第66話装備

66.装備






次の日の朝食後の事、昨日の話の通りルイスとネロの装備を整えるべく、早速 2人に声をかけてみた。


「どうだ? 2人共、騎士団のお古を見に行くか?」

「ああ、その件だけどな。アルド、お前の装備を、もう一回 見せてくれないか?」

「オレも見たいぞ」


ルイスは自分の装備を決めるに当たって、どうやらオレの装備を見て参考にしたいようだ。


「ああ、問題無いぞ。じゃあ、オレの部屋に行こうか」

「悪いな。いざ自分で決めるとなると、どうやって決めれば良いのか分からなくてな」


ルイスとネロへ話しかけたのだが、オリビアやファリステア、アンナ先生もが興味深そうにオレ達の話に耳を傾けている。


「もしかして、オリビアやアンナ先生も見たいんですか?」

「私はアルドの部屋にとても興味があります」

「普段アルド君がどんな生活をしているのか、少し興味がありますねぇ」

「アルド ヘヤ ミタイ」


どうやら女性陣はオレの部屋が見たいらしい。年頃の異性の部屋か……確かにオレも興味がある。

結局 期待の目で見られてしまって、断ると言う選択肢を取る事は出来なかった。


「まぁ、良いですけど、おもしろい物は無いと思いますよ?」

「大丈夫です。アルドの普段の生活が見られれば問題はありません」

「先生として、生徒の普段の生活を見ておかないといけませんから」

「アルド ヘヤ キット オモシロイ」


ファリステア、だから面白い物は無いと言ってるだろうに……

結局 部屋に移動するのは、オレ、ルイス、ネロ、オリビア、アンナ先生、ファリステア、エル、マール、アシェラ、氷結さんの10人である。


エル以降、マールやアシェラ、特に母さんが、付いてくる意味が分からないのだが……

そんな気持ちを抱きながらも、全員を自分の部屋へと案内したのだった。


「ここがオレの部屋です。特に面白そうな物は何も無いでしょ?」


10人もいるので扉は開けっ放しで、それぞれが自由に部屋へ入って部屋の中を興味深そうに眺めている。

こうなったら女性陣は放っておいて、本来の目的を達せねば。オレはルイスとネロへと話しかけた。


「ルイス、ネロ、じゃあ、装備を出すぞ」


オレはクローゼットを開け、一番下の段から装備一式を出して着替え始めた。


「アルド! な、何、普通に着替えてるんですか!」


全員の前で着替え始めたオレを見て、真っ赤になったオリビアが声をあげた。


「え? オレは気にしないから部屋を見てて大丈夫だぞ」

「あ、アルドは気にしなくても、私達が気にするんです!」


そう言ってオリビア、ファリステア、アンナ先生、マールは、恥ずかしそうにアシェラと母さんを置いて出て行ってしまう。

どうやら女性陣の見学はここまでのようだ。


オレは肩を竦めた後、そのまま鎧下とブリガンダインを着こみ、予備武器と短剣を装備してルイスとネロの前に躍り出た。


「これがオレの装備だ。どうた? 参考になるか?」

「ああ。予備武器はナイフなんだな……短剣より小振りだけど、2本を装備するにはナイフじゃないと邪魔になるのか……」

「アルド、格好良いぞ! 武器を構えてほしいんだぞ!」


それからは短剣を抜く動作や、予備武器のナイフを抜く動作など、オレが何に気を付けて今の装備にしたかを分り易く説明していく。

一通り説明すると、次は普段 背負っているリュックである。


「後はこのリュックだ。中身を出すから、最低限これだけは揃えろよ」

「ああ、分かった」「分かったんだぞ」


リュックの中身を出すと、ロープ、ナイフ、毛布、雨具、手拭い、薬(麻痺、毒、混乱)、それに2日分の干し肉と黒パンが入っていた。


「これに後は水筒だ。オレ達は魔法で水が出せるから良いが、出せなかったら水もだな」

「でもアルド、こんなに沢山の荷物が本当に要るのか?」


「そこは個人の判断だとは思うけど、魔力を回復するのに野営が必要だったり、仲間とはぐれて野営をしたり、何かあっても生き残るための最低限のつもりだぞ」

「そうか……オレは回復魔法が使えないから、これに回復薬もいるのか」

「アルド、ロープなんか何に使うんだぞ?」


「雨が降った時に簡単なテントを張ったり、狩った獲物を縛ったり、他にも色々と使うぞ。食料の次に必要な物だ。依頼に慣れたら野営も経験した方が良いかもな」


オレが言った野営と言う言葉に2人は食いついた。


「野営! やってみたいぞ!」

「オレもやってみたいな。野営の時には現地で狩りをするって聞い事がある。ウサギを捕まえて焼いて食おうぜ」

「ハァ……分かったよ。近い内に一度、野営もやってみよう」


「やったぞーー! 野営だぞ!」

「ネロ、どっちが獲物を狩れるか勝負しようぜ」


2人は本当に、冒険者として命懸けの戦いをする意味が分かっているのだろうか……学生の修学旅行のような空気を感じるんですが。

そんなオレ達の姿を、後ろからアシェラと母さんが微笑ましそうに見つめていた。何が楽しいのだろうか……謎だ。


「アルド、お前の着ている このブリガンダインだっけ? 使い勝手はどうなんだ?」

「これか……スケイルアーマーは分かるか」


「ああ、分かる」

「あれの金属片が逆に付いているのが、このブリガンダインだ」


「それならスケイルアーマーで良いんじゃないのか?」

「そうだな。スケイルアーマーでも問題無い。ただ、このブリガンダインは動き易いのとメンテナンスが楽なんだ」


「動き易いのか……」

「ああ、冒険者は基本 全部自分でやるからな。動き易くないと色々と面倒なんだ」


「そりゃ騎士だって冒険者だって動き易い方が良いだろ」

「えーっと、例えばの話、冒険者はフルプレートの鎧なんて着ないだろ? 1人で着けられない鎧は、冒険者には合わないって事だ」


「あー、なんとなく言いたい事が分かったぜ。動きを邪魔しないように服に近い方が良いが、戦闘にも耐えられる物って事か」

「そうだな。後はどこまで戦闘に寄せるかは人それぞれって所か。戦闘に寄り過ぎて、移動で白旗なんて笑い話にされるぞ」


「そうか、移動もあるんだよな。冒険者なら1日歩き詰めなんて事もあるのか……」

「ああ。じゃあ、そろそろ騎士団の倉庫に移動しよう」


オレとルイス、ネロは騎士団の倉庫へと移動するのだが、何故かそのすぐ後ろを母さんとアシェラも付いてくる……何故だ。

倉庫に到着すると、ローランドが待っていてくれた。


「アルドぼっちゃま、この倉庫の中の物なら好きに使ってもらって構いません。騎士団には話は通しておきましたので」

「分かった。いつもありがとう、ローランド」


倉庫を開けると、むわっとした熱気が漂っており、直ぐにエアコン魔法をかけて空気を冷やしていく。


「おー、涼しくなったな。しかし、このすえた臭いは何とかならないのか?」

「武器や鎧がいっぱいあるんだぞ! この斧恰好良いんだぞ!」

「ルイス、贅沢言うなよ。ネロ、遊びに来たんじゃないんだからな。先ずは武器から決めるぞ。ルイスは大剣を見て、気に入った物を選んでくれ」


「ああ、分かった。しかし、大剣も色々な大きさがあるなぁ。オレに合う大きさか……」

「オレの武器を選ぶ! 分かったんだぞ」


ルイスは既に使う武器が決まっているので、後は手に馴染む物を探すだけだ。

先ずはネロに合う武器を選ばないと……使う武器でおおよその戦闘スタイルが決まるので、適当と言うわけにはいかない。


そんなオレ達の横で、何故か母さんとアシェラも一緒になって、倉庫の中の武器や鎧を物色している……何故??


「ネロ、どうだ? 気に入った物はあるか?」


ネロは最初に気に入ったらしい片手斧を左手に持ち、右手には片手剣を持って軽く振っていた。


「オレは片手剣と片手斧が良いぞ!」

「なるほどな。二刀を使うなら両手で違う武器でも良いのか……因みに右手はどっちを持つ気なんだ?」


「右に片手剣で、左に片手斧が振り易いぞ」

「そうか。二刀流なら盾は無しで良いか……じゃあ、後は鎧だけだな」


「オレは動き易い物が良いぞ」

「このブリガンダインはどうだ?」


「うーん、もうちょっと動き易い物が良いんだぞ」

「ブリガンダイン以下か、それだと防御力に不安があるな……身体強化の練度が上がれば重さは気にならなくなる。今回はブリガンダインでどうだ?」


「分かったぞ。アルドが言うならそうするんだぞ」

「アルド、オレも一緒の物にするぜ」


「ルイスもか。武器は戦闘スタイルに直結するから、簡単に変えるのは難しいけど……鎧は今回 ブリガンダインで行って、合わないなら次の時に変えよう」

「ああ、分かったぜ」「分かったんだぞ」


「じゃあ、次は予備の武器だな」

「予備の武器か……短剣かナイフって所か?」


「ルイス、その両手剣は背負うつもりなんだろ?」

「ああ、そのつもりだ」


「それなら両方の腰が空く。片手剣、片手斧、片手棍なんかも候補に入るぞ」

「そうか、腰が空くのか……それなら何が良いんだ?」

「オレも予備の武器って、何が良いのか分からないんだぞ」


「ネロはそうだな……ルイスとは逆に両手剣を背負うか?」

「! 面白そうなんだぞ!」


「冗談だよ。先ずは普通に短剣かナイフにしよう。装備があまり重くなっても、ネロの俊敏さを殺しちゃうからな」

「分かったんだぞ」


「重量か……アルド、オレも短剣にしておくぜ。それにお前が以前 見せてくれた魔力で刃を伸ばせば片手剣に出来るからな」

「そうだぞ。オレも短剣にするぞ」

「おいおい、その理屈だと全員メイン武器は短剣になるぞ? それにお前等、魔力武器使えないじゃないか」


そんな言葉に、思わず誰からともなく笑いが零れてくる。

ひとしきり3人で笑い合って、残りはリュックとその中身だけとなった。


「後はリュックと中身だけど……その前に決めた武器と鎧を装備してみようか。重さに慣れる必要もあるし、サイズが合うかも確認しないとな」

「ああ、そうだな」「装備するんだぞ」


2人が鎧を着ている間に、リュックとロープ、ナイフ、毛布、雨具、手拭いを搔き集めていく。後は薬と食料を入れれば取り敢えずの準備は完了だ。

何とか装備が終わった2人が、腕を回したりして体を動かしながら声をかけてくる。


「レザーアーマーより少し重いか? 動きも多少制限されるみたいだ」

「服とは違うんだ、それはしょうがない。ネロはどうだ?」

「うーん、重さは問題無いぞ……でも動き難いぞ……」


「慣れるしか無いか。剣を振るには問題無いしな」

「どうしても気になる所があれば、直してもらうか鎧を変えるかだな」

「……オレは金が無いから、この鎧で良いぞ!」


お古の鎧なんて依頼を数回こなせば返せる金額なのに……オレとルイスは呆れた顔でネロを見つめるのだった。


「よーし、最後にリュックだぞ。そこに必要な物は出しておいたからな。自分で使い易いようにリュックに入れてくれ」

「分かった」「分かったぞ」


2人なりに考えながらリュックに詰めているが、これは好きに入れていけば良い。きっと徐々に自分の使い易い位置が出来ていくだろう。

荷物をリュックに詰め終わって、残りは薬と食料と水だけだ。


準備が殆ど終わって、ふと思ってしまった事がある。

そう言えば……2人共 詠唱派の魔法しか使えないんだよな? オレの修行では、まだ基本の身体強化しか教えてない。コイツ等、魔法で水は出せるのか?


「それと確認だけどな。2人共、魔法で水は出せるんだよな?」

「……たぶん」

「オレは水なんて出した事無いんだぞ」


「マジか……ちょっと試しに出してみてくれないか?」

「詠唱は……無しだったよな。ちょっと待てよ」

「むうう、むうう……」


ルイスは頭を捻りながら魔力を動かし、ネロに至っては闇雲に魔力を集めているだけだ。


「おぃぃぃ、ここからかよ……」

「出る、出るから。もうちょっと待ってくれ」

「むううううううう」


2人に任せていては、いつまで経っても水は出てきそうに無い。

オレは後ろで笑いを堪えている母さんへ向き直って、2人の修行を頼んでみる事にした。


「母様、申し訳ないんですが、2人に水の出し方を教えてやってくれませんか?」

「フフフ、良いわよ~。でも、アルも知ってる通り、私の修行は厳しいわよ?」


「大丈夫です。2人ならきっと耐えてみせます」

「それなら良いけど。遠慮はしないから、そのつもりでいてね」


母さんは何故か不敵な笑みを浮かべて2人を見つめている。

魔法を教わるだけなら、そんなに厳しい修行じゃなかった気がするのですが……まぁ、たぶん最速で学ぶのなら、地獄の特訓になるのだろう。知らないけど。


「2人共、オレの母様、元Bランク冒険者『氷結の魔女』から直々に魔法を教えてもらえる事になったぞ。因みにオレ、エル、アシェラ、マール、全員の魔法の師匠だ」

「アル……その呼び名は止めてほしいんだけど……でも、その紹介だと怒れないわねぇ」


2人はオレ達の師匠に、直接 魔法を教えてもらえるのが嬉しいのだろう。良い笑顔で返事を返した。


「アルドの魔法の師匠から直接……是非、お願いします!」「お、オレは獣人族だから覚えが悪いかもだけど……が、頑張るんだぞ! 魔法を教えてほしいんだぞ!」

「そう、2人共 やる気はあるみたいねぇ。良いわ、魔法を教えてあげる。その代わり、弱音を吐くようなら、私は直ぐに師匠を辞めるから。そのつもりで気張りなさい」


「は、はい、お願いします!」「が、頑張るんだぞ!」


こうして2人は母さんから水を出す魔法を習う事になったのだが、オレがボーッと見ていても意味が無いわけで……

どうせなら、この時間に薬の類を用意しようと思う。


「母様、この間に僕は街で薬を手に入れこようと思います」

「分かったわ。じゃあ、アシェラも一緒に連れて行ってあげて。アル、友達の付き合いも大事だけど、婚約者を放っておくのは感心しないわよ」


「は、はい、そうですね。気を付けます。アシェラ、ごめんな」

「ううん、大丈夫」


「薬のついでになっちゃうけど、久しぶりにゆっくり街を歩こう」

「うん」

「街に出るなら、屋敷でローランドに護衛を手配してもらうのよー」


「分かりました。ついでに短剣も渡してきます。あと昼食に間に合いそうに無いので街で食べてきます」

「それが良いわね。アシェラ、沢山アルに甘えてきなさい」

「はい、お師匠!」


そのままアシェラと領主館に向かい、ローランドへ護衛の手配とルイスとネロのリュックに入れる2日分の保存食の手配を頼んでおいた。

護衛を待つ間、リビングでアシェラとお茶を飲んで待っていると、メイドが呼びにやって来た。


「アシェラ、行こうか」

「うん!」


護衛付きとは言っても久しぶりのアシェラとデートだ。

ウキウキしながら2人で玄関へ向かう途中、これまた久しぶりの顔が不敵な笑みを浮かべて立っていた。


「ガル、久しぶりだな!」

「おう、久しぶりだ。少しでかくなったんじゃないか? アル坊」


「3か月で変わらないだろ!」

「いいや、確実に態度はでかくなってるぜ。ハハハハ」


「久しぶりの会話がこれかよ……全く……」


久しぶりのガルからローランドに向き直り、打ち直してもらう短剣を渡した。


「ローランド、ありがとう。それと短剣を渡しておくよ」


短剣2本 ローランドに渡して、打ち直しともうちょっと刃を長くしてほしいと希望を伝えておく。


「分かりました。アルドぼっちゃまの希望は伝えておきます。いつ頃 戻って来るかはまたお知らせします」

「ありがとう、ローランド。じゃあ、行こうか、アシェラ。何が食べたい?」

「うーん、肉?」


「肉か……じゃあ屋台巡りでどうだ?」

「うん」


早速 街に向かおうと玄関に移動した時、甲冑の置物が目に入ってきた。

甲冑の腰には片手剣が差さっており、短剣を渡してしまったオレには丁度良い得物に見える。


早速、甲冑の腰から片手剣を外し、自分の腰に付けてみた。


「ガル、どうだ? 一端の騎士に見えないか?」

「全然ダメだな。お前が短剣を持った時の底冷えするような怖さを感じねぇ」


「短剣かぁ……代わりに、ナイフは2本隠し持ってるぞ」

「お前が持つと、その片手剣よりナイフの方が恐ろしいく感じるぜ」


そんなくだらない事を話しながら、街へと出かけていく。

オレ達を傍から見ると、ガルは護衛、オレは鎧を着た子供……護衛見習い? アシェラは貴族の服を着た深窓の令嬢のように見えるだろう。


そんな恰好に相応しく少しだけふざけてみた。


「お嬢様、何を召し上がりますか?」


いきなり悪い顔をしたオレの冗談に、ガルとアシェラも同じような顔で乗ってくる。


「そうね。この屋台の中で一番美味しいお肉を頂きたいわ」

「分かりました。おい、一番美味い肉はどれだ? お嬢様が所望である。我こそと思う者は名乗りを上げろ」


オレ達の小芝居に、周りの屋台のオヤジは「貴族の我儘に巻き込まれては大変」と明後日の方を見ている。


「困りました。しょうがないので私が選んで参ります」

「任せます」


そして一番近い屋台で串焼きを3本買ってアシェラの傍に戻った。

3人で笑いながら串焼きを食べていると、周りもやっと担がれたと気が付いたらしく肩を竦めて苦笑いを浮かべている。


「アルドもガルも人が悪い」

「アシェラもノリノリだったじゃないか」

「オレは本当に騎士で護衛だからな。何もおかしかねぇぞ」


ガルの言葉にふと思い至ってしまった……確かにアシェラはオレの婚約者である。もしかして一歩間違えると本当にこんな暴挙がまかり通ってしまうのか?


「アシェラ! 今、恐ろしい事に気が付いた……」

「なに?」


「アシェラは本当に領主の直系の孫の婚約者だ……さっきのって芝居じゃない。本当にあんな事がまかり通っちゃう」

「……本当だ」

「今頃 気が付いたのかよ。お前らはもうちょっと自分の立場を考えろ」


ガルから呆れた顔で小言を言われながら、薬屋までの道を歩いて行く。

店は思ったより近くにあり、中に入るとフードを被った女の店員が1人で店番をしていた。


状態回復の薬に回復薬もか……並んでいる薬を物色し、必要な薬をカゴの中に入れていく。

何気なく振り向いた際、女店員のローブからチラッと見えてしまった物があった。


あれは……見間違いか? そう思いながらも、女店員が気になって仕方ない。チラチラ見ていると、アシェラに足を踏まれてしまった。違うんだ……


直ぐに薬屋を出てからアシェラに弁解をするが、お姫様はご立腹だ。


「アシェラ、違うんだ」

「どうせボクは、あんなにオッパイが大きくないし!」


「本当に違うんだ。オレはアシェラぐらいの大きさが大好きだ!」

「……」


「アシェラが一番なんだ」

「……本当?」


「ああ、本当だ!」

「じゃあ許しても良い」


オレ達の会話に、ガルが後ろで砂糖を吐くような顔をしている。

そんなガルへ、真面目な顔をして話しかけた。


「ガル、範囲ソナーって索敵魔法を使いたいんだ。許可が欲しい」

「索敵魔法だと? いきなり何だ? 何かあるのか?」


「さっきの女店員だ……オレの勘違いなら良いが、少し気になる事がある」

「お前が気になる事……良く分からんが、今じゃないとマズイのか?」


「ああ……」

「しょうがねぇ。その代わり、何かあった場合は、その不抜けた片手剣じゃ無く、予備のナイフを抜けよ」


「ああ、分かったよ。助かる、ガル」


ガルからの許可をもらって、オレは100メードの範囲ソナーを1度だけ打った。

ソナーで分かった事は……どうやら女店員はオレの見間違いじゃなかったようだ。


「あー、やっぱりか……ちょっと薬屋に戻るぞ」

「どういう事だ」


「行けば分かる」


そのまま薬屋に戻ると、女店員が酷く殺気立ってこちらを睨み付けてくる。


「オレは敵じゃない」

「黙れ。敵が自分を敵だと言うものか」


「それはそうなんだけどな。ただ少し聞きたい事があるだけなんだ。話を聞いてくれ」


女店員にはオレの言葉は届かないらしく、逃走ルートを捜しているようだ。これは……早めにカマをかけた方が良いか。


「ファリステア……」


オレがファリステアの名前を出すと、女店員は露骨に動揺して殺気を放ち始めた。


「お前……いきなりお嬢様の名を……何者だ?」

「お前エルフだろ? さっきチラッと耳が見えた気がしたからな。索敵魔法を使わせてもらった」


「やはりさっきの妙な魔力はお前か!」

「そんな事はどうでも良いだろ。このご時世にエルフがわざわざフォスターク王国へ……しかもブルーリング領に来るって事は、目的はファリステアか?」


「お前は何者だ? それを聞いてどうするつもりだ?」

「オレの名はアルド=フォン=ブルーリング。ファリステアの学園の友人だ。路頭に迷っていたアイツを保護した善意の第三者だよ」


「アルド=フォン=ブルーリング……貴様、何を考えている?」

「何も? ただファリステアの知り合いなら、お前も保護してやろうと思っただけだ。アイツも心細いだろうからな。知り合いがこんな所まで追ってくるなら、合わせてやりたい。って事で、先ずは腹を割って話そうか」


オレは腰の片手剣をゆっくりと外し、地面に置いて敵意が無い事を見せた……まぁ、実際は全く警戒を解いていないのだが。


「何のつもりだ……」

「敵意が無い証拠に、武装を解いて見せた。お前の態度……ファリステアの知り合いなんだろ? アイツに危害を加えない事を誓うのなら、合わせてやっても良い」


「その言葉……嘘は無いな?」

「ああ。但し、ファリステアの安全の確保の為に武装は解いてもらう」


「バカな事を。敵のど真ん中で丸腰になるバカがどこにいる」

「それならこの話は無しだ。流石にファリステアを危険に晒すわけにはいかない。邪魔したな」


ハッタリをかましながら、店を出ようとした所で声が響いた。


「待て!」


かかった……ワザとゆっくり振り向いて更に焦らしてやる。


「なんだ?」

「本当にお嬢様……いや、ファリステア様に会わせてくれるのか?」


「オレはたまにしか嘘はつかん」

「アル坊、威張って言う事か……全く」

「アルド、真面目にやる」


場を和ませる軽いジョークのつもりだったのだが、皆からボロクソに言われてしまった……グスン。


「どうする? 決心出来ないなら後日でも構わないぞ」

「分かった……武装は解除する」


「そうか、悪いな。身の潔白が証明されたら、直ぐに返すから少しだけ預からせてもらう。じゃあ、早速 身体検査をするぞ」

「……」


「アシェラ、頼む」

「ボク、今 本気で殴りそうになった」


「何でだよ! 女の人にオレが直接 身体検査すると思ったのかよ?」


アシェラとガルがジト目で見つめてくる……結局、女店員の身体検査は奥の部屋で実施する事になった。

万が一 何かあっても、丸腰同士ならアシェラに勝てるヤツを見た事が無い。オレなら秒でボコられる自信がある。


結局 身体検査の結果、女店員が持っていた物はナイフと幾つかの薬だけであった。

念のため、武器と一緒に薬も預からせてもらって、3人で領主館へと歩いていく。


「そう言えば、まだ名前を聞いてなかったな」

「お前を完全に信用したわけでは無い。そんな相手に、何故 名乗らなければいけないのだ」


「ふーん。オレは名乗ったけどな。エルフは失礼な種族って言いふらすわ。むっちゃ言いふらすわ」

「おい! 止めろ!」


「じゃあ名前を教えてくれ?」

「……ユーリ……ユーリサイスだ」


「おー、良い名前じゃないか。これから呼ぶ時はユーリで良いな」

「誰が愛称を許した!」


「まぁ、固い事言うなよ。ユーリ」


少し調子に乗っていたら、何故かアシェラに脇腹を殴られてしまった……しかも、これ毒入ってますよね?


「ぐほっ、か、回復を……」


アシェラが無視を決め込んでいたので、なんとか自力で毒を回復魔法で中和した。

どうもアシェラは、他の女性と気安く話すのが気に入らないようだ……仲良くしてるように見えたのだろうか。


「あ、アシェラさん……毒になったんですけど。しかも結構、重い毒だったんですが?」

「その重さはきっとボクの想いの重さ」


「いつの間にそんな返しを……アシェラ、恐ろしい子」

「もぅ……」


ふざけながら歩いていても、直に領主館へと到着した。時刻はそろそろ夕方と言う頃合いだ。


「ファリステアを呼んでくるから待っててくれ。アシェラ、遅くなりそうだから、今日はガルに送ってもらうか?」

「大丈夫、待ってる」


「そうか、分かった」


領主館に入って直ぐのホールで、ガルとアシェラにユーリを見ているように頼むと、100メードで範囲ソナーを打った。

どうやらファリステアはリビングで母さん達と一緒にいるようだ。


「ファリステアはリビングにいるらしい。直ぐに呼んでくるから待っててくれ」

「ああ……」


ユーリはオレを信用していないのだろうが、ファリステアと会えると言われ、どうにも落ち着きが無くなっている。

そんな姿を一瞥して、オレは真っ直ぐにリビングへと向かった。


リビングでは、ファリステアは予想通りアンナ先生とお茶を飲みながら楽しそうに笑っていた。

ファリステアは、どうしても言葉が完全では無いので、アンナ先生と会話する事が多くなってしまう。


これはしょうがない事なのだろう。早く人族語をマスターするのを、本人だけじゃなく、周りも楽しみに待っている。

オレはそんなファリステアへ、最新の注意を払いながら声をかけた。


「ファリステア、お客さんだ。ユーリサイスって知ってるか?」

「ユーリ? イルデスカ? ドコ?」


ファイステの態度から、ユーリサイスは想像したよりずっと近しい人のようだ。


「直ぐに連れて行くから、もう少し待ってくれ。アンナ先生一緒に来てくれませんか?」

「わ、私? 嫌な予感がするんですが……」


危険は無いと思うが、万が一がある。念のため、母さん、オリビア、マールはこの場所で待ってもらった方が良い。


「大丈夫だとは思いますが、万が一があるので、母様、オリビア、マールはここで待ってて下さい」

「嫌よ、私も行くわ」


「ハァ……分かりました。オリビアとマールは待っててくれ、頼む」

「分かりました」「分かったわ」


結局 氷結さんに押し切られる形で、オレ、ファリステア、アンナ先生、母さんで玄関に向かう事になった。


「ファリステア、安全が確保出来るまで、絶対に不用意に近づかないでくれ。アンナ先生は通訳を頼みます」


アンナ先生が、今のオレの言葉をファリステアに通訳してくれている。どうやらファリステアとしては、納得できないようだが、オレの立場も分かるらしく、言う事を聞いてくれるみたいだ。

出来れば必要の無い戦いはしたくない。最悪は殺してしまうかもしれないのだから……


ホールへの扉をゆっくりと開けていく……

ファリステアとユーリサイスがお互いを確かめると、嬉しそうに名前を呼び合い始めた。


お互いに近づこうとするが、ファリステアの安全が最優先だ。可哀そうだが2人を止めさせてもらった。


「ユーリ、じこぁwせdrftgyふじk」

「せdrftgyふいこl」

「待て! よけいな戦闘はしたくない! 信じてくれ! 会わせてやっただろ! アンナ先生通訳を!」


アンナ先生がオレの言葉を通訳し、ファリステアはオレを睨みつけている……スマン、もう少し待ってくれ。

「安全を確保してから」もう一度、アンナ先生に通訳してもらった。


「ゆっくりだ。ユーリ、ゆっくりとこっちへ……」


オレの言葉通りに、ユーリはゆっくりと1歩1歩近づいてくる。

やがてファリステアとユーリは手を伸ばせば触れ合える距離まで近づいた。


「会話してもらって大丈夫です。アンナ先生、同時通訳を」


2人が嬉しそうに話し出す。アンナ先生は話の断片をマシンガンのように話すが、なんとな~くニュアンスが分かるだけで、細かい内容はさっぱり分からなかった。

2人は一通り話し終えると、最後に涙を流しながら抱きしめ合っている。ふぅ……どうやら大丈夫みたいだ。


取り敢えずこの件は、父様に報告しないといけない……アシェラも家に送らないといけないし……それにルイス達に薬も渡さないと……ギャー、やる事がいっぱいだ。

ハァ……溜息を吐いても状況は変わらないわけで……1つずつ片付けていくしかないか。


先ずはアシェラだ。今日は謝ってガルに送ってもらおう。




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