第394話解放 弐 part1
394.解放 弐 part1
ブルーリング武道大会から2ヶ月が経った頃。
オレ、ルイス、ネロ、カズイの4人は、オクタールの街から獣人族の国グレートフェンリルを目指して旅をしていた。
「ふぅ、国境まで後 数日って所か」
「ああ、グレートフェンリルに入ればマナスポットまでは2~3日で辿り着ける。以前の旅で証は奪ってあるし、気持ちは楽だな」
「あれから1年……遠い昔に感じるが、まだ1年ちょっとしか経ってないんだよな」
「そうだな。アオに聞いた話では、長い物でも5年で証の寿命は尽きるらしい。早目に開放だけはしておかないと、また主を倒さないといけなくなる……」
何故オレ、ルイス、ネロ、カズイの4人だけでグレートフェンリルを目指しているのか?
それは以前の旅で奪った証を解放するためである。
今回は証が既に手元にある以上、マナスポットを解放するだけの旅であり、特段の危険は無いと判断した。
であればゾロゾロと全員で移動する必要などないわけで……結果、執務を勉強中のエル、地図を作成中のライラ、ギルドの業務があるナーガさん、食っちゃ寝したい氷結さんはお留守番する事が決まった。
ぶっちゃけ母さんやライラは連れてきても良かったのだが、やはり女性がいると気を遣う案件が多いのは事実であり、ナーガさんとも相談した結果、今回は男のみのむさくるしい旅が決まったのである。
「でも良かったのかよ?」
「何がだ?」
「いや、カミさん達に何か月も会えないとか……お前はもっと嫌がるかと思ったぜ」
「前はいきなり飛ばされて、帰れるのかも分からなかったからな……まぁ、本音を言えばアシェラ達の傍にいたいのは事実だけど……エルかオレが行かないと解放出来ないんだから、しょうがないだろ?」
「そうか……しょうがないか。そうだな……」
「まぁ、お前等も嫁さんをもらえばオレの気持ちが分かるよ」
「何だよ、その上からの物言い……決めた。帰ったらオリビアには、旅の間 お前が羽根が生えたみたいにのびのびしてたって伝える事にするぜ」
「なんでだよ?! おかしいだろうが!」
「ネロ、カズイさんも、そう報告しましょう」
「分かったんだぞ。アルドは楽しそうだったって言うんだぞ」
「ハハハハ、そうだね。アルドだけ3人も綺麗なお嫁さんをもらって、ちょっとズルイよね?」
「確かに。ハハハハ、男の嫉妬を思い知りやがれ」
「アルドだけズルイんだぞー」
「うんうん、そうだよね。男の嫉妬は怖いんだよ」
「ハァ……もう好きにしてくれ……」
オレのため息交じりの言葉に、3人は更に笑い声を上げるのだった。
予定通り数日でグレートフェンリルに入り、旅は全く問題なく順調に進んでいる。
少しだけ懸念のあった言葉の問題も、オレとカズイさんが全種族語を話せるマルチリンガル、ルイスは人族語と魔族語、ネロは人族語と獣人語を話せるバイリンガルであり、特に問題になるような事は起こっていない。
更に使徒の従者として腹をくくったのか、ルイスとネロは移動の時間を言葉の勉強に当てており、先ずは何かと縁のあるエルフ語を習っている。
2人からは「学生の頃にファリステアから習っておけば良かった」と後悔の声が聞こえてくるが、今更である。
こうしてマナスポットまで半日と言う場所にある、グレートフェンリル内のググ領にあるググの街にやってきた。
「身分証を見せてくれ」
門番からの言葉にオレ、ルイス、カズイは、グレートフェンリルのギルドカードを見せるが、当然ながらネロは持っていない。
「3人はFランクの新人か……そっちのお前はギルドカードを持って無いのか?」
「オレは持って無いぞ。この街で冒険者登録するつもりなんだぞ」
「そうか。じゃあ、お前は通行料を払ってもらうぞ。1人だけ可哀そうだが規則なんでな」
「大丈夫なんだぞ」
そう言ってネロは門番へ通行料を払っている。
「しかし、獣人族にエルフ、魔族に人族……一体どうやったらそんなパーティになるんだか……」
「ハハ……良く言われます。種族の品評会だって。実は僕達は世界を旅してまして、土地土地で仲間が増えて、こうなったんですよ」
「そうか、その年で世界を回って……実はこの街の御領主様は珍しい話がお好きでな。面白そうな旅人がいたら連絡するように言われてるんだ。良かったら話を通してやるぞ」
「ありがたいのですが、僕達はまだ新米で話せる事がありません……一端の冒険者になった際に改めてお願いします」
「まぁ、確かにFじゃなぁ。分かった、何年か経って一人前になったら、また声をかけてやる」
「はい、楽しみにしています」
そのまま気の良い門番から評判の良い宿の場所を教えてもらい、先ずは本日の寝床を確保する事に決めた。
宿を目指して歩いていると、ネロが不思議そうな顔でルイスへ口を開いている。
「ルイス、何で街に寄ったんだ? このままマナスポットに向かえば夜には着くんだぞ」
「ネロ、今日の朝 相談して決めただろうが。マナスポットを解放する際に、周りの魔物を殲滅する必要があるって。無理はしないといけない時だけで十分だ。今は1日や2日 遅れたって問題ないだろ? それにお前のグレートフェンリルでの冒険者登録もしないといけないし、主不在だったマナスポットの情報もほしい。宿に荷物を置いたら直ぐにギルドへ向かうぞ」
「分かったんだぞ。そんなに沢山の事を考えられて、ルイスはやっぱり凄いリーダーなんだぞ!」
「おだてても何も出ねぇよ。戦闘力ではお前に抜かれちまったからな。オレはオレに出来る事をやるだけだ」
ルイスが言うように、ネロの足を改造した事により単純な強さはネロがルイスを圧倒する事となった。
足の修復後 2人は何度か模擬戦を行ったが、ルイスはどうしてもネロの速さに付いて行く事が出来なかったのだ。
しかし、ルイスはいきなりチカラを手に入れたネロを妬むような真似はせず、自分に出来る事を一歩一歩 確実にやっていくと言う……その心の有り様には尊敬の念すら湧いてくる。
ネロについても同様だ。普通なら驕りそうな所なのに、飄々とした顔で普段と変わりない姿を見せている。
そんな2人の姿に、つい感想が漏れ出てしまった。
「お前等は凄いよ。チカラに振り回されたりせず、ちゃんと地に足が付いてる……」
当の2人はお互いに顔を見合い、眉根を下げて口を開いた。
「お前が言うかよ……誰よりもチカラを持ってるくせに……」
「そうだぞ。オレが得たチカラなんてアルドの足元にも及ばないんだぞ。これで威張ってたらただのバカなんだぞ」
えー、折角 褒めたのに! これじゃ自分を持ち上げるための、マッチポンプみたいじゃないですかーー。
「ハハハ。アルドはチカラと人を分けて考えるからね。アルジャナでもアルドみたいな考え方をする人はいなかったから。子供の頃から近くで見てたルイス君やネロ君は、そんなアルドの考えが染みついちゃったんじゃないかな?」
こうしてお互いがお互いを褒めると言う、何とも言えない会話が繰り広げられたのだった。
特に問題がおきる事も無く、宿を手配してから全員で冒険者ギルドにやってきた。
昔は直ぐに絡まれていたが、19歳と言う年齢になった今では遠巻きに見られるだけで、露骨に侮られる事は無くなっている。
きっと大人になってオレにも雰囲気が出てきたのだろう。うんうん、きっとそうに違いない。
早速 暇そうにしている犬耳の受付嬢へ話しかけた。
「すみません。冒険者の登録をしたいのと、この街から南にある森の情報がほしいのですが」
「はい。冒険者登録ですね。ではこちらに記入してください」
そう言って受付嬢は4枚の記入用紙を出してくる。
「あ、登録はこっちの1人だけです。他は一応Fランクですがギルドカードは持ってます」
「そうでしたか。ではそちらの方は隣で記入してください。それと南にある森の情報でしたよね?」
「はい。ここから半日ほど南に進むと森があると思うのですが、そこの情報を教えて下さい」
「南に半日……だったら狗神の森だと思いますが、合ってますか?」
「あー、すみません、森の名前は知らないんです。ただこの街から南に半日ほど移動した森としか聞いてなくて」
「なるほど。この街から南に半日だと恐らく狗神の森で間違い無いと思いますよ」
「ではその狗神の森の事を教えてください」
「分かりました……と言っても私が知っているのは、言い伝えとここ数年に起こった事だけでして。それでも大丈夫ですか?」
「はい、お願いします」
「では、私が子供の頃に聞いた話から……狗神の森には遥か昔から狗神様と呼ばれる大きな犬が住んでいて、この地を守ってくれていました。そのお陰かは分かりませんが、この辺りはググ領の中でも魔物の被害が少ないと言われてたんです」
「……なるほど。狗神様はこの地の守り神だったんですね」
「はい、その通りです。でも2年ほど前、原因は不明ですが急にウィンドウルフの数が増えて、沢山の被害が出てしまいました。ギルドとしては討伐依頼を出したんですが、ウィンドウルフの数が多すぎて焼け石に水……勿論 御領主様も騎士を派遣したのですが、事態が好転する事はありませんでした」
あー、確かに以前この街へ来た時は、もっと暗い雰囲気で街の活気も無かったような気がする。
「そんな中 徐々に疲弊していくこの街に、魔族の女性が率いる冒険者パーティがやってきました。彼女達は1ヶ月ほど滞在し、私達が気が付かない内にウィンドウルフを一掃してしまったんです」
「な、なるほど……凄い人達がいたんですね……」
「はい。その事に気が付いてからは、ギルドとしても必死に彼女達を探したのですが、どうやらエルフの国ドライアディーネに入ったとの情報を最後に、彼女達の足取りは分からず終いで……」
やっべー。この件をこれ以上詮索するのはマズイ気がする……ネロの冒険者登録を終えたら、早急に立ち去らないと!
「そ、そうなんですか。ぼ、僕もそんな凄い人達に会いたかったなぁ……」
受付嬢は澄まし顔から一転、目の奥に獲物を見つけた光を輝かながら口を開く。
「そのパーティは女性がメインではありましたが、獣人族、魔族、エルフ、人族が入り混じったパーティでした……私も長く受付嬢をしていますが、そんな混成パーティを見たのはあの時だけです……そして偶然なのでしょうか? 皆さんも獣人族、魔族、エルフ、人族の混成パーティですよね?」
「え? あ、あの……な、何が言いたいんでしょうか?」
「思い返せば、何となく皆さんの顔に見覚えがあるような気がするんですよね……私」
「あー、よ、良くある顔なんで、他人の空似じゃないですかね? 僕達はグレートフェンリルに来たのは、今回 初めてなので……なぁ?」
「お、おう。お、オレも何の事か分からないぜ」
「う、うん。ぼ、僕もグレートフェンリルには初めてきたよ? きっと良く似た人なんじゃないかな?」
受付嬢は目を細め、特大の爆弾を口にする。
「ほー、グレートフェンリルは初めてですか……ふーん……じゃあ、何でグレートフェンリルのギルドカードを持ってるんですかね?」
オレ、ルイス、カズイは、ムンクの叫びのような顔で、その場に立ち尽くすしか出来なかったのである。
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