第60話自主学習
60.自主学習
学園が始まって2か月が過ぎようとした頃。
「おーい、ファリステア」
「ハイ」
「次の選択授業は回復魔法だったよな? 一緒に行こうぜ」
「ン?」
「あー、分からないか……選択授業、移動」
「ハイ」
身振り手振りを使って必死に伝えるが、ファリステアに本当に伝わってるかは微妙な所である。
向かう先は同じはずなので、ファリステアと並んで回復魔法の教室に向かっていった。
因みにルイスとネロは身体強化を選択するように話しておいた。魔法を覚えるのは次の段階で良い。
冒険者として活動するのであれば、先ずは最低限の身体強化が出来なければ逃げる事さえ出来ないのだから。
一緒にファリステアと授業を受けてみて、改めて思う。アンナ先生はファリステアを「言葉以外はSクラス相当」と言っていたが、確かに全てが高い水準で纏まっている。
流石に戦闘は苦手なようだが攻撃魔法、回復魔法は当然として、付与魔法なんかも使えるみたいだ。
しかし、やはりと言うべきか、言葉の壁が立ち塞がる。そんなファリステアと回復魔法の授業中、ふと閃いた。
折角 この世界に転生したのだから、機会があれば他の種族の国も見てみたい。その際に他の国の言葉が話せた方が楽しいに決まっている。
であれば、オレがファリステアに人族語を教え、ファリステアがオレにエルフ語を教えば、win-winの関係じゃないのか?
更に言えば、放課後に言葉を教えあえると尚 ありがたい。
何故 放課後? そう思うのには訳がある。
実は毎日 放課後になるとルイスとネロがやってきて、身体強化の修行を付けさせられるのだ。
しかし、身体強化は少しずつ込める魔力を増やしていくしか方法が無いわけで……オレは指示を出した後は、特に何もやる事が無い。
元々、他種族の言語に興味はあった事でもあるし、早速 ファリステアにその提案をしてみる事にした。
「ファリステア、放課後、一緒に、勉強、しない?」
「ン?」
現時点ではエルフ語など話せるわけも無く、早々に白旗を揚げアンナ先生に通訳を頼む事にした。
「なるほどね。お互いに言葉を教え合って、より深く意思を伝えあう……素敵だと思うわよ。じゃあ、ファリステアさんに聞いてみるわね」
アンナ先生はエルフ語でファリステアに話しかけていく。当たり前だが2人の会話を聞いていても、オレには全く分からない。
5分程待つと、アンナ先生はオレに向き直り嬉しそうな顔で話し始めた。
「ファリステアさんも言葉が分からなくてもどかしく思ってたみたい。もっと皆とコミュニケーションがとれるようになるなら大歓迎だそうよ。ただし、やっぱり未婚の女性が異性と2人きりはマズイみたい。なので放課後は、責任者として私も教室に居るようにするけど良いわよね?」
「はい、勿論です。ありがとうございます、アンナ先生」
「でも、アルド君がエルフ語に興味があるなんて知らなかったわ」
「そうですかね?」
オレは愛想笑いでアンナ先生の質問をごまかしておいた。興味半分と言ったら怒られる気がしたのだからしょうがない。
結局 親への説明や護衛の迎えに来る時間の調整やらで、勉強は明日からという事になった。今日はこれから図書館へ辞書や資料を借りに行って、明日からの準備をするだけである。
明日からの放課後を楽しみにしながら、その日は自宅へと帰ったのだった。
次の日の放課後--------------
いつものように授業が終わった途端、ルイスとネロがやってきて身体強化の修行をみてくれと頼まれた。
2人は身体強化をかけながら普通に歩けるようにはなったので、そろそろ次の段階に進めようと思う。
「じゃあ、今日から階段の上り下りだ。階段は転ぶと危ないからな、気を付けろよ」
「分かったぞ」「ネロ、どっちが上手く使えるか勝負だぜ」
嬉しそうに走っていく2人を見て、本当に大丈夫か心配になってくる。本当に気を付けてくれよ……階段から落ちてケガとかするなよ。
2人の姿が見えなくなってから、改めてファリステアへと向き直った。
「ファリステア、今日からよろしくな」
「ヨロシクオネガイシマス」
全くの0からでは言葉を教え合うも何も無い。最初は2人で同じ辞書を開き、代表的な単語を人族語とエルフ語で覚えていった。
その際に、アンナ先生が2つの言葉の微妙なニュアンスなども教えてくれ、非常に分かり易い。
こうしてコツコツと学んでいると、日本での学生だった頃が思い出されてくる。
2つの世界を生きてみて、何かを成すのに近道なんて無いのが良く分かった。
ルイス、ネロは日に日に身体強化が上達するのを楽しんでいる。オレ、ファリステアも同様だ。
『上達するのが自覚できる』
前に、オリビアから「ルイスに自信を待たせたい」と相談されたが、正にこの状態こそ自信を持つ第一歩なんだと思う。
こうした小さな積み重ねが、自分を信じる事……自信に繋がっていくのだろう。
そんなオレ達が楽しみながら学ぶのを、アンナ先生は眩しい物を見るように眺めていたのだった。
1か月後---------------
普通の授業、選択授業、放課後の自主学習を続けて1か月が経った。
季節は6月の半ばに入り、学生ならピンと来るだろう。
もうすぐ夏休み!の前の期末テストである。
「ルイス、ネロ、ファリステア、もう直ぐテストだけど大丈夫なのか?」
「誰に言ってるんだ。テストって言っても1年の1学期だろ? 実家でとっくに終わってるぜ」
「オレは爺ちゃんに教わってるから、大丈夫だと思うぞ」
「テスト ダイジョウブ デス」
マジか……みんな大丈夫なのか……ファリステア、言葉が完全じゃなくても大丈夫なんだ……お前 やっぱり優秀なんだな。
オレは大丈夫なのかな? またビリだったら……オレ、立ち直れないかも……
何だかんだ言っても試験まで後3日しか無いわけで。人は何故、追い込まれないと動き出さないのか……永遠の謎だ。
今回は流石に赤点回避の為に、何とか頑張ってみようと思う。
テスト終了後--------
試験を終えてみて今回は何とかなりそうである。やっと一息つけた。
「〇〇の問題って△△でいいんだよな?」
「え?××じゃない?」
「オレも××って書いた」
遠い昔、日本の学生だった頃、テストの後で交わした会話を今また話し合っている。
正直な所 オレは楽しんでいた。何気ない学友との会話、日々 目標を目指し近づく感覚、挫折すら苦い中にも甘美な甘さが感じられる。
そんな最中、ふと見るといつもニコニコしているファリステアに元気が無い。
ファリステアがこんな顔をするなんて……気になったオレは自然を装い聞いてみた。
「ファリステア、元気が無いじゃないか。どうかしたのか?」
「アルド……ワタシ ヒトリニナッタ……」
「は? 1人? どう言う事だ? 親は?」
「クニ ニ カエサレタ」
「国ってエルフの国か? 何で? 親だけが?」
「ん?」
「あー、スマン。まだ分からないよな……オレもエルフ語は習い始めたばかりだし……」
困ったオレはアンナ先生を呼び、分かる範囲で事情を説明していく。
アンナ先生もファリステアの様子を心配なのだろう。直ぐにエルフ語で詳しい事情を聞き始めた。
ん? エルフの大事な物を人族が荒らした? 人族の女?
少しだけ聞き取れはしたが、今のオレの語学力では全体を理解するのは難しい。
2人の会話が終わるのを待って詳しい話を聞いてみた。
アンナ先生からの話では、エルフの墓地に埋葬してあった秘薬を人族が盗んだらしい。犯人は不明だが人族の女性が出入りしているのをエルフが見かけたのだとか。
ファリステアの両親はエルフの外交官としてフォスターク王国に赴任しており、エルフ本国からの激しい犯人の身柄引き渡し要求をフォスターク王国に突き付けたそうだ。
しかし王国は王国主導で行ったわけでも無く、更に賠償金も払ったと言うのに、頑なに「犯人を引き渡せ」と主張するエルフへ外交官の強制送還を言い渡した。
ファリステアの両親の身に危険は無いが、着の身着のままで即時 エルフ本国へ帰される事になってしまった。
そこで困ったのがファリステアの身柄である。何の責も無い娘を処分する訳にもいかず、放置するしか無い……しかし、保護者である両親は強制送還で不在。
結果、ファリステアは外国で1人路頭に迷う事になってしまったのだ。
「そんな事があったのか……」
さっきまで身体強化の修行をしていたルイス達も、いつの間にか後ろで話を聞いていた。
「12歳の少女だぞ。他国で1人 放置するなんて……いくら何でも王国はやりすぎだろ」
「ルイス、声が大きい! オレ達は見逃されても、ファリステアは微妙な立場なんだ」
「スマン、そんなつもりじゃ無かったんだ。くそっ、オレにチカラがあれば助けてやれるんだが……」
ルイスの言葉に沈黙が訪れる。事は王国の政治に関わる話である以上、迂闊な事をすれば平民の首程度 簡単に飛んでしまうのだから。
そんな中、何故か全員の視線を感じるんですが……
「オレ?」
「アルドはブルーリング家の嫡男だろ。何とかしてやれないか?」
「アルドは凄いヤツなんだぞ。ファリステアの事も何とか出来るんだぞ」
「ルイス、ネロ、あんまり軽く言わないでくれよ……」
そう言ってやんわりと断るも、尚も視線は続いている。
「ハァ、分かったよ。お爺様に聞いてみるけど期待はするなよ?」
「ああ、流石アルドだぜ」
「大丈夫だぞ。アルドなら出来るんだぞ」
2人は既に何とかなったような空気を出しているが、問題は全く解決されていないわけで。
オレは頭を抱えながらどうやって爺さんに切り出すかを真剣に考えていく。
「ファリステア、もう自宅には誰もいないのか?」
「ワタシ ヒトリ デス」
「しょうがない、分かった。ウチに来い。申し訳ありませんが、アンナ先生も一緒に来てください」
「アリガトウ アルド」
「は? 私も? 貴族の屋敷に? 無理無理」
「ファリステアが生活するに当たって、どうしても通訳がいります。それにお爺様に話すのにも必要です」
「他に誰か適任が……」
「いると思います?」
「……」
「覚悟を決めてください」
アンナ先生は、オレと不安気なファリステアを何度も見返して、最後にはガックリと肩を落として白旗を上げたのだった。
屋敷に帰った後-----------
爺さんに何て言うか。空いてる時間に、出来る理論武装はしたつもりだけど……
いきなり爺さんの前に連れて行くわけにもいかず、アンナ先生とファリステアは客室で待たせる事にした。
先ずはオレだけで話そうと思う。覚悟を決めて爺さんの執務室に向かい、扉の前で深呼吸を1つ……
意を決してノックをしてから扉越しに声をかけた。
「お爺様、アルドです。お話をさせて頂きたいと思い伺いました」
「ハァ、入れ」
扉の向こうから特大の溜息が聞こえたが、溜息を吐きたいのはコッチの方だ。
「ヨシュアの気持ちが良く分かる」
部屋に入ると爺さんが独り言を呟いている。まるでオレが問題ばかり持ってくるみたいじゃないか!心外である!
「お爺様、いきなりで申し訳ありませんが、お願いがあります」
「何だ?」
「今、王国はエルフの国と揉め事を抱えており、外交官をエルフ本国に送り返しました。そのむs……」
「待て!」
「?」
「何故、そんな事を知っている? 事と次第によってはお前とて只ではスマンぞ!」
「それを今から説明するつもりです」
「……」
爺さんは俯いてコメカミを揉んで、大きく深呼吸を一つしてから口を開いた。
「分かった……話せ……」
「はい。その強制送還された外交官の娘は、僕の学園での友人です。彼女は13歳と幼く、両親と離されて生活が出来ません。しかし、元々の非が王国にある以上、彼女に何かあれば王国の沽券に関わるはずです」
「……それでお前はどうしたいのだ?」
「はい。ここは彼女を我がブルーリング家で保護し、エルフと王国の双方へ貸しを作るのが得策かと」
「保護か……具体的には?」
「はい。今回の件は、一部の不届き者がエルフの墓地を荒らした事が発端であるとか。しかし、今さらエルフと戦争などありえません。であれば、ここで小さな禍根を残すよりも娘を丁重に扱い、王国の懐の深さとエルフの面子を保たせる。そして和解の暁には娘と親の再会でも演出すれば良い」
「それをブルーリングがすると?」
「そうです。必要であれば友人にはサンドラ伯爵家の庶子もいます。伯爵家も巻き込めば他の貴族のやっかみも散らせる」
「こちらの利益は?」
「エルフの国と王国 双方への貸し。それに外交官家族への個人的な貸し。サンドラ伯爵家を巻き込むならそちらへの貸しも」
「ハァ……」
「……」
「分かった。娘はどこにいる?」
「客室に通訳の教師と一緒に待たせてあります」
「2人共、ブルーリング家の客人として扱う。王国とサンドラ伯爵家には近日中に話を付ける。これで良いのか?」
「はい、ありがとうございます。お爺様」
満面の笑みで答えると、爺さんは苦虫を噛み潰したような顔で口を開いた。
「ワシはお前が敵でなくて、心底 安堵しとるわ」
「僕がお爺様の敵になるなどありえません」
「そう願っとるよ。下がって良い」
「はい、失礼します」
こうしてほぼ全ての要求を呑んで貰った爺さんに、深く礼をして執務室から退室した。
不安だろう2人に伝えるべく、その足でファリステアとアンナ先生が待つ客間へ向かっていく。
客間の前には騎士が1人おり、護衛と言う名の見張りが立っている。
オレは騎士へ軽く手で合図をしてから、ノックをして扉越しに声をかけた。
「アルドです。入ってもよろしいでしょうか?」
「ど、ど、ど、どうぞ」
アンナ先生の返事で部屋に入ると、ガチガチに緊張したアンナ先生とリラックスした様子のファリステアが座っている。
「お爺様と話が出来ました。2人共、ブルーリング家の客人として扱ってもらえるそうです」
「そ、そう、良かった……」
相当 緊張していたのだろう。アンナ先生は露骨に肩のチカラが抜けて、今は崩れるように座っている。
2人へは、先ほどの爺さんとの話を当たり障り無く、これが善意での行動であるように話していく。
「そう。ファリステアさんを憐れんで王様に直訴までしてくれるの……」
「お爺様に任せておけば大丈夫とは思いますが……」
「何? まだ何かあるの?」
「いや、もうすぐ夏休みだなと思いまして」
「夏休みだとマズイの?」
「僕は夏休みに入ると同時に、ブルーリング領へ帰る予定なんです。お二人にはここで滞在してもらう事になるかと」
「ちょ、ちょっと待って! 私とファリステアさんを置いて自分だけ里帰りするつもりなの?」
「まあ、そういう事になると思います」
「私も行く! アルド君がいない所で何かあったら殺されそうな気がする」
「失礼ですね! ブルーリング家はそんな事はしませんよ!」
「それでも、私も行く!お願い連れてって! お願い……」
アンナ先生の圧が凄い……このままだと本当に泣き出しそうだ。
「……分かりましたよ」
「本当! ありがとう、アルド君」
「ハァ、ちゃんとファリステアにも了承してもらってくださいよ」
「任せて!」
こうして夏休みの帰省では、アンナ先生とファリステアがブルーリング領に付いてくる事が決まった。
余談だが、明日からの登校ではブルーリング邸からオレ、ファリステア、エル、マール、ノエルの5人で登下校する事になる。
アンナ先生は流石に先生だけあって、オレ達より少し早目の出勤だ。
3日後------------
夏休みまで後2日と迫った日の朝の事。開口一番、ルイスから夏休みにブルーリングへ同行する事を告げられた。
「アルド、夏休みにオレもお前の領地に行く事になったからな。よろしく頼むぜ」
あー、なるほど。オレが話した通り、爺さんはサンドラ伯爵家に話を通したのか。
どうやら他の貴族のやっかみを逸らすために、サンドラ家を巻き込んだようだ。
「そうか、分かった。こうなるとオレ達の班でブルーリング領に来ないのはネロだけって事か」
「オレも行きたいぞ! ダメか?」
「……」
「ダメか?」
ネロに捨て猫のような目で見られてしまう……おま、ズルイぞ。そんな目で懇願されちゃ、ダメって言えないじゃないか! くそっ、オレは犬派なのに……
「分かったよ……」
「やったーーー! 流石アルドだぞ! ありがとだぞーーー!」
大喜びで教室の中を走り回るネロを見て、オレは肩を竦めて呆れていた。
さて、気を取り直して夏休みにブルーリングへ行くメンバーを考えてみる。
「そうすると、ブルーリングに来るのはオレ、ファリステアとアンナ先生、ルイスとネロ、エルとマールの7人か」
「ん? 本当に全く聞いて無いのか? オリビアも行くらしいぞ」
「は? 何でオリビアが?」
「父さんの話では庶子だけだと弱いとか何とか言ってたな。まぁ、オレは貴族の世界の事なんか興味無いからな、良くは分からん」
「マジか……」
自宅へ帰ってから爺さんに聞いてみると、やはりオリビアも参加するそうだ。
こうして良く分からないが、8人で夏休みにブルーリングへ帰省する事となったのだった。
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