第174話サンドラ領

174.サンドラ領




騎士団長との模擬戦を終え、サンドラ領の状況を聞いた。


事の起こりは20日と少し前までさかのぼる。

サンドラ領の外れに、昔から言い伝えがある大きな森があった。


その森は”大蛇の森”と言われ遥か昔から20メードはある大蛇が住み、森の中の魔物を駆除してくれていたそうだ。

しかし1か月ほど前、ゴブリンキングが率いるゴブリンの群れが現れて大蛇と戦いになった。


大蛇は森の名前になるほどの存在だ。

苦戦しながらもゴブリンキングもろともゴブリンの群れを狩りつくした。


やっと終わったかと思うと、何故か同じ方向から別のゴブリンキングの群れが現れて、大蛇へと向かって行く。

結局、ゴブリンキングの群れは3度現れた。


流石の大蛇も3度の波状攻撃を食らっては無事では済まず、ゴブリンの群れを倒して尽くしてから5日ほど後に、とうとう天へと帰ってしまった。

そのすぐ後からだそうだ。虫の魔物マンティスが群れを成して現れたのは。





オレはここまで聞いて思った事があった。


恐らくゴブリンの群れはエンペラー絡みでは無いか……1年以上経って、尚且つ敵同士のはずのキング3匹。

時間のズレはあるにしても関係ないとは思えない。


もしかしてエンペラーの配下としてお互い顔見知りでエンペラー亡き後も協力関係を継続出来たのか?

今となっては分からない事ではあるが他人事で済む話では無くなってきた気がする。


キング3匹は一斉攻撃では無く波状攻撃で攻めたのはゴブリンの間で完全な協力関係には無く何かの話し合いがあったのだろうか。

所詮”主”になれるのは1匹だけなのだから。


結局、そこまでしてもキング3匹は返り討ちにあった。

しかし大蛇もその傷が原因で命を落としてしまう。


そして強者が誰もいなくなった所に漁夫の利で、たまたま近くにいたマンティスが”主”になった。

現実は、そんな所なのだろう……





マンティスの脅威を聞くとそれは数。圧倒的な数の暴力との事だ。

但し、1匹の強さとしては普通のマンティスよりも、むしろ弱いくらい。


しかし数が多すぎる。

唯一の幸運として群れは夜はじっとして動かず、明るくなってからしか動き出さない。


斥候が言うには風上に向かう事が多いらしいが、匂いを感知しているのか単純に風上に向かう習性があるのか分からないと言われた。


ただ現状で1つだけ言える事は大蛇の森からこのサンドラの街は西にあり、この地方のこの季節は西風が吹くと言うことだ。

今のように散発的な戦闘であれば現状でも十分に対処はできる。


ただ群れに本隊があるのだとすれば風上にあるサンドラの街は……

ここで1つ提案があった。マンティスは昆虫の魔物なだけあり冬は活動が低下するのだ。


しかも弱い個体だと冬を越せない事もある。

冬まで耐え忍んでから対処するべき。と騎士団の中でも意見が割れているらしい……


そうは言うが、恐らくはそこまで持たないのでは無いか?予想は最悪のもう1つ悪いぐらいで想定するべきだ。

マンティスの”主”がこれだけ大規模に繁殖を行っている目的は……恐らく夏の間のテリトリーの拡大。


エンペラーの時もそうだったが”主”になるとチカラだけで無く、知能もかなり強化されるようだ。

元がマンティスだからと言って無秩序に繁殖をしているとは考えない方が良いだろう。





それと王様からの依頼に”エルフの郷の救援”がある。

その辺りの情報も欲しい。


「エルフの郷があると聞いているのですが、そちらはどうなっているのですか?」


オレの質問にファギル騎士団長は渋い顔で話し出した。


「このサンドラ領とエルフの郷は昔から上手くやってきました。現在もそうですが過去にエルフ本国と王国の関係が微妙になった時ですら隠れて助け合って来たのです」

「そうですか……」


「事の起こりは2週間ほど前にエルフからの使者がやってきて、『マンティスに郷が襲われた。サンドラも注意してくれ』といつものお互いへの注意喚起があったんです」

「……」


「しかし、その2日後には救援の依頼があり、救援部隊を編成している所にヤツらはやってきた」

「……」


「最初は我らも舐めていた……普通のマンティスよりも弱い事に、新兵の訓練に丁度良いとさえ思っていました……」

「……」


「しかし終わらない……倒しても倒してもキリが無い。唯一、夜だけは活動を止めてくれたのが救いでした。私は夜の城壁から見た光景ですぐさま、王都へ救援の要求を送る事を決め、今に至ります」

「今の話だと今、現在でもマンティスに包囲されていないとおかしいのでは?」


「あいつらは4日前に何故か急に南へと移動していきました。理由は分かりません……エルフの郷が南東にあるのでそちらに向かった可能性もあります……」

「……」


「ただ6日間の戦いで我らもボロボロなのです。武器も鎧も満足に無く、怪我人の治療も重傷者で手一杯……とてもエルフの救援に割ける人員は無い……」

「そうですか……」


大体の状況はこれで分かった。一度、情報を整理したい。


「話は分かりました。皆さんお疲れ様でした。頂いた情報を整理したいのですが、どこかお部屋を貸していただけませんか?」


オレの言葉にミリア夫人が立ち上がる。


「そうであれば領主の屋敷で客間を用意させましょう。大部屋が必要であれば人払いをしますので応接室を使ってください」

「お言葉に甘えさせて頂きます」


オレ達は騎士団の詰所から領主の屋敷へと移動させてもらった。

丁度、昼食の時間だった事もあり、食事を摂っている間に部屋の用意をしてくれるそうだ。 


少し急いで昼食を摂り終えると、1人1部屋が用意され応接室も準備されていた。

早速、全員で応接室へと移動し、念の為に扉の前にはガルに立って貰う。


ガル曰く、聞いても大した事は言えないので決まった事を教えてくれれば良い。そうだ。

全員での作戦会議を始めるために、オレは早速アオを呼び出した。


「どうしたんだ?最近、やたら呼び出すじゃないか。さては僕に会えなくて寂しいのかい?」

「ああ、そうだ。寂しいから少しだけ一緒に話をして欲しい」


アオは微妙な顔をしてからオレの頭の上で丸くなった……

こいつ以外に重いな……そう思った瞬間、尻尾で顔を叩かれる……こいつ心を読めるんだったか?


そう言えば時間を止めていた時、声を出さずに会話が出来ていた。こいつチートの癖に何でこんなに役立たずなんだろ……また尻尾で顔を叩かれた。今度は少し頭に爪も立てている……

これ以上はマズイと思い、作戦会議に集中する。


「さっきの話を聞いてどうやって攻めましょうか……誰か良い案はありますか?」


オレの声に母さんが入って来る。


「こんな会議なんてしなくても”主”を直接、倒せば良いんじゃないの?」

「それが出来れば簡単なんですが……アオ、ここのマナスポットの規模でマンティスが”主”になった場合、強さはどれぐらいなんだ?」

「ん?マンティスか……そうだなぁ。加護を何に割り振るかに寄るけど、強くてゴブリンエンペラーとキングの間ぐらいじゃないかな?」


「ちょっと待ってくれ。加護割り振るって……”主”は加護を自分で割り振れるのか?」

「まぁ、素質もあるから完全では無いけど、そうなるね」


「”主”に出来て何で”使徒”のオレ達にはそれが出来ないんだ?」

「ん?アルドは寿命を削っても良いのかい?」


「どう言う事だ?」

「能力を好きに上げたいんだろ?じゃあ寿命が減るに決まってるじゃないか」


アオの今の会話を考えてみる……


「”使徒”も能力を好きに上げれるが寿命が削られるって事か?」

「まあ、そうだね」


「寿命に影響が無いぐらいを上げる事は出来ないのか?」

「アルド、能力を上げるってのは、そんな簡単な事じゃない。生物の根本が変わる可能性がある邪法なんだよ。ちょっとだけ上げるなんて、良くそんな事が言えた物だよ」


「そんなにか……」

「そもそも、影響が無い程度の能力の嵩上なら、もうやってるじゃないか」


「は?いつ?」

「何を言ってるんだ。マナスポットを解放する時のギフトで魔力変化を上げただろ」


「あ、そう言えば……」

「寿命と子を作るのに影響が出ない程度だと解放のご褒美が精々だよ」


「そうか。そんな上手い話は無いって事か……」

「当たり前だろ。あればとっくに僕がやってるよ」


「因みに”主”の寿命ってどれぐらいなんだ?」

「そうだねぇ。瘴気が無い動物だと運が良ければ何百年と生きる個体もいるけど、魔物は寿命が延びる事は無い。長くて10年、早くて半年って所かな」


「半年?今回のマンティスも半年で死ぬ可能性があるのか?」

「まあ、そうだね。ただ魔物も死ぬのは嫌とみえて他のマナスポットを狙って来るけどね」


何かまた新しい事実が……今、知れて良かったと思うべきなのか……


「アオ、主が他のマナスポットを取ると、どうなるんだ?」

「ん?マナスポット2つ分のチカラが手に入って寿命も延びるに決まってるじゃないか」


「もしかしてエンペラーがブルーリングに攻めてきたのは……」

「たぶん寿命が近かったんだろうね」


こいつは……1年後に分かった衝撃の事実……まぁ、分かった所でどうしようも無かったんだが……


「ハァ……分かった」

「なんだよ。使徒なら知ってて当り前だろ。アルド、自分の無学を僕のせいにするつもりかい?」


「そんなつもりは無いんだ。ありがとう。アオ……」

「なんだよ……」


ゴブリンの事はもう良い。終わった事だ。オレも聞かなかったのが悪い。アオからすればオレがどれだけの知識を持ってるかなんて、判断出来るわけがないのだから……


「じゃあ、マンティスに強襲をかけて一気に主を倒すって事で良いのか?」

「全体を考えればそれが一番だね」


少しアオの言い方に違和感を感じた。


「全体?個別だと問題があるのか?」

「そりゃ、そうだよ。主の呪縛から解放された例をアルドだって知ってるだろ」


ゴブリンキング……オレはバカか……さっきここの主の大蛇を倒したのはブルーリングから流れてきたんじゃないか。と思ったばかりなのに。


「主を倒すとマンティスはどうなると思う?」

「主の呪縛が解けて好きに活動しだすだろうね。まずは食事かな?身近な所を襲って腹を満たそうとするんじゃないかな」


「サンドラの街とエルフの郷は?」

「知らないよ。でも、ここは前回の襲撃にも耐えたんでしょ?じゃあ大丈夫なんじゃない?知らないけど」


「エルフの郷は?」

「ハァ……アルド。何度も言わせないでくれるかい。その質問に僕が答えられると本当に思うのかい?」


「そうだな……すまない」

「そうだよ。全く……」


オレは皆の顔を見渡す。


「エルフの郷を見殺して早期解決するか、閉じこもって持久戦か……」


誰も言葉を発する事が出来ない中、母さんが口を開く。


「パーティを分けましょ。エルフの郷防衛と主の討伐の2つに」

「危険じゃないですか?」


「いつだって危険よ。迷宮に潜るのも、マナスポットを開放するのも……使徒として生きるならね」

「そう……ですね……」


「最悪は逃げればいいのよ。何の為に魔瘴石を2個も取ってあると思ってるの?」

「そうか……仮の領域を作れば……」


「そう、アルとエルの近くにさえいれば直ぐにでもブルーリングに戻れるわ」

「なるほど。じゃあエルフの郷防衛と主の討伐は僕とエルを分けないとですね」


「そうなるわね。それに主の討伐は一撃離脱で超振動か魔法拳で強襲するのが良いでしょうね」

「そうすると主はアシェラと母様の空間蹴りが使える組か……」


オレが考えているとアオが話し出した。


「僕はもう必要なさそうだね。そう言えばアルド。ずっと聞きたかったんだけど……」

「何だ。珍しいな。アオ」


「君は何でエンペラーの指が”証”って分かったんだい?」

「え?何で……確かソナーで調べたらおかしな魔力が右手の人差し指から感じられたんだ……」


「ソナー?」

「ああ、魔力を相手に打ってその反射で相手の能力や状態を調べる技術だ」


「そんな技術聞いた事ないけど……まぁ、アルドだからね。エルファスも使えるのかい?」

「ああ、オレとエルしか使えないけどな」


「それなら大丈夫か」

「ああ、証を狙えば良いんだろ?」


「そうさ。主は証を攻めるのが一番だけど、普通は証の場所が分からないんだ」

「なるほど」


「じゃあ、僕はそろそろ行くよ」

「ああ、助かったよ。アオ」


アオは何も言わずに消えていく。

さて後はオレとエルをどっちに配置するかだけなんだが……


「エル、悪いが主を任せても良いか?」

「はい、大丈夫です。兄さま」


エルが主でオレがエルフの郷で防衛線だ。


「アル、因みに、なんでアナタがエルフ側なのか聞いても良いかしら?」

「僕はエルフ語が話せるのが一番大きい理由です。それに空間蹴りに慣れてない母様の護衛にはエルの方が適任です。後はガル、ベレット、タメイとの連携も僕の方が取り易いと思います。後は……」


「分かった、もう良いわ。この割り振りでいきましょう」

「はい」



これで配置と作戦は決まった。エルフの郷の防衛にはなるべく早く向かいたい。

サンドラ騎士団にはサンドラの街を防衛してもらい、オレ達は2手に別れてエルフの救援と主の強襲だ。


ファギル騎士団長とミリア第一夫人に作戦を伝えると、こちらの準備が整い次第で合わせてくれるらしい。

準備を整えていくと元々、荷物は馬車に詰んであった為、すぐに準備は完了した。


時間が経つほど敵は増え、エルフの救援も難しくなる。

諸々を話し合った結果、作戦の決行は明日の朝に決まった。





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