1-4 ふみえパパのテストを受験する俺w

「平くん、君の夢はなにかね」

「夢……ですか」

「ああ」


 大きく、首を縦に振る。


「なにかあるだろ。これだけ短期間でほぼ頂点まで出世したんだ。社長になりたいとか、起業したいとか。……もちろん、私生活の話でもいいが」

「そうですね……」


 これ、試験だよな。我が娘を俺に託していいかどうかの。


「やはりしっかり仕事を……」


 出かけた言葉は、そこで止まった。きれいな形を作らないと――と焦ったが、続いて俺の口をついたのは、自分でも信じられない言葉だった。


「いや、それはどうでもいい。俺はみんなを幸せにしたい。吉野さんはもちろん、異世界で俺を支えてくれる仲間全員を」


 もう止まらなかった。


「そのために俺は、もっともっと強くなる。リーダーとして。戦略面でも、精神面でも。そうしてみんなを支える。特に今、俺の大事な仲間がひとり大怪我をして脱落している」


 懐から、「トリムの珠」を取り出すと、テーブルに置いた。あの日から毎日、片時も離さず持ち歩いている。俺とトリム、絆のあかしを。


「俺はそのために、新しい大陸を目指す。……それが俺の、今の夢です」

「ほう……」


 俺の顔と輝く貴石を、交互に見つめて。


「異世界のことはよくわからんが、その宝石かなんかも、大事なものなんだね」

「ええ。その仲間と俺の魂の絆です」

「……」


 父親は黙った。顎を二、三回撫でたままの手が止まる。そのまま時間が過ぎた。


「……そうか。平くん、君は今、取り繕うのを止めたね。恋人の父親に、なにか成型された出来合いの言葉を与えるのを止め、魂から私に語ってくれた」


 ほっと息を吐いた。


「親なんて勝手なもんでね。子供が中学生、高校生、大学生となると、余計な虫が付かないかと、はらはらする。ふみえはその点、いい子に育ってくれた。……だが就職して二十五歳を過ぎる頃になると、逆に心配になる。今のうちにいい男を見つけないと、いずれ変な男に引っかかるか、結婚できなくなるんじゃないか――とね」


 俺をじっと見つめた。


「ふみえにもそろそろいい彼氏が欲しい。どうしても無理なら、私のほうで候補を見繕うしかないかと、考え始めていた。……そこにふみえから、ワインの誘いだ。紹介したい人がいる……とね」


 吉野さんの手を取った。


「ふみえ、お前はいい男を見つけたな。平くんなら、私は安心できる」

「お父さん……」


 おう。これもしかして「合格」か。やったわ。ラスボス撃退したぞ、俺!


「ただ」


 笑い出した。


「何を言ってるのかさっぱりわからなかったがね。パッションだけは伝わってきた」


 また俺を見た。


「平くん。君は大馬鹿だね」

「え、ええ……。なんというか、社長からも大馬鹿枠の男と言われてます」

「わははははっ。先程も言ったが、一度社長とも飲んでみたいもんだ。人を見る目といいワイン嗜好といい、どうやら気が合いそうだし」

「一度、社長に打診してみようか、お父さん」

「いいね。……ただあんまり無理言うなよ。大商社の社長ともなれば、零細の私よりはるかに忙しいだろうしな。いくら出世したとはいえ、ふみえは単に社員のひとり。自分の父親に会ってくれとか要求するのは、相当に身の程知らずだし配慮に欠ける」


 たしかにそのとおりだ。さすが零細とはいえ企業経営者、判断力たいしたもんだわ。……だが俺と吉野さん、社長の懐刀として動き回ってるからな。それ考えたら、お父さんの判断よりは俺達、よっぽど社長に無理言えるとは思う。


「まあ飲もう。せっかくの酒だ」

「うん」

「頂きます」


 三人で今一度乾杯し、ワインを味わった。


「……にしてもふみえ、お前ちょっときれいになったな」

「嫌だ、お父さん。またそんな……」


 吉野さんは、俺に流し目を送ってきた。


「きれいになったというより、若くなった。今二十八歳だろ、お前。でも見た目、女子大生で行けるぞ。三年前に会ったときより若く見える」

「本当ぅ?」


 首を傾げた。


「お父さん酔ったんじゃないの」

「嘘はつかんよ。なあ平くん」

「ええ。ただ吉野さん、昔から若く見えましたよ。俺なんかよりずっと歳下に」


 まあこれは嘘だが。……でも実際、初めて会ったときより若く見えるのは確かだ。化粧の乗りが良くなったって、本人も言ってるし。


「きっと……平くんと付き合うようになって、幸せだからよ」

「そんなもんかな。それに……強くなった」

「そうかしら」

「そうさ。いつも私の顔色を見て、おそるおそる話していたお前が、しっかり前を見て強い言葉を出せるようになっている」


 そういや吉野さん、子供の頃はそうだったって、俺に教えてくれたな。初めてデートした、あの浅草の遊園地で。


「立場は人を造るって奴だよ。それに……生まれて初めて彼氏を得て幸せだというのもあるだろう」

「なんだか恥ずかしい」


 グラスを置くと、吉野さんは頬に手を置いた。飲んだこともあり、少し顔が赤い。潤んだ瞳で、俺に微笑みかけてくれた。


「平くんが、ふみえを強くしてくれたんだな。親として感謝する」

「いえ、吉野さんはいつまでも俺の上司です。しっかりしてるし、俺を導いてくれる」

「平くんこそ、私のリーダーよ。私、本当に感謝してるし、大好き」

「おいおい、父親の前でいちゃつくな。そういうのは、結婚してからにしてくれ」


 苦笑いだ。


「それは……」


 結婚という微妙な単語が出て、吉野さんは口ごもった。ちらと俺を見る。


 吉野さんはどう思っているのだろうか。多分だが……一生、俺と暮らしたいと考えているはず。ならここ現代日本の常識で言うなら、結婚制度に乗るのが一般的だ。そのほうが社会的な意味で安定するし、行政や会社の支援も多くなる。


 俺だって吉野さん相手なら、別に嫌って話じゃない。いろいろ親戚へのお披露目だのなんだのと手続きが面倒くさそうだなって気持ちがあるのは確かだが。それに俺には他にも事実上の嫁がいる。


 あーもう面倒くさい。この際、全員と結婚するか。……ただ、それはトリムを助けてからだ。トリムの命を取り戻し、全ての嫁が揃ったところで、異世界で大々的に結婚する。吉野さんとだけは、こっちの世界でこじんまりした式を上げて……。


 その晩はもちろん、花嫁衣装の全員とベッドで……えへへ。


「どうした平くん。ニヤニヤして」

「あっ、そのっ」


 慌てて俺は、よだれを拭いた。いつの間にか垂れてたわ。俺のアホ。


「まあ……なにを考えていたのか、なんとなくわかるよ」

「その……俺、吉野さんを幸せにします」

「それはもう聞いた。焦るんじゃない」


 笑われたわ。


「ふみえ、それに平くん。今日はこの後、別の店で飲み直そう」

「はい、いいですよ」


 毒を食らわば皿までだ。ラスボスは今日、完膚なきまでに叩き潰す。


「銀座には、私の知り合いのバーがある。そこに案内するよ」


 ふみえパパは微笑んだ。


「あいつに娘の男を自慢しないとな。いつぞや決めた子供の恋人勝負、俺の勝ちだって」



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