第272話静かな戦い part1

272.静かな戦い part1






クリスさんの家に伺った次の日、今日は主の情報収集に向かうため、魔の森に向かって歩いている所だ。

隊列はオレを先頭に中列の左が母さん、右がライラ、そしてシンガリがアシェラである。


タメイはヴェラの街で留守番のついでに情報収集を頼んでおいた。

集めてほしい情報は主に2つ。1つは以前に襲撃された時の魔物の規模や種類、もう1つはヴェラの街でのグラン家の評判だ。


昨日のクリスさんやラバスの様子から無いとは思うが、スパイの可能性が無いわけでは無い。

しかし少しでも可能性を下げるためにも、エルに話す前に集められるだけの情報は集めておかねば。


街での事はタメイに任せておくとして、オレ達は予定通り魔の森を目指している。

道らしい道は無く、正直な話、最初から空間蹴りを使って移動したいのだが、誰かに見られて悪目立ちしたくない。


話し合いの結果、魔の森に入るまでは普通に地上を歩いて移動する事になってしまった。


「そろそろ魔の森に入る頃ですかね?」

「うーん、もう少し先じゃないかしら……森が歩き難いのはアンタだけじゃないんだから、もう少し我慢しなさい」


氷結さんの口から”我慢”なんて言葉が出るとは!初夏で少し暑いくらいなのに、雪でも降らないか心配になってくる。

そんな気の抜けた会話を遮るようにアシェラの声が響いた。


「アルド、止まって……」


いきなりの言葉に多少の驚きはあったが、ここは敵地のど真ん中だ。適度な緊張感を纏いながらアシェラへと返す。


「どうした?」

「あそこを見て」


一体、アシェラさんはオレに何処を見せたいのかなー、ムフー!すみません、マジメにやります……

アシェラが指を差す方向を見ると、ある場所を境に森の木が枯れている。


「これは……」

「おかしな魔力も見える。注意して」


「分かった」


安全を確保するため、それ以上は近づかずに石を投げたり、魔法を撃ったりしてみるが反応は無い。


「ちょっと、空から見てみるか」

「うん」


魔の森に入る前だと言っても、流石にこの場所なら誰かに見られる事も無い筈だ。

念の為、周りを見回してから、空に駆け上がって行くと、ある個所を中心にして同心円状に森の木が枯れていた……恐ろしい事に、異変の半径は優に5キロメードはあるように見える。


「どうなってる……」


異変の中心はアオから聞いたマナスポットの方角だ。この異変とマナスポットが関係しているのは恐らく間違いない……

しかし、これほど大規模な異変を起こす原因が何なのか、全く想像が出来ない。


オレがいつまで経っても降りて来ないのに痺れを切らし、母さん、アシェラ、ライラがやってくるが、この光景を見た瞬間、眼を見開いて固まってしまった。


暫く4人で異変に眼を奪われていたが、いつまでもこうしていてもしょうがない。


「一度、降りましょう……」


絞り出すようなオレの言葉に3人は、険しい顔で頷いていた。






「あんなの見た事も聞いた事も無いわ……」


今のはこの中で一番経験がある筈の母さんの言だが、こんな現象は見た事も聞いた事も無いらしい。

このまま進んでも安全の確保が出来ない事から、今は焚火をして昼食の支度をしている所である。


「取り敢えず昼食が出来ました。食べましょう」


今日の昼食はフランクフルトのホットドッグと、野菜たっぷりのスープである。

腹が減っては良い考えも出てこない、と言う物だ。


取り敢えず昼食を摂っていると、ライラの食べていたホットドッグからフランクフルトが零れ落ちて転がっていく。


「あ……」


しかも運が悪い事にフランクフルトが転がった先には虫の巣があり、既に虫だらけになってしまっている。

これは流石に食べられそうに無い……泣きそうな顔のライラを見て溜息を1つ吐くと、オレは自分のホットドッグを渡してやった。


「ほら、これ」

「え、良いの?」


「良いよ。代わりに、そのパンをくれ。ジャムで食べるから」

「うん!」


ジャムを塗りながら落としたフランクフルトを見ると、うじゃうじゃと更に虫が集り出している。


「うわ……」


ゾゾゾっと背中に冷たい物が走る感覚を覚え、思わずオレは落ちている木の枝を拾うと、フランクフルトをつまんで枯れた木がある方へ投げ捨ててやった。

虫から解放され安心したのも束の間、フランクフルトが地面に着いた瞬間、森が動いたかと思うほどに揺れ、地面から灰色の水のような物が湧き出してくる。


灰色の水は落ちているフランクフルトへ纏わりつくように包み込んでいくと、直ぐに跡形も無く溶かしてしまった。


「あれは……」

「フランクフルトを溶かしてる……いや、食べているのか?」


「スライム?」

「え?スライムって、あのスライムですか?」


「あのスライムがどのスライムか知らないけど、私にはスライムに見えるわ」

「確かにスライムっぽいですけど……じゃあ、核は何処にあるんですか?」


「そんなの私が知ってる訳ないじゃない」

「……」


母さんは自分の持っている食べかけのホットドッグを見つめると、パンとフランクフルトに分けてスライムらしき物へ向かって放り投げた。

驚いた事にスライムらしき物はパンには全く興味を示さず、フランクフルトにだけ纏わりつくと、アッという間に溶かして吸収してしまう。


「これは……本当にスライムなのか?」

「少し離れましょう」


「はい……」


スライムらしき物の動きは早くは無い……但し、捕食のスピードは段違いで、普通のスライムの何倍もの早さで溶かしていく。

安全を取るために50メードほど離れてから、改めて母さんに話しかけた。


「母様……僕は今、最悪の想像をしているんですが、言っても良いですか?」

「あら、奇遇ね。私も最悪の想像をしているわよ」


お互いに苦笑いを浮かべてから、オレからゆっくりと口を開いていく。


「あれがスライムだとすると、恐らくは主なんでしょう……」

「ええ。恐らく地下の隙間に沿って体を伸ばしているんでしょうね」


「あれをどうやったら倒せるのか……想像も出来ません」

「元がスライムならどこかに核がある筈よ。それに主なら証を奪えば弱体化させられるのよね?」


「核に証……やっぱり僕がソナーを使うしかなさそうですね……」

「アンタ、何言ってるの?ソナーって触らないと使えなかった筈よね??スライムを素手で触るなんて正気じゃないわ!」


「アシェラ、母さんはこう言ってるぞ」

「……」


母さんはオレが急にアシェラへ話を振った事に顔をしかめている。オレの真意が分からないのだろう。


「以前、ルイスやネロとスライム狩りに行った事があるんですよ。その時にアシェラは魔力で腕を覆い素手で核をつかみ取っていたんです」

「……主に対して同じ事をやる、と?」


「他に良い方法があれば、僕もやりたくはないんですが……」

「……」


オレの言葉に誰も言葉を返さないのは、他に良い方法を思いつかないからなのだろう。

そんな中、ライラがおずおずと口を開いた。


「アルド君、使徒の叡智には何か良い方法は無いの?」

「悪いけど、そんな万能な知識じゃないんだ」


「そう……スライムの体だけでも攻撃出来れば良いのに……」

「スライムの体?」


「うん、地下の隙間に広がってるって事は、地面が邪魔で効果的な攻撃が出来ないと思う……今回は無理かもしれないけど、いつか倒さないといけないなら体を少しでも削っておいた方が良い」

「地下か……体を攻撃するだけなら雷撃が効果あるかもしれない」


「雷撃が?」

「ああ、水は電気を通し易いからな……尤も、スライムの体が水に近い、としたらだけど」


ライラにはそう言ってみたが、もしかしてワンチャンあるんではなかろうか……スライムに雷撃が特攻だとするなら、ソナーで核と証を探して雷撃をぶち込む……もしかしてこの巨体でも倒せるかもしれない。

勿論、その時には1発や2発の雷撃では意味が無いのは分かっている。魔瘴石で領域を作る事になるのだろうが。


こうなると、先ずは雷撃が特攻なのかを調べるのと、ソナーを打ってみないと始まらない。


「母様、ちょっと作戦を思いつきました。聞いて下さい」

「……あまり聞きたく無いけど、しょうがないわね」


作戦はこうだ。

先ずは魔力を纏い安全を確保してから、ソナーを使って情報を集める。そして次に雷撃を叩き込んだ後で、またソナーを使ってダメージを調べる。

この大きさでは、直ぐには証の位置は分からないだろうが、これを繰り返して徐々に体を削っていけば、証の位置も核の位置もいつかは分かる筈だ。


時間はかかるだろうが、この作戦で倒せそうなら、どこかのタイミングで領域を作って効率を上げるのが良いのかもしれない。


「どうでしょうか?」

「ハァ……ダメって言ってもやるんでしょ?」


「他に方法が無いなら……」

「分かったわ……その代わり魔力を纏って攻撃に耐えられるか、の実験は私がやる。良いわね?」


「母様が?危ないですよ」

「危ないのはアンタも一緒でしょうが!」


「それはそうですが……」

「それと魔力を節約するために、雷撃はライラが撃って頂戴」

「はい……」


「アシェラは何かあったときに、魔力盾を展開出来るように待機を」

「はい、お師匠」


「検証が上手くいった場合は、アルに無理をして貰う事になるんだから、少しは甘えなさい」

「はい……」


検証も安全マージンは取るつもりだが、当然ながら危険はあるので、オレが1人でやるつもりだったのだが……何故か全員でやる事になってしまった。

実はスライムに溶かされた皮膚は、治療がし難いのだ。


顔に傷でも残ったら……やっぱりオレがやった方が良いんじゃないだろうか。

そう声をかけようとした所で、全身に魔力を纏った母さんが、スライムの前まで進み出てしまった。


直ぐに地面から灰色の水が湧き出して、母さんの体に纏わり付いていく……


「母様!」「お師匠!」「お義母様!」


オレ達3人の声に、スライムに包まれた母さんは、親指を立てて無事な事をアピールしている。


「因みに、そこからどうやって出るつもりなんですか?」


オレの質問が聞こえたのだろう、思案顔をしたと思ったら、枯れ木の範囲の外に歩いて移動してスライムを剥がしていた。


「今はここまでしか来れないみたいね」

「領域ってわけでは無さそうなので、単純にスライムの能力の限界なんでしょうか?」


「体の大きさかもね。エサを食べて大きくなれば、範囲も広がる気がするわ」

「主とか関係無く、コイツは早めに倒さないと、最後は倒せなくなりそうです」


「そうね、今でも倒せる保障は無いけど、これ以上、大きくなる前で良かった、と考えた方が良さそうね」


想定していた戦いとはだいぶ違うが、これから始まる静かな戦いも楽では無い、と心の中で溜息を吐くのだった。



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