pr-3 魂の契り

「婚姻形態? なんだよそれ」

「説明してやろう。こちらに参れ」


 例のソファー的なサムシンに座ると、脇をぽんぽんと叩いた。


「お、おう……」


 なんやら知らんが、とり殺されることはないだろう。俺が座ると、また茶をついでくれた。俺と会う前、この姿になって茶を淹れたんだな、おそらく。


「ドラゴンは孤絶して暮らす。それは知っておろう」

「ああ。前、お前やイシュタルから聞いたからな。……てかそれより、本当にエンリルなのか? お前、ヘビトカゲだったじゃないか」


 どう見ても人間かエルフのお姫様だろ。なんかどえらくいい匂いするし。近くで見るとますます超美人だし、胸なんか、俺を誘うように大きく盛り上がっていて、透け布を通して、先もぼんやり見えている。どうやら下も、下着は着けていないようだ。


「ヘビトカゲとは失礼だのう……」


 また笑うと、自分でも茶を口に含んだ。


「うむ、いい茶だ。……これなら効果も高い」

「効果?」

「ドラゴンはのう、孤絶して暮らし、群れることはない。だがもちろん、時期が来れば、つがいを作らねばならん」

「そういや、お前にも両親が居るって言ってたよな」


 それこそトカゲのように卵産みっぱなしで勝手に育つのかと思ってたから、意外だったんだわ。


「だが稀少すぎて、ドラゴン同士ではつがいができん。ドラゴンはのう平よ、一生に一度だけ、恋の季節になるとかように婚姻形態を取り、人型種族から種をもらい増えるのだ」

「へえ……」


 面白い生態だな。……そういやはるか以前、俺に協力するのは「思うところがあって」「ドラゴンは孤絶しているから」とかなんとか、エンリルとイシュタルがひそひそ内緒話してたな、アスピスの大湿地帯攻略のとき。あれはこのことだったのか……。


「あれ……」


 ふと思い出した。俺、こいつを見たことがある。いや夢の話だが。以前、マリリン博士の謎装置でキラリンと夢デートした。あの夢中大宴会のとき、このアラビアンナイトみたいな女の子いたわ。


 関係者を全員夢召還したはずなのに見覚えがないから、「あいつ誰だ」ってキラリンに聞いたんだよな。キラリンも知らないって答えてた。


 あのとき、呼んだはずのエンリルが居なかった。どうしてか不思議だってキラリンは言ってたけど、実はあの場で飲んでたんだな。婚姻形態の姿となって。


「ドラゴンが婚姻形態を取るのはのう平よ、よほどのことだ。なぜなら……。まあ、これはいいか」


 ほっと息を吐いた。


「なんだよ。気になるじゃないか」

「よいではないか。それより……」


 エンリルはしなだれかかってきた。


「な、なんだよ」

「婚姻形態になったのだ。やることは決まっておろう」


 俺の首に腕を回してきた。


 やばっ! 体柔らかい。それにいい匂いがマックス。嗅いでいるだけで俺をソソるような。


「わ、悪いがそんな気分じゃない。トリムのことで頭がいっぱいで」

「頭がいっぱいはそうであろうが、気分はどうであろうかのう……」


 首に唇を着けたまま、くすくす笑う。熱い吐息がくすぐったい。


「平お前、昨日の晩から今朝方まで、嫁四人を相手に励んでおったではないか。一睡もしないで」

「あっ……」


 そういや、こいつは使い魔。俺の行動を透視できるの忘れてたわ。


「平の四人相手は、余も初めて見たぞ。それに激しかったのう……。ひとり四回、……いや吉野とは六回しておった」


 見るだけじゃなくて数えてたんか。これは恥づい。


「あ、あれで体力売り切れだ。寝不足でキツいし、もう立たない」

「そうか? そうは思えんが」


 俺の股間にそっと手を置く。


「準備万端ではないか。……諦めろ平。お前には魅了チャームの魔法をかけた。もはや本能に逆らえはせん」

「チャーム……」


 冗談とは思えん。マジな顔つきだし。髪と同じ金色の澄んだ瞳が、まっすぐに俺を見つめているだけだ。


「その茶よ。……うまかったであろう」

「媚薬を仕込んでたのかよ」


 そういや、さっき効果がどうのとか漏らしてたな、この野郎……。


「ここで余を抱いたとて、吉野やそれこそトリムを裏切ることにはならん。なぜなら余は平の嫁になるのだからな、今日この場で。浮気ではない」

「嫁に……」

「おうよ。ドラゴンロードの血を絶やしたいのか、お前」

「いやそんな」

「この世界で生き残っておるドラゴンロードは、おそらく余ひとりしかおらん。あの聖魔戦争で、母は亡くなった。余を産んだからのう……」

「お産で亡くなったのか」

「いや、戦闘でだ」

「なら、なんで産んでどうとかとか――」

「いろいろあるのだ。余が孕んだら教えてやる」


 エンリルは、ばっさり斬り捨てた。あまり口にしたくないようだ。


「……それにあのいくさで、余も眠りについた。六百余年も。余の知る限り、あの時点でドラゴンロードは母と余しかおらなんだ」

「そうか……」


 俺が初めて召喚したとき、エンリルは六百年余り眠っていたと告げ、機嫌が悪かった。実際、食われそうになったし。……あれは聖魔戦争で母親を失い、自分も大きな痛手を食らったせいかもしれない。


「ならばこそ平、子作りに協力せよ。余が子を儲けなくては、ドラゴンロードはいずれ絶滅ということになる」


 わずかに、悲しげな瞳となった。俺の耳に、唇を寄せる。


「お前は余の召喚主にしてドラゴンライダー。ドラゴンの頼みを聞くのは当然ではないか」

「まあ……それはそうかもしれんが……」


 立ち上がるとエンリルは、薄衣の紐を引いた。どういう仕組みかはわからんが、服がすべてすとんと落ち、信じられないほどきれいな体があらわになる。やはり下半身にも下着は着けていなかった。すでに胸の先が、痛そうなほど立っている。


「どちらにしろお前は、媚薬にもう逆らえん。諦めて快楽に浸れ」

「エンリル……」

「余は知っておるぞ、お前の好むやり方を。……なにせここ一年、お前の交尾を何百回となく、じっくり遠隔観察させてもらったでのう……」


 微笑むと、俺の前にひざまづいた。


「身を任せるがよい。……そして楽しめ。余に精を注げ」


 ゆっくりと、顔を近づけてきた。

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