第209話旅路
209.旅路
オリビアと初めてのキスをした次の日の朝。
翼の迷宮へ向かうために全員がブルーリング邸に集まっていた。
メンバーは探索組であるオレ、エル、アシェラ、ライラ、母さん、ナーガさんの6人。サポート役はジョーをリーダーにゴド、ジール、ネロ、ルイス、リーザスさん、料理長の7人、計13人での移動だ。
今回の移動は幌馬車が3台での移動となる。
箱馬車では人数が乗れず、荷馬車では幌が無いので雨や雪が降ると困る事になるからだ。
6人で1つの馬車に乗り、それが2台。残りの1台は荷物を積んでいく。
早速、馬車に乗り込んでいくが探索組とサポート組に分けるとリーザスさんがサポート班で女性1人となってしまう。
話し合いの結果、迷宮探索に入ってからはしょうがないが、移動ではお互いが慣れるまでの間は男女で馬車を分ける事になった。
「スマンな。母さんのせいで……」
「気にするな」
「でも探索での打ち合わせなんかもあったんじゃないか?」
「もう迷宮探索も4つ目だからな。今更だ」
「そうか……もう3つも踏破したんだよな……」
ルイスの言葉にジョーやネロも、改めてオレとエルをマジマジと見つめてくる。
「それに正直な話、男同士の方が気楽で良い」
「まあな、それには同感だ」
オレの言葉に話し相手のルイスだけで無く、ジョー、ゴド、ジールが頷き、エルが苦笑いを浮かべていた。
唯一、ネロだけは呆けた顔をしていたが、ネロにはいつまでもそのままであってほしいと思ってしまったのは、オレだけではない筈だ。
結局、馬車はムサイ男班を先頭に、荷物、女性班の順番で進んで行く事となった。
男班の御者はゴドが、荷物の御者はジールが、そして女性班だがリーザスさんとナーガさんが交代で御者をしている。
オレはというと、この馬車の旅が始まって半日もしない内に、移動が暇すぎる事に気が付いてしまった。
目的地まで今日を入れて2週間……オレはゴドとジールに馬車の操縦を教えてくれるように頼み込んだ。
ゴドとジールも暇だったのだろう。暇つぶしとばかりに2つ返事で了承してくれた。
因みにルイスとネロだが、今まで機会を逃し続けていたエアコン魔法をエルから習っている。
2人はエアコン魔法が非常に優秀な魔法だという事を、オレ達と行動を共にして分かっている筈だ。
冬休みが終わると卒業が2週間後に控えている事から、今回の機会を逃すと次にいつ覚えられるか分からなくなる。
この冬空の寒さもあり、やっとエアコン魔法を覚える気になったのだろう。
こうして途中、何度か休憩を挟みながらも夕方には今日の目的地の村へと到着した。
ミルド公爵領へ移動するには、まずリュート伯爵領を縦断しなければならない。
10日をかけてリュート伯爵領内を移動し、やっとミルド公爵領へ辿り着けるというわけだ。
このリュート伯爵領の特徴としては領地の殆どが平地であり、王都で消費する小麦の7割を担っていると言われている。
平地が多いためか、大きな森が少なく強い魔物がいない事が安定した農業に適していたのだろう。
王都の台所を自負しているため、当然ながら領主も見回りを精力的に行っており、王国の中でも有数に治安が良い事でも有名であった。
「今日はこの村で1泊です」
ナーガさんの言葉で宿屋に馬車を移動していく。
宿の前まで来るとナーガさんが馬車から降り、宿の中へと入って行った。
オレ達はナーガさんが戻ってくるまでここで待機だ。
暇にかまけて村の様子を見回していると、思ったより小さな村だというのが分かった。
村の人口は恐らく全部合わせても、300人はいないのでは無いか……
建物は50軒ほど……全てが民家では無いだろうしな。
ぼーっと村を見てると3人の女性が、遠目でオレ達を眺めているのに気が付いた。
女性は10代半ば、20代半ば、20代後半といった所の3人。季節は真冬だというのに大きく胸が開いた服を着てバイーンを見せつけるようにしている。
20代半ばの女性と眼が合うと、誘うような流し目を送られてしまった。
そんなオレの様子を見ていたジョーが口を開く。
「アルド、娼婦だ。あんまり見てるとアシェラに殴られるぞ」
オレは驚いてジョーを見たが時すでに遅し……背後から殺気が漂ってくる……
直ぐに魔力盾を展開するが、アシェラの方が一瞬、早い。
哀れ、オレは睡眠の状態異常を撃ち込まれ、その場で大の字になって眠ってしまった。
意識を失う寸前に見えたのは、20代半ばのお姉さんのバインバイーンだったのは秘密だ。
徐々に意識が覚醒してくる……ゆっくりと眼を覚ますと知らない天井が見えた。
それはそうだろう、ボンヤリとした意識の中でも馬車の旅をしていた事は覚えている。
ここは宿屋の部屋といった所だろうか……
窓を開けると外はすっかり暗くなっていた。一体どれぐらい眠っていたのだろう……
オレは脱がされていた鎧からナイフを2本取り出すと、右脛と左腿に装備して部屋を出ていく。
階段を降りると1階は酒場になっており、ジョー、ゴド、ジールの三羽烏が酒を飲んでいた。
「おう、アルド。目が覚めたか」
「ああ、アシェラ達は?」
「この辺りの特産はハチミツらしくてな、オレ達以外はハチミツ菓子を食べに行っちまったぜ」
「そうか……で、お前等は?」
「ハチミツの産地なら当然ミードだろ。オレ等には菓子より酒の方が良いからな」
「……美味いのか?」
「何だ?お前、飲んだ事無いのか?」
「ああ、酒自体、飲んだ事は無いな」(この世界に来てから、だけどな)
「……飲むか?」
「……じゃあ、一口だけ良いか?」
「おうよ、ドラゴンスレイヤー様と晩酌出来るなんて光栄だぜ」
「……」
「どうだ?」
「うーん、ワインに近いのかな……味は……美味いな」
「ワインを知ってるって事は飲んだ事あるんじゃねぇかよ」
「え?あ、そんな気がするっていうか……」
「大丈夫だ。オレ達は何も言わねぇよ。しかし、飲めるならもっと早く言えよな。おーい、姉ちゃん、コイツにミードを1杯頼むー!」
何故か飲める事になってしまった。いや、久しぶりの酒は美味かったのは確かなのだが……
それからは久しぶりの酒に気が緩み、暫くして母さん達が帰ってくるまでの間に、オレは完全に出来上がってしまっていた。
「アル、まさかアンタ飲んでるの?」
「飲んでーますよー。うひょひょ」
オレが完全に酔っているのを見て全員がジョーを見つめている……アシェラなど殴りかかりそうな勢いだ。
「いや、違うんです。アルドが一口飲みたいって言うから飲ませてやったら、ワインと似た味だとか言い出して……酒の味まで分かるならそれなりに飲めるだろうと思ったら、ミード2杯でこうなってしまって……」
経緯は分かったがジョーの責任がより明確になっただけである。学生に酒を飲ます情状酌量の余地は無かった。
ジョー達3人はアシェラからの怒気を受け、最終的には土下座する羽目にになったらしい……
らしい、というのはこの時には既に、オレは酔い過ぎて記憶が無かったのだ。
日本にいた頃も酒は強くは無かったが、ワイン2杯で記憶を失くすなんて事は無かった。
やはり体がアルコールに慣れていないのだろう。
6月生まれのオレは、この世界の成人は越えている。酒を飲む機会も増えるだろうし少しずつ慣らしていかなければ……
それと後から聞いた話では、酔ったオレは公衆の面前でアシェラをどれだけ好きかを大声で語っていたらしく、周りの男共からのヤジが凄かったと……
次にオリビアの話題に移った時には男達から軽い殺気が出ていたらしい……
最後にライラも可愛いと叫びながら机の上に上ってハグをしたそうだ……その姿を見た男共は俯いたまま店を後にした……
この日、この村で娼婦が大忙しだったのは、オレの責任ではないはずだ。
オレは今、二日酔いで痛む頭を抱えながら、エルに昨日の惨状を聞いている所である。
色々やらかしたみたいだが、最後のライラを抱きしめたとか……それは本当にオレなのだろうか。
そりゃ、好意を寄せてもらっているのは分かるし、見目は可愛らしいと思う。
ただオレはライラの事を何も知らないのだ……何故 エルフの郷にいたのか、何故 母さんやアシェラと知り合いなのか、何故 アシェラはライラを嫁候補にしているのか、そして……何故 空間蹴りが使えるのか……
少なくともオレは母さんやアシェラほど、手放しでライラを信用していない。
害意を持たれているとは思わないが、正直な話、警戒が先にきてしまう。
そんなオレの気持ちを無視するかのように、朝からライラは頬を染めながらオレの隣にぴったりとくっついてきた。
非常に気まずい。昨日のやらかしがあるので強く言えない……
頼みのアシェラを見ると、そっと眼を逸らされてしまった。
おぃぃぃぃぃ!普段は見るだけでもヤキモチを焼くのに、何でライラは良いんだーーー!
結局、この日は馬車の中以外は、ずっとライラにくっつかれていた1日になってしまった。
その日の夕方、次の村に辿り着いてからの事。
「エル、ルイス、ネロ、昨日は失態を見せたが、オレ達は酒の飲み方も学ぶ必要があると思う。でないと、いきなり酔い潰れてスリに合うとか、最悪は攫われるとか……」
「そうですね。嗜みとして飲めるようにならないとですね」
「そうだな……特にオレは王都で一人の予定だしな……」
「オレも酒を飲んでみたいぞ」
「決まりだな。ちょっとナーガさんに話してくる」
そう言って母さんとナーガさんの部屋に移動して、今日の夕飯で男班は酒を飲む事を報告した。
「アンタねぇ。昨日あれだけやって、まだ懲りて無かったの?」
いきなり氷結さんの先制パンチ。アルドは168ダメージを負った。
「だからこそ1人で酒を飲んで取り返しのつかない事にならないよう、皆がいる場所で飲むんです!」
オレの正論に母さんは言葉を飲み込んだ……
「ナーガどう思う?」
「そうねぇ。アルド君の言う事も一理あるわね。いきなり子供だけで飲むよりは良いと思うわ」
「そう、分かったわ。飲酒を許してあげる。但し、マズイと思ったら取り上げるわよ!」
「分かりました」
こうして男班のむさくるしい飲み会が始まったのである。
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