第270話ヴェラの街 part2
270.ヴェラの街 part2
クリスさんから何をしにヴェラの街に来たのかを聞かれたのだが、全てを正直に話して「森を焼いて魔物を押し付けちゃいました。テヘペロ」なんていう訳にはいかない。
ここは依頼を盾に、煙に巻いてしまうのが良いのでは無いだろうか……
我ながら”人としてどうなんだろう”と思うのだが、ヴェラの街はキッチリと守る所存なので許してほしい。
「実はある筋からヴェラの街の魔物の脅威を排除するように依頼を受けたんです」
「依頼?まさかカシュー家がブルーリング家に?」
「あー、それは無いかもしれません……と言うか、その間にクッションが1つあると言うか……」
「まさか王家が?」
おいぃぃぃぃ。クリスさん優秀だな、1発で当てるかよー。
「す、すみません、これ以上は言えません。ただオレ達はヴェラの街に害を加えるつもりは無いんです」
オレの言葉を聞き、クリスさんは黙りこんでしまった。
この話をどう判断すれば良いのかを、考えているのだろう。
するとその様子を部屋の隅で見ていた若者が立ち上がり、怒鳴り声をあげた。
「親父!こんな怪しいヤツらを信じるつもりか?しかもブルーリングと言えば、ウチがこんな田舎に飛ばされた元凶じゃねぇか!」
「黙れ、ラバス。お前には関係ない!」
「関係ないだと?ふざけるな!!おい、お前……アシェラって言ったな……って事はお前が全ての元凶か……」
「……」
「お前がマッシュ様の縁談から逃げたせいで、こっちはこんな所で門番なんてやらされてるんだよ!母親を何年も看させた挙げ句、用意してやった縁談すら逃げやがって!お前には人の道理って物は無いのか?!」
「ラバス!ヤメロと言っているだろうが!!そもそも逃げるように進めたのはオレだ。アシェラはそれに従っただけだ!」
「輿入れの時に、ブルーリングから男を連れて来ておいて、逃げるしかない状況に追い込んだのはコイツらだろ!そもそも一度は話を受けておいて、正式な手続きもせず、一方的に破談なんて赦されるわけがねぇだろうが!」
ラバスと呼ばれた若者は、どうやらクリスさんの息子でアシェラの従兄弟のようだ。
怒りで言葉は乱暴ではあるが、ラバスの言う事は全てにおいて筋の通った話であり、間違っているのはこちらの方だと理解出来る。
だからと言って今更アシェラを渡すなど出来る話ではないし、するつもりも無い。
で、あれはオレか取るべき行動は……
「すみませんでした」
頭を下げ、真摯に謝罪する事。
母さんやタメイ、ライラは何も言わずに、オレをジッと見つめている。
そんな中、アシェラはオレの隣まで歩いてくると、同じように頭を下げ始めた。
「ボクのせいで迷惑をかけて、すみませんでした」
2人で頭を下げ許しを請う姿は、お世辞にも恰好の良い物では無く、傍から見ればとても”修羅”と呼ばれ武名を轟かせている事など信じられないだろう。
「形だけの謝罪なんて何になる!こっちは一族郎党、こんな辺鄙な場所へ左遷されてるんだぞ!」
確かに恩を仇で返した、と言われてもおかしくない振る舞いをした事は事実であり、それから何のアクションも起こしていないのも事実だ。
「どうすれば許してもらえるのでしょうか?金銭なら多少は融通できると思います」
「金なんて使ったらそれっきりだろうが……そうだな、本気で何でもするってんならオレ達グラン家を全員ブルーリングで召し抱えろ。そうしたら許してやるよ」
ラバスの言う事は無理難題に近い……幾ら以前に父さんから「何かあったらグラン家ごとブルーリングで面倒みても良い」と言われていたとしても、あれから4年も経っているのだ。
使徒の件もあって、あの頃とは状況が変わり過ぎている
「申し訳ありません。僕はブルーリングを名乗ってはいますが、貴族籍を抜けた身です。そんな権限はありません……」
「は?お前、家から放逐されたのか?こんな出来損ないのためにオレ達は左遷されたってのかよ……ふざけるなよ!テメェ!」
ダメだ!あちこちから徐々に怒気が立ち昇り始めている。殺気に変わる前にどうにかしないと……
「申し訳ありません。何とか金銭で納めて頂けませんか?お願いします」
「話にならんな。じゃあ、聞くがお前の一族は貴族の身分と信用を金で売るのか?」
「それは……」
「お前の言う事はそういう事だ!」
ラバスとの話し合いがどうしようも無くなった頃、クリスさんが口を挟んでくる。
「ラバス、もう良いだろう。外に出て少し頭を冷やしてこい」
「親父!」
「何度も言わすな。命令だ!」
「っち、分かったよ……おい、お前等2人!親父が許しても、オレや一族の皆は絶対にお前等を許さないからな!」
それだけ言うとラバスは忌々し気にオレ達を一瞥して、外へと出て行ってしまった。
「すまない、愚息が失礼な事を……」
「いえ、言われるだけの事をオレ達がしたのは事実ですから……」
そこからは以前の事の詳細や現状も含めて、色々な事を教えてもらった。
以前の件に関して概ねはラバスが言った事が正しく、やはり非はこちらが大きいのは事実だそうだ。
しかし、結婚の了承についてはハルヴァから正式な返答は保留され、ルーシェさんの件が終わってから正式に返答する事になっていたそうだ。
この行き違いが起こったのは一族の一部が勝手に話を進めたそうで、最悪は無理矢理結婚させれば良いと考えていたらしい。
しかし、これも悪意や保身からでは無く、本来は子爵家の3男に嫁げるなど望外の話であり、話が流れる前に善意で纏めようとした結果であるそうだ。
まさかブルーリング男爵家の嫡男が、アシェラを追いかけてくるなど想像もしていなかった、と言うのが話の全体像である。
「僕がもっと早く意思を明確にしておけば良かった、と言う事ですね……」
「それは結果論だよ。人の心など簡単に揺らぐ物。アシェラの結婚話が出たからこそ、アルド君の心が決まったのでは無いのかな?」
「それは、そうかもしれません……」
そう言葉を絞り出したオレに、クリスさんは1つだけ頷いて次の言葉を話しだした。
「過去の事は、もう終わった事だ。あれは運とタイミングが悪かったに過ぎない。しかし我々も受け入れるにはもう少し時間が必要だ。特に若い者は……」
「はい……」
「それよりも、これからの事だ。魔の森の異変はどの程度、聞いているのだろうか?」
「すみません。その件についての情報はこの街でクリスさんからもらうつもりでしたので”魔物に襲われている”と言う事以外、何も分かりません」
「そうか。では私が知っている限りの情報を教えるよ」
「ありがとうございます」
クリスさんの話では、異変が起き始めたのは2ヶ月ほど前からだそうだ。
2ヶ月前……丁度、ミルドから帰ってきて、暇を見つけては魔の森でコンデンスレイを撃ち始めた頃と一致する……
以前の件に飽き足らず、更に今回の件……全部バレたらオレ、クリスさんに刺されても文句言えないんじゃないかな……
頭がクラクラしてくる中、この事は絶対に秘密にする事を誓った。
「大丈夫かい?」
「あ、すみません。少し眩暈がしたもので……」
「少し休んだ方が良い。ブルーリングからずっと休んでいないんだろ?」
「いえ、体は問題ないんです……心が痛い、と言うか疲れた、と言うか……」
クリスさんが首を傾げる中、母さん、アシェラ、ライラ、タメイにはオレの心の声が聞こえる程、何を考えているか丸分かりだったそうだ。
そうして良心の呵責に耐えながら、更に情報をもらうべくクリスさんに話しかけた。
「魔物の襲撃はどの程度なんでしょうか?」
「基本的には不定期で、やってくる魔物も決まっていない。1ヶ月前の襲撃が一番規模が大きかったと思う」
「い、1ヶ月ですか……その時、何か気が付いた事はありますか?」
「気が付いた事……そう言えば夜警をしていた時に、魔の森の奥が明るい気がしたなぁ」
おうふ……1ヶ月前って言ったら、エルとコンデンスレイの効果的な撃ち方を試案しながら、撃ちまくった時じゃないか……もう、あかん。これ完全にオレ達のせいだ……
これで魔物を倒しても完全なマッチポンプじゃないか!
もう止めて……アルド君のライフは0よ……崩れ落ちそうな中、オレは膝に手をついて中腰の恰好で耐えていた。
「アルド君、本当に大丈夫か?何ならオレが診ようか?」
「い、いえ、大丈夫です。むしろオレに優しくしないでください……お願いします」
オレの言葉に困惑しながらもクリスさんは更に情報を教えてくれた。
「最後に襲撃があったのは何時ですか?」
「うーん、最後に襲撃があったのは2週間前だったはずだ」
「それからは異常は無いですか?」
「そうだねぇ、それが最後かな」
「最後に他に気になった事はありますか?」
「気になった事……そう言えば街の者がおかしな噂をしていたな……」
「噂……どんな噂ですか?」
「何でも闇の日に限って襲撃があるとか。魔物が暦なんて分かる訳がないので偶然なんだろうけどね」
「そ、そうですね……ま、魔物に暦なんて……ハ、ハハハ……ハァ……」
そうだよ、オレだよ!!……闇の日は休みだから、暇つぶしを兼ねてコンデンスレイを撃ちましたよ!
もうね……オレ、自分が嫌いになりそうデス。
一通りの情報を頂いてから馬車に戻ると、母さんが口を開いた。
「取り敢えず、ヴェラの街に”脅威”は無さそうね……ううん、違うわね。”脅威”はヴェラの街に入った、とみるべきかしら?」
そう言いながらオレを見て、ニヤニヤと意地の悪い顔で笑っている。
「母様、本当に勘弁してください。これ以上は僕の良心が死んでしまいます……」
「分かったわよ。少し情報も整理したいし、宿で打ち合わせをしましょう」
「宿ですか?」
「ヴェラの街には脅威が無く、マナスポットの解放に6日も使える事が分かったのよ。ここは休息を入れてから動いた方が良いわ」
「そうですね……僕も何だか疲れました」
「以前の件も少し整理しましょう。話を聞くとクリスさんの言う通り、誰かが悪いというよりタイミングと運が悪いとしか言えないわ」
「タイミングと運ですか……」
「ええ、例えばサンドラとで、以前みたいな問題が起こったとしたら?」
「お爺様とサンドラ伯爵で話をすれば済むかと」
「その通りよ。領の仲が悪く意思の疎通が難しい時期に、たまたま子供同士が同じ女の子を見染めてしまった。そして片方には類稀な武威があり、片方には刺客を送る地の利があったって事ね」
「……」
「そしてその争いのツケを払わされたのが、一番チカラが弱かったグラン家だったって事よ」
「それは……」
「世の中なんてそんな物なんだから、アルも本当に大切な物は絶えず意識してないと、知らない間に落っことしちゃうわよ」
「気を付けます……」
この時の母さんの言葉は、相変わらず適当な事を言っていた気がしたが、それと同時に何かとても大事な事を言われた気がしたのだった。
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