6-3 ダンジョン最下層、「謎の影」戦

「ご主人様、逃げてっ!」


 レナの絶叫はだが、飛んでくる氷球の轟音で掻き消された。逃げるもクソも、もう巨大氷球はすぐ先だ。


 ――やばっ! 俺、死ぬじゃん――


 本能的に目を閉じた瞬間、ごおっという風が巻き起こり、俺の頬をなにか熱いものがかすめた。じゅうじゅう言う音になんとか目を開けると、青い炎が背後から前に飛んでいた。エンリルがドラゴンの杖を使ったのだろう。氷球は一瞬にして熔け消えたようで、足元に大きな水たまりができていた。


「はよう攻撃せんかっ! 平っ」


 エンリルに一喝された。


「言われなくてもなー」

「ボスっ」


 俺とタマが駆け出す。そこにエリーナのバンシースクリームが響いた。だが敵には効果がないようだった。キャンセル技を持っているのか、あるいは「なにかの影」のため、本体までスクリームの影響が届かないか、どちらかだろう。


「前衛は俺とタマ。中衛はエンリルとドライグ、ケルクス、吉野さんの間接攻撃。それに――」


 謎の影に向け走りながら、次々指示を飛ばす。


「残りは後衛。守備的フォーメーションを組め。回復主体だ」


 タマと視線を交わすと以心伝心で、俺は右、タマは左へと回り込む。中央の空いたスペースには、中衛からのブレスや魔法が飛び交った。


「タマ、物理攻撃がどれほど効くかわからん。あの厄介な氷球魔法を邪魔することに徹するんだ」

「了解」


 影は全高五メートルにも及ぶ。サイクロプス並の巨体だ。全体の形は、人型に近い。ゆらゆら揺れており輪郭は判然としないが、どうやら物理的な実体はあるようだった。実体があるなら物理攻撃だって効く可能性はある。


「試し討ちだっ!」


 足元を水平に薙ぐと、ゴムのような感触と共に、剣は跳ね返された。


「どうやら攻撃は効く。それにヤバい毒とかも無さそうだ。全力で行け」

「ボスっ」


 バレリーナのように回転すると、タマの華麗な足技が炸裂した。右脚に次々、ローキックをお見舞いしていく。回転の勢いをつけた回し蹴りだから、一発一発が重い。決まる度にどすんすばんと音が響いた。


「ご主人様、こっちもだよっ。また氷球が形成されてるっ」


 レナが俺の胸を叩く。無言のまま突き出された影野郎の腕の前の空間が歪み、別次元から氷球が召喚されつつある。それはどんどん……どんどん大きくなった。


「わかってる――っやっ!」


 再度斬撃を加えたが、常用長剣では埒が明かない。切り札である「バスカヴィル家の魔剣」に抜き替え斬り込んだ。今度は、わずかながら剣が通った。


「……ぐっ」


 微かに、野郎の声が漏れた。なんだよこいつ、鳴き声くらいは出せるんか。


「いいよっ、ご主人様」

「任せろ」


 勢いに乗って何度か斬り込むうちに――。


「ふたりとも、一瞬離れよ」

「おう」

「ああ」


 エンリルの要請に応え、俺とタマが飛びじさる。そこにエンリルとドライグの噴炎、吉野さんの雷撃が集中的に飛んできた。じゅっという音や蒸気と共に、氷球がまた消滅する。ついでに野郎にも多少のダメージはあったようだ。影が揺らぐと、一歩後退った。


 ケルクスの矢はだが、ゴムのような体に跳ね返された。ありゃ矢じゃ無理だな。俺の剣もろくに通らないし。


「ケルクス、魔導攻撃に変更しろ。お前は魔導戦士だ。魔法を撃ちながら前衛位置まで進め。もう一枚、前衛が欲しい。魔法か斬撃か、判断は任せる」

「任せよ平。お前を守り切って見せる」


 ケルクスの声が響いた。


 よし。敵の攻撃パターンは読めた。攻撃が単調で一種しかないのが気になる。罠かもしれないが、だからといってこちらに他の手段を取るカードは残されていない。手持ちのカードで全力出すしかないだろう。


 俺の指示で、各人の攻撃に熱が入った。防御より攻撃に戦術の軸足が変わったからだ。中衛の三人も前衛位置まで進んできた。そのほうが、俺やタマ、それにケルクスと意思疎通が楽だからな。後ろから声を掛けるのではなく、近くで相手の顔や行動を見ながらやりとりできるし。


 そうしてこちら優位に戦闘が移行した頃、急に敵の影が揺らいだ。しゅうっという音と共に、体が縮小していく。


「一時退避っ! 爆発するかもっ!」


 冬虫夏蠍とか、死ぬ際に爆発してこっちを巻き添えにしようとする敵と戦ったこともあるからな。あのときは吉野さんが大河に落ちて溺れたし、あんな辛い思いは二度とごめんだ。


 前を向いたまま、前衛は皆、後退した。中衛の位置まで。油断することなく、エンリルは杖の先を影に向けている。


「お兄ちゃんっ! 敵のエネルギーが萎んでいくよ」


 キラリンが叫ぶ。縮んだ影は人の形すら失い、真っ黒い球状になった。もうテニスボールくらいのサイズだ。


「あたしのセンサーの感知限界まで消えた――あっ!」


 と、突然、黒い球は輝き始め、また膨らんだ。歪んで次第に人の形へと。


「戦闘準備っ!」


 剣を構え直した俺の腕を、エンリルが優しく掴んだ。


「大丈夫だ平、あれはただの映像よ」

「映像……」


 言われるとたしかに、ホログラムかなにかのように思えてくる。体長は俺より小さいくらい。ローブを被った痩せ中年姿で、無表情。尖った鼻と冷たい瞳。俺を見て首を傾げた。


「面倒だのう……」


 映像は口を開いた。

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