9-3 コレーの珠

 牢獄は、意外に小さかった。十二畳くらいしかない。俺のアパートよりちょっと広いくらいだな、これ。ただ都内の安部屋と異なり、真四角ではなく円柱のような、ちょっと不思議な形だ。床や天井、壁なんかは、ここまでの道のり同様、ごつごつした岩肌だ。


「どういうことだ……」


 薄暗いからはっきりとはわからないが、人を閉じ込めておくような設備はないように思える。寝床もトイレも、水桶の類も。人影もない。


「やっぱり誰もいないよ、平」


 タマとふたり、手分けして部屋の隅々まで調べていたトリムが、俺を振り返った。


「……この部屋じゃないってのか」

「いえここです、平さん」


 進み出たキングーが、壁の岩肌の窪みを、背伸びして覗き込んだ。


「これです。ここから強大な冥界の力を感じます」


 手を伸ばした。


「待て。なんか知らんが触るな」


 制止して近づくと、チェックしてみた。張り出した岩で、ちょっと棚のような窪みになっている。そこにぼんやり、なにかが置かれている。石ころのようなものが。


 ゴルフボールよりは少し大きい。見た感じ、きれいな球体だ。暗いからはっきりとはわからないが、鈍い銅色に思える。


「タマ、お前夜目利くだろう。見てみてくれ」

「任せろ」

「触るなよ。危険かもしれん」

「わかってる、平ボス」


 わずかに背伸びすると、タマが「棚」を調べた。


「うん。珠だな。ドワーフの地下迷宮最深部で、冥王ハーデスと相まみえた。あのときと近い匂いがする。冥界と関係するのは確かなようだ」

「ご主人様。ボクが見るよ」

「よしレナ。頼む」


 飛び立って窪みに立ったレナは、謎の珠の周囲をぐるっと回った。


「これがコレーだよ、ご主人様。つまりペルセポネー」

「珠じゃん」

「魔族の魔法で、珠にされたんだ」

「逃げないようにじゃないの、平くん」


 吉野さんが、俺の脇に立った。


「なるほど」


 捕まったとはいえ、ペルセポネーは冥界の女王だ。強い力を持っているに違いない。なにかの折に逃げられる危険性がある。こうしてアイテム化しておけば、それを防げるってことか。


「だから獄司とか見張りが極端に少なかったのか」

「お兄ちゃん、珠っていうのはね、魂のことでもあるんだ。御魂みたまって言うでしょ」

「たしかに」


 キラリンは元が謎スマホだけに、暇見ては自分でいろんな知識を検索して記憶として保管してるからな。こっちの異世界は詳しくないが、現実世界での知識は、もうレナを超えてると思うわ。


「イシスの黒真珠とかドラゴンの珠とかも、そのパターンなんだな」

「そういうこと」

「これがコレーだってんなら、ミッションクリアだな」


 俺は全員を見回した。


「こんなとこ、長居は無用だ。とっとと帰るぞ」


 コレーの珠に、そっと触れてみた。金属と石の、ちょうど中間のような手触りだ。すべすべしていて、冷たい。


「うおっ!?」


 俺が珠を取った瞬間、なにかの音がして、あれだけ暗かった部屋が熱帯の真昼くらいに明るくなった。灯りが点いたわけじゃない。壁の岩全体が輝いたんだ。


 ここまで暗闇に慣れていただけに、目を開けていられないくらい。明るく照らされたタマの猫目が、すっと細くなった。


「これはこれは」


 先程タマがぶち破った入り口の外から、声がした。ひょいと顔が覗く。牛頭人型。角が生えている。三メートルはありそうなムキムキの体を屈めて、俺達を見ている。


「虫けらが罠に掛かったか」


 トリムの睡眠矢が飛んだ。が、頑強な体は、矢をまったく受け付けない。矢は虚しく地面に落ちた。


「悪あがきするのう……」


 豚が鳴くような声で笑っている。


「ご主人様、ミノタウロスだよ。……ここはミノタウロスの迷宮だったんだ」


 ミノタウロスは知っている。神話に出てくる魔人だ。神話では迷宮の中央に陣取り、迷い込んでくる冒険者を蟻地獄のように殺すのを、無上の喜びとしてるとかなんとか。


 それで奇妙な造りだったのか、この建物。見張りが少なかったのも、罠だったからかもしれない。


「キラリン。転送だっ」


 コレーの珠は、もう俺の手中だ。


「ダメだよお兄ちゃん。飛ばせられない」

「なんでだよ。棒が立ってるって言ってただろ」

「明るくなったら、急にダメになった」

「くそっ」


 なにかの封印か。相手は魔族だし、コレーをアイテム化するほどの魔力がある。


 いったいどうすればいいんだ。俺と吉野さん、それに使い魔のみんなやキングーの命が懸かっているというのに……。

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