第271話ヴェラの街 part3

271.ヴェラの街 part3






クリスさんから情報をもらった後、宿屋で打ち合わせをしたのだが、主との戦いについての見解が母さんと少し違っていた。

どういう事かと言うと、先ずはマナスポットと主を見つけて遠目から情報を集める所までは一致したのだが、そこから先、要は威力偵察をして主のチカラの一端でも感じたい、と言うのがオレの意見だ。


しかし、母さんは逃げられない可能性に言及し、戦闘をしかける時には倒すつもりで仕掛けるべきだ、と主張している。

結局、幾つかの話をした後、時間的な余裕がある事から、母さんが言うように威力偵察は無しにする事に決まった。


これに関しても絶対に威力偵察をしない、と言う事では無く、あくまで方針として、”時間があるんだから石橋を叩いて情報収集しましょうねー”と言う事だ。

あまりにも見た目から情報が得られない魔物が主だった場合は、随時、話し合いで方針を決める事になっている。


「こんな所かしらね?あまり雁字搦めでも身動き取れなくなるわ」

「そうですね。大まかな方針を決めて、臨機応変が良いと思います」


オレと母さんの言葉にアシェラとライラは頷いているが、一抹の不安がよぎった。

全てに反対意見を言えば良いわけでは無いが、正直な所、イエスマンでは困るのも事実だ。


良い機会でもあるので、2人に賛成した真意を聞いてみる事にした。


「アシェラ、ライラ、少し聞きたいんだけど、良いか?」

「「うん」」


「2人は方針に賛成みたいだけど、理由を聞いても良いかな?」


2人はすぐにオレの真意に気が付いたらしく、眉間に皺を寄せて話し出した。


「ボクはお師匠とアルド、どちらの案でも良いと思ってる。実際に主を見てにはなるけど、情報を得るのにある程度の危険は必要経費」

「そうか。ライラは?」

「私はパーティでの行動に支障が出ない事を前提として、ある一定のラインまでは自由に行動すれば良いと思ってる……今回のデッドラインは最低限の安全の確保、要は逃げられるかどうか。なのでアルド君の案には賛成できないかも……」


なるほど。2人はボーっと聞いていたわけでは無く、自分なりの基準で判断して賛成したようだ。


「2人共、試すような真似をしてすまなかった」

「大丈夫」「確認は大事……」


改めて試すような事をした事を2人に謝罪してから、母さんへと話かけた。


「母様、主の情報収集は明日からですよね?」

「そうねぇ、今日は各自、休息を取るのが良いわね」


「分かりました。では僕は少しクリスさんと話をしてこようかと思います」


オレの言葉にアシェラが反応する。


「ぼ、ボクも……」

「うーん、どうしてもって言うなら止めないが……また色々言われるかもしれないぞ」


「……」

「マナスポットを開放すれば何時でも来られるんだ。次はルーシェさんとハルヴァも一緒に、改めて以前のお礼に来よう」


「……分かった」


正直、今の状態でアシェラを見れば感情的になってしまうのはしょうがない部分がある。

それに吐いた言葉を無かった事に出来ない以上、今は少し距離を取った方がお互いに良いように思う。


まぁ、それとは別にオレはオレなりに動いて、少しでも禍根が無くなるようにするつもりではあるが。


「では行ってきます」


そう言ってオレは1人で宿を出ると、先ほど聞いたクリスさんの自宅へと足を向けた。

歩きながら街の様子を眺めていると、旅人用に宿が数件と酒場があるぐらいで、残りは食料品や生活雑貨の露店が幾つか並ぶ程度である。


以前に見たカシューの街は、ブルーリングの街と比べても遜色無いように見えた。

”都落ち”ラバスが言ったように、グラン騎士爵家は左遷されてこの地へと追いやられたのが、嫌と言う程に理解できた。


こうなるとグラン家の望みは家の再興か……しかもラバスの言葉を信じるとすれば、それはカシューであろうとブルーリングであろうと構わない、と言う事になる。

これからの事にはなるが、魔の森を開拓して新しい国を興すには、今いるブルーリングの者だけではとてもでは無いが人手が足りない筈だ。


グラン騎士爵家は回復魔法の大家でもあり、正直な話、ブルーリングに来てくれるのは非常にありがたい話だとは思うが、それを決めるのはオレでは無く、新しい種族の王を目指しているエルだ。

であれば、オレとしてはラバスの言った内容が、グラン家全体でどれぐらいの支持を集めているのかをクリスさんに聞いてみたい、と思っている。


余計な期待をさせないためにもオレから何かを言うつもりは無いが、タイミングと縁があればお互いの道が交わる事もあるかもしれない。

そんな事を考えながらヴェラの長閑な街並みを眺めつつ、グラン家へと続く道のりを歩いていた。






クリスさんから聞いていた場所に到着すると、そこはヴェラの街の標準的な家よりは少し立派ではあるが、貴族の家としては些かぼろ……ゲフンゲフン、趣があり過ぎる家が建っていた。

思う所はあるが、ここまで来て帰る訳にもいかない……道中で買ったストロの実を手土産に持ち、準備は万端だ。


オレは意を決してノッカーを叩くと、人が出て来るのを待つ。

直ぐに人の気配がしたと思ったら扉が開いていき、中から先ほど散々に悪態を吐いた、ラバスが顔を出した。


「あ、テメェ!何しに来やがった!」

「……クリスさんに会いに来た。取り次いで欲しい」


「は?親父は家から放逐されたテメェ何かに合わねぇよ。サッサと帰れ」

「……そうか、分かった」


額に青筋を浮かべつつも、こいつに何かを言っても無駄、と考え、出直そうと踵を返した所で声が響いた。


「ちょっと待て。そのストロの実は置いて行け。親父に渡しておいてやるよ」


ニヤニヤしながらフザケタ事をのたまうラバスに、オレはいい加減ムカついている……


「そうかよ。じゃあ、渡しておいてくれ。明日にでもクリスさんにストロの実の味を聞くとするよ」


自分で食べるつもりだったのであろうラバスは、厭らしい笑みを一転すると、今度は威圧的な態度で絡んできた。


「テメェ、鬱陶しい事言ってるんじゃねぇぞ……ブルーリングの嫡男だったからって調子に乗るなよ」


あー、何か面倒臭くなってきた……こういう手合いは、強いか弱いかでしか人と自分を評価出来ないんだ……野蛮人め。


「ハァ……分かったよ」

「ヘッ、分かったか、最初から素直に渡しておけっつぅんだよ」


オレはストロの実を近くの岩の上に置くと、ラバスに向かって無手で構えをとる。


「何のつもりだ?」

「お前みたいのは殴られないと分からないんだろ?怪我はさせないように手加減してやるから、かかってこいよ」


軽く手招きして煽ってやると、茹でタコのように真っ赤になったラバスが、殴りかかってきた。


「舐めるな!ボンボンの癖に!」


ラバスの拳はそれなりに速いのだろうが、オレからすれば鼻をほじりながらでも躱せる。

更に煽るために拳を躱した瞬間、ほじった鼻クソをラバスの額にくっ付けてやった。


「テメェェェェェェェェェェ!!」


本気で切れるラバスに指を差して大笑いしてやると、とうとう怒りが限界突破したらしく、気持ち悪い笑いを浮かべながらゆっくりと距離を詰めてきた。


「へっへへ……殺す……へへ……殺してやる……」


流石に煽り過ぎたかもしれない。大笑いしてオレの怒りも収まった事だし、そろそろ終わりにしようと思った瞬間、ラバスが渾身の拳を突き入れてきた。

最初に比べて随分と鋭い突きではあるが、この程度ではアシェラの足元にも及ばない。


アシェラなら10歳の時にはこの倍の鋭さの突きを撃って、何度もオレの意識を刈り取っていた筈だ。

嫌な事を思い出しちゃったじゃないか!頭を振ってラバスの拳を躱すと、お返しとばかりに腹を軽く撫でてやった。


ドゴッ!と音が響くと同時に、ラバスは白目を剥いて意識を失ってしまう。

もう何度目か分からないやり取りに、オレは慣れた手付きで回復魔法を使ってやる。


暫く意識は戻らないとは思うので、放置して追剥や事件に巻き込まれると流石にマズイ。

ラバスを日陰に運び終え、目が覚めるのを待つ間、近くの大岩に座って周りの景色を何となく見ていると不意に声をかけられた。


「流石は修羅と呼ばれるだけはあるね。ラバスも同年代の中ではかなり強いんだけど、赤子同然とはね」


いきなり背後から声をかけられたように感じるが、オレはだいぶ前からクリスさんがオレ達のやり取りを眺めているのに気が付いていた。


「何で止めなかったんですか?」

「カシューの追手を12歳で全滅させた相手に、ラバスが勝てると思えなかったからかな?」


「オレがラバスに怪我をさせるかもしれませんよ?」

「そこはアルド君の人となりを信じているよ」


「そうだとしても揉め事に発展するかも知れないじゃないですか」

「……ラバスの言う事は、一族の者全員が少なからず思っている事でね。無論、私も例外じゃ無い。私も意趣返しがしたかったのかも知れないな……」


「……」

「ただ誤解しないでほしいんだが、やはりアルド君やアシェラ、ハルヴァやルーシェだけが悪い、と思えないのも本心なんだ」


「……すみませんでした」

「謝らないでくれるかな。謝られると君達に全ての責任を押し付けたくなる……」


「はい……」

「……」


「……」

「……もし……もし、万が一にもあり得ない事だろうけど……ラバスが言うように、ブルーリングに私達の居場所があるなら、身を粉にして働く所存だ」


「……」

「……」


「……」

「……すまない。詮無い事を言ってしまった。忘れてくれ」


「……はい」


それだけ言うとクリスさんは何も言わずに家の中へ入ってしまった。


「おい」


声の方向に顔を向けると、いつの間にか意識を戻したラバスが、上半身を起こしてオレを睨みつけている。


「何だ?」

「お前、それだけの強さがあるのに、家から放逐されたのかよ?」


「貴族の当主に腕っぷしの強さ何て要るわけないだろ」

「じゃあ、よっぽど素行が悪かったのか?」


「は?オレは自慢じゃないが、ケンカを売った事はたまにしか無いし、勉強だってたまには真面目にやるぞ!」

「ぷっ、そりゃ、本当に自慢にならんな」


ラバスは暫く小さな笑いを続けたかと思うと、毒気が抜けた顔で話しかけてきた。


「なぁ」

「何だ?」


「親父が最後に言ってた件、本当に何とかならねぇかな?」

「ブルーリングに来るってヤツか?」


「ああ、そうだ」

「ブルーリングに来るより、カシューで手柄を上げた方が早いんじゃないのか?カシューの中には懇意にしてたヤツもいるんだろ?」


「カシューには、グラン家の居場所は無いな……」

「何でだよ?」


「お前、4年前に追手をほぼ全滅させただろ?」

「ん?全滅かは分からんが殆どの追手は返り討ちにしたと思うぞ」


「その中にカシューの英雄”不死身のヨルグ”ってカシュー騎士団の副団長が居たんだよ」

「不死身のヨルグ……ブルーリングで言うハルヴァみたいなものか」


「ああ、たぶんな。ヨルグ様はどんな戦場からでも帰って来た、カシューの英雄だったんだ……でも、お前等には、あっさり倒されちまった……その原因を作ったグラン家は、ありとあらゆる方面から非難を受けたんだ。もう、カシューにはオレ達の居場所は無いよ……」


おうふ、これもオレ達のせいか……もう、オレの罪悪感が凄い事になってる。


「ブルーリングの後を継ぐのは弟なんだ……話はしてみる。けど、約束は出来ないし、期待もするな」

「ああ、分かってる。期待して待ってるよ」


「おい!」

「ハハハハ。お前には本当に期待したくなるぜ」


ラバスはそう言って岩の上のストロの実を取ると、ヒラヒラと手を振りながら、家に入って行った……





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