第67話ユーリ
67.ユーリ
結局、悲しそうな顔のアシェラをガルに送ってもらい、ルイスとネロに薬を渡した。
これで急ぎの案件は、父さんへユーリの報告だけのはずだ。
報告の間 ユーリには申し訳ないが、ファリステアとは別に客間で待ってもらう事にした。
ファリステアにも理由を説明し、こちらからは絶対に危害を加えないと約束をして何とか納得してもらったのが、ついさっきの事だ。
父さんの下へ向かう途中、ローランドにあくまで客人として扱うように話し、執務室へと向かった。
「父様、アルドです。少しお話をさせて頂けませんか?」
「……どうぞ」
執務室に入ると、心なしか父さんの顔色が悪い気がする。
「父様、どこか悪いのですか?」
「いや、何でもないよ…」
「そうですか。簡単な回復魔法なら使えますので言ってください」
「ああ、それなら問題を持ってこないでほしいんだけど……ぼそ」
「え? 何ですか?」
「いや、何でも無いよ。それでどうかしたのかい?」
「実は少し困った事がありまして。ファリステアを追って、エルフが1人ブルーリングに潜んでいました」
「エルフが? 捕まえたのかい?」
「あー、今は客間でお茶を飲んでもらっています」
父さんがオレの言葉に大口を開け、アホの子のようになってしまった。
「あ、アル……ウチの客間で刺客がお茶を飲んでるの?」
「えーと、刺客とは違うようなんです。どうもファリステアが心配で追いかけて来てしまったようですね」
「そうなの? それなら少しは……でもエルフがこの時勢で、良く国境を越えられたね」
「あ、それはフォスタークに密入国したみたいですよ」
再びアホの子の顔の父さんが、絞り出すように口を開く。
「あ、アル……どうするつもりなんだい?」
「流石に見つかるとマズイので、先に報告しちゃいましょう。お爺様に手紙を出して、何とか穏便に済ましてもらえるように。出来れば、隠密の護衛って事で押してもらえれば助かります」
「そんな無茶が……」
「元々、隠密の護衛なんて国境を正規に越える事なんて無いでしょう。その護衛が1人紛れ込んでいたと報告すれば問題無いかと」
「それはそうかもしれないけど……」
「それに護衛が1人ぐらいいた方が、こちらが手厚く保護したという生きた証人になります。ここは上手く立ち回りましょう」
「……」
「何なら僕が手紙を書きましょうか?」
「いや、良い、大丈夫だよ……僕が王都から護衛が1人付いてきていたと手紙に書くよ……」
「ありがとうございます、父様」
これで何とか恰好はついた。後はファリステアとユーリサイスに話を合わせてもらえば完璧だ。
疲れた顔の父さんの下をお暇して、客間に戻るとユーリサイスが露骨に不機嫌そうな顔で出迎えてくれた。
「ユーリ、オレが敵でないと信じてくれたか?」
「お嬢様は大事にされていると言っていたが……お前、一体 何を企んでいる」
「ハァ……」
「な、何だ。いきなり溜息なんか吐いて……」
「最近、こんな事ばっかりなんだよ。オレは善意でやってるだけなのに……そりゃ、無理を通すのに多少の嘘やハッタリは言ったよ? でも善意でやった事を、さも悪い事を企んでるように言われるのは流石にどうかと思うんだよ。なぁ、エルフのユーリサイスさんや?」
「……」
オレは抗議の意思を込めて、ジト目でユーリを見つめてやる。
「ま、まぁ、お嬢様を保護してくれた事には礼を言う……」
「……」
「あー、うん……う、疑って悪かった。お嬢様を助けてくれて感謝する」
「ハァ、分かった。謝罪は受け入れるよ」
「感謝する」
「それで、ユーリはどうしたいんだ?」
「どう、とは?」
「ファリステアをどうしたいのかだ? エルフの国へ逃がしたいのか、このまま保護してほしいのか、どこかへ避難させたいのかって事だよ」
「……」
「もういい加減 腹を割って話しをしないか?」
「……分かった。実は私は1人で密入国をしてきたのだ。私がここにいるのが分かると、お嬢様に迷惑がかかる」
「知ってるよ」
「は?」
「知ってる。ファリステアとエルフ語で話してただろうが。もう王国には隠密の護衛が王都から1人引っ付いてきてたって、嘘の報告を入れてもらってる」
「なっ……」
「お前はファリステアの近くに居られる。それを踏まえてどうしたいのか聞いてるんだよ」
「……」
「おーい、時間があまり無いんだよ。急いでほしいんだけどな」
「い、いや、私はお嬢様の近くに居られればそれで……エルフの国に戻ればお嬢様に迷惑がかかるからな」
「分かった。じゃあ、このままブルーリングで保護するぞ。お前はファリステアの護衛って事で良いでよな?」
「あ、ああ」
「じゃあ装備だけどちょっと2~3日は返せないと思う。なるべく信用される行動を取ってくれ。良いな?」
「あ、ああ」
「それと部屋はファリステアの隣に用意させた。オレが部屋を出ればメイドが案内してくれる」
「あ、ああ」
「じゃあ、部屋で落ち着いたらすぐに夕食だ。皆に紹介するから挨拶を考えておいてくれ。貴族もいるから丁寧に頼むぞ」
「あ、ああ」
「ではオレはこれで行くぞ。また夕食でな」
「あ、ああ」
オレと入れ替わりでメイドが入っていく。予定通りファリステアの隣の部屋へ案内される事だろう。
オレは自室に戻って、大の字になってベッドに横になった。
疲れた……何か凄く疲れたぞ……
取り敢えずルイスとネロの装備は良いよな? 忘れ物は……そういえば、アイツ等 水は出せるようになったのか? 後で確認しないとな。
それだけ確認すれば、ルイスとネロの件は問題無いはずだ。明日は何とか依頼を受けられるだろう。
問題はファリステアとユーリサイスだが、もうオレが何かをする事は無いはずだ。
こうしてしばしの間、夕食までの時間をベッドで休むのだった。
夕食の時間-------------
夕食の席で、ファリステアとユーリサイスが一番最後に父さんと一緒に現れた。
席には他の全員が揃っているので、きっとわざと最後になるように父さんが調整したんだろう。
父さんが席に着くと、ユーリを全員に紹介している。
「今日からファリステア嬢の護衛として、一緒に生活するユーリサイスさんです。彼女は護衛ですが、客人として対応するつもりですので、宜しくお願いします。では自己紹介を」
「はい。ファリステアお嬢様の護衛、ユーリサイスです。ヨシュア様のご厚意で客として扱って頂けるそうですが、私はあくまでも護衛ですのでそのようにお願いします」
全員が好意的に受け入れる中、こうしてファリステアにおかしな護衛が1人付いた。
後からファリステアから聞いた話では、ユーリは5歳の頃からの乳母のような人らしい。乳母であの見た目……エルフ恐るべし。
夕食後-----------
「ルイス、ネロ、水は出せるようになったのか?」
「ああ、ばっちりだぜ」
「オレも水を出せるようになったんだぞ」
「あれでも、オレを含めて弟子は4人いるからな。教え方はそれなりに上手いはずだぞ」
「なるほどな、それでか。ウチの家庭教師なんか、詠唱を覚えさせるだけで何も教えてくれなかったぜ」
「それと折角 無詠唱を覚えたんだ。面倒かも知れないが、これから魔法は無詠唱で使ってくれよ」
「分かってるって」
「慣れると無詠唱の方が使い易いんだぞ」
どうやら2人共、水は問題無く出せるようになったらしい。後は装備の確認だけだ。
「後は装備の確認だけだな。本当に大丈夫か?」
「ああ。両手剣、予備の片手剣、ブリガンダイン、リュックにも薬と非常食は入れた。準備完了だぜ」
「オレもルイスと一緒に準備したから大丈夫だぞ」
「じゃあ、オレは確認しないぞ。信じるからな」
「ああ、任せとけ!」「大丈夫だぞ」
「分かったよ。明日は朝食を摂ったら、その足で冒険者ギルドで依頼を受けるからな。早めに寝ろよ」
「よっしゃ! 初依頼だぜ。これでオレも冒険者だ!」「やったぞーー!依頼だぞーー」
2人は欲しい物を買ってもらった子供のように喜んでいる。コイツ等……絶対に寝ない気がするんだけど。
オレはと言うと、今日は色々あって疲れてしまったので早々に寝る事にした。
自室に戻りベッドに入って、明日の依頼の事を考えてみる。
うーん、やっぱりオレが一緒に戦闘に参加すると、あいつらの為にならないかなぁ。いっそのことオレも護衛枠でいった方が良いのか? ついでに依頼も2人に選ばせるか。
結局、幾つかのプランを考えていたが、疲れの為かいつの間にか眠ってしまっていた。
次の日の朝食---------
「父様、予定通り今日は冒険者ギルドで依頼を受けようと思います」
「分かったよ。気を付けて依頼を受けるように。くれぐれも無理はしないようにね」
「はい」
オレと父さんの会話を聞き、何故か母さんとアシェラが素早く朝食を終えて、そそくさと退室していく……あっちの2人は何を企んでるのか。
取り合えず朝食を終えてから、最後にオレとルイス、ネロ、全員の装備を確認した。
「準備は良いか?」
「ああ、いつでも良いぜ」「オレは準備万端だぞ」
2人の返事を聞き、父さんへ付いてくるはずの護衛について聞いてみた。
「父様、準備が出来ました。後は護衛は誰が付いてくるんですか?」
オレの言葉を聞いて、控えていた2人の騎士がオレ達の前に進み出た。
1人はお馴染みのノエル。もう1人はブルーリングまで一緒だったサンドラ領の騎士だ。
「ノエルです。ブルーリング側の護衛は私が務めます」
「ディオスと申します。サンドラ側の護衛として同行いたします」
「2人共、3人をよろしく頼むよ。昨日 説明した通り、基本は見守るだけ。あくまで危険が迫った場合だけ行動するように」
「「はい」」
オレ達3人は、護衛との顔見せも終わり、いよいよ待望の冒険者ギルドへと向かった。
2人は終始 テンション高く、依頼の事を楽しそうに話している。
そんな2人へ、昨日の夜 寝る前に考えていた事を聞いてみた。
「2人共、装備は重くないか?」
「大丈夫だぜ」「余裕なんだぞ」
「そうか、それなら良かった。ここで「キツイ」何て言われたら、身体強化の修行のやり直しだからな。それと、これは提案なんだが……オレが戦闘に参加すると、2人の緊張感が無くなると思うんだ。それで、オレも護衛枠で付いて行こうと思うんだがどうだ?」
「確かにな……お前が一緒だと、戦闘にならないかもしれないな」
「オレは任せるんだぞ。アルドがそう言うって事は、オレ達の事を考えてだろ?」
「ああ、そのつもりだ」
「分かったぜ。それで行こう」
「じゃあ、決まりだな。依頼も2人で達成出来ると思う物を選んでくれ」
「分かったぜ」「ルイスと2人……これも楽しそうなんだぞ!」
2人は冒険者ギルドまでの道のりで、何の依頼を受けるかを楽しそうに話し合っている。
そんな道程でも、直にブルーリングの冒険者ギルドが見えてきた。
「ブルーリングの冒険者ギルドは、こんな所にあったのか……」
「おいおい、お前は地元だろ? 知らなかったのかよ」
「ああ、初めて来た。冒険者の登録も王都だったしな」
「そう言われると、オレもサンドラの街の冒険者ギルドなんて行った事無いな」
「まぁ、近すぎて、そんな物かもしれないな」
「ああ、そうだな」
王都育ちのネロは、オレとルイスの会話を不思議そうに聞いている。
期待と不安を抱きながら、ルイスとネロの2人はブルーリングの冒険者ギルドの扉を叩いたのだった。
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