第45話アシェラ part6

45.アシェラ part6





冬の太陽が一番高い場所にきた頃。


馬車を水場に移動して馬を休憩させるついでに、オレ達も干し肉と黒パンで昼食を摂った。


「ハルヴァ、今なら襲撃は無いと思う。もう1度、睡眠薬を使って休んでほしい」

「私なら大丈夫です」


「確実に行きたいんだ……リスクは減らしたい……」

「分かりました……」


襲撃は夜だと睨んでいる。今の内にハルヴァを休ませておきたい。

1時間はオレとアシェラが守らないといけないが、これだけ見通しが良ければオレだけで十分だ。


「アシェラ、ハルヴァの体力を極力戻したい」

「うん」


「馬車の中でエアコン魔法を使ってくれ」

「見張りはいいの?」


「見張りはオレだけで何とかする。ハルヴァの体調の方が今は大事だ」

「分かった」


オレはハルヴァ、ルーシェさん、アシェラを馬車に残して近くの木の上に移動した。

息をひそめて見張りをしていたが襲撃は勿論、魔物、動物、近寄る物は何もない。正直、暇すぎて拍子抜けしてしまったほどだ。


そんな見張りの時間だったが1時間が過ぎた頃、馬車からハルヴァが出てくる。

ハルヴァは顔色も良く、見た目も非常に調子が良さそうだ。


「調子は良さそうだな」

「は。、ここまでして頂いたのですから、夜の襲撃には万全で挑めます」


「そうか、オレは魔法を撃ったら何も出来ないから任せる」

「分かりました」


早速、休ませていた馬を馬車に繋ぎ直し出発した。


馬車での移動は特に問題も無く、のんびりとした旅が続いていく。

ルーシェさんの体調も想定していたよりかなり良く、正に順調と言って良いだろう。





そんな馬車の旅だったが、日がゆっくりと暮れてゆく……


事前に話してあった通り、ここからが本番となる。

歴戦の戦士である、ハルヴァですら表情が固い。賭ける物が自分の家族の命なら表情も固くなるか……


申し訳ないがアシェラには荷台から御者台に顔を出してもらい、怪しい魔力が無いか見張ってもらう。

オレはと言うとぶっちゃけ手持無沙汰だ。魔力は無駄使い出来ないし馬車の中ではする事が無い。


ふと、ルーシェさんから話しかけられた。


「アルド君はアシェラのどこが気に入ったの?」


この緊張感の中で、いきなりの質問に驚いてしまう。

周りを見るとアシェラは勿論、ハルヴァまでこちらに聞き耳を立てている。


「そ、それは……」


オレが言いかけた時に、アシェラが呟いた。


「何かいる……」


皆が一斉に視線を移し、眼を凝らすが何も見えないようだ。オレも必死に眼を凝らすが何も見えない。

「20人はいる…木の上や後ろに隠れてこっちを見てる……」


オレはハルヴァに眼で合図をして魔法の準備に入らせてもらう。

馬車の中で撃って火事にでもなると洒落にならない。


どうやらアシェラの魔眼でしか見えないらしいので、どこからどこまでに敵がいるか聞いてみる。


「あの木からあの岩までの間にいる……」

「……分かった」


オレは外に出て右腕を木に向かってゆっくりと伸ばした。

さらに指を伸ばし木を真っ直ぐに狙う。


左手で右の手首をしっかりと持ってブレを抑えると指先に魔力を集め始まる。


凝縮……注ぐ……凝縮……注ぐ……凝縮……


魔力をひたすらに注いで凝縮していく。


そろそろ臨界に近い……オレは呟いた。


「撃ちます!」

「どうぞ!」


ハルヴァの言葉を合図にオレはコンデンスレイを開放する。


真っ直ぐに伸びた光の線を照射時間の2秒の間に、目標の木から次の目標の石まで一気に指先を走らせた。





夜の闇に光の線が伸びた。


光の線が伸びたまま直ぐに真横に薙ぎ払われる。


もし、この光景を上空から見た者がいたならば、光の剣が振るわれたと言うだろう……






光の剣が振るわれた場所は阿鼻叫喚の坩堝だった。

コンデンスレイは4000℃の光だ。


直接焼かれた者は幸せだったかもしれない。一瞬で蒸発して灰も残らなかったのだから。

木の上にいた者、伏せていた者、そうした者はの物質が気化したガスで血や体液を沸騰させて即死した。


最も運が悪かった者は目標の木から石の間に居なかった者だ。

目標から離れていたために直接の被害が無く生き延びてしまった。


しかし、周りが気化し、それが燃料となり爆発的に燃え上がる。

逃げる場所なんてある訳もなく、呼吸すらとれずに燃えていった。


結局、26人いた刺客の中で全体を指揮するために離れていた4人を除いて全滅。

たった一発の魔法で、一瞬にして22人が全滅したのだった。





アルドはコンデンスレイを撃つと、すぐに魔力枯渇で意識を失ってしまう。

倒れる途中でアシェラが抱き留め馬車へと運んでいく。


目の前には燃え盛る“赤”この惨状を引き起こしたのが、まだ12歳の子供だというのがハルヴァには信じられなかった。

暫くの間、呆けた様に、その光景を見ていると叱咤の声が聞こえてくる。


「ハルヴァ!何を呆けてるの!逃げるわよ」


ルーシェだ。直ぐに我を取り戻し、馬車へと乗り込んでいく。

こうなる事は聞いていた。迂回路は相談済だ、想定通りに移動する。


アシェラは決められていた通り、幌の上に登り身を伏せて辺りを窺う。

森が燃えて辺りが明るくなっているために、陰影が濃くなり逆に視界が悪くなっている。



警戒しながら馬車を走らせてどれぐらい経っただろう。空が薄っすらと明るくなってきた。

遠くには領境の関所が見える。あと、1時間もすれば領境に着けるはずだ。


そんな安堵の気持ちと、この瞬間が一番危ない……ハルヴァは今一度気を引き締める。


「アシェラ、あと1時間もすれば領境だ。気が緩む今が一番危ない。気を引き締めろ」

「分かった」


アシェラは改めて気を引き締めて警戒に当たる。





しかし26人の内22人を一瞬に焼かれた刺客からすれば、追い掛けるなど出来るわけが無かったのだ。

いつあの光の剣で叩き切られるか、恐怖で気が狂いそうだった。


走って、魔力も切れて、それでも走って……あの光の剣が忘れられない……

4人の刺客は気が触れたようにカシューの街へ走り去っていった。





程なくして領境に到着すると、ハルヴァの顔を知っている者を呼んでもらい、問題なく関所を通る事が出来た。

直ぐに一番近い街である、ブルーリング領の宿場町“ターセル”に寄り、ルーシェさんの体調に気を配る。


運が良い事にルーシェさんの体調は万全ではなかったが、すぐに急変するような様子も無かった。

しかし、つい先日ルーシェさんは死の淵から戻ったばかりなのだ。まだ午前中ではあるが大事を取って明日の朝まで休む事に決めた。





微睡みの中から徐々に眼を覚ましていく。

ボンヤリとした頭で周りを見ると隣のベッドでハルヴァが眠っていた。


ハルヴァは気合でむりやり体を動かしていたのだろう。やっと落ち着いて休めるようになって、何日か分の睡眠を一度にとっている。

オレはそんなハルヴァを起こさないように気を付け、そっと部屋を出ていく。


アシェラ達が心配だが部屋が分からない……ハルヴァが眠っていたのでおかしな事にはなっていないはずだ。

実は魔力枯渇で眠っている間に運ばれたため、自分がどこにいるのか今だに分かっていない。


どこかの街だとは分かるのだが街の名前も、ブルーリングの街までの距離も分からない事だらけだった。

何か見えないかと思い、オレは近くの建物の屋根の上へと空間蹴りで駆け上がる。


屋根の上から見ると500メードほど先には領境の関所が見えた。


(そうか、ブルーリング領に入ったんだな。ルーシェさんとハルヴァの体力を回復してから帰るつもりなんだな)


オレはだいたいの状況を把握し、自分の手を見てみる。


(魔力は回復した。オレは準備万端なんだが、いつ出発するつもりなんだろうか。まさか夜って事は無いだろうから恐らくは明日の朝だろう)


空を見てだいたいの時間、関所を抜けた事で凡その自分の状況を把握できた。

一度、部屋に戻ってみるとアシェラとルーシェさんにハルヴァが詰め寄られている……


「あ、アルド様、一体どこへ?」

「スマン、気持ちよさそうに眠っていたんで外に出て状況を把握していた」


オレの言葉を聞いて苦笑いを浮かべている……どうも勝手にいなくなって心配をかけてしまったらしい。





それから気絶した後の事とこれからの旅程を聞いた。

どうやら明日の朝までは休息だったようで、それぞれがゆっくりと休んでいたらしい。


オレも体を休めた方が良いと言われたが、申し訳ないが気絶から半日以上眠っていたので全く疲れはない。

折角なので、この街を少しだけ散策したいと頼んでみる。


ハルヴァからはかなり渋られたがアシェラを同行させるのと武装する事を条件に許してもらった。


「「行ってきます」」


オレはアシェラと街へ出かけていく。ハルヴァに聞いたがこの街は“ターセル”と言うらしい。

正直、聞いた事も無い街並みを歩くのは楽しかった。


ブルーリングの街より雑多な感じがして、領境が近いからか商人の姿が多く見える。


「アシェラ、欲しい物とかあるか?」

「うーん……特に無い」


「高い物は無理だけど……ごにょごにょ」

「ん?」


「いや、折角の街だし小物とか記念に……贈りたいと言うか……」


アシェラは察してくれたらしく頬を染めて頷いてくれた。そこからは2人で小物の露店を見て周る。

店主はオレ達の姿を微笑ましそうに見て、特に声はかけてこない。


何軒目かの露店でアシェラが青い髪飾りを気に入ったようだ。


「おっちゃん、この髪飾りいくら?」

「お、プレゼントか。坊主やるなぁ」


「い、幾らかって聞いてるんだよ」

「かっかっか。こいつはちょっと高いぞ。銀貨3枚だ」


オレは手持ちの金を見たが銀貨2枚しか持ってなかった。


「おっちゃん、銀貨2枚にしてくれよ」

「それはちょっと無理だぞ。坊主」


「そこを何とか。お願い、お兄さん!」

「おまえ、、、うーん……じゃあオレを楽しませろ!」


「楽します?」

「おう、踊りを踊っても、おもしろい話でも、大道芸でもなんでも良いぞ」


「じゃあ空の散歩なんかどうだ?」

「かっかっか。そりゃ良いな。出来たらだがな。」


「じゃあ、いくぞ」


オレはおっちゃんをお姫様抱っこして空間蹴りで空に駆け上がった。


「な、何じゃこりゃ!!空に浮いてやがる……」

「空の散歩って言っただろ」


「最高だ、こりゃ……この景色……坊主、最高だぁぁ!」


おっちゃんを抱っこして1分程、空中散歩を楽しんだ。


「おっちゃん、約束通り髪飾りを売ってくれ」

「おう、持ってけ。金はいらねぇ。こんな体験させてもらって金なんかもらえねぇ」


「おっちゃん、ありがとう」

「こっちこそありがとよ、坊主」


おっちゃんにお礼を言い露店を離れていき、人ゴミから外れた道の端で、オレはアシェラの銀色の髪に青い髪飾りをつけてやる。


「アルド、ありがとう……」

「似合ってるよ……」


オレ達はゆっくりと歩いて宿に戻っていった。

宿に戻るとはルーシェさんは直ぐに髪飾りに気が付き、アシェラに何があったのかを聞いている。


アシェラは嬉しそうに何があったか話していた。




次の日の朝




「さあ、今日の夕方にはブルーリングの街に着く。出発するぞ」


ハルヴァの声で馬車が出発する。

そこからは本当に順調な道のりだった。刺客も魔物も動物すら出ない。


旅程は順調に過ぎていき、とうとうブルーリングの街に到着した。

門でハルヴァの顔を見た門番が屋敷に走って行く。恐らくはオレの事を父さんに報告へ向かうのだろう。


門をくぐり抜けて、まずは領主の屋敷に向かっていく。

途中、門番達が屋敷の事を“修羅の館”と呼んでいたが何かあるのだろうか……





馬車が屋敷に到着すると父さん、母さん、エル、マールが出迎えてくれていて、安心から泣きそうになってしまった。

まずは無事に帰りついた報告をすると、母さんとエルが屋敷を飛び出した事を本気で怒っており、次からは勝手に出て行かない事を約束させらてしまう。


ついでにアシェラと婚約をした事を報告すると、そちらは納得済だったらしく大いに祝福をされた。

マールがアシェラに話しかけて、2人で”きゃっきゃっ”と話してたのは年頃の乙女故なのだろう。




ハルヴァ一家だがルーシェさんの容態があるので、3日程屋敷に泊まってもらうそうだ。

その間にハルヴァの家の片付けをメイド達がするらしい。


アシェラがオレと婚約したのでローランドとしてはハルヴァ一家を放っておけないらしい。

こうして一連の騒動は収まって、オレにかわいらしい婚約者ができた。


4月になったら学園が始まる。3月の初めにはこちらを発つらしい。

婚約してもいちゃつく暇も無い……なんとか日々をこなしていくのが精一杯だ。




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