5-11 ハイエルフのトリム、俺の狭アパートで混乱

「ここがご主人様の住まいかあ……」


 アパートのど狭い玄関に立つと興味津々といった雰囲気で、トリムが中を覗き込んだ。


「けっこう広いね。門庭だけで何部屋もあるみたいだし」

「ここは入り口とかそういうのじゃない。これが俺の家の全部だ」

「えっ……」


 絶句したかw 狭くて悪かったな。1Kユニットバスの安アパートで。


「ご、ごめんなさいご主人様。あたしてっきり……」


 そりゃ、貴族種たるハイエルフではそれが当たり前かもしれないけどな。俺はヒューマン。それも左遷された底辺だし。


「いいからさ。俺、この部屋すごく気に入ってるんだ」


 ネット見るだけなら狭くても充分だし、その分、家賃が安い。ユニットバスだって、風呂入るついでにトイレ掃除できて楽。シャワーで流して放置するだけだから気楽だし、毎日の掃除で当然トイレはぴかぴかで、どえらく清潔できれい。気持ちいい。


 陽当たりもいい。それに大家が上に住んでるせいか造りがよくて、隣の部屋の騒音とか気にならないから、ぐっすり眠れる。


 それより……。


「いいからさ。それよりご主人様って呼ぶのやめてくれよ。前も言っただろ。急に持ち上げられたみたいで居心地悪いから」


 レナみたいに最初からあっけらかんとご主人様呼びならいいんだけどさ。


「それより早く入ってくれ。俺も腹減った」

「そ、そうだね」

「ボクもお腹減ったよー。お弁当にしよ」

「レナも困ってるだろ。ほら」

「うん」


 おそるおそるといった体で、トリムは部屋に踏み出した。


「お、おじゃまします」


 当初俺に虚勢を張ってたからだろうが、これまでトリムはこっちの世界には出てこなかったんだ。でも今日は、例のケイオスをふたり協力して倒したからなのか、自分から俺の家に来たいって言い出した。


 フィギュアサイズのレナだと気にならなかったけど、さすがに等身大のトリムが入ると、「女を連れ込んだ」感すごいな。生まれて初めてのことだから、ちょっと感激だ。これが恋人とか吉野さんだったら、俺、連れ込んだ瞬間に理性をなくす自信がある。なんの自信だ>俺。


 それに、やたらと部屋を窮屈に感じるな。ベッドを背もたれ代わりに、ふたり並んでローテーブル前にする形になるし。これじゃ今後まさかの吉野さんがお泊まりにくる「幸せハッピー警報」が鳴り響いたとき、困る。


 今度カラーボックス全部捨てて、スペース作るか。どうせたいしたもん入ってないんだし。


「でもあれね」


 半額の洋食弁当(ハンバーグ&オムレツ+ミックスフライ)から顔を上げると、トリムが俺を見た。てか、安アパートの狭い部屋でハイエルフが飯食ってるとか、よく考えるとシュールな絵だ。床座りだから下着見えそうになってるし。


「平の部屋で食べると、お弁当も、なんか新鮮な気がする」

「そりゃそうだろ。いつもはアウトドアだし」


 あれはあれで気持ちいいけどな。吹き渡る風がいい匂いで、ぽかぽかあったかいし。


「でもまあ、無事戻れてよかったよ」

「トリムとご主人様の連携、見事だったもんね」


 いつもの爪楊枝で、レナは器用にエビフライを食べている。


「ご主人様が内臓っぽい奴を切り開いた瞬間、トリムの矢が突き刺さったもんね。ケイオス、一撃で消えちゃったし」

「そりゃ、あたしと平は一心同体だもん。あたし使い魔だから」


 満更でもない顔で、トリムがハンバーグを口に運んだ。


「トリムお前、随分態度変わったな」

「いいでしょ、そんなの」


 ぷいと横を向いたりして。まあかわいいと言ってもいいか。


「でもあれ実際、なんだったんだろう。ハイエルフは歴史長いからほとんどのモンスターは伝承されてるけど、あんなの見たことも聞いたこともないよ」

「この世のものじゃあないみたいだったよね」

「そうは言うがレナ、俺らからしたらあの世界のモンスターも使い魔も、この世のものじゃあないけどな」

「それもそうか、えへっ」

「まあなんにつけあれも、ヴェーダ案件だな」

「図書館に行くの? ご主人様」

「ああ。今日はなんとかしのいだが、またあんなのが出てきたらかなわんからな。アーサーは明日、モンスター出現しそうにないルートを調べておくって言ってたし、こっちは情報収集だ」

「いやだよ、あたし」


 トリムが弁当を置いた。


「あのヘンタイ、絶対あたしのこと触ろうとするもん」

「いいだろ、手を握られるくらい。握手みたいなもんじゃん」

「そういうんじゃないし。平あんた、あたしが他の男に触られてもいいわけ?」

「いや……いいとは思わないが」


 なんかヘンな方向に話が進みそうになったんで、口を濁しておく。


「ならどうすんのよ」

「わかった。明日はお前を召喚しないよ。ならいいだろ。ヴェーダに会わずに済む」

「平あんた、あたしと会わなくても平気なワケ?」


 なんやら知らんが興奮してるな。


「んじゃあ、図書館終わったら呼んでやるよ。俺に会いたいんだな、トリム。うれしいよ」


 トリムの顔は、みるみる赤くなった。


「そ、そんなこと言ってないでしょ」


 グーパンが飛んできた。


         ●


「おーいて」

「悪かった。もう機嫌直して」

「いや別に怒ってはいないが……」

「じゃあ仲直りねっ」


 喧嘩してるわけでもないが、トリムがそれで満足するんなら、どうでもいいか。


「それよりトリム、弁当まだ残ってるぞ」

「へへっ。おいしいものは最後まで残しておくタイプ」


 そうか。付け合わせのナポリタン――というかただのケチャップスパ――が好みか。安上がりでいいな、お前。


「それ気に入ったんだったら、今度作ってやろうか」

「えーっ。平、ご飯なんか作れるの」

「馬鹿にすんな。楽勝だ」

「ご主人様はね。けっこう器用なとこあるんだよ。ボクの服なんかも、たまーに繕ってくれるし」


 自分のことのように、レナが自慢した。エビの尻尾に取り付きながら。レナの服、ちっこいから繕うのけっこう難しいんだ。買えばいいんだが、ドール服、俺の服より高いからさ。


「パ、パンツも!?」

「もちろん」

「うわあ……」


 ドン引き気味の瞳で、トリムに睨まれた。なんかムカつくから、ちょっとからかうか。


「遠慮するな。お前のパンツも繕ってやる。ほれ脱げ」


 ふとももに手を掛ける。


「脱がしてやろう。服まくれ」

「ヘンタイっ!」


 グーパンが飛んできた。


          ●


「おーいて」

「悪かった。もう機嫌直して」

「いや別に怒ってはいないが……」

「じゃあ仲直りねっ」


 五分前と同じだw


「……もしかしてループものか? 俺の人生」

「なに、ループものって」

「いいからスパ食べろ。今度作ってやるからな」

「料理するとか、意外。もっとがさつかと思った」

「山盛り三百グラム作ってやる」

「ホント?」

「ああ」

「へへーっ」


 喜んでやがる。単純な奴。


 まあスパ茹でてケチャップと混ぜるだけだからな。本気ナポリタンとかじゃないし。コツは、かなり塩強めで茹でること。パスタはこれだけで随分うまくなるんだ。それを俺は発見した。貧乏飯の豊富な経験からな。


「ところでトリムお前、今晩ここに泊まるんだろ」

「そうだよ。当たり前じゃん。あたし平の使い魔だし」


 なにを今さら、といった顔だ。


「だよな、やっぱ」


 一応確認しておかないとな。


 いつぞやのレナのお願いで、毎日ふたり裸で添い寝している。まあレナはちっこいからなんもないわけだが。だが今日はトリムもここに泊まる。俺が裸になるわけにはいかないから、ジャージでいいな。


 レナにはドールナイトウェア着せときゃいいし。トリムが普段着着たままを嫌がるようなら、俺のTシャツとパンツでいいだろ。あと洗濯ローテーション用のジャージもあるし。


 俺の狭いシングルベッドで添い寝となると、密着せざるを得ない。とはいえ裸でくっつかれなければまあ、ヤバい方面には展開しないだろ。眠れば夢の世界でレナとイチャつける。それを考えてなんとか我慢するさ。


「それより平が飲んでるの、なに?」

「これか?」


 缶を振ってやる。


「うん」

「なんちゃってビール」

「なにそれ」

「これはな、こっちの世界では、貴人だけに許された高貴な飲み物だぞ」

「へえー」

「スーパー特売で九十八円だよ。五百の大きな奴なら、百二十八円」


 レナの奴、バラすことないだろ。


「九十八円って?」

「ああ、だいたい鋼鉄三トンの価値だ」


 説明が面倒だし、適当にふかす。


「本当?」


 瞳が輝いてるな。


「それ、超高いじゃん。……ねえ平ご主人様ぁ」


 媚びる瞳だw


「あたしも飲みたい」

「うーん。どうしようかなあ……。なにせ貴重だし」

「いいじゃん。あたしハイエルフだから貴人だし。平なんかより、よっぽどふさわしいでしょ」

「仕方ない。ガン冷やししてあるとっておきを、特別に飲ませてやるよ」

「やたーっ!」


 冷蔵庫の一番上、冷気噴き出し口の真ん前で冷やしてあるとっておきの缶を出してやる。あーもちろん、ただのなんちゃってビールな。


「これも特別に、グラスに注いでやろう」

「へへーっ」


 喜んでるな。


「……えーと」


 なみなみと注がれた泡立つビール(なんちゃって)を見て、困惑したかのようにトリムは眉を寄せた。


「なにこれ……。まるで……」

「まるでなんだよ」

「おし……」

「いいから飲め。うまいぞ」

「でも泡立ってるし、黄色いし。まるでおし――」

「黄金水は神の味ってな。騙されたと思って、ほれ、一気に」

「でも……」

「ご主人様の命令だぞ」

「ずるい。こんなときだけ」


 恨めしげに俺を見上げたが、意を決したのか、そろそろとグラスを手に取った。


「冷たい」

「だろ。うまいぞ。我が家風、氷点下ビール(なんちゃって)だ」

「じゃあ、い、いただきます」


 おそるおそるといった雰囲気で、グラスを口に運ぶ。


「うんっ!?」


 目を丸くして。


「に、苦ーっ!」


 舌を出したな。


「なにこれ。めちゃくちゃ苦いんですけど。おしっこでしょ、これ」


 とうとう口に出したかw


「ビール(なんちゃって)はな、舌でなく、喉で味わうんだ。ほれ、一気に流し込め」


 目を白黒させながら、それでもトリムは一所懸命、ビールをやっつけた。多分、使い手たる俺が命令したからかも。かわいいところあるな。


「ぷはーっ! ……ふう」

「どうよ」

「たしかに喉越しはいいかも。それにこの後味というか風味がまた……」


 首を傾げて。


「そう、なんだか懐かしい畑の香り。エルフの故郷の」

「どうだ。うまいだろう」

「ま、まあね。最初は苦くて驚いたけど、さすがは貴人の飲み物というか」


 こっちの世界長いレナは、駄菓子並にやっすいビールと知ってる。だから、なにも言わずニヤニヤしてるな。趣味悪いぞ、レナ。


「で、でも、なんかこれ……」


 トリムの頬は、急速に赤くなった。


「気持ちいいかも。エルフもびっくり!」


 瞳もとろんとしてきた。なんだトリム、酒に弱いのか。意外だ。絶対、故郷ではエルフの蜂蜜酒とか飲みまくってると思ってたけどな。それか、単にビールにだけ弱いのかも。


「なんか暑くなった? この部屋」


 手でぱたぱた顔を仰いでる。


「そんなことないけどな」


 もちろん暑くなるはずはない。


 とはいえ、もう梅雨明けして夏に入ったところだ。帰宅してすぐエアコン入れてはいる。ただボロアパートのボロエアコンなんで、冷えるのに時間かかるんだわ。


 でもそんなに不満はない。暑い中で飯食って汗かいたところで、さっと熱いシャワーを浴びる。風呂上がりには部屋もさすがに冷えてるから、体にエアコンの強風ガン当てすると、気持ちよさマックスじゃん。ハナから冷えてるより、俺はむしろ好きなくらい。


「あーもうダメ。あたし、沐浴する。……平の家にも沐浴用の泉とか、あるんでしょ」

「まあ風呂はある。シャワーじゃなく湯船に浸かりたいなら、入れるのにちょっと時間かかるけど」

「じゃあ早く入れてよ」

「わかったわかった」


 なんか溶けかかったアイスみたいにだらりんとなっててかわいい。湯張りを始めて部屋に戻ると、トリムが服を脱いでいるところだった。


「なにやってるんだよトリム。まだ時間かかるぞ」

「あーもう我慢できない。あっつ。もう沐浴する」

「気が早いって」

「暑いんだもん」

「レナ、お前も止めなきゃダメだろ」

「なんで。面白いじゃん」


 瞳がきらきら輝いてるな。


「これは今晩、怒涛のエロ展開があるねっ。ご主人様の初めてはボクの予約済みだけど、ちょっと指入れるくらいはしてもいいよ。ボクとのエッチの練習として」

「お前はっ。露骨な表現やめれ」

「でもご主人様、我慢できるの? なんでもエルフとのアレ、ものすごく気持ちいいんだってさ。こう、なんというか締まり? あと敏感な反応? 特に胸とか。それにエルフならではの聖なる刻印が――」

「やめろっての」

「ご主人様。前が膨らんでるじゃん」

「ウソつくなっての。見よこの清らかな俺様の下半身」


 ぐっと腰を突き出す。なにやってるんだろな、俺。


「へへっ。すぐおっきくなるよ。ご主人様」

「あついあつーい」


 がばっと服を脱ぐと、トリムは上半身すっぽんぽんになった。

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