第68話依頼

68.依頼






冒険者ギルドの扉を開けると、王都のギルドと変わらない光景が飛び込んでくる。

先ずは依頼ボードにどんな依頼があるのか……


「ルイス、どんな依頼を受けるんだぞ?」

「そうだなぁ……どうせなら、やっぱり討伐の依頼を受けたくないか?」


「オレも討伐の依頼が良いんだぞ」


どうやら2人は討伐の依頼を受けたいようだ……いきなり実戦で大丈夫か?

ルイスとネロはGとFの依頼を見て、どんな依頼を受けるか楽しそうに話している。


オレも後ろから覗いてみると、やはりGは荷物運びや家の大掃除。王都と同じで、Gは街の中の雑用のようだ。

Fは王都にもあった薬草採取や外壁の外にある畑の手伝い。


常時依頼にゴブリンとウィンドウルフ、オークの討伐があった。

オークの常時依頼があったのなら、ブルーリングへの移動でエルが倒したオークの討伐証明を取っておけば良かった……惜しい事をした。


次も同じような事があるかもしれないので、討伐証明の部位だけは覚えておく事にする。王都のギルドでも同じだったので、証明部位はどこのギルドでも一緒らしい。


「うーん、どうやら、Fだと討伐の依頼は無さそうだぜ。しょうがない、薬草採取を受けて、道中のゴブやオークを狩るか」

「分かったぞ、それで良いんだぞ」


2人は薬草採取の依頼書を剥がすと、受付嬢へと持っていく。

ノエルもディオスも2人を止めないという事は、あの依頼を妥当と判断したんだろう。


2人は早速 依頼を受け、受付嬢に薬草の生えている場所を聞いている。

どうやら街道を歩いて1時間ほどにある、小さな森の周りに生えているらしい。


その場所では、最近オークの目撃情報が頻繁にあるらしく、気を付けるように注意をされていた。

2人を心配そうに見ていた受付嬢だったが、ノエルとディオスの姿を見ると安心したのか苦笑いを浮かべている。


どうやら貴族のボンボンが、護衛付きで冒険者の真似事をしていると思われたのだろう。

実際、それに近い状態なので、訂正もせずにギルドの外へ出ていった。


取り敢えず門に向かって歩いていると、後ろから2人程 オレ達の後をつけてくる人影がある。

暫く様子を見ていたがやはり付けられているのは間違いない……道の角を曲がった所で、ルイスとネロは先に行かせ、待ち伏せをする事にした。


壁走りで民家の屋根まで駆け上がり、付けてくる者の背後を取って声をかけてやる。


「何か用ですか? 母様、アシェラ」


そう、なんと尾行していた2人組は、母さんとアシェラであった。

ギルドの中でも、チラチラと姿が見えて何をしてるか謎だったが、どうやらオレ達に付いて来るつもりだったようだ。


「あら、アル、奇遇ねぇ。たまたま散歩でこっちに歩いてただけよー」

「うんうん」

「そうですか、じゃあ2人共 付いて来ないんですね?」


「どうしてもって言うなら、折角なんで先輩として、新人冒険者の指導をしてあげても良いわよ?」

「うんうん」


アシェラは頷きながら、先輩風を吹かせたいのか、冒険者カードを見せてきやがった。こいつFランクじゃねえか! いつの間に!

オレがアシェラの冒険者カードをガン見してると、自慢気に話し出した。


「アルド達が王都に行ってすぐに登録した。今では護衛無しで街の外に出るのを許されてる」


最近はちょっと成長してきた胸を張って得意気に話している。

どおりで……帰ってくるオレ達を迎えに来た時、1人だったからおかしいとは思ってたんだ!


「分かりました。付いてくるのは良いですけど、2人はオレと同じで護衛枠ですよ。基本、危なくなるまでは何もしないで下さい。アシェラも良いか?」

「問題無い」

「分かったわ」


こうして母さんとアシェラが、追加の護衛枠として参加する事になった。

考えてみると、冒険者のルイス、ネロの2人に、護衛のノエル、ディオス、オレ、アシェラ、氷結の魔女の5人だ。


これだけのメンツがいれば、オークの集落でも、簡単に壊滅出来そうな気がする。

結局、7人揃って門を越える際に、オレ達を見て首を傾げる門番がいたが、ノエルが一言 言うと敬礼で見送ってくれた。


街道をのんびり歩いていると、ずつと昔に考えた事が思い出されてくる。

15歳になって、成人したらこうして世界を歩くのも良いかもなぁ。


ちょっと待てよ。15歳で成人って事はオレって学園卒業したらアシェラと結婚するのか? 世界を回るとか言ってられないじゃん! 就職! 仕事見つけないと!


いきなり現実に戻って、母さんに聞いてみた。


「母様、15歳で出来る仕事って、何があるんでしょうか」

「何? 急に変な事言い出して……さては15歳でアシェラと結婚するのに、収入が無いとマズイって思ったの?」


コイツは昔から変な所で鋭いよな。


「いけませんか?」

「いけなくはないわよ。そうねぇ、アルなら何でも出来るんじゃない? 領主を目指すのも、騎士を目指すのも、冒険者も良いわね。変わった所で商人なんかも良いかもしれないわよ」


「なるほど。領主や騎士は肩が凝るのでパスで。冒険者か商人ですか……」


オレが何が良いか考えてると、母さんがボソッと寂しそうに呟いた。


「でも、きっと世界中を旅するんでしょうね……」


その時の母さんは、とても悲しそうで今にも泣き出しそうな顔をしていた。


「母様?」

「ん? なあに?」


「いえ……何でもないです……」

「変な子ね」


次の瞬間には、いつもの飄々とした母さんに戻っていたのでオレの見間違いだったのか?

それからも、道中を楽しく話しながら1時間歩いて行くと、ちょっとした森の端に辿り着いた。


「受付嬢の話では、この辺りのはずなんだけどな」

「そう言ってたぞ。薬草、薬草……これか?」


「お、それだ! 流石だぜ、ネロ」

「これなら匂いで分かるんだぞ。あそことあそこ、ちょっと離れたあそこにもあるんだぞ」


ネロがかつて無い程の優秀さを発揮し、薬草をみるみるうちに集めていく。

オレが未だに達成していない、薬草採取の依頼を……


「これだけあれば充分だろ」


結局 2人は、1時間ほどの採取で、5個1セットの薬草を6セットも集めてしまった。


「な、中々やるな、2人共……」

「アルド、なんだか悔しそう」

「アル、アンタ、今まで何回 依頼受けたのよ?」


「1回だけです……」

「そうなの? じゃあ、あの2人に並ばれちゃったわね」


「……ぼそぼそ」

「え? 何? 聞こえないんだけど」


「その1回も失敗でしたよ!」

「え? まさか、アンタ1回も依頼成功した事ないの?」


「……」

「うひひひ……あ、アンタ……偉そうにしてて、1回で抜かれてんじゃないの……うひひ……お、おなかいたい……ひひひ……」


オレは今日、親殺しの十字架を背負うかもしれない。


「わ、悪かったわ。謝るから、その殺気をしまいなさい……ぷっ」

「あ、アルドはやれば出来る子……ぷっ」


あ、アシェラまで……オレは座り込んで、そこらに落ちている木の棒で、地面に『の』の字を書きだした。


「あー、久しぶりに本気で笑わせてもらったわ。もう笑わないから。ごめんね、アル」

「……」


「あー、これは重症だわ。アシェラ、ちょっと……」


オレは本気で拗ねていた。もう何があっても『の』の字を書き続けてやる。

しゃがみ込んでいたオレの背中へ、不意にアシェラが抱きついてきた。


「アルド、ごめん。許して? ね?」


アシェラは抱きついたまま、耳元で囁くように口を開く……おま、これは反則だろ。


「分かった、許す……」


護衛のノエルとディオスは、砂糖を吐きそうな顔で呆れ、ルイスとネロは羨ましそうにオレとアシェラを見つめていた。






そろそろ昼食の時間になろうと言う頃、2人は未だに薬草を探している。本来は休憩を取って体力の回復を図るべきなのだが、オレ達は特に口を出さず見守っているだけだ。

何故 放っておくのか? いつ休憩を取るかの判断も、冒険者として生きていくなら大事な経験だからだ。


成功は勿論だが、失敗も貴重な経験である。護衛がいる このタイミングで沢山 失敗して、色々な経験を積むと良い。

そんなルイスとネロを目で追いながら、オレ達は各々が好きなタイミングで干し肉を齧り黒パンを頬張っていた。


「ネロ、見てみろ。薬草が9セットも揃ったぜ。初めての依頼でこれなら十分だよな。後はゴブリンかオークと実戦を経験出来れば文句無しなんだけど……」

「薬草採取は思ったより簡単なんだぞ。でもこれ以上取っても邪魔になるぞ」


「そうだな、薬草採取はここまでにして、オークかゴブリンを探すか。それと簡単だったのはお前の鼻があるからだぜ。オレだけだったら、こんなに簡単に見つけられないからな」

「分かったぞ。ゴブリンかオークを探すんだぞ」


「ああ、そうしよう」


2人はどうやら休憩を取らずに、このまま森の奥に進んでいくつもりのようだ。

流石にそろそろ止めようかと相談しだした所で、母さんが「これも経験」と止めるのに反対した。


母さんの言い分では、痛い目に合わなければ覚えないとの事。中々に厳しい言葉ではあるが、2人の成長を第一と考えるのなら、それが正しいのだろう。

しかし、2人にケガをさせるつもりも無いわけで……相談の結果、念の為オレとアシェラは空間蹴りで木に登り、上空から見張る事にした。


ノエルやディオス達も少し距離を詰め、何かあっても直ぐに援護に入れるよう、警戒レベルを1段階上げた。

そんなコチラの動きに気が付いた様子も無く、ルイスとネロは楽しそうにどんどん森の奥に入っていく。


そんな少しピリついた空気の中、視界の端にオークの姿が目に入ってくる。数は3。3匹共 そこらの木を引っこ抜いたような粗末な棍棒を持っていた。


オーク……豚の頭に人の体を持ち、緑色の皮膚で知能は低いとされている。一般的に2メード程の身長で非常にチカラが強く、オスしかいない。オスしかいないのにどうやって繁殖するのか?

答えは簡単、他の種族のメスを使うのだ。ゴブリンからオーガ、当然ながら人も対象となる。


捕まったメスは死ぬまで苗床としてオークを産まされ続け、群れを大きくするためだけの機械として扱われるのだ。

そして、群れがある程度の規模になると上位種が発生し、更に群れが強化されていく。


そんなオークがルイス達の進む先で、獲物を探し徘徊している。

空からの眺めでは、恐らく5分程でルイス達と接敵するだろう。オーク3匹……ルイスとネロの実力では少し荷が重いか? 


判断に困ったオレは、直ぐに地上へ降りて、母さん、ノエル、ディオスへと相談した。


「2人の前方にオークが3匹います。恐らく5分ほどで接敵するかと。どうしましょうか?」

「オークが3匹だと? 始めての実戦で、そんな相手に適うはずが無い。2人に知らせて撤退させましょう」

「ダメよ。そんな事は許さない。2人から救援の要請があるまで、絶対に手出しさせないわよ」

「何故ですか? 危険です。ルイス様に何かあったら!」


「アナタ達は自分が護衛してる間だけ守れれば良いの? 違うでしょ? 危険を肌で感じる……これは、あの2人が一人前の冒険者になるための大事な訓練よ。2人が救援要請を出すまで絶対に手は出さない。これは決定事項よ」

「分かりました……アルド達が強い理由が少し分かった気がします……それが幸せな事なのかは私には分かりませんが」


難しい顔をしながら話すノエルの言葉に、母さんは飄々としながら肩を竦めてみせた。

『見守る』と決まった以上、この場にオレがいても意味は無い。アシェラが待っている木の上に駆け上がり、決まった内容を説明していった。


「流石 お師匠。即死しなければ回復魔法がある」

「オレはそう言い切れる、お前の考えが怖いよ……」


「護衛がいる今だからこそ、危険のラインを体で覚えるべき」

「そうだよな……分かった。そろそろ接敵するはずだ。散開して万が一に備えるぞ」


「了解」


そのままアシェラと別れ、すぐに助けに入れる場所に移動する。因みに、短剣は昨日のうちに騎士団の倉庫から拝借してきた。

ルイス達を見ると、もう少しでオークに接敵しそうだ。時間にして1~2分と言った所か……万一に備え、オレも短剣を抜き戦闘に備える。


どうやらネロがオークに気が付いたようだが、オークとの距離は既に20メードほどしか離れていない。2人は、逃げるのか戦うのか……ギブアップして護衛を呼ぶのなら、直ぐにでも声を上げる必要がある。

しかし、2人は武器を抜いたので、戦う事に決めたようだ。それぞれが武器を構え、オークの襲撃に備えている。


(オレなら気付かれていない内に、回り込んで奇襲するけどな)


自分との対応の差を考えながらルイス達を見守っていると、オーク共もルイス達に気づいたようだ。

オークは鼻をヒクつかせながら、棍棒を振り回して匂いの元を探している。


そうして、お互いを視認できる距離に近づいた途端、オークは雄たけびを上げながらルイス達へと走り出した。

ルイスとネロの様子は、傍から見る分には落ち着いてるように見えるが……


2対3


単純な数の差をどう克服するのか。いつでも飛び出せるように構えていると、どうやらネロが2匹のオークを引き付けるようだ。

ネロは本気で切り結ばず、2匹を自分の方に向かうように上手く誘導している。


その隙にルイスが残りのオークと1対1で戦うらしい。なるほど、上手いやり方だ。

しかし、オークはゴブリンと比べ物にならないほど、膂力が強くタフである。ルイスが身体強化を使っても、簡単に圧倒出来るわけも無かった。


こん棒と大剣が何度もぶつかり合う中、当たり前のようにオークのこん棒が半ばから切り落とされる。

量産品の大剣とは言え、そこらに落ちている木の棒とは比べるまでも無い結果であった。


そこからは正にルイスの独壇場だ。徐々にオークには傷が増え、あっという間に血だらけになってしまう。

ここでルイスが引くわけがない。振りかぶった大剣が綺麗に入り、オークの右手が宙を舞う。


最後は血を流しながら叫び声をあげるオークへ、振り下ろしの一撃を決めトドメをさしていた。


これで2対2だ。


ルイスは1匹を倒しても直ぐに気持ちを切り替えて、ネロを攻撃しているオークの後ろに素早く回りこんだ。

2匹目のオークはルイスに気が付いた様子も無く、背中へ袈裟懸けに斬撃を叩き込まれて絶命した。


これで2対1。


流石にもう大丈夫だろうと、緊張を解きながら2人の動きを観察していく。

そこからは、特に危ない場面など何も無い。前と後ろから同時に攻撃し、最終的にはネロがオークの首に片手斧を振り下ろして、この戦闘に終わりが訪れた。


2人は嬉しいのだろう、楽しそうに笑って、お互いの健闘を称え合っている……気持ちは分かるが……

実は先ほどから、血の匂いに引かれたウィンドウルフが2人を包囲しつつあった。



包囲が完成すれば、2人へ襲い掛かるのは火を見るよりも明らかである。

詰めが甘い……と小さく呟くと、全員に聞こえるように大声で叫んだ。


「ウィンドウルフだ。数は7。既に2人を囲みつつある。今からじゃ遅い。オレ達が倒す! 行くぞ、アシェラ!」

「分かった!」


その声を合図に、オレとアシェラはウィンドウルフの群れに突っ込んでいった。

アシェラは軽やかにウィンドウルフへ近づくと、胴体へ拳を叩き込んだ。


ゴパッ!!!


その瞬間、ウィンドウルフは殴られた反対側の腹が爆発し、血も内臓も全てが飛び散っている……な、何あれ……オレあのパンチ受けてたの?……北〇神拳とかじゃないよね?

その後もアシェラは空を自由に駆けながら、時には魔法、時には謎の爆発する拳を叩き込んでいく……


ほんの1分ほどの時間で、殆どのウィンドウルフをアシェラが1人で肉片へ変えてしまった。


「あ、アシェラさん? 何か、凄く強くなってませんかね?」

「アルドが王都に行ってからも、毎日 沢山修行した! ぶい!」


この惨劇を生み出したと言うのに、アシェラはVサインで嬉しそうに笑っている……こ、コイツは、絶対に怒らしたらダメなヤツだ。

オレの命がヤバイ!!


アシェラにゴブリンキングなんぞ目じゃないほどの脅威を感じながらも、オレは全てを忘れるかのようにルイスとネロへ向き直った。


「る、ルイス、ネロ、最後が少しだけ惜しかったな。戦闘後は血の匂いで他の魔物が寄ってき易いんだ」

「そうか……オークを倒して油断しちまった。クソッ、もう少しだったんだけどなぁ」

「おかしな匂いがしてたから、気にはなってたんだぞ……オークに必死で無視しちゃったんだぞ……ごめん」


「でも初めての戦闘としては及第点って所か。2人共、自分達より数が多いオークを上手く処理したな。特にネロ、2匹も引き付けて、凄いよ」

「ルイスが咄嗟に指示をくれたんだぞ。オレだけじゃ、闇雲に戦っただけなんだぞ」


「そうなのか。よく冷静に指示を出せた。ルイスはリーダー向きだな」

「たまたまだよ。ネロが想像より動いてくれただけで。ありがとな、ネロ。この初戦闘で勝てたのは、お前のおかげだぜ」


「確かオークもウィンドウルフも、常時依頼が出てたはずだからな。討伐証明部位と魔石を取っておこう」


ウィンドウルフが尻尾、オークは右耳が討伐証明部位だったはずだ。後は魔石の位置だが、アシェラに聞いてみると、ウィンドウルフ、オーク共に胸にあるのだとか。

ルイスとネロが剥ぎ取りをする中、アシェラからマジマジと見つめられてしまった。


「どうした?」

「アルドは剥ぎ取りはしないの? せめてウィンドウルフの魔石と討伐証明部位は、ボク達も手伝った方が良い」


マジか……オレはグロ耐性が無いのに。困っていると、ウィンドウルフを見ながらうずうずしているノエルの姿が目に入ってきた。

これだ! 極力 自然を装いながら、ノエルへと声をかけていく。


「ノエル、オレが辺りの警戒をするから、剥ぎ取りを頼めるか?」

「了解だ!」


王都での依頼を受けた時のように、分け前を期待したのだろう。ノエルは嬉しそうに、ウィンドウルフの魔石と尻尾を剥ぎ取り始めた。

よし! これでスプラッターは回避出来たぜ! 


早速 周囲の警戒のために、範囲ソナーを最大で打ってみる……これは!


「マズイ、直ぐ近くにオークの巣がある……しかも、上位種の反応が2つ。流石にこの数はキツイ」


いきなり緊張した様子のオレの声に、全員が驚いた顔で見つめてくる。


「剥ぎ取りが終わったら直ぐに撤収だ。手が空いてる者は警戒を。剥ぎ取り組は急いでくれ」


そこからは皆で急いで剥ぎ取りを終わらせた。オレと氷結さんとディオスは辺りの警戒だ。

何とか剥ぎ取りを終わらせた後、撤収する前にもう一度だけ範囲ソナーを打ってみた……オークの様子に先ほどと変わった感じは無い。


どうやらオークの中に魔法使いはいないらしく、ホッと一息を吐いて全員へ声をかけた。


「オークに動きは無いみたいです。直ぐに撤収しましょう」


速やかに撤収する途中、母さんが興味深そうな顔で先ほどの範囲ソナーに付いて問いかけてくる。


「アル、さっきのは何? 探られるような魔力を感じたけど……範囲ソナー? 周囲の索敵が出来る魔法なの?」

「あ、はい。そう言えば、言ってませんでした。以前 開発したソナーを体の中じゃなく、周囲に薄く広く打って反射した魔力を検知する探索魔法を開発しました。ただし、今の母様みたいに、魔法を使える者には気づかれてしまうんです。少し使い所が難しい魔法ですね」


「アンタ、またおかしな魔法を作って……因みにオーク達は気付いてたの?」

「いいえ、気付いた様子はありませんでした。恐らくですが、群れの中に魔法使いはいないと思います」


「じゃあ、その範囲ソナーで分かった事を教えて頂戴」

「はい、敵はオーク。数は200匹前後、上位種が2匹いました。さっきの場所から400メードほど先に巣を作っていました」


「400メード? そんな近くに? 走ったら3~4分で着く距離じゃないの!」

「そうです。だからびっくりしたんですよ……」


「どうするか……ブルーリングに戻ったら、直ぐにヨシュアに報告ね」

「はい。街に戻ったら、ギルドと領主館に向かう者を分けた方がいいですかね?」


「うーん……そうね。私とノエルが領主館に戻る事にするわ。アンタ達は最後まで依頼を全うしなさい。報告して報酬を分けるまでが依頼なんだから」

「はい、分かりました」


そこからは特に話も無く、行きと同じように雑談を挟みながらブルーリングの街を目指した。

街に到着すると、話してあった通り、母さんとノエルは領主館へと向かい、残りは全員で冒険者ギルドへと向かって行く。


直ぐにギルドへ到着し、ルイスとネロは初めての依頼達成で、感慨深そうに依頼料を受け取っていた。

次は薬草採取では無く、オークとウィンドウルフの常時依頼の報告と、魔石の売却だ。


全ての清算が終わり報酬の分配の際、ルイスとネロは依頼料を5等分にして均等に分配すると言って引かなかった。

ノエルとディオスは騎士団としての護衛なので除外したが、オレ、アシェラ、母さんは違うだろうと。


「5等分だと銀貨5枚ぽっちで悪いんだけどな。これが今のオレ達の精一杯だ。受け取ってくれ」


ルイスにこう言われては、流石に受け取らないわけにはいかない。

因みにネロの報酬は銀貨1枚を残して回収させてもらった。最初は5枚 全てを渡そうとしてきたが、初めて自分で稼いだ金だ。


領主館に帰るまでに買い食いでもしろと言って、1枚だけは返しておいた。

後は領主館に帰るだけではあるが、既に陽が傾いており、アシェラは家に帰る時間である。


「じゃあ、皆は領主館へ戻ってくれ。オレはアシェラを送ってくるよ」

「アルド、護衛も付けずに1人で大丈夫なのか?」


「大丈夫。念のため、アシェラを送ったら、空間蹴りで空を駆けて帰るようにするさ」

「そうか、空か……確かに誰も手を出せないな。分かったぜ」


そのままルイス、ネロ、護衛のディオスと別れ、アシェラと一緒に家までの道のりを楽しみながら歩いていった。


「アシェラ、ごめんな。ルイスやネロばかりと一緒にいて……本当は2人だけの時間も取りたいんだけどな」

「ううん、大丈夫。ボクもアルドに言われたように、オリビアやファリステアともお茶会の約束をした」


「そうか。でも今度 2人でもどこかに出かけよう……お、オレがお前と一緒にいたいんだ……ぼそぼそ」

「……うん」


アシェラの家に到着する頃には、辺りは既に少し薄暗くなっていた。

今日は護衛がおらず、絶好のチャンスである。少し緊張したオレに気が付いたアシェラは、恥ずかしそうにしながらも、建物の影にになっている場所へ何も言わず付いてきてくれた。


アシェラを軽く抱き締めると、潤んでいた目がゆっくり閉じていく……徐々に顔を近づけ、オレは久しぶりのキスを堪能したのだった。


「じゃ、じゃあ、オレは良くよ……」

「う、うん……」


少し惚けた表情のアシェラに手を振って、オレは空へと駆け出していく。

久しぶりのキス……嬉しくて羽が生えたみたいだ! どこまでも駆け上がっていきたくなる衝動を抑えながら、領主館までの空を駆けていくのだった。


高度が上がっていたせいか、領主館へは思ったよりかなり早く着いてしまった。

途中でルイス達を追い抜いたらしく、オレが先に到着した事を驚いている。


「アルド、何でお前が先に着いてるんだよ。おかしいだろ」

「そうか? 少し頑張って走り過ぎたかな?」


満面の笑みで答えるオレの顔を見て、大方の事を察したのだろう。ルイスは溜息を1つ吐くと、呆れた顔で領主館へ入ってしまった。

さてさて、もう直ぐ夕食の時間だが、父さんへオークの件の報告をしなければ。


早速 執務室へ向かうと、扉越しにノックをして声をかけた。


「アルドです。報告したい件で伺いました」

「入って」


母さんの声に促されて中へ入ると、父さん、母さん、ローランドの3人が難しい顔をしながら、オレを見つめてくる。


「どうかしたんですか?」


オレの言葉を契機に、父さんが口を開いた。


「アル、ラフィから大筋は聞いたよ。今日の依頼で、偶然にではあるもののオークの巣を見つけたそうだね」

「はい。ルイスとネロが依頼で森に入ったので。オークの巣を見つけたのは、完全に偶然です」


「そうか。でも、大きくなる前に見つけられて助かるよ。ありがとう」

「いえ、僕は大した事はしていませんから」


父さんは、奥歯に何か挟まったような……何かとても言い難そうに、言葉を選んでいるように感じるのだが。


「あのー、父様。何か言いたい事があるんですか?」

「どうして、そう思うんだい?」


「父様の言いようで、何か話し難い事があるのかと……そんな気がしました」

「そうかい……ふぅ……」


父さんは居住まいを正してオレを見つめると、真剣な顔で口を開いた。


「アル……エルとアシェラにも頼むつもりなんだけどね。オークの巣の討伐に、参加してもらえないだろうか?」

「オークの巣の討伐ですか。分かりました。いつですか? 僕にも準備があるので1~2日の猶予は頂きたいですが……」


「嫌なのはわk……え?」

「問題ありません。大丈夫です」


「本当に良いのかい? オークの巣の討伐なんて、とても危ない話だよ」

「あ、でもオレ1人だと流石にキツイので、エルとアシェラの3人でなら、そんなに苦労せず倒せるかと」


「違う! アル達だけを行かせるつもりなんて無い! 騎士団の作戦に参加してほしいんだ」

「あ、そうなんですか。それなら全く問題ありません。明日でも大丈夫です」


「えーっと……アルの言いようだと、3人でもオークの巣を殲滅できるのかい?」

「そうですね。オークなら空間蹴りで空へ逃げれば休息は取れますし。毎日 通えば2~3日で、あの程度の巣なら潰せる……あー、いっその事、僕とエルでコンデンスレイを撃った方が早いかもしれませんね。アシェラに魔力枯渇後の事を頼めば、恐らく一番 確実で簡単かもしれません」


「そ、そうなの? で、でも今回は普通に殲滅してくれると助かるかな」

「分かりました」

「ほら、私の言った通りでしょ? アルは絶対に引き受けるって。この子はバトルジャンキーなんだから、喜んでやるに決まってるわ」


おぃぃぃぃぃぃ! 誰がバトルジャンキーだよ! それは普段、大抵の事を腕力で解決しようとする、アナタの事でしょうが!


「そうだね……」


パパンも何故そこで納得するんでしょうか? 2人共、オレの事を何だと思っているんでしょうか? こんなに紳士で平和主義者なのに!

2人の誤解は後日 解くとして、流石に今日はお腹がペコちゃんである。


「話がそれだけなら、夕食を食べたいのですが。今日は依頼で動き回ったので……」

「そうね、私もお腹が空いちゃったわ。詳しい事は、私とヨシュアで決めるって事で良いわよね?。じゃあ、ヨシュア、後で話しましょう。アル、行くわよ」


オレと母さんは、どこか呆けた父さんとローランドを放置して、食堂へと向かうのだった。






アルドとラフィーナが席を外した後の執務室では、ヨシュアとローランドが微妙な空気の中、話し始める。


「ローランド……僕が聞いた話しでは、コンデンスレイと言う魔法は地形すら変え得る極大魔法と聞いているんだけど……」

「はい、間違いありません……私もその様に聞いております」


「それをアルとエルで撃ち込むって……森が無くなるんじゃないのかな?」

「ヨシュア様、大丈夫です。私もそう思っていますから」


「はははは……あの森は近くの村の狩猟場にもなってるから、無くなるのはちょっと困るんだけどね……」


ヨシュアの乾いた笑いが執務室に響いたのだった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る