第274話静かな戦い part3
274.静かな戦い part3
いよいよ氷結の魔女と呼ばれた、希代の魔法使いである母さんの番である。
普段はポンコツだが、ここ一番ではいつも最高の結果を出してきた。
思ったよりも自分が母さんに期待している事に驚き、思わず後ろ姿を凝視してしまう。
「行くわよ。アイスストーム!」
母さんから極寒の風が吹き出し、周りの枯木を凍らせていく……
おお、流石は”氷結の魔女”を二つ名に持つ母さんだ。これなら地面の下にいるスライムにも攻撃が届くかもしれない。
辺りが凍り付いて行くと言う、派手な魔法を見せられたせいなのか、この魔法に期待をしながら見つめていた。
「どう、かしら……カタカタ……」
暫くすると歯を鳴らした母さんが、こちらに聞いてきた。
「範囲ソナーを打ってみます」
「お、お願い……カチカチ……」
自分の魔法で凍えている母さんを横目にオレは範囲ソナーを打つ……あー、ダメだ。これは……
「母様、地面から5センドまでのスライムは凍り付いていますが、そこから下はノーダメージです。それと寒いなら、エアコン魔法を使えばいいのでは?」
「それよ!」
そう言うとエアコン魔法を発動した母さんは、幸せそうな顔で話し出した。
「やっぱりダメね。私、本当は氷の魔法って苦手なのよね。だって寒いじゃない」
コイツは……じゃあ、何でそんな二つ名なんだよ!
オレの心の声が聞こえたのか、二つ名の由来を話し始めた。
「そもそも二つ名だって、ギルドで言い寄ってくるバカの手と足を凍らせて、動けない所を殴ってたら勝手に付いてたのよ」
…………え?そんな事で二つ名って付くの?しかも殴るとか……魔法使いじゃないの?そこんトコどうなってるの?
オレの頭には???が浮かんでいる事だろう。
「か、母様……二つ名の由来は驚きましたが、今は置いておきます……スライム討伐では申し訳ありませんが、アシェラと一緒に後方支援をお願いします」
「しょうが無いわね……分かったわ」
やけにあっさり引いたと思ったら、なんとヤツは枯れ木にハンモックを吊るし始めるではないか……
「母様?」
「ん?暫くは私のやる事は無いわよね?あ、護衛ならアシェラに頼んだから大丈夫よ」
アシェラまで巻き込んでいやがるのか!
流石に文句の1つも言おうとしたが、母さんの隣のアシェラが小さく首を振っている。
きっと、アシェラは言っても無駄だと言いたいのだろう。
オレは小さく溜息を吐いてから作戦を考え始めた。
「効果範囲が150メードって事は……3.14×150²=70650㎡……スライムは19625000㎡だから……277.777、278回か。ライラの2500回よりはだいぶ少ないけど、現実的じゃないな」
更にどうすれば良いか考えていると、ライラが近づいて話しかけてくる。
「これがスライムなら、どんなに体が大きくても核は1つのはず……」
「そりゃ、そうだろうけど、この大きさでどうやって核を見つけるんだ?」
「核を見つける必要は無いと思う。2つに割れば核の無い方は直ぐに死ぬ……」
「2つに?あ、コンデンスレイ……光の剣で2つに焼き切れば良いのか」
「うん、どこかの木の上にでも領域を作って、光の剣を使えば良いと思う」
「なるほど……それを繰り返して適当な大きさになった所で、ソナーを打てば核の位置が分かる」
「それに魔力酔いは、木の上で眠って回復するのが安全だから……」
「すごいぞ、ライラ!その作戦ならいけそうだ」
「お、お義母様のハンモックを見て、思いついただけ……」
ライラの言葉を聞いて、ハンモックの上で寝転がっている御仁が厭らしい笑みを浮かべて口を開いた。
「どう?アル。ライラの言葉を聞いたでしょ?もう、これは私が考えたも同然ね!」
何てヤツだ。人の手柄を横取りしようとしてやがる!
「母様、流石にそれはどうかと思うんですが……」
「……」
流石に自分でも思う所があるらしく、珍しく何も言い返してはこなかった。
「じゃあ、丁度良い木を探してくるか」
相手の領域内でこちらの領域を作る事は可能、とアオは以前に言っていたが、効果時間は1時間ぐらいになる、とも言っていたはずだ。
そうなると理想は相手の領域のギリギリ外で、なおかつスライムが一望出来る場所である。
そんな場所があるのかは知らないが、なるべく理想に近い場所を見つけたい。
本当は皆で手分けして場所を捜したいのだが、オレにしか領域の境界を感知出来ないので、オレが探すしかない。
「行ってきます」
オレが場所を探しに行こうとすると、アシェラに止められた。
「待って」
「どうした?アシェラ」
「大丈夫だと思うけど、1人は危ない」
周りを見ると母さんは既にハンモックの上でくつろいている……コイツに動くつもりが無いのは火を見るより明らかだろう。
「アシェラが、付いてくるのか?」
「万が一を考えると、お師匠の護衛は魔力盾が使える方が良い。アルドはライラを連れて行く」
アシェラに言われライラを見ると、鼻息荒く付いてくる気満々である。
実は本音を言えば、1人で雑用を押し付けられたようで少し寂しかったのは秘密だ。ついて来てくれる、と言うなら断る理由も無い。
「ライラ、行こうか」
「うん」
そうして空へと駆け上がり、魔の森の上空へと飛び出していく。
「なるべく高い木が良いよな」
「うん、少しぐらい遠くても高い木なら問題無いと思う」
「だよな」
ライラと一緒に空を駆けていると、遠くにやたらと高い木が1本だけ生えているのが見えた。
「ライラ、あの木を見に行こう」
「うん」
大樹に近づいていくと、スライムの脅威はすぐ近くまで来ており、後、数日もすればこの木もスライムに飲み込まれていたのかもしれない。
「ここなら敵の領域の外の筈だ。念のためにアオを呼んでみる」
そう言って指輪に魔力を流し、アオを呼びだした。
「どうしたんだい、アルド」
「聞きたいんだが、ここに魔瘴石で領域を作れるか?」
「うーん……ちょっとマナスポットが近いけど、問題無いかな」
「前に言ってたみたいに1時間で壊れる、なんて無いよな?」
「ここはマナスポットに近くではあるけど領域の外だよ。数年は持つはずさ」
「そうか、ありがとう。後でここに領域を作ってもらう事になると思う」
「ふーん、分かったよ……」
「どうした?」
「……主はどうだったんだい?」
「ああ、言って無かったな。ここの主はスライムだったよ。10キロメードの巨体で小手先ではどうしようもない。勿体ないけど今回は魔瘴石を使うつもりだ。母さん達を呼んできて領域を作ったら討伐を開始する」
「スライムか……ああいう本能だけの魔物が主になると、際限なく巨大になるのが定番なんだ。そして土地を汚染し尽くして、最後にはマナスポットごと自壊する……」
「え?放っておけば勝手に自滅するのか?」
「まあね、後にはマナスポットも壊されて、広大な死んだ土地が残されるんだけど、それでも良いなら、ね」
「……」
新しい国を作るのに土地が死んでるとか……これナルハヤで倒さないといけないヤツじゃねぇか!
「でもアルド、10キロメードにまで育ってしまったスライムを、どうやって退治するつもりなんだい?過去には何度もスライムに、マナスポットごと土地を殺されてるんだ」
「それは………………」
オレはアオにライラ考案の作戦を説明していった。
「なるほど、コンデンスレイで半分ずつ殺していって、領域で魔力の回復をするのか。魔力酔いの事も考えられていて完璧な作戦だ。アルドは良い番を得たね」
「ああ、自慢の嫁だよ」
アオの言葉にライラが真っ赤になってモジモジしている……何このかわいい生物は。
「心配だったけど、何とかなりそうだね」
「ああ、これ以上、問題が起きない事を願ってるよ」
それだけ言うとアオは安心したのか「じゃあ、僕は行くよ」と言って消えてしまった。
オレ達は母さん達と合流するべく、再び、空を駆けて行く。
30分ほどで母さん達と合流したのだが、ヤツはハンモックの上で熟睡していた……アシェラに見張りをさせて。
ナーガさん!猛獣使いのナーガさんはいませんか?!アナタがいないと、この猛獣が自由すぎるのです!
この瞬間、オレほどナーガさんがブルーリングへ来る事を、熱望している者はいないはずだ。
何とか猛獣を叩き起こして、これからの行動について話し合いをした。
「そろそろ夕方になりますが、スライムへの攻撃はどうしましょうか?」
「そうねぇ、どうせアルは魔力酔いを抑えるために寝るでしょうし、定期的にコンデンスレイを撃って寝る、を繰り返せば時間の短縮にはなるわね」
「木の上にハンモックを吊って、交代で寝れば良いですから」
「後は、森が焼けるでしょうけど、夜の方が火は見え易いわ」
「そうか、街の方に火が伸びるとマズイですし、最悪は火消しをしないといけないのか。それだと全員起きている昼間が良い?」
「昼でも夜でもメリットデメリットがある……それなら効率と時間を重視しましょう。移動したら早目の夕飯を食べて行動開始よ」
「「「はい」」」
母さんの一声で方針は決まった。吉と出るか凶と出るかは分からないが、賽の目は降られたのだ。
全員で空を駆けていくと、30分程で大樹に到着した。
「ここならスライムが一望できるわね」
「はい。では僕は下で夕飯の準備をしてきます」
「分かったわ」
簡単な夕飯を作り、全員が食べ終わる頃には太陽が山間に消えていこうといていた。
「お腹も膨れて休憩も取ったし、そろそろお仕事を始めるわよ」
「「「はい」」」
オレ達は大樹の上まで移動すると、アオを呼びだした。
「領域を作るのかい?」
「ああ、これで頼むよ」
オレが”収納”から取り出した魔瘴石は、以前、アドから貰った緑色をした魔瘴石である。
この魔瘴石はアドがかなり昔に浄化した物らしく、緑色をしている。話によると性能には問題無いらしいが、アオが使うと少し効果時間が短くなる、と言われていた物だ。
「ドライアドから貰った魔瘴石か」
「マズかったか?」
「いや、問題無いよ。少し木のマナが混じってるだけだからね」
「……良く分からないけど、任せるよ」
「まぁ、アルドならそうだろうね。じゃあ、いくよ」
アオがそう言うと魔瘴石は青く光り出し、ゆっくりと浮かんで行く……それと同時にオレの減っていた魔力は急速に回復していった。
「完成だよ」
そう言ったアオの上には普段の真っ青な光では無く、若干の緑を含んだ青い光が照らし出されていた。
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