第175話エルフの郷防衛 part1
175.エルフの郷防衛 part1
サンドラ領の騎士団長と模擬戦をした日の夜。
季節は夏で寝苦しくなりそうな夜だ。オレは自室を出て隣の部屋の扉をノックする。
すぐにエルが顔を出し、キョトンとした顔で話し出した。
「兄さま、どうかしましたか?」
「少し話をしたいんだ」
「分かりました。どうぞ」
「すまないな」
オレはエルに用意された部屋に入り、椅子に座らせてもらう。
「エル、明日の話なんだが……」
「はい」
「もし魔力が切れそうな場面があったら、魔瘴石を使う事を躊躇うな」
「……はい」
「元々、マナスポットを開放する為に集めたんだ。今回、使わないならいつ使うって話だ」
「……確かに、そうですね」
「それと、コンデンスレイを撃つ事になったとしても躊躇わずに使えよ」
「……分かりました」
「それだけを言いたかったんだ。たぶん母様なら判断は間違えないとは思うが、一応な」
「母さまはAランク冒険者、氷結の魔女ですしね……」
「ああ、ここぞって時の嗅覚は流石Aランク冒険者だ。オレ達には無い物を持ってる」
「はい」
「……」
「……」
「それと、エル。アシェラを頼むな……無理を言ってるのは分かってるんだが……」
「分かってます。母さんとアシェラ姉は絶対に守ります」
「ああ、後はお前も無事にな……」
「はい」
それだけ伝えてオレはエルの部屋を後にした。
自室に戻りボンヤリとベットに寝転び天井を眺める。
エンペラーの時と違い準備も万端で、攻略の目処も立っているのに何故こんなにの心がザワつくのだろうか。
何か抜け落ちが無いかを考えていると、いつしか闇に飲み込まれて眠りについていた。
次の日の朝になり朝食を済ませ、いよいよ出発の時間。
「母様、エルとアシェラをお願いします」
「分かってるわ。アルも気を付けてね」
「はい」
母さん達は西門からでて大蛇の森へと向かい、オレ達は南門からエルフの郷を目指す。
エルフの郷へは問題が無ければ昼過ぎに到着し、エル達の大蛇の森への到着は夕方になるだろう。
移動には極力、疲労を抑える為に馬を使う。恐らくはマンティスにやられてしまうとは思うが必要経費と割り切らせて貰うつもりだ。
勿論、ブルーリングから連れて来た馬では無くサンドラ騎士団に出して貰う。
ファギル団長に馬を見捨てる事を、先に謝罪すると逆に恐縮されてしまった。
「異変を解決る為に、原因と思われる大蛇の森へ向かわれるのですよね?」
「はい。そのつもりです」
「何故、大蛇の森に原因があるかは聞きません。しかし、そこに今回の騒動の原因があり、倒して頂けると……」
「はい」
「本来はサンドラ騎士団である我らの仕事……それを代わりに行って頂けるなど……馬の数匹程度の支援は当然です。気にしないで頂きたい」
「そう言って貰えると助かります」
ファギル団長はそう言って深々と頭を下げた。
周りには他の騎士もおり、簡単に頭を下げて良い立場の人では無いはずなのに。
そこからは、あまり時間も無かった為に用意して貰った馬に非常食やら野営やらの道具を摘んでいく。
この装備もサンドラ騎士団から出してもらっている。
恐らくは捨てる事になると言ったのだが、頑なに持って行くように言われてしまった。
正直、ここまでされると申し訳なくなってしまう。
諸々の準備も完了しそろそろ出発の時間だ。
オレ達はエルフの村に馬で移動して、そのまま村に逗留させて貰い迎撃戦を行う。
エル達はと言うと馬で行ける所まで移動し、そこからは空間蹴りで空を移動だ。そして夕方から夜にかけて木の上で休憩し、暗くなってマンティスの活動が止まってから奇襲をかける。
魔瘴石も2個あり魔力の問題は無いはずだが、使徒と言っても所詮は生身の人間なのだ。
奇襲までに、どれだけ体を休める事が出来るか……母さんの差配なら問題は無いと思いたいが……
勝手を言うなら空間蹴りの魔道具を使えてエルフと言う事で、ナーガさんに同行を頼みたかった。しかし王の密命にギルドのサブリーダーを勝手に加える訳にはいかなかったのだ。
今さら無い物ねだりをしてもしょうがない。ここはエルとアシェラと母さんを信じようと思う。
エル、母さん、特にアシェラに”くれぐれも気を付けて”と伝えてオレ達はエルフの郷へと向かった。
オレは今、ガル、ベレット、タメイと一緒にサンドラの街の南門を抜け、馬でエルフの郷へと向かっている最中だ。
ガル達は正直な所、オレの戦闘には付いて来れない。
サンドラの街で待っていて貰おうかとも思ったのだが、意外な事にベレットが強硬に付いて来ると主張した。
ベレットは昨日の”使徒”になった件を話してから、どうも変な使命感に燃えている節がある。
オレ自身は使命感なんて物は殆ど無く、どちらかと言うと責任感?面倒だけどやらないといけないんだろうなぁ。って感じなのに。
「ベレット、ちょっと良いか?」
「はい」
「うーん、なんて言うか……そんなに張り切らなくても良いぞ。もっと肩のチカラを抜いて良いんだ」
「そうは言われても……」
「第一に自分を大事にしてくれ。秋には結婚するんだろ?頼む……」
「……分かりました」
分かったのか微妙な返事だが、取り敢えずは大丈夫だろう。
そうして歩いていくと想定通り、前方からマンティスの群れが現れた。
「ガル、馬を任せる。オレが道を開く。付いてこい」
そう言うとオレは短剣を抜き、馬の上から空間蹴りでマンティスの群れへと突っ込んだ。
魔力の消費はできるだけ抑えたい。ウィンドバレットとリアクティブアーマーは封印して空間蹴りとバーニア、魔力武器だけでマンティスの群れを蹂躙していく。
20匹程度だったが雑魚ばかりだ。魔力武器もいらなかったかもしれない。
ほんの10分程で全てのマンティスを倒し終わった。
「アル坊……お前、どんだけ強くなってるんだよ」
「昔とそんなに違うか?」
オレが笑いながら答えると、ガルは苦笑いで答える。
「オレ達は足手纏いって事か……」
「ガル、それは違うぞ。万全ならオレはそれなりに強いが、休息だって睡眠だって取らないといけない」
「そりゃ、そうだろうが……」
「どれだけ戦闘が強かろうが、人1人なんてそんな物だ。持久戦を仕掛けられたら3日も持たず潰れるしか無いんだから」
「それは…そうだな……」
ガルが溜息を1つ吐いて、どこか嬉しそうに答えた。
「じゃあ、使徒様が全力を出せる様にサポートさせて貰いますか」
「ああ、助かる」
ガルは肩を竦めるが顔には薄っすらと笑みが浮かんでいる。
そこからは、また馬に乗りエルフの郷へと向かっていく。
途中、最悪は虫に襲われているエルフの郷で、昼食を摂れるか微妙だったので、開けた場所で休憩を取ってから向かわせてもらった。
休憩では相変わらずオレが調理役だ。
ホットドックとスープを作り、疲労回復に梅干しを1個ずつ食べさせた。
タメイとバレットは酸っぱいながらも梅干しを気に入った様子だったが、ガルだけは2度と食べたくないと文句を言っている。
オレとしては無理に食べさせるつもりは無かったのだが、梅干しが健康に良いと話したらガルがベレットに説教されていた。
何故か分からないが、ガルは最終的には次からも梅干しを食べる約束をさせられている。
こうしていると、2人が夫婦になると言われた事が実感できた。しっかり者で少し固すぎるベレットに、適当な所はあるが一本筋が通ったガル。
この2人の結婚に、オレは心からの祝福を送りたいと思う。
タメイも勿論だが、ガルとベレットも絶対に無事に返さないといけない。
魔瘴石を使う事になったとしても、最悪は3人だけでも送り返すつもりだ……
そこから3度、マンティスとの戦闘を終えて、やっとエルフの郷へ到着する事が出来た。
周りを見渡すと、エルフの郷にはマンティスの残骸が無数に転がっている。
ただ、おかしいのは頭や羽、外皮など固そうな場所しか転がっていない。
オレは昨日のサンドラの街に向かう時のマンティスの様子を思い出してみるのだが……
”共食い”腹や食べれそうな場所は、恐らく仲間のマンティスに食われたのだろう。
この光景を見るとアオの予想通り、主の呪縛が解ければマンティスは好きに行動しだし、動く物は食いつくされる姿が目に浮かぶ。
「エルフを捜そう……」
オレの言葉に3人は無言で頷くが、誰の頭にも”手遅れ”の文字が浮かんでいた。
聞いていた話より、郷は想像以上に大きかった。森に同化した建物が多く全体の大きさが把握し難かったが、この規模の郷なら1500人や2000人はいたはずだ。
「この規模の郷で全滅なんてしてるはずは……」
そう呟くが、その10倍の人口のサンドラの街も騎士はかなり疲弊していた。
このまま足を使って、チマチと捜していても埒が明かない。
オレは一度だけ、範囲ソナーを使う事に決めた。
「最悪は敵を呼ぶかも知れないが探索魔法を使う。範囲は半径1000メードだ」
「アル坊……お前、何でもアリだな……」
ガルが呆れた顔をしながら零した言葉を無視して、MAXの範囲ソナーを使う。
……いた。エルフを見つけた……おかしな反応も1つあるが。
ソナーの結果、どうやらエルフは一ヵ所に固まって防衛しているようだ。
「エルフは一番奥で防衛戦をしている。但し、その前にマンティスが200匹ほどいるがな……」
「「「……」」」
「ガル、ベレット、タメイ、離れて様子を見ながら付いて着てくれ。合図を出したら一気にマンティスの群れを突っ切ってエルフと合流するぞ」
「分かった!」
「分かったッス」
「はい……」
「じゃあ、行くぞ」
そう言ってガル達に合わせた速さで郷の一番奥へと走っていく。
念の為だが戦闘に巻き込まないように、ガル達とは100メード程の距離を空けておく。
途中に“はぐれマンティス”を見つけると、行き掛けの駄賃で首を刎ねていくのも忘れない。
15分ほど走ると大きな木と一体になった役所?屋敷?にマンティスが群がっているのが見える。
オレは魔力盾を2つ出し、リアクティブアーマーを仕込んだ。当然ながら威力は勿論マシマシ。ついでにウィンドバレット(魔物用)を11個漂わせ、馬の背から空間蹴りを使いマンティスの群れへと突っ込んだ。
最初のリアクティブアーマーの爆発の反動をバーニアを吹かしながら相殺し、更に奥へもう一度リアクティブアーマーを喰らわせる。
2度の爆発でエルフ達までの道がポッカリと開いた……
「ガル、ベレット、タメイ、走れ!」
オレは魔力武器(大剣)を二刀出し、出来た通路の左側の敵を掃除する。
右側は11個のウィンドバレットを撃ち込んで牽制した。
ウィンドバレットのおかわりを4回ほど撃ち込んだ所で、しんがりを務めていたガルがマンティスの群れを越えてエルフ達の元へ到着する。
オレもすかさず空間蹴りを使い、エルフの元へと逃げ込ませてもらった。
いきなりやってきたオレ達は、全員が黒いマスクを被り絵面は完全に悪役である。王様は何故、このデザインにしたのだろう……
オレ達はエルフに武器を突き付けられる羽目になってしまった。
一触即発の空気に、オレは思わずエルフ語で叫んだ。
『オレ達は怪しい者じゃない!』
『お前達が怪しくないなら、盗賊や変質者だって怪しくないだろうが!』
『……確かに』
『何、納得してるんだ!バカにしてるのか!』
『いや、違う。サンドラ……オレ達はサンドラから救援に来たんだ」』
『サンドラだと?』
サンドラの名前が出た途端に『今さら……』『遅すぎる』『サンドラの街は無事なのか?』『ありがたいが、もうどうにもならん……』とあちこちから呟きが零れた。
マンティスの攻撃もオレ達が刺激したせいか、攻勢が激しくなっている。
このままでは話も満足にできない……まずはマンティスを少しでも減らさないと。
『……取り敢えずオレが出来る限り数を減らしてくる。但し、この3人に手を出すな。その瞬間、オレは敵になるぞ』
「ガル、敵を減らしてくる」
エルフとガル達、双方にそれだけ言ってオレは空間蹴りで外へ駆け出していく。
防衛戦は長期戦になるはずなので魔力はなるべく温存したい。
やはり魔力消費の少ない空間蹴りとバーニア、魔力武器だけを使ってマンティスを倒していく。
流石にこれだけの数だと多少の被弾もあるが、流石はドラゴンアーマーだ、まったくダメージは無い。
囲まれそうになると空間蹴りで空へ退避させてもらい順調にマンティスを狩っていく。
この1年で武器もミスリスナイフに変わっているのでマンティスの外殻も楽々切裂けた。
30分ほどで1/4の50匹は倒せたと思う。
残りのマンティスは、死んだ同族の死体を食べるのに忙しいらしく、こちらに見向きもしない。
行きと同じく空間蹴りでエルフの頭の上を通り過ぎ、ガル達の前に着地した。
「ハァ、疲れた。なんとか1/4は倒せたと思う……」
オレがガルにそう話かけると、エルフが一斉に後ずさり警戒の眼を向けてくる。
確かに説明をかなり端折ってしまったが、エルフを助けるために頑張っているのは本当だ。
この扱いは流石に少し辛いかもしれない。
ここからは、エル達が夜襲で主を倒すと、雑魚が主から解放されて暴れ出す事になるだろう。きっと夜通しの防衛戦になるはずだ。
出来れば今の内に睡眠をとりたい所なのだが……しかし、このままコミュニケーションを取らないと後ろからエルフ達に撃たれかねない。
1つ溜息を吐いて”王家の影”として面倒だけど話をしないと。そしてなるべく早めに眠って魔力を回復するつもりだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます