以外の男に体見られるのいやだしさあ、サキュバスとして」
「よく考えたら、どでかいドラゴンロードとかこっちの世界に来られても、それはそれで困るか」
「そうそう。だからこっちで出るか消えるかは自由自在というか」
「まあ今日は金曜だ。週明けの出勤まで時間があるし、ふたりでまったり過ごすか」
「やったあ!」
「じゃあ飯な。スーパーの半額弁当で悪いけどさ。俺、くいもんで贅沢する気、あんまりないし」
「いいよなんでも。ご主人様と一緒に食べられるだけでボク、すごく幸せだし。それに……」
こたつ兼用のテーブルに座り込んだまま、塩サバの切れ端を食べながら、レナは俺の部屋を見回した。ああ今は春だから、もうこたつ布団とかはかたしてあるけど。
「ここがご主人様の邸宅なんだね。すごく広い」
「そりゃお前が超小型だからだろ」
思わずツッコむ。
「ワンルームでトイレ一体型ユニットバスの、やっすいアパートだけどな」
「すてきだよ。無駄なものがなくて」
置く場所がないだけだ。それにネット用のパソコン以外、特に趣味がないのでモノが必要ないってのもある。まあいじられてる気がしなくはないが、レナは素直な性格なんで裏はないだろうし。
そもそも妄想以外、それほど欲望がない。だからアパートなんて寝られれば狭くて十分だし、服だって安い奴から選んでる。遊びにも行かないから、貯金もそこそこ。異世界手当で今後はさらに貯まるんじゃないかな。当面使う予定もないから、どうでもいいけどさ。会社辞めるとき安心だ。
こういう性格だしチヤホヤするの嫌いだから、俺はモテない。彼女ができたことすらない。そもそもこの部屋に女が(と言っていいかわからんが)入ったの、レナが初めてだし。
俺はひとりが苦にならないタイプだ。それでもなんちゃってビールが進んだのは、多分だけどレナとの話が楽しかったからだろう。
「さて、風呂入る時間だけど」
「お風呂……」
なんやら知らんが、期待に満ち満ちた顔しとるな。
「やっぱりお前も入るのか」
「うん。使い魔だから入る必要はないんだけど、ご主人様と一緒にいられるなら、そのほうが」
「まあ俺も、同居人が不潔なのはカンベンだからな」
「やったあ」
でまあ、湯を張って風呂につかったわけさ。超小型使い魔はどう風呂入れればいいか少し考えたが、悩むまでもなかった。服を脱いで裸になったレナは、バスタブの中を器用に泳いで、ときどき俺の胸にしがみついて休憩するとか、そんな感じで風呂を楽しんでる。
しがみつかれるとわかるんだけど、普通に女の体の感触だな。胸なんか柔らかくてさ。まあ俺、童貞だから厳密にはわかんないんだけど、多分これが女だ。
体が温まったんで、洗い場でごしごし体を洗ってたわけさ。顔や首から始まって、胸や腹、背中や腰、それに下半身とか。黙ってこっちを見つめてたレナだけど、俺が洗い終わった頃合いを見計らって、口を開いたわけさ。
「ご主人様」
「はい?」
「すごいたくましい」
「はあ? 俺が?」
そんなこと、言われた経験がない。
「うん。胸や腕なんか筋肉すごいし」
「運動なんてしてないけどな」
定期代ちょろまかすために毎日ふた駅分歩いてるから、脚の筋肉はそこそこだとは思うけど。連日の粗食で腹に贅肉がついてないから、上半身に筋肉ついてるように見えるのかね。
「それにその……エッチな部分とか」
「どこ見てんだよ、お前」
「サキュバスとしては当然のお勉強というか」
「はあ。まあお前が早く人間サイズになることを期待しておくよ」
「うん。ボク頑張る」
適当な冗談に真面目に返してくるところとか、使い魔って感じだよな。
「あの……ご主人様」
遠慮がちな口調だ。
「なんだ、レナ」
「その……体を洗ってほしいんだけど」
「体を? お前の?」
「うん」
なんか恥ずかしげに腕を後ろに回して、イヤイヤするように体を動かす。そうするといっちょまえに、かえってエロく感じる。
「その……早くご主人様にご奉仕できるように、練習というか体を触られる訓練というか」
「訓練ねえ……」
しばらく考えて、断ることにした。めんどい。それにエッチなことができないって話なんだから、触っても意味ないと言うか。
夜は夜で、レナが一緒に寝ると言って聞かないわけさ。寝返りを打ったときに潰しちゃうんじゃないかと心配したんだが、大丈夫だから横に寝かせろってさ。
「裸になることないだろ」
「いいんだよ。これがボクたちサキュバスの正装みたいなもんだし」
「そう言われてもなあ……。その服のままでいいじゃんか」
「あれ寝巻きでもないし」
「そりゃそうだけど、他に服ないなら着たままでいいだろ」
「それは女子として――」
「もういいわ。好きにしな」
めんどくさいんで、会話を終わらせた。とはいえ例によって裸で腕にしがみつかれてもなあ……。知らんがレナ、よーく見れば隅々まで女の体なんだろうし。
「じゃあ今晩だけ裸な」
「今晩だけって」
「ヘンに気をつかうのは嫌だからさ。明日、お前の服を買いに行くぞ」
「ボクの服?」
「ああ。ドール専門店とか行けば、人形用の服はいろいろあるだろうしさ。こっちの世界用にパジャマだの普段着だの、買えばいいじゃん。一度だけ店でサイズ見ておけば、後はネットで買えばいいし。……だから裸問題は明日の課題ってことにして、寝ようぜ」
「うん」
●
って翌日その手の店に行ったんだけど、思ったより高くて驚いたというか。ちっこいくせに俺の服より高い奴とかなんだよ。使い魔はもちろん姿を消したままだし試着室とかないんで(当たり前だ)、サイズだけは注意して、あとは適当に見繕って買ってみた。
レナは喜んでたよ。部屋に戻るなり服を広げて、あれこれ着てみたりして。考えたら当たり前なんだけど、ドール用にもちゃんと下着とかあるのな。
あとパジャマっぽい服がリアルとちょっと違ってた。ナイトウェア系は、なんというかそこはかとなくエロい。ひらひらしたレースの奴とか。ワンピースとか。
「これ着て寝るのか、お前」
「買ったのはご主人様だし。ボクは気に入ってるけど」
「いやそんな、ベッドの上で飛び跳ねて喜ばれてもなあ……。まくれてパンツ見えてるし」
「普段の服より露出度は低いけど」
「そりゃそうだけど、むしろエロいぞ。せっかく裸やめさせたのに」
「へへっ」
悪そうな笑顔になってやがる。
「ご主人様、興奮する?」
「するわけないだろ。割り箸みたいな体してるくせに」
「ひどーい。ボク、スタイルいいでしょ」
怒ってむくれてるな。
「まあそこは認めるが、大きさの話だよ」
「なんだそうか。じゃあ寝ようよ」
もう機嫌が直ってるし。裏表なくて付き合いやすいな、この使い魔。気を使わなくていいから、楽しいかもしれない。
「なら寝るか」
「はーい」
ってまた抱きつかれたけど、裸よりは刺激的じゃないから、とりあえずこれで良かったんだろ。
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