第61話陰謀

61.陰謀



今日は終業式。


この世界の夏休みは日本と同じで7月1日から8月いっぱいの2ヶ月だ。

移動距離を考えるとどうしても2ヶ月の休みは必要になる。


「終業式が終わったら明日からの準備だな」

「おう。明日は8:00にブルーリング邸だったよな?」


「そうだ。忘れ物はするなよ。大抵の物はあるけど薬なんかは2ヶ月分しっかり用意してくれよ」

「オレは大丈夫だ。只、女はな…」


「おい、それ以上は言うなよ」

「分かった…」


オレ達は明日の予定を話しあっていた。1つの事を忘れて…


終業式は日本と変わらなかった。休みの間の注意事項、規律ある生活の呼びかけ、健康への注意だ。

式も終わり教室へ戻る。後は帰るだけと帰り支度を始めるとアンナ先生が爆弾を落としてきた。


「じゃあ最後に通知表を渡して終了ね」


通知表。冷静に考えれば存在するに決まってる。

オレは死刑執行を待つ囚人の気持ちで呼ばれるのを待った。


「アルド君」

「はい…」


名前を呼ばれ通知表を取りに行く。


貰ってその場で見るヤツは素人だ!オレぐらいの玄人になると他の人に見られるリスクは最小限に出来る。ズバリ一番後ろだ。

後ろには誰もいない。ここならじっくりと見れるはず。見るぞ…心臓の音がやけに大きく聞こえる。



そっと開けてみた。



あー普通っすね。オール3ってどうリアクションすればいいんだろ。良くは無い。悪くも無い。

まあ、入学のビリよりは良いから大丈夫か。


これぐらいが良いと納得して1学期が終わった。


「じゃあ明日の8:00な。遅れるなよ」

「おう」

「分かったぞ」


ファリステアとアンナ先生は同じ家だから問題ない。ルイスとネロに最後にもう一度だけ念を押す。

そうしてオレの学園生活1年生の1学期が終わった。


明日からの移動は箱馬車6台、騎兵12騎の大所帯だ。

箱馬車にはオレ、エル、マールで1台 オリビア、ファリステア、アンナ先生で1台 ルイス、ネロ、騎士で1台 メイド6人で2台 荷物1台だ。


メイドはブルーリング家から3人、サンドラ伯爵家から3人の計6人。

騎士もブルーリング家から6騎、サンドラ伯爵家から6騎だ。これは意識的に数を合わせて対外的にイーブンの関係を強調する為らしい。


実際の所、オレは騎士と変わってもらって馬で移動するつもりだ。

移動の日程等の実務はノエルとサンドラ伯爵の騎士で打ち合わせている。


装備の点検をしていると、短剣が大分ヘタっているのに気が付いた。


「10歳の遠征から使ってるからなぁ…ブルーリングに帰ったらお前はお役御免だな」


特別な愛着は無いつもりだったが、いざ手放すとなると手に馴染み良い短剣だったと惜しくなってくる。


「打ち直せないか聞いてみるか。背も少し伸びたから、もう少し刃が長いと嬉しい」


結局、ブルーリング領で打ち直せないか聞く事にした。




次の日の朝食後-----------




今の時間は7:30だ。ブルーリング邸にサンドラ伯爵家の馬車が並んでいる。

爺さんが1人の紳士と話をしていた。


「アルド、こっちに来い」

「はい、お爺様」


爺さんに呼ばれ紳士の前に連れていかれる。


「今回はありがとう。私はキール=フォン=サンドラ。ルイスとオリビアの父親だ」

「お初にお目にかかります。アルド=フォン=ブルーリングです。よろしくお願い致します」


「なるほど。ブルーリング卿が言われる事が判る気がする」

「?お爺様は何と?」


「君が麒麟児だと」

「僕はDクラスですよ。オリビア様の方が何倍も優れています」


「学校の成績はそうなんだろうね」

「……」


「まあ、良い。これからもルイスやオリビアの良き友でいて欲しい」

「はい。こちらこそ、よろしくお願い致します」


とりあえずの挨拶をし、席を外させて貰う。

ちなみにオレの恰好は完全武装である。


最初は色々と言われたが、爺さんが呆れながら一言”好きにしろ”と言ってから誰も何も言わなくなった。

流石は爺さんだ。話が判る。


取り繕うのが面倒になったオレはノエルに最初から馬に乗らせてほしい、と話し渋々ながら了承させた。

準備が徐々に進み、そろそろ騎乗する時間だ。騎士が格好良く騎乗するがオレの身長ではちょっと難しい。

しょうがないので空間蹴りを使い騎乗する。その際、サンドラ伯爵が眼を見開き驚いていたのが印象的だった。


「ではブルーリング領へ出発します。全員、出発!」


ノエルの掛け声に全員が行動する。さあ、出発だ。




王都に来た時と逆の旅程で進むらしい。

馬車で6~8日かかると言う事になる。オレは暇に耐えられるのだろうか…


今回、心配なのはオレだけでは無い。

ルイスとネロもこの暇な馬車の旅に耐えられるはずが無い。オレはそう思っていた。


しかし、ルイスとネロの馬車は静かな物である。オレが馬車の中を覗くと騎士も加えて3人で身体強化込みの腕相撲をしていやがった。

3人共、汗だくになり腕相撲をしている。とても暑苦しい物を見てしまった。見ているだけで暑くなってくる。


ただでさえ夏なのだ、オレはエアコン魔法を使い自分の周りを冷やしていく。あー快適だ。

その様子をオリビア、ファリステア、アンナ先生に見つかってしまう。


馬車から声をかけられた。


「アルド、全然汗をかいてませんね…」

「そうかな?馬の上は風があって結構涼しいんだよ」


ジト目でこちらを見てくる。凄く怪しんでる雰囲気を感じる。


「前から思ってたんですけどアルドやマール、エルファス様の近くにいると涼しい気がするんです」

「私もそう思ってました!」

「アルド スズシイ」


オリビア、アンナ先生、ファリステアからの視線が痛い。

確かに馬車の中は暑い。中は蒸し風呂の様だ。3人はハンカチでしきりに汗を拭いている。


何とかごまかしながら進んでいると休憩の時間になった。

オリビアは自分達の馬車を降りると、すぐさまマールの馬車に歩いて行く。


既にエルとマールは降りていない。馬車を開けて中に乗り込んだ。

オレは”アカン、バレタ”と天を仰ぐ。


オリビアは馬車から出て周りを見渡す、オレと眼があった。

オレはマズイと思い、壁走りを使い近くの木に登って森に消えていく。


「アルド!やっぱり涼しいじゃないですか!嘘つき!!」


辺りにオリビアの叫び声が響くのだった。


オレはほとぼりが冷める頃、具体的には休憩が終わる頃に隠れながら戻る。

どうやら話し合いがあったようで馬車にはマール、オリビア、アンナ先生、ファリステアの4人が乗る事になったようだ。


エアコン魔法が使えるのはオレ、エルファス、マールだけだ。どう配置するかを皆で決めたらしい。

最初エルは1人で馬車に乗る予定だったが、それならとメイドが一緒に乗りたがった。


それにマールが物言いを付ける。結局エルは馬術を習うと言う名目で馬車から追い出され、今はノエルの前に座っている。

まあ馬術は習っておいて損は無いので、この機会に練習すると良い。


オリビア達はマールにエアコン魔法をかけてもらい、涼しい馬車の旅を楽しんでいる様でご満悦だ。

ルイスとネロは相変わらず身体強化で腕相撲をしていた。見てるだけで暑苦しい。


エルはノエルに馬術を習っている。たまに空間蹴りで馬車の上に移動し、水をかぶっている。馬は眠くなるらしい。


こうしてブルーリング領への移動は特別大きな問題も無く順調に進んでいた。




時は遡って4日程前の王都のどこかの一室-----------




「エルフの外交官が本国に強制送還されたようですな…」

「ああ、細かい事をいつまでも…そもそも秘薬を売ってさえいればわざわざ墓地を漁る者などいないと言うのに」


「そうですな。エルフの秘薬…手に入れば…」

「高く買ってやると何度、言っても首を縦に振らん。頭の固いヤツらだよ。まったく…」


「ところで外交官の娘が強制送還を逃れたとか…」

「ああ、またブルーリングがしゃしゃり出て来た。リバーシでも煮え湯を飲まされた。あの老いぼれが…」


「エルフは家族の絆が強いと聞きます。娘を上手く使えば秘薬も手に入るやも…」

「どうするのだ?サンドラもブルーリングに付いている。王家にも話は通っている。動けば逆にこっちが寝首をかかれかねん」


「カシューがブルーリングと因縁があるとか…」

「カシュー?」


「今回の件は話さずにエルフの娘を誘拐する条件でカシューに金と人だけを送るのです。勿論、金と人は我らに辿り着かぬように念を入れます」

「ブルーリングに禍根があるカシューを使う…か」


「カシューならば上手く踊ってくれるかと…」

「エルフの娘が外交官の娘だと知られないか?」


「元々、エルフの娘の件は王国の恥部でもあります。知っている者は極僅か。しかも、あの家は諜報は不得手。少し情報を操作してやれば…」

「失敗しても金と金で雇った人だけか…」


「はい…」

「少しブルーリングに灸を据えてやるか…」


王都のどこかの屋敷での一コマであった。




ブルーリング領への移動4日目------------




この4日間、ありがたい事に晴れが続いている。


「天気が良いと気分が良いなぁ」


この言葉に賛成する者と反対する者が真っ二つに分かれた。

エアコン魔法の恩恵を受けた者と受けられなかった者だ。


オレ、エル、マールは勿論。オリビア、アンナ先生、ファリステア、そしてノエルがエアコン魔法の恩恵を受けていた。

なぜノエル?と思うかも知れないがエルに馬術を教える為に非常に密着している。当然エアコン魔法の恩恵に預かれるというわけだ。


この7人は旅をノンビリ楽しんでいるが、他の人間…ルイス、ネロ、騎士11人、メイド6人はこの炎天下の中、うだるような暑さに嫌気が差していた。

オレは流石に、この差はモチベーションを下げるかも。しょうがなく休憩の時にエアコン魔法の範囲を広げ全員が涼める様に気を配る。


「アルド様!ありがとうございます」×(11騎士+6メイド)


エアコン魔法の恩恵に預かったルイスとネロは縋る様な眼でオレに話しかけてきた。


「アルド、オレ達の馬車に乗って行かないか?」

「アルド一緒に行くぞ…」


オレは騎士やメイド17人から感謝された。ルイスとネロ2人の意見は無視する。

オレは休憩の度に範囲を広げたエアコン魔法を使う。屋内なら一度、空気を冷やせばそれなりに持つのだが、ここは屋外だ。


絶えず冷やし続けなければならない。結果、オレは昼過ぎの休憩には軽い魔力枯渇になっていた。


「やばい。魔力が無い…」

「兄さま、ちょっと魔法は抑えた方が良いですよ」


「そうさせて貰う…」


そう言って休憩が終わった。

休憩が終わり、暫く進んだ場所に嫌な気配を感じる。

道が森に接しているからか右手の視界が悪い。


「ノエル、気を付けろ」


オレの言葉を合図に隊の前方に森の中から何か袋の様な物が飛んでくる。

馬車を止め、騎兵が袋を確認しようとすると森からオークの群れが出現した。


「総員、戦闘配置につけ。各自、応戦しろ」


ノエルの言葉に馬車を守る様に騎兵が動く。しかし袋に近い場所の騎兵がオークの群れに押しつぶされそうになっていた。


「くそっ魔力が少ないが…しょうがない」


オレが一瞬の躊躇で動くのが遅れた。

オレの横を風が吹く…違うエルが空間蹴りで飛んで行ったのだ。

エルは馬術の練習で確かに完全武装だった。しかし、こんな数の魔物を相手した事は無いはずだ。


「エル!戻れ!」


オレの言葉が聞こえているはずなのにエルは真っ直ぐにオークに向かって行く。

オレも吶喊するつもりで空間蹴りをしようとした所でエルの片手剣が振るわれた。


一閃……


また一閃……


オークの膂力はかなりの物だが盾で正面から受け止める。決してチカラ負け等していない。


オレは呆然と見ていた。助けに行かないと。と頭では判っていても眼が離せない。


まるで舞踏だ…片手剣を一閃する毎にオークが減っていく。


盾で受け、剣を振る。空間蹴りで空を走る…足技は少ないが魔力を纏って効果的に使っている。


オレだけじゃない、騎士ですらエルの動きに眼を奪われていた。


いつの間にかオークの群れはいない。


エルの倒した計6匹のオークの死体だけが横たわっていた。





「エル!一人で突っ込むな、危ないだろ!」

「兄さま…」


エルから”おまいう”と声が聞こえてきそうだった。


「ノエル、オマエからも言ってくれ!」

「あ、ああ、エルファス様。気を付けてくれ…」


適当なノエルの言葉に顔を見てみる。

あーーなんか眼がキラキラしてる。

オレはノエルを引っ張って隅で声を掛けた。


「あーノエル、なんだ…エルに惚れちゃったのか?」

「ば、バカを言うな」


「違うのか?」

「私の気持ちはそんな物じゃない」


「そうなのか?」

「先程のエルファス様の太刀筋。踊る様な身のこなし。美しい…あれこそ私が目指すべき武の到達点」


「あーそっちか」

「む。そっちとは何だ」


「いや、ノエルはそっちの人なんだ。って思っただけだ」

「むむ。アルドは確かに強いが戦いに華がない。エルファス様の戦いを手本にするべきだ」


「オレは戦いに華とか求めてないからなぁ」

「なるほど。今、はっきりとエルファス様とアルドの戦闘の違いが判った」


「どういう事だ?」

「はっきり言うぞ。アルドの戦闘は恐ろしいんだ。最低限の動きで敵を殺す。全ての動きが敵を殺す為だけにある」


「戦闘なんてそう言う物だろ」

「違う。騎士の戦闘は基本、守る為の物だ。動きにも守る為の動きが含まれている」


「守る為か」

「そうだ、アルドは攻めるんじゃない殺す為の動きだ。自分の安全さえも削り少しでも殺す為の動きだ。最小限で殺す。それを突き詰めればアルドの動きになると思う」


「殺す…か。」

「そうだ、騎士の剣とは対極にある。双子で対極の剣を振るうか…」


オレはノエルの言葉に納得していた。確かに最小の動きで最大の効果を求めて修行してきたからだ。

これは概念の話でスタイリッシュな格好良い戦闘とは、また違った話だった。


「あーすまん。ちょっと言い過ぎた。忘れてくれ」

「いや、大丈夫だ。ノエルの言う事は正しい。オレはその様に修行してきた」


「……」

「後悔はしてないぞ?チカラは所詮チカラだ。振るう目的にこそ大義が宿る」


「それは…そうだ…」

「まあ、オレの事より袋には気が付いたか?」


「最初に投げ込まれた袋か?」

「ああ、あれは何だ?この襲撃と関係あるのか?」


「待ってろ、ちょっと見てくる。」


そう言ってノエルは袋の確認に向かった。

騎士が集まり袋を調べている。

オレは騎士達に近づき状況を聞いてみる。


「どうだ、何か分かった?」


オレの言葉にノエルが返事をしてきた。


「これは”魔物寄せ”だ」

「魔物寄せ?」


「ああ、元々魔物を遠くに引き離す為に作られた物だ。集落から離れた場所に魔物の好きな臭いを集めた袋を設置し魔物を誘導するんだ」

「魔物を呼ぶのか」


「そうだ、今は暗殺に使われる事が多い」

「ファリステアか?」


「分からん。ファリステア様、オリビア様、ルイス様、エルファス様、そしてアルド、お前が狙いかも知れん」

「なるほど」


「今は立場のある方が多すぎる」

「ノエル。オレとエルは完全武装だ。休憩でエアコン魔法は無し。念の為にマール、ルイス、ネロにも武装を」


「それは…」

「緊急事態だ。はっきり言うぞ。最高戦力はオレとエルだ。マールだって氷結の魔女の弟子で十分戦力になる。ルイスとネロも騎士程じゃないが多少は役に立つ」


「分かった」

「すまない。助かる」


「気にするな。血濡れの修羅殿」


ノエルの言葉に苦笑いを返し馬車の配置を変える。

オリビア、ルイス、ネロ、ノエルで1台 マール、ファリステア、アンナ先生、騎士で1台 後は変わらずだ。


「オリビア、エアコン魔法は無しだ。すまない」

「私もこの状況でワガママは言いませんよ」


「敵の対象が分からない以上、オリビア、ファリステア、オレ、エルはバラけさせて貰う」

「まあ、妥当でしょうね」


エルには1人で馬に乗って貰う。戦闘になるようなら馬は捨てて空間蹴りで戦えば良いと話してある。


「では出発!」


オレの言葉で一行はブルーリング領へ進む。




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