第269話ヴェラの街 part1

269.ヴェラの街 part1






ヴェラの街までの道のりは予想通りタメイが知っていた。ブルーリングの街を出発してまずは宿場町であるターセルに向かい、そこから領境へと向かう。

そこから暫くカシューの街への街道を進むと、途中にヴェラへ向かう分岐路が見えてくるそうだ。


分岐路は大きな看板もあるらしく、居眠りでもしていない限りは見落とす事は無いらしい。

タメイのお陰で道のりは分かったが、実際にどれぐらいの時間がかかるのかを改めて聞いてみた。


「道のりは分かったが、ヴェラまではどれぐらいの時間がかかりそうなんだ?」

「そうッスねぇ、今がお昼過ぎとして頑張れば今日の夜にはターセルに着けると思うッス……それにしてもアルド様、このサンドイッチでしたっけ?美味いッスねぇ」


「そうか?ありがとう。ターセルで泊るとしてそこからはどうだ?」

「ターセルから領境は馬車なら直ぐッス。元々はカシューとブルーリングを通る商人のために出来た街ッスから」


「なるほど、オレは前の時は意識を取り戻したのがターセルだったからな」

「お姫様を追いかけた時ッスね。あれから3年、いや4年ッスか……オレっちも年を取る筈ッスねぇ」


あの時、タメイには本当に助けられた……あれが無かったらきっと今のオレはオレでは無かったと断言できる。


「あの時は助かったよ、感謝してる」


タメイは笑いながら肩を竦めて小さな声で「オレっちが使徒様のキューピッドなんて、大役ッスねぇ」と零している。


「悪いけど話を戻すぞ。ターセルからヴェラまではどれぐらいかかるんだ?」

「そうッスね……野営して1日半って所ッスかね。カシュー側の宿場町カームに寄るなら2日から3日ッス」


「少しでも時間が惜しい。野営で頼む」

「分かったッス。でもお嬢さん方は大丈夫なんッスか?」


オレはタメイが言う、お嬢様方に聞いてみた。


「タメイが心配してるけど、お嬢様方は野営でも大丈夫かな?」

「ボクは問題ない」「私も大丈夫……」「私は勿論、大丈夫よ!」


1人、明らかに”お嬢様”の年齢では無い人が混ざっていたが、突っ込んで無駄に寿命を減らす趣味はオレには無い。


「満場一致だ。タメイ、野営で頼むよ」

「分かったッス」


これでヴェラの街までの道程は決まった。順調にいけば明後日には到着出来る筈である。

後はアオが懸念するように、主の強さなのだが……最低でも強敵だったエンペラーよりは確実に強い筈だ。


しかし、オレ達もあれから遊んでいたわけでは無い。エンペラーより強かった地竜や風竜も倒し、新しい技術の”超振動”と”バーニア”も使えるようになっている。

恐らくはエンペラーも今、戦えばそこまで手こずる相手では無いと思う。


こうなると1番の懸念は加護の使い方だ……恐らくエンペラーは加護の大部分を繁殖に使っていたと思われる。

今回の依頼にはヴェラの街に同一の魔物が襲ったと言う事は、書いて無かった。であれば、今回の主は少なくとも繁殖に加護を使ってはいない事になる。


自身の強化に加護を全フリした主……一体どれほどの強さを誇るのか想像も出来ないが、ヴェラの街の件と魔の森開拓を考えれば、避けて通れる事ではない。

オレは自分の中の考えが正しいと思いつつ、一縷の望みをかけて聞いてみた。


「僕なりに考えてみたのですが………………」


推測ではあるが、エンペラーが何に加護を使ったのか、自身の強化に加護を使った主がどれほどの驚異になるのかを、話してみた。


「………………と言う事で今回の主はエンペラーより、だいぶ強い可能性が高いです」


オレの話を聞き終わると、何やら思案顔をしながら母さんが口を開いた。


「アル、今のは主が加護を何に使ったか、それだけの話よね?」

「そうですが……主の加護の使い方によっては、驚異が格段に上がる筈です」


「1つ聞きたいのだけれど、エンペラーは魔の森の中でも、最弱と言われるゴブリンが主になったのよね?」

「あ、オーガやゴブリンキングが主になっている可能性もあるのか……」


「ええ、主が加護を何に使うかなんて事より、何が主になったのかの方が、よっぽど大きな事だと思うわ」

「確かに、アオもゴブリンキングが主になると、ゴブリン神になると言ってました……」


「まぁ、結局は実際に見てから対応するしか無いって事ね」

「そうですね……こうなると最悪は逃げる事も選択肢に入れないとダメですか……」


「それとも、遠距離からコンデンスレイで狙撃するか……どうせ開拓するなら火事で燃えたちゃったほうが面倒が無いかもしれないわよ」

「それは街までの距離次第ですかね……」


恐ろしい事に、氷結さんが凄く適当な事を言い出した。この人は本当にやりかねないから怖いのだ。

色々と考えてはみたのだが、結局は主の情報を集めて、その都度、対策を講じていくしか方法は無さそうである。


馬に揺られながら空を眺め、なるべく弱い主である事を願うのだった。




2日後---------------




特に問題も無く旅程は進み、恐らくは1時間もすればヴェラの街が見えてくるはずである。


「ヴェラの街へ着いたら、直ぐにグラン騎士爵家を訪ねるんですか?」

「うーん、エル達の結婚式は6日後だし、宿を取ってノンビリしてる余裕は無いわね。この足でグラン騎士爵家へ向かって街の状況を聞きましょう。それとアオを呼んでマナスポットの大まかな距離と方角を聞いて頂戴」


「分かりました」


そう返事をするとオレは指輪に魔力を込めてアオを呼びだした。


「アオ、いきなりだが、マナスポットの方向と凡そで良い、距離を教えてくれ」

「本当にいきなりだね。まぁ、アルドだからしょうがないか。ちょっと待ってよ……うーん、方角はこの方向、距離は今の早さだと半日から1日って所かな」


アオが示した方角は殆ど真西、距離は馬車の早さで半日から1日となると20~30キロ程度か……森の中を進むとなると、空間蹴りで空を駆けた方が早そうだ。

一通り話すとアオは帰っていき、残されたオレ達は何度目かの作戦会議を始めた。


「先ずはヴェラの街に着いたらグラン騎士爵家で情報を得る。ここまでは良いわね?」

「「「「はい(ッス)」」」」


「間近に脅威があるようなら対処する事になるでしょうけど、そうで無いならマナスポットの解放に向かう。ここまでも良い?」

「「「「はい(ッス)」」」」


「マナスポットに向かうのは私、アル、アシェラ、ライラの4人、タメイは馬車と馬の管理をお願い」

「「「「はい(ッス)」」」」


「そこからは臨機応変になるでしょうけど、主の情報を集める事を第1に考えて頂戴。無理と判断したらヴェラの街の安全だけ確保して撤退よ」

「「「「はい(ッス)」」」」


「タメイは何時でも出られるように最低限の準備は欠かさないで」

「はいッス」


「さぁ、そろそろ街が見えてきたわよ。今回は何が出るかしら、楽しみね」


母さんはそう言って獰猛な笑みを見せるが、うちの嫁2人が真似をするので止めてもらえると助かります。

そんな事を考えている間に、馬車はヴェラの街へと近づいていく。


ヴェラの街は2メードほどの高さの城壁に覆われており、魔物も簡単には入れないようになっている。

しかし、所詮は2メード、大型の魔物や運動能力の高い魔物、更に言えば空を飛ぶ魔物にも、この城壁では脅威にはならないだろう。


「地方の街ではこの程度ッスよねぇ。こればっかりはしょうがないッス」


タメイの言葉はヴェラの街の城壁について言っている事は直ぐに分かった。

しかしもっと辺境の地や開拓村、農村などは精々が木の柵がある程度であり、この国の基準で言えばヴェラの街は周りの村から羨ましがられる程度の城壁ではあるのだ。


そんな景色を眺めながらヴェラの街に到着すると、2人の門番が馬車と馬の前に立ち塞がってきた。


「お前達は何処から何をしに来た?」


若い方の門番から声をかけられ、御者をしているタメイが質問に返している。

オレ達は王都の冒険者のパーティで、そろそろ使えるようになってきた新人3人を連れヴェラの街へやってきた、と言う設定だ。


因みにオレとアシェラはEランク、ライラはDランクの新人役であり、タメイのBランクと母さんのAランクが指導役になっている。

タメイは「使徒様の師匠ッスかぁ。これは将来、自慢できるッスね」と笑っていた。


タメイは問題無く門番に答えているが、年配の方の門番がオレとアシェラを交互に見比べ首を傾げながら難しい顔をしている。

なるべく自然を装って顔を隠すが、とうとう近づいて来て声をかけられてしまった。


「アシェラか?」


いきなりの事に驚いてしまい直ぐに戦闘態勢で振り向くと、前に会った時より幾らか年を取ったであろう、アシェラの叔父である、クリス=フォン=グランその人が立っていたのだった。






「いやぁ、いきなりで驚いたよ。久しぶりだね、アルド君」

「はい、お久しぶりです、クリスさん」


こちらの正体がクリスさんにバレた時には、母さんやタメイからは剣呑な空気が溢れたが”オレが責任を持ちます”と言って場を治めさせてもらった。

今はクリスさんに門番の待機所の小屋に招待されて、お茶を頂いている所だ。


因みに小屋には2人の男が待機していたが、今は門番を交代してもらっており、クリスさんと一緒に門番をしていた若者は部屋の隅でオレ達を訝しげに睨んでいる。


「しかし、あれから4年か……早いものだね。ルーシェは元気にしてるだろうか?」

「はい、とても元気で病気の再発はありません」


「そうか……それがずっと気がかりだったんだ。教えてくれてありがとう」

「いえ、お礼なんて……」


そう言うとクリスさんはアシェラに向き直って口を開いた。


「アシェラ?で良いんだよな?」

「はい、アシェラです」


「アルド君は4年で随分成長したけど……アシェラは変わっていない?いや、むしろ幼くなってる?」


クリスさんから見てアシェラは4年前と変わらないか、幼くなっているように見えるようだ。


「色々あって今はこの見た目です。でもハルヴァとルーシェの娘、アシェラなのは間違いありません」

「そうか……興味は尽きないが、今のヴェラの街へわざわざやってきた、と言う事はどう考えれば良いのかな?修羅のお2人さん」


そう話すクリスさんの眼には少しの警戒の色が浮かんでいた。





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