第173話王家の影

173.王家の影





アオと話した後、ガル、ベレット、タメイは挙動不審になっていた。朝食も摂っていなかったので座って貰い腰を落ち着けて今までの事を話していく。

独立の件や新しい種族の件はオレが言っても良いのか判断が付かなかったので”話せる事だけ話す”と前置きをしてから話した。


母さんは少し離れた場所でオレ達の様子を微笑ましそうに見ている。アシェラとエルも口を挟むつもりは無さそうだ。

3人はゴブリン騒動の時にブルーリングで防衛の任に付いていたらしい。


オレを小さい頃から見て強いのは知っていたが、コンデンスレイやゴブリンエンペラーを倒した事に違和感があったらしい。

”人はそこまで急激に強くなれるのか?”


それだけに、オレが”使徒”になった事実は3人の腑に落ちたそうだ。


「………て事でオレとエルは使徒になった。さっきのはオレ達の精霊でアオだ」

「精霊の使い……創世神話か……」


「ああ」

「跪いた方が良いか?」


「止めてくれ。オレはオレだ。他の何者でも無い」

「ハッ。そうかよ。なら、オレもオレで行かせて貰うぜ」


「そうしてくれ。2人はどうだ?オレが怖いか?」

「いや、どう言って良いのか……驚いたッス……」


「オレも最初は驚いたよ……ただ、そのチカラがあったからブルーリングを守れたんだ……」

「そうッスか……アルド様はチカラを持っても変わらねぇんッスね」


「実際、やる事が増えた割りに、貰える加護が少ないからな。日々こなすだけで一杯一杯だよ」

「ハハッ、使徒様でも弱音を吐くんッスね」


「弱音ばっかりだ。いつもエルやアシェラに助けて貰ってるよ」

「そうッスか。じゃあオレッチも使徒様を助けてやりましょうかね」


「頼むよ。タメイ」

「それと……もしかして後世の歴史に使徒様の愛のキューピッドとしてオレッチの名前が出てくるんッスかね」


「お前がその話を広めれば、そうなるかもな……」


タメイはオレの額の青筋を見て肩を竦めた。


「止めておくッスよ。精々日記に書き留めておくぐらいにしておくッス」


今度はオレが肩を竦める番だ。


「ベレットはどうだ。オレが怖いか?」

「わ、私は今も昔もアルド様に仕える騎士です。使徒様になろうと何も変わりません」


「それならオレに仕えるんじゃなくてブルーリングにだろ?」

「私は!わ、私は短剣を教えて”師匠”と呼ばれた日からアルド様に仕えているつもりでした!」


「そうか……ありがとう、ベレット」

「勿体ないお言葉……」


これで今、話せる事は全て話した事になる。


「話せる事は全部話した。オレでは判断できなくて、話せない事があるのも事実だが支えて欲しい」

「はい!」

「分かったッスよ」

「オレに出来る事ならやってやるよ」


「ありがとう……」


こうして休憩も終わりサンドラ領へと向かって馬車を走らせていく。

因みに仮面はこの時点から着ける事にした。


馬車を走らせ、もうすぐ昼かと言う時間にサンドラの街が見えてくる。


「あれがサンドラの街か……」


サンドラの街はブルーリングの街のように草原の真ん中では無く、片方を切り立った崖と大きな川に挟まれた天然の要害だった。

こうして見るとブルーリングとは違いサンドラの街は戦時に作られた街なのが良く分かる。


北に崖、西に川があり門は南と東のみ。西は船専用の出入口があるようだ。

一番大きな南門に並ぶ。


恰好は騎士と冒険者で全員が黒い仮面をつけての出で立ちだ。すぐに噂になって門番が何事かとやってきた。


「さ、サンドラの街に何の用だ」


明らかに警戒している……それはそうだろう。オレだってこんな怪しい集団がブルーリングの街に現れたらコンデンスレイを撃ち込むかもしれない。

しかしオレは王様から貰った短剣を黄門様のように懐から取り出した。ふふふ。ひれ伏すが良い。


「な、何だ。その悪趣味な短剣は……抜く気なのか?」


お、おま、王様から貰った短剣だぞ。悪趣味とか……オレも思ったけど口に出さなかったんだからな!

オレが困っているとガルがやって来た。


「我らは”王家の影”。伯爵がサンドラ領の窮状を王に訴え救援を請願した。それを王が聞き届け我らを派遣したのだ。その短剣は”王家の影”の証。半年前に”御触れ”が出ているはずだ」


ガルが一息に話すと門番の態度は明らかに狼狽したものになる。

そりゃ悪趣味とか言っちゃったもんな……


「も、申し訳ありません……」


門番は崩れるように土下座をし、震え始めた。オレの伝え方が悪かった事もあり、こんな事で禍根は残したくない。

オレは馬から降りて門番に寄りそう。耳元でそっと呟くと門番は顔を上げ苦笑いをこぼしながら頷いた。


「では案内を頼む」


オレではこの辺りのやり取りが分からないのでガルに丸投げする事にした。

移動の途中にガルがオレの馬に寄せて来て声をかけてくる。


「さっきの門番に何を言ったんだ?」

「ん?今度、晩飯奢れよって言っただけだ」


「ッハ。王家の遣いに無礼を働いて晩飯でチャラかよ」

「ダメだったか?」


「いーや。最高だ。アル坊」


そう言ってガルは大声を上げて笑った。

案内役の人が訝し気にこちらを見てくるが面倒なので知らん顔だ。


20分ほどで領主の屋敷へと案内された。

応接室に通され寛いでいると、オリビアの実母であるミリア第1夫人がやってきて挨拶を始める。


「私はサンドラ家の第1夫人ミリア=フォン=サンドラです。この度はとおいとk…………」


第1夫人とオレが見つめ合っている……これ絶対バレただろ!

知り合いならこんな仮面被っててもすぐ分かるよねーー当り前か……


特にオレは去年からリーザスさんに大剣の修行を付けて貰う為に、サンドラ邸に通っている。

ミリアさんともオリビアを交えて、何度かお茶をご馳走になった。


「あー、そ、そのまま進めて頂けると、ぼ、僕としては非常に……助かります……」


第1夫人は苦笑いを浮かべてから、エル、アシェラと視線を移して最後に母さんを見つめている……

母さんもミリアさんと同じく苦笑いを浮かべ、一度だけ頷くとミリアさんが何かに納得したように続きを話し始めてくれた。


「この度は遠い所をありがとうございます。あいにく当主は王都にて不在ですが、サンドラ領の窮状を何卒、お救いくださるようお願いいたします」

「りょ、了解した……さ、差し当たって情報が欲しい……軍の責任者を紹介して貰えれば、そちらと話をさせて貰います…じゃない、貰う」


「……承知致しました」


ミリアさんはカミカミのオレを見て、笑いを堪えながら騎士団長を呼んでくれた。


「私がサンドラ騎士団 団長のファギルです。よろしくお願いします」


何故かオレが挨拶する空気になってるが、考えてみれば”王家の影”はオレとエルの2人だ。

兄のオレが挨拶するのは当然なのか……


「”王家の影”だ。よろしく頼む」


騎士団長はオレを訝し気に見てくる。


「失礼ですが”王家の影”殿は、まだかなりお若いのでは無いですか?」

「確かに若くはあるが、それが何か?」


「重ねて失礼を申し上げると聞いている話では”王家の影”殿の武勇は比類なき物と聞いております」

「ふむ、それがどうかしたか?」


「ここ最近、武勇が届くのはブルーリングの”氷結の魔女”とギルドの”深緑の癒し手”のみかと……」

「何が言いたい?」


「ハァ……ハッキリ言いましょう。我らも命を賭ける戦いになります。この領が滅ぶ可能性もある。どこかの貴族のボンボンの道楽に付き合ってる暇は無いと言っているんです」

「ほぅ。私が弱いと言いたいのか?」


「さっきからそう言っている!」

「ハァ……最初に実力を見せた方が早いか。演習場に手練れの騎士を10人集めてくれ」


「騎士を?何故?」

「その騎士10人を全て倒せば、私の強さが分かるだろう?」


「ふざけるな!」

「今さら臆病風に吹かれたか?」


「……分かった。怪我をしても知らんぞ!」


そう言ってファギル騎士団長は応接室からでて行った。


「アルドk……いえ、”王家の影”殿、ファギルは王国騎士団からもスカウトが来た手練れです。私からも執り成しますので荒事は……アナタに怪我でもさせたらオリビアが悲しみます……」

「サンドラ夫人。私は負けませんよ。見ていてください」


さて脳筋を説得するには、これが一番手っ取り早い。軽く汗を流してきますか。

屋敷の執事に演習場まで案内して貰うと、既に10人の騎士が殺気を漲らせて待っていた。


「アルド。ボクも参加したい」

「兄さま、僕もです」

「お前等まで参加したら瞬殺だろ……後で模擬戦も見せて完全に折るつもりだから少し待っててくれ」


「分かった……」

「分かりました」


エルとアシェラには待機してて貰う。オレ達の会話を聞いていたガル達は呆れた顔で見てくる。


オレが木剣の短剣を持って前へ出ると、騎士が1人同じように前に出てきた。


「ん?」

「どうした。今さら怖気づいたか!」


「いや、そこの9人。何で何も持ってない」

「は?どういう事だ」


「1対10と言っただろう。さっさと木剣を取ってこい」


騎士たちはオレの煽りに顔を真っ赤にして怒りだした。

散々、暴言を吐いてから、10人がやっと武器を構えだす。


「おい、その場所じゃないだろ?囲まなくて良いのか?」

「「「「「「……」」」」」」


騎士達は、もう怒りが有頂天のようで危ない笑いすら出てきた。

オレの怒りが有頂天!名言である。


オレを10人で囲むように立ち、全員が殺気を漲らしていた。


「サンドラ夫人。号令を」


ミリアさんは青い顔をしながらも、なんとか頷いてくれる。


「は、はじめ……」


号令で騎士10人が一斉に襲い掛かってきた。

この初撃での一斉攻撃こそ、囲んだ意味があると言うものだ。流石は騎士、分かっている。


リアクティブアーマーで反撃でも良かったのだが、瞬殺だと実力差が分からないかもしれない。

ここは空間蹴りで空へ逃げさせてもらう。


その際にウィンドバレット(非殺傷)を10個、自分の周りに纏っておく。

余談だが1年経ち今の最高個数は11個だ。ただし数を増やし過ぎると使い難いので10個で運用している。


騎士達が驚いた顔でオレを見ていた。隙だらけだ……

ここを攻めても良いのだが、キッチリ実力差を見せつけたい。


オレは地上に降りて手招きをしてやる。


「こ、このおおぉぉぉぉぉ!」


掛け声を上げて向かって来た騎士の剣が当たる瞬間にバーニア。きっと消えたように見えただろう。

そのまま後ろに回り、首筋に当て見を当てて意識を奪った。


「次」


5人が散らばって一斉に向かってくるがバーニアと空間蹴りで全て回避する。

今回は3人にウィンドバレットを2発ずつ当て意識を刈り取った。


「4。残り6 次」


騎士達の眼に最初の怒りや舐めた様子は既に無い。

今あるのは強さが測れない敵への恐れか……


来ないのでこちらから行かせて貰う。

以外な事に連携が上手い。しかしそれだけだ。


攻撃をかいくぐり懐に入り込んでやれば片手剣が短剣に勝てる道理は無い。

首筋を短剣で薙ぎ、意識を刈り取ってやる。


「残り5」


この時点で騎士の眼には怯えのみになり始めた。

ヘタをすると逃げ出しかねない……オレは急速につまらなくなり事務的に意識を刈り取って行く。


「残り1」


ファギル騎士団長を1人残して9人の意識を奪った。


「降参しますか?」

「だ、誰が……」


もう意味は無いと思うが団長だけ降参する訳にもいかないのだろう。

バーニアを吹かしてすれ違い様に首筋に一撃を入れ10人目の意識を刈り取った。


すぐに騎士を並べ回復魔法をかけて回る。

怪我をさせないように細心の注意で攻撃をした。大丈夫のはずだ。


5分もしないうちに騎士達が眼を覚ましていく。

騎士の眼にはオレに対する”悔しさ””恐怖”そういった負の感情が浮かんでいる。


オレはここに禍根を残しにきた訳じゃない。物事がスムーズに運ぶために、チカラを見せた方が早いと判断して模擬戦を行ったのだ。


「先程は生意気な事を言い、申し訳ありませんでした」


いきなりオレの態度が変わり騎士達は驚いている。


「”王家の影”として武威を広めないといけないので、あのような態度を取らせて頂きました」


オレの適当な言い訳に騎士は納得してくれたようで、ファギル騎士団長が代表で謝罪してくれた。


「こちらこそすまなかった。領存続の危機に子供を寄越されたと勘違いしてしまった」

「いえ、子供なのは事実ですよ」


「その武威があれば、赤子だろうと助かると言う物です」


元々、気の良い人達なのだろう。オレの武力を見せ、懐を開いてみせれば、打ち解けるのは早かった。


「では”王家の影”の模擬戦など御覧になりますか?」

「是非、拝見させて欲しい」


そこからもう1人の”王家の影”のエルとアシェラの模擬戦を見せて、さらに驚かせる事に成功する。

オレも久しぶりにエルとアシェラの模擬戦を見たが驚いた。


君達、怪我しないでね?良いの貰ったら降参するんだよ?

オレの心配をよそに白熱した戦いが繰り広げられる。



こうしてなんとかサンドラ領の騎士達に認められる事になった。

さて、ここからが本番だ。アオの話から敵は恐らくマンティスだと思うが騎士団長からの話も聞かねば。





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