第268話因縁 part2

268.因縁 part2






「母様、相談があります」


オレはプリンを片手に持ち、母さんへと話しかけた。


「なぁに?」


そう答えるヤツの眼はプリンに釘付けである。何故なら、このプリンは生クリームが乗っているのだから!

名付けてプリン+クリームだ!


「実は………………」


オレはギルドで見た指名依頼の内容と、魔の森で行っている開拓の内容を説明して、今回の騒動の原因が魔の森の開拓にあると思われる事を話した。


「そんなの放っておけば良いじゃない……何これ、美味しすぎるんだけど!」

「母様、真剣に聞いてください!」


アシェラ、オリビア、ライラと一緒にプリン+クリームを食べて、戦慄している母さんへ再度、話しかけた。


「聞いてるわよ。どうせカシューの人員では魔物を討伐して、原因を究明するなんて無理よ。王子が出て来たって、魔の森へ少数で入って調査なんて、アンタ達じゃないんだから出来るわけが無いわ」

「それは、そうかもしれませんが……」


「そんな事より、これ、凄いわ。プリンとケーキが合体して凄い事になってる!」

「あー、プリン+クリーム、ですか。試しに作ったんです……ってそんな事より!カシュー領のヴェラの街が危ないんです」


「ヴェラの街……」


プリン+クリームに夢中で興味が無さそうだった母さんだったが、ヴェラの街の名前を聞いた途端、急に苦い顔でこちらを見つめてきた。


「ヴェラの街に何かあるんですか?」


母さんはアシェラを一瞥すると、眉間に皺を寄せ言い難そうに口を開いた。


「アル、随分前にアシェラを追って、カシュー領に行った時の事を覚えてる?」

「はい、今でもハッキリと思い出せます」


「その時にアシェラの母方の親戚、グラン騎士爵家の者に会ったって言ってたわね?」

「時期当主のクリスさんに逃げる算段を付けてもらいました」


「そう……そのグラン騎士爵家なんだけど、アナタ達を逃がす手引きをしたと言う事で、カシュー家から罰が下ったらしいわ」

「罰ですか?」


「ええ、ただカシュー家はアナタ達が怖かったみたいで、逃がす手引きをしたにしては随分と軽い罰だったみたい」

「軽い……」


「ええ、その罰だけど、グラン家全員の左遷だったわ……因みにその左遷先は、ヴェラの街よ」

「「!!」」


オレとアシェラは同じように立ち上がり、殺気を立ち昇らせていると、母さんが嗜めるように呟いた。


「アル、アシェラ、座りなさい……」

「でも母様!」

「お師匠!」


「私は”座れ”って言ってるの……聞こえない?」

「……分かりました」「はい……」


そこからは母さんに諭され、何とか冷静に話が出来たと思う。

依頼書には”このままだとヴェラの街が危ない”と書いてはあるが、大本の原因はこちらにあるのだ。


オレ達が魔の森にちょっかいを出さなければ、ヴェラの街が滅ぶ事も無い筈である。

勿論、魔物の生態系が代わってしまっており、ヴェラの街に危険が及ぶ可能性もあるので、なるべく早めに見に行くつもりではあるのだが……実はその件で1つ困った事がある。


実は後10日でエルとマールの結婚式があるのだ……貴族籍を抜けたとは言え、弟の結婚式に出席しないのは流石にマズイ。

欠席した場合はオレとエルの不仲を勘ぐる声すら、出てくるに違いない。


どうしようか悩んでいると、オレの心を読んだかのように母さんが口を開いた。


「アル、アオを呼んで」

「アオですか?」


「ええ、こうなったらヴェラの街の近くにあるマナスポットを、開放するしか無いでしょう?」


この決断力、流石は”氷結の魔女”と呼ばれる希代の魔法使いである。

オレは言われた通り、直ぐにアオを呼びだすとヴェラの街の近くにマナスポットがあるかを聞いてみた。


「アオ、どうだ?ヴェラの街の近くにマナスポットはあるのか?」

「あるにはあるね……」


「どうした?何か問題があるのか?」

「そのマナスポットの解放には、アルド1人で行くのかい?」


「まだ決めては無いが、そのつもりだ」

「そうか……そのマナスポットは、魔の森のマナスポットを少し小さくしたぐらいの大きさだよ」


「魔の森より少し小さい程度……」

「ああ、あの時は運が良かっただけだ。主が自身の強化じゃなく、繁殖と防御にチカラを割り振ってたから隙をついて倒せたんだ」


「それは……そうだな……」

「あれからアルドも少しは強くなったと思うけど、あの時のアルドとエルファス2人分より強くなったと言えるのかい?」


「それは……無理だな」

「だったらもっと小さなマナスポットの解放を目指すと良い。かなり遠くはなるけど近くの領にもマナスポットが……」


アオの言葉を遮る言葉が2つある。


「待った!」

「待って頂戴」


オレとアオの話にアシェラと母さんが口を挟んでくる。


「ボクとアルドなら何とかなるはず!」

「当然、私もいくわよ」

「アルド君が危険……私もいく……」


ライラも加わって、3人の女傑がマナスポット解放に名乗り出た瞬間であった。






「元々、魔の森は凄く珍しい事に、複数のマナスポットが集まる事で、あれだけの大きさの森を作っているんだ」

「複数のマナスポット?」


「ああ、魔の森は、2つのマナスポットが寄り集まった物だよ」

「2つ……ちょっと待ってくれ」


「なんだい?」

「アオ、お前はここに新しい種族の国を作る、って言ったよな?」


「ああ、言ったね」

「それなら、魔の森のマナスポットはどこかのタイミングで全部、開放する必要があったんじゃないのか?」


「そうだね。アルドの言うとおりだ。但し、今はブルーリングに近いマナスポットを開放してある。残りは別に急ぐ必要は無いんだ」

「それは、そうなんだろうけど……」


「ただし僕には分からないけど、今、開放したい理由があるんだろ?アルド達がしっかりと準備をして挑むなら、僕は応援するよ」

「助かる」


「ゴブリンエンペラーの時みたいな事をしなければ、マナスポットの開放は喜ばしい事だからね」

「……」


くそ、さり気なく以前の自爆特攻に釘を刺されてしまった。

あれは本当に自暴自棄になっていたので、今更あんなことは頼まれてもやるつもりは無い。


「じゃあ、計画を立てましょうか」


オレの言葉に全員が頷いて、賛成の意思を示してくれた。

それからは、アオも入れての作戦会議になったのだが、母さんは判断力や決断力は素晴らしくとも、地理に詳しかったり、街道の知識があるわけでは無い。


結果、会議と言うには、余りにも適当な話し合いになってしまっていた。


「カシューの地理に明るい人はいない、ですか……」

「元々、カシューとは仲が良いわけじゃ無いから、当然と言えば当然ね」


「アオはヴェラの街の場所は分かるのか?」

「アルドが僕に何を期待してるのか知らないけど、例えばアルドはドワーフの国の街の位置を知ってるのかい?」


アオの言葉にオレは両手を挙げ“降参“の意思を示した。


「取り敢えずヴェラの街までの道は、タメイにでも聞けば分かるはずよ。街に着いたらグラン家に協力を頼みましょう」

「それしか無いですか……」


「アンタが何を気にしてるかは分かるつもりだけど、直ぐにでもヴェラの街へ向かいたいんでしょ?」

「……はい」


「それなら少しでも早くマナスポットを開放するしか無いじゃない。それが後々の余裕に繋がるわ」

「そうですね、分かりました。オリビア、悪いけどエルやマールへのフォローを頼みたい」


オリビアはいきなり話を振られた筈なのに、全て理解していたようにゆっくりと頷いた。


「エルファスとマールには私から話をしておきます。お義父様にも伝えておけばよろしいですよね?お義母様」

「ええ、お願いするわ。アル、アナタの嫁は傑物ばかりね。とっても頼もしいわ」


知ってます……ついでに怒らせると怖いのも、知ってたりします……

これで何とか指針は出来た。しかし、やはり思ってしまうのはナーガさんがいれば……あの知識量と理路整然とした考え方は正しくリーダーの素質である。


戦闘力では1段低いかもしれないが、それを補って余りあるチカラを有していると言えるだろう。

いない人をいつまでも当てにしていてもしょうがない。頭を振って意識を切り替えた。


「母さん、アシェラ、ライラは旅の準備と足の手配を。オリビアは父さんに今の話を説明して、タメイをヴェラまでの道案内として借りてきてほしい。僕は準備と保存食を用意します」

「「分かったわ」」「分かった」「はい」


「では1時間後に領主館の玄関に集合で」


全員が頷くと、直ぐに各々が自分の担当の準備にかかっていく。

もうすぐ正午になる時間だが、こうなると昼食は移動しながら摂る事になるだろう。せめて食べやすく人気のあるサンドイッチを弁当にする事を決めて、オレは準備に走り回るのであった。




1時間後------------




領主館の玄関にはオレ、母さん、アシェラ、ライラ、タメイが旅装で立ち、エル、マール、父さん、オリビアが心配そうな顔でオレ達を見ていた。


「エル、マール、こんなギリギリのタイミングで旅に出る事を許してほしい。本当にすまない」

「兄さま、頭を上げて下さい。オリビアから聞きました、元は僕達が考え無しに魔の森を焼いたせいです……本当なら僕も一緒に行く責任があるのに……」


「エル、お前の分までオレ達が働いてくるから心配するな」

「すみません……」


「ついでにマナスポットも解放して、お前達の結婚式までには絶対に帰ってくる。約束するよ」

「はい、ありがとうございます」


「じゃあ、行って来るよ」


オレ達は踵を返して馬2頭と2頭引きの幌馬車1台に乗り込んで行く。

馬にはオレとアシェラが、幌馬車には母さんとライラ、そして御者にはタメイが乗った。


念の為ではあるが、場所がカシュー領とあって、馬車や馬具、装備に至るまで全てブルーリングの紋章が入っていない物で揃えてある。

万が一があったとしてもブルーリングに迷惑をかける事は無い筈だ。


全員が準備が完了した所で母さんの声が響き渡る。


「出発よ!ヨシュア、後は任せたわ」


別れの切なさなど微塵も見せず、探検に出る子供のような母さんの姿を見て、父さんが小さく溜息を吐いていたのは、オレ以外に何人が気付いたのだろうか。

馬車の後ろをアシェラと一緒に並んで馬を歩かせていると、門にはハルヴァの姿が見えた……


ハルヴァの眼は隣のアシェラでは無くオレを真っ直ぐに見つめている……その目は”約束を忘れるな”と語っているようだ。

オレは改めてアシェラを守る事を誓い、大声でハルヴァへと返した。


「絶対に守って見せる!万が一に守れない事態があっても、オレより先にアシェラが死ぬ事は絶対に無い!!」


ハルヴァは何も言わず1度だけ頷いたと思ったら、踵を返して騎士団の演習場へと戻って行った。

ふと思ったんだが、ハルヴァ、お前、恰好付けてるけど、副団長のくせにサボって抜け出してきたんだろ……絶対にミロク団長に叱られるヤツだぞ、それは。


急にハルヴァの背中が煤けて見えた瞬間であった。





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