第393話新たな力:ネロ

393.新たな力:ネロ






武道大会が終わった次の日の事。

ネロのオリハルコン仕込みの靴が完成した事で、ボーグが領主館へ納品にやってきた。


直ぐにローランドが対応してくれたものの、靴が求める性能を満たしているのか判断など出来るわけもなく……

結果 ネロは当然として、オレ、エル、ルイス、カズイが集められ、出来たばかりの靴の性能試験をする事になったのである。


「分かったんだぞ! 直ぐに靴を履いてウィンドバレットに乗ってみるんだぞ!」

「ネロ、ちょっと待ってくれ。いきなり この靴を履いてウィンドバレットの上に乗るなんて、いくら何でも危険すぎる。先ずはウィンドバレットを靴底に当ててみて、安全を確かめてからだ」

「そうだぜ、ネロ。また足の裏が抉れてアルドに治してもらうなんて嫌だろ? 時間はあるんだ。慎重に確かめようぜ」


「分かったんだぞ……」


ルイスの言葉で先日の失敗を思い出したのだろう。ネロは少し小さくなって、オリハルコン仕込みの靴を大事そうにボーグから受け取っていた。


「じゃあ、演習場に移動しようか。テストとは言っても攻撃魔法を使うんだ。それに色々と試すにも広い場所が要るしな」


こうして、ボーグを含めた男6人で連なって、演習場へと向かったのである。






演習場の隅には、剣や魔法を撃ち込むためのカカシが立てられている。

オレ達が先ず最初にやったのは、そのカカシに靴を括り付ける事だった。


「これぐらいか?」

「うーん、もうちょい右に向けてくれ……そこ。そこで固定しよう」

「じゃあ、縛ります。兄さま、そこで持っててください」


あーだこーだ言いながら、カカシに靴を括り付け、いよいよウィンドバレットを撃ち込む準備が完了した。


「じゃあ、ネロ、ウィンドバレットを撃ち込んでくれ」


ネロは眉根を寄せ困った顔をするだけで、魔法を撃とうとはしない。


「どうした? 撃って良いんだぞ」

「アルドが撃ってほしいんだぞ……」


「は? 何でだ? お前のウィンドバレットに耐えないといけないんだから、お前が撃った方が良いだろ」

「……」


「どうした? 何か問題でもあるのか?」


オレの何度目かの問いに、ネロはようやく重い口を開いた。


「だって、もし壊したら……オレ、弁償する金が無いんだぞ……」


あー、なるほど。この靴に使われた神金貨は合計4枚と聞いている。万が一にも壊したら4億円が露と消えるのか……うん、オレも撃ちたくない。

オレはそっとネロから目を逸らし、この中で将来一番金持ちになるだろう者に声をかけた。


「エル、お前が撃ってくれ……オレも撃ちたくない……」

「え? ぼ、僕ですか? 僕も撃ちたくないですよ! 神金貨4枚とか……領内の調整に1ヶ月はかかってしまいます」


「エル……1ヶ月だろ? 神金貨4枚……オレ達ならヘタすると一生かかるんだよ。頼む、これを撃てるのはお前しかいない……」


エルは露骨に嫌な顔をするが、ネロ、オレ、ルイス、カズイを順番に見て、最終的に折れてくれた。

きっとオレ達の顔には悲壮感が漂っていたに違いない。


だってねぇ、4億とか。まぁ、全財産を集めれば何とかなるかなぁ……ぐらいではあるが、その場合には、魔物へ素っ裸に素手で戦う事になりそうだ。


「じゃあ、撃ちますね……」


エルは嫌そうな顔でウィンドバレットを発射した。

風の弾は綺麗に靴底に当たり、弾けて消えてしまう。


「どうですか、兄さま」


エル、お前……ドヤ顔してるけど、今のって「そよ風バージョン」だったよな?

最終的にはマシマシで確かめるにしても、せめて魔物用を撃ってくれませんかね?


「エル……次は魔物用を頼む」

「……」


そんな顔をしないでくれ。そんなに嫌なのか……嫌なんだろうなぁ。オレだって嫌だし……悪いとは思うが、ここは無理を承知でお願いしたい。


「エル、本当にスマン。ただ今回だけは無理を言わせてくれないか?」

「エルファス、ごめんなんだぞ……本当はオレが撃たないといけないのに……」


エルはオレとネロの顔を交互に見て、眉根を下げて口を開いた。


「分かりました。僕も腹をくくります。確かに神金貨4枚は個人で負うには大きすぎますよね……ただ壊してしまった場合は、兄さまも一緒に謝って下さい……」

「ああ、任せろ。その時はこっそり金になりそうな竜種でも狩りに行こう」


オレとエルの言葉に、ボーグが何かを思い出したかのように口を開いた。


「アルド、竜種で思い出したが言っておかなきゃならん事がある」

「ん? どうした?」


「今回 作ったその靴。靴底にはオリハルコンを使ってあるが、靴自体は地竜の皮を使ってある。魔力の伝達性と強度を考えると、どうしても竜種の皮が必要だったからな」

「そうなのか……オリハルコンに地竜の皮とか……この靴 幾らになるんだよ……」


「値段はこの際どうでも良い。そんな事より問題はその靴を作った事で、メンテナンス用に取っておいた地竜の皮が尽きちまった事だ。要はこれから先、お前等のドラゴンアーマーを修理出来なくなっちまった」

「は? ちょっと待ってくれ。じゃあ、もしドラゴンアーマーが壊れたら……」


「下級の素材で代用するか……新たに地竜を狩ってくるしかねぇな」

「マジか……」


地竜の皮が尽きた……考えてみれば当たり前の事だ。メンテナンスをするなら、当然それに相応しい材料が必要になる。

ドラゴンアーマーを修理するには地竜の皮が必要であるものの、竜種の素材が市場に流れる事など殆ど無いのだから。


「話は分かった。一度ナーガさんに相談してみる。ボーグも素材が手に入らないか当たってくれないか?」

「ああ、周りにも声をかけてみるつもりだが、期待はするなよ。竜種の素材なんて、何年か前にミルド領で出た、レッサードラゴンが一番新しかったはずだ」


ミルド領でレッサードラゴンの素材ですか……それって変な仮面を被った集団が倒したヤツですかね?

だとしたら、凄く心当たりがあるのですが……


しかし竜種の素材か……ボーグの話から、これは自分達で狩りに行かないと手に入れるのは難しいかもしれない。


「まぁ、今直ぐにはどうしようも無い事だな。取り敢えず、靴の性能を確かめよう。エル、頼む」

「はい、分かりました」


そこからはエルが靴底へウィンドバレットを撃ち込んでいく。

最初は先ほどと同じ「そよ風バージョン」、次に「非殺傷」と、徐々に威力を上げていき、最終的にはマシマシのウィンドバレットを撃ち込んだ。


「どうですか? 今のは僕が撃てるウィンドバレットでも最高の物でした。これ以上は母さまに頼まないと難しいと思います」

「これで十分だ。流石に母様クラスの魔法をネロには撃てないしな」


土煙が晴れていく中、靴を固定していたカカシは壊れ原型を留めておらず、靴は砂を被って転がっている。

そんな惨状を見て、ボーグは呆れた顔で口を開いた。


「お前等……一回も使ってねぇのに新品の靴がボロボロじゃねぇか……ったく、敵わんな……」

「スマン、ボーグ。安全だけは確かめておかないと……実戦で怪我とか洒落にならん」


「分かってる。ただな、流石に製作者として、どうしても一言 言いたかっただけだ」


ボーグから苦言を呈されながら、全員で靴が転がっている場所へ移動していく。


「ふむ……靴底は綺麗な物だな。欠けや変形も無しと……靴の方も流石は地竜の皮だけあって、大きな傷や痛みは無い。後は実際に履いて、試してみるしか無いな」

「わ、分かったんだぞ。ボーグのオッサン、靴を貸してほしいぞ。ウィンドバレットに乗ってみるんだぞ」


「ほらよ。魔法に乗るとか意味が分からんが、お前等なら何とかしちまうんだろ」


ネロはボーグから靴を受け取るとその場に座り、早速 履き替えている。

その心に浮かぶのは恐怖か歓喜か……何とも言えない表情で立ち上がり、オレ達から距離を取ると真剣な顔で口を開いた。


「じゃあ、やってみるんだぞ……」

「ネロ、先ずは軽くだ。そよ風バージョンを待機状態にしてその上に乗ってみてくれ」


「分かったぞ」


ネロはウィンドバレットを作り出すと、腰の高さで待機させ一息に飛び乗った。


パンッ。


ネロがウィンドバレットを踏み抜いた際、軽い破裂音がしたが それだけだ。

以前のように吹き飛ばされる事もなく、ネロは少し驚いた顔で何かを考えている。


「どうだ? ネロ」

「……何か柔らかい物を踏んだみたいな感触だったぞ……今度は非殺傷で試してみるぞ!」


「あんまり無茶するなよ。ゆっくり試せば良いんだからな」


オレの言葉に大きく頷いたネロは、嬉しそうにウィンドバレットを作るのだった。






結局、ウィンドバレットの威力と凡その感触を掴むため、ネロが魔力枯渇でダウンするまで修行は続けられたのである。

大の字になって寝転がるネロに、ルイスが興味深そうに話しかけた。


「どんな感じだ、ネロ?」

「ハァハァ……もう、魔力が無いんだぞ……」


「そりゃそうだろ。何時間やってたと思ってるんだよ……それで、ウィンドバレットには乗れそうなのか?」


ネロは寝転がったまま空を見上げながら、何かを考えだす。そんな時間が数分続き、ネロはゆっくりと口を開いた。


「そよ風バージョンは柔らかい物を踏む感じなんだぞ。これの上に乗って速く動くなんて無理そうだぞ」

「まぁ、それは見てただけのオレでも分かった。他のはどうだ? 非殺傷や殺傷型は?」


「非殺傷も乗ると弾けちゃうんだぞ。でも……柔らかく出来るから落ちた時には便利なんだぞ」

「落ちた時に便利? どういう事だ?」


「うーん、オレじゃなくて誰かが落ちた時には柔らかく出来るんだぞ」

「誰かが落ちた時……要は攻撃魔法としてじゃなく、誰かが高い場所から落ちた時にクッションとして使ったり、自分が高い所から降りる時に便利だって言いたいのか?」


「そうだぞ! 流石ルイスなんだぞ!」

「なるほどな。非殺傷にそんな使い方があったのか。それならオレにも使えそうだな……他のはどうだ?」


「殺傷型は柔らかい床に乗った感じだぞ。タイミングを合わせれば速く動けると思うぞ!」

「マジか! じゃ、じゃあ、魔物用はどうだ?」


「……魔物用は乗ると凄い勢いで吹き飛ばされるんだぞ。でも頑張れば乗れるようになると思うぞ!」

「そうか……頑張れよ、ネロ。応援してるぜ」


「ありがとだぞ、ルイス」


どうやらネロの靴は、希望通りの性能を発揮してくれたようだ。ここから先はネロが自分で技にまで昇華させる必要がある。

努力家のネロなら、きっとオレが驚くような技にまで仕上げてくれるに違いない。


「ネロ、今日はここまでにしよう。それと靴はこまめにボーグの所に持って行って、異常が無いかを見て貰えよ」

「分かったんだぞ」


「ボーグ、ネロの技が完成したら、オレも同じ改造を頼むかもしれん。その時は頼むな」

「頼むって……神金貨4枚を鋳つぶすんだぞ? ポンと出せるブルーリングが恐ろしいぜ……」


「え、あ、いや……オレは貴族籍を抜いてるから……自腹になると言うか……ローンとか組めたりしないかな?」

「アホか! 神金貨4枚とか! オレが破産するわ!」


オレとボーグのやり取りに、エルやカズイ、ネロまでもが楽しそうに笑っていたのだった。





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