4-6 「シン・黒幕」の陰謀

「えっ……」

「まさか……」


 三木本商事臨時取締役会議の場。経理担当常務取締役・永野の第二提案に、海千山千の取締役共ですら、動揺のざわめきが巻き起こった。反社長派役員の何人かからですら。


 つまり永野-鉾田ラインは情報漏洩を恐れ、反社長派取締役全員には鉾田の社長就任まで話していなかったに違いない。おそらく「永野が一期だけ繋いで、動揺が収まった次期に本命の派閥社長を選出する」とかなんとか、ごまかしていたんだろう。


 マリリン博士謹製スパイ眼鏡「お見張りくん」の画面が揺れたから、さすがの吉野さんも驚いたんだろう。俺や吉野さん、それに社長の読みと全く違った提案だったからな。


「しかし……」


 会長が声を上げた。社長は腕を組み口をへの字に曲げたまま、ただただ唸っている。発言はせず。このどんでん返しに無言を貫くとか、さすが肚が座ってるわ。


「しかし鉾田くんは副社長だ」


 会長が続けたが、永野はどこ吹く風だ。


「副社長だからなんなんです。階段をひとつ上るんだ。どの企業でもあることでしょう」

「……」


 いや我が社では伝統的に、副社長は「上がり」のポスト。それ以上の出世は無く、社長にも会長にもなれない。退任後は財界活動や業界の会合に精を出すのが不文律だ。


 階段を駆け上がりながら俺の脳内を高速に、思考が流れた。


「そうか……」


 副社長は、「役員会議での俺の大暴れに対する説教」の形を取って、俺に接触してきた。俺から社長の肚を探るために。同時に俺に社内の陰謀を示し、自分は中立派だが反社長派が優性になれば、社長に禅譲を促すと明言した。なぜなら三木本商事を愛しており、平穏無事に運営したいと。それに個人としても新社長に媚を売り、副社長としての保身延命を図りたいと。


 つまり戦国武将筒井順慶のように「洞ヶ峠」を決め込む「蝙蝠こうもり戦略」を取ると。


 抜け目ないが平穏を願う、いわばよくある善意の役員としての自分を、俺に印象付けた。もちろん、俺の報告を通して社長にも。


 だが、それは煙幕だった。上がったはずの副社長はその実、虎視眈々と反逆の爪をいでいた。


 なんたって副社長はそもそも、商社としては傍流の資材部出身。いじめられながらも結果を出して主任から係長へと出世し、海外孫会社の事務方立ち上げスタッフとして送られ、あちこちの辺境国を渡り歩いた。


 海外では当然だが本社内に人脈を広げられるはずもない。俺と同じような使い捨ての駒だったわけさ。


 それが三十代後半で本社に戻されると古巣、つまり資材部部長としてまた大活躍。社内人脈が薄いためにそれでも社内辺境各所の部長をたらい回しになった挙げ句、ようやく役員まで出世したとか。飲み会でもなんでも利用して、必死で係累を作ってきたのは事実だろう。


 そんな苦労人が今や副社長だからな。つまり政治的な策謀が極めて得意だってことだ。その点にもっと注目しておくべきだった。「上がり」の地位に満足せず、掟破りの「その次」のために、長年掛けて準備してきたに違いない。社長反社長両睨みの「食えない小物狸」と俺や社長に思わせもして。


 あの赤坂の謎クラブを通じて永野に籠絡されていたように見せていたが、あれだって実は逆に鉾田が永野を取り込む場だったのかもしれない。もしかしたら……他の役員や「次の役員」たりうるキーマンも。それ以前から鉾田の地味な出世街道の、ひとつのツールだったのかもしれないな。


「くそっ!」


 呪詛の言葉が、思わず口をいた。


「あっ! ご主人様、ようやく着いた。おーいおーいっ」


 十二階の踊り場に浮かんで能天気に、レナが手を振っていた。


「キラリンとキングーも、すぐ来るねっ」


 下を覗き込んでいる。小柄なふたりはあと一フロアだ。はあはあ言っている。


「急ごう、ご主人様。ほら、扉を開けて」

「ちょっと待てレナ。もう時間切れしそうだ」


 耳のイヤホンを、俺は念のためにさらに奥まで押し込んだ。


「吉野さん、聞こえますか」

「うん」


 小声で、吉野さんが返事してきた。役員会議室で得意げに周囲を見回す永野、それにとぼけ顔のまま黙っている鉾田が、俺のスマホ画面に映っている。


「今採決されたら終わりだ。こっちが負けちまう。なんとか、時間を稼いでください」

「うん」


 色々言いたいだろうに、ちゃんと小声で返してくれた。俺の吉野さんは、頼もしい上司だわ。社長解任と新社長選出という緊急動議が出ている緊迫現場、しかも並んでるのはパワープレイが得意技の取締役連中だ。なのに俺の意図を汲み取って、一世一代の賭けに出てくれるんだからな。


「……」

「……」

「……」


 会議室ではまだ動揺が続いている。


「どうした。ファシリテイターなのに、議事も進行しないのか」

「は、はい」


 永野に笑われて、秘書室長が震える声で頷いた。


「で……では、まずだ、代表取締役社長柏木氏解任動議の、さ、採決を取り──」

「待って下さいっ!」


 吉野さんの大声が聞こえた。いつものたおやかな声色とは違う。決意を秘めた声だ。


「採決の前に、取締役の方々に聞いて頂きたいことがあります」

「なにを寝言を」


 永野に鼻で笑われている。


「社長解任動議は、どんな議題にも優先して採決される。才媛吉野くんなら、そのくらいの常識は知っているだろ。それにそもそも君はシニアフェロー、つまり平取ですらない、ただの一般社員。この会議でだって発言権も採決権もない、オブザーバーではないか」

「いえ、聞いて頂いたほうが皆様のためです。私と平は、とある重要情報を皆さんに隠してきました。……社長にすら。異世界案件絡み。三木本商事の今後を左右する、重大案件です。誰が社長になろうが吹き飛ぶような爆弾の」

「後にしたまえ。全部の採決が終わったら、新社長がゆっくり聞くだろうさ。それに君や平くんは──」

「まあ待て永野」


 副社長が割って入ってきた。


「失敗ばかりの社長肝いりグローバルジャンプ21、その唯一の成功チームの責任者が、そこまで言うんだ。聞いてみようじゃないか」


 皮肉を込め、唇の端を曲げて笑う。


「それに急ぐ必要はない。もう採決結果はわかっているからな。六対五で我々改革派の勝ちだ」

「……」

「……」


 票読み結果を明示され、またざわめきが広がった。


「いや……、七対四とか八対三になるかもな。取締役の方々も、新指導部に逆らった逆賊と思われたくはないだろうし」


 取締役連中を、ゆっくり見回す。得意げに。いやお前らが逆賊だろ、クソ野郎。ここまで「推挙されて戸惑っている」表情を作ってきたのに、とうとう本性を現して牙を剥きやがった。狸面の仮面を投げ捨てて。


「さ、説明したまえ、吉野シニアフェロー」


 余裕の表情してやがるがその実、吉野さんの爆弾がよっぽど気になるんだな。なんせ吉野さん、今後の三木本を左右するとかでっかい風呂敷広げたし。


「よしっ!」


 思わずガッツポーズをしちゃったよ。


 これでなんとか数分の時間は稼げた。今度は俺が、吉野さんの頑張りに応える番だ。


 キラリンとキングーの頭を撫でてやった。俺やレナに追いついて、スマホ画面を覗き込んでいる。


「ふたりとも、もう息は整ったか」

「うんパパ」

「はい、平さん」

「よし」


 階段室の扉を開けると俺達は、三猫銀行本店ビル十二階に踏み込んだ。耳元に流れる吉野さんの大演説を聞きながら。




●島流しのため、クライマックスというのに執筆公開が遅れて恐縮です

もう帰着したので、頑張って書きました

おまたせしましたー!

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