第275話告白

275.告白






アオが領域を作り終え、これで出来る準備は全て終わったはずである。

いよいよコンデンスレイを撃つべく、大樹の枝の中でも比較的、足場のしっかりした枝を選んで移動させて貰った。


眼下を見ればスライムの領域を示す、枯れ木の森が恐ろしい大きさで広がっている。


「アルド、マナスポットは絶対に壊さないでくれよ」

「出来るだけ頑張ってみるよ」


「出来るだけか……因みにマナスポットが壊れると、スライムに壊された時と同じように、土地が死ぬからね」

「ちょっと待て。それは絶対に壊しちゃダメって事じゃないか?」


「だから、そう言ってるだろ。本当にアルドは……」


相変わらず、アオは言葉が足りない。


「アオ、マナスポットの正確な位置を教えてくれ」

「あの池が見えるかい?」


「んー、どこだ?あ、あれか」

「その左側に大岩が見えるだろ?」


「スマン、池もうっすら見える程度だ。分からん」

「人には難しかったか……じゃあ、あの池から左にある崖は見えるかい?」


「ああ、見える」

「池から崖の間を撃たなければ大丈夫だよ」


「分かった。たぶん核はマナスポットの傍にいるんだろうけとな」

「まぁ、そうだろうね」


「せいぜい小さくしてから、突撃する事にするよ」

「それが良い。スライムは小さくする事が出来れば、恐れる相手じゃない」


「そうなのか?」

「ああ、普通はスライムが主になっても、他の魔物に襲われて成長する前に死ぬんだ。ただ何百年かに1度、運良く生き抜いて成長する個体がいる。本当はね、僕達上位精霊でも1キロメードを越えたスライムの主を倒すのは不可能だ、と諦めるほどなんだよ」


「は?お前、そんな事一言も言って無かったじゃないか……」

「相手が育ったスライムだって、さっき聞いたばかりだからね」


「……」

「細かい事は良いだろ……アルド、僕達上位精霊でも諦める偉業を、成し遂げる姿を見せてくれよ」


「ハァ……失敗しても怒るなよ」

「ああ、失敗して当たり前なんだ。気楽にやると良い」


アオはこう言うが、この地には新しい国が出来るのだ。始祖としても死んだ土地を後世に引き渡すわけにはいかない。

オレは大きく深呼吸をしてから、改めてスライムを睨みつけた。


「よし、やるか!」


誰に言うでも無く声を上げると、遠すぎてボンヤリと滲んだスライムの端に右手の人差し指を向けて構えを取った。

指先には極小の光が灯り、オレの込める魔力の量に比例して徐々に光が強くなっていく。


魔力を込めてひたすらに圧縮していくと、臨界に達したであろう光が、一瞬だけ強い輝きを放った。


「行きます!」


オレの指先から真っ直ぐに光が伸びていく……向こう側のスライムの端を光が照らした瞬間、右手を動かし、光の剣を縦に振り抜いてやった!



----赤----



光の剣が通った大地では水も土も全てが一瞬で気化し、大地を真っ二つに割るかのような圧倒的な炎が顕現している……

炎によって左右に切裂かれたスライムだが、直ぐに右側のスライムが蠢き出したかと思うと、枯木を薙ぎ倒し始め、まるで苦しさの中でのたうち回っているかのようだ。


恐らく核は左側にあるのだろう。右側のスライムは必死に左側へ合流しようと試みるものの、炎の壁が立ち塞がり、決して交わる事は無い。

最初こそ枯木を薙ぎ倒し暴れていたスライムだったが、数分もすると灰色だった体は透明になり、ピクリとも動かなくなってしまった。


「アオ、スライムは死んだのか?」

「そんな事、僕が分かるわけが無いだろ。アルドはもう少し考えてから、口を開くべきだね」


オレは肩を竦めるてアオに返事をすると、次に母さんへと話しかけた。


「局所ソナーを使います」

「魔力は大丈夫なの?」


「はい、魔力酔いの兆候もありません」

「分かったわ。でも少しでも違和感があったら直ぐに言うのよ」


「分かりました」

「アシェラやライラも気を付けて見ていてあげて。魔力が回復した途端に魔力酔いで木から落ちた、なんて笑えないわ」

「はい、お師匠」「はい、お義母様」


母さん達の会話を背に、局所ソナーを打つ……魔物の反応は無い。偉業と言われたスライムの討伐を、半分とは言え成功した瞬間である。


「アオ、スライムの半分は死んだみたいだ」

「そうか……本当に成長したスライムの主を倒せるのか……」


アオが珍しく驚いた様子で、眼下のスライムの死体を眺めている。


「因みにやっぱりマナスポット側が残ったな」

「それはそうだろうね。向こうも慎重さ」


「じゃあ、次は横に撃つか」

「くれぐれもマナスポットには当てるなよ。アルドの魔法だと、直撃すれば間違いなくマナスポットは壊れちゃうからね」


「ああ、気を付けるよ」

「アルドだからなぁ……何かやらかしそうで僕は心配だよ」


このキツネもどきは何て事を言うんだ。こんなに頑張っていると言うのに……


「次にいくぞ」


そう言葉をかけてオレは次のコンデンスレイの準備に入っていった。






最初のコンデンスレイを当てて、スライムの体をゴッソリと削る事に成功したオレ達は、安全マージンを充分に取って順調にスライムの体を削っていった。


そうやって確実に削っていたのだが、スライムの核や証は最初に予想した通り、マナスポットの傍にあるらしく、これ以上、遠距離からのコンデンスレイの狙撃では攻撃が難しくなってきたのだ。

この時のスライムの大きさは50メードから100メードほど。魔瘴石の領域はマナスポットの領域の外に作った事から、ここからは相当な距離がある。


アオも交えての話し合いの結果、これ以上はマナスポットに配慮しつつ近距離攻撃で倒すしかない、と満場一致で接近戦での戦闘が決まったのだった。

ここまでかかった時間は、最初にコンデンスレイを撃ってから丸1日が経っており、エルの結婚式まで5日しか無い。


多少の余裕があるとは言え、ノンビリと構えている暇が無いのは、誰の目にも明らかだ。

方針が決まったのなら、と早速、移動しようとするオレを止めたのは、意外な事にアオであった。


「アルド、出発は明日の朝で良いだろ。確実にマナスポットの解放を頼むよ」

「うーん……母さんはどう思います?」

「私はアオに賛成よ。焦っても、良いことなんて殆ど無いわ」


「アシェラとライラも同じ意見か?」

「ボクもお師匠と同じ。ここまでスライムを小さく出来たなら、ボクやお師匠も戦闘に参加出来るはず!」

「私も同じ。無理はしなくちゃいけない場面だけで良い……」


オレはアオに向かって、降参の意思を示すため、両手を挙げながら話しかけた。


「1対4じゃあ、勝ち目は無いな。今回はアオの言うことに従うよ」

「いつも、それぐらい素直なら良いんだけどね」


アオの言葉に肩を竦めてから体のチカラを抜くと、思ってたよりも体が重い……自分の想定よりも、コンデンスレイでの狙撃に疲れていたようだ。


「アシェラ、ライラ、自分で思ってたよりも疲れてたみたいだ。止めてくれて、ありがとう」

「アルドはもっとボクを頼っても良い!」「つ、つ、妻の役目なので……」


こうして正反対の2人の反応を見ながら、移動は翌朝からと言うことに決まり、朝までは休息を取ることになった。

まぁ、休息と言っても、コンデンスレイを撃っては睡眠薬で寝て、を繰り返していたので、全く眠くは無いのだが……


そうしていると、直に夕食の時間になり、3人から無言のプレッシャーがとんでくる。


「簡単な物になりますが、夕飯を作りますね」


3人は頷きはするものの、眉間には皺がよっており、料理に不満がある事が一目瞭然である。


「黒パンに干し肉ですけど、ジャムだけは好きな物を使ってください」


最後のジャムのくだりで、3人には何とか顔に笑みが浮かんでくるが、流石に木の上では料理は無理だ。

恐らくは明日でスライムの討伐は終わると思われるので、帰ったら美味しい物を沢山作って、嫁達のご機嫌を取ろうと思う。


そんなノンビリとした事を考えながら、それぞれが思い思いに過ごしていくと、直に寝る時間になってきた。

アシェラ達はオレに休め、と言うが睡眠薬を使いすぎたオレは、これ以上、眠れそうもない。


話し合いの結果、オレが眠くなるまで見張りを行い、3人には出来るだけゆっくりと眠ってもらう事になった。

領域の中にいるオレと違って、3人は魔力の回復に、4時間は連続で眠ってもらわないと、魔力が全快しないのだ。


ここは3人にしっかりと眠ってもらって、万全の体制でスライムに臨みたいと思う。




深夜




木の上であるため危険など殆ど無いはずであるが、毒蛇や空を飛ぶ魔物の襲撃が絶対に無いとは言えない。

オレは木の枝に座りボンヤリと眼下を見ていると、不意に声をかけられた。


「何か見えるのかい?」

「アオか」


「僕が話しかけちゃダメみたいじゃないか」

「そんな事は無いんだけどな……」


「何か言いたそうだね」

「まあな……何で今回だけはこんなに気にかけるんた?今も呼んでも無いのに、こうして様子を見にきてるだろ」


「……そうだね。良い機会だ……アルドには話しておいた方が良いかもしれない。この世界のマナスポットは、何度も育ったスライムの主に壊されてきた話はしたよね?」

「ああ、だからこそ今回のスライム討伐は偉業だって言ってたな」


「僕達、上位精霊でも育ったスライムを倒す事は、ほぼ不可能なんだ」

「そうなのか?」


「アルドは不思議に思わないかい?過去の使徒は1人しかいないのに、迷宮討伐や主をどうやって倒したのか……」

「そりゃ、其奴らが強かったんじゃないのか?それこそアシェラみたいに」


アオは静かに首を振って、否定の意思を示している。


「過去の使徒は精霊と一緒に戦っていたんだ」

「精霊と?どう言う事だ?」


「言葉通りさ。過去の使徒は精霊と一緒に戦ったんだ」

「お前とオレが一緒に戦うって事か?」


「そうだね……」

「お前、戦えたのか?」


「最初に言ったように、僕には戦うチカラは無いんだ……」

「ちょっと待ってくれ……今の話を纏めると、過去の使徒は精霊と一緒に戦う事で、迷宮討伐や主を倒せたって事か?」


「ああ、その通りだ」

「そして、アオには戦うチカラが無い?」


「……」


アオはオレの方を見ないようにしながら、眼下を凝視している……何かが見えるわけでも無いだろうに。


「ふぅ……良いんじゃないか?」

「えっ?」


「そんな精霊が1匹ぐらいいても、良いと思うぞ」

「……」


「その分、お前はアド達が出来なかったマナスポットの調整や土地に祝福を与えたりしてるんだろ?」

「それはしっかりやってる!」


「じゃあ、良いんじゃないか?戦うのはオレ達がやって、お前は管理をする。他の精霊と使徒の事なんか気にするな。オレ達はオレ達だろ?」

「本当に良いのかい?」


「良いも何も、どうしようも無いだろ?」

「精霊王様に会って……ぼ、僕を作り直すようにお願いすれば……もしかして戦えるようになるかもしれない……」


「作り直すって……そんな事、出来るのか?」

「僕達、上位精霊は死ねないんだ……いや、違うな。世界の安定のために、死んでも直ぐに新しく作り直されるんだ。だ、だから精霊王様にお願いすれば、戦えるように作り直してくれるかもしれない……」


「それってアオはアオのままなんだよな?」

「……」


「おい、返事をしろよ。お前、まさか……そんなのは認めない。オレは絶対に許さないからな!」

「僕が作り直されたら、アルド達はもっと楽に使徒の仕事が出来るようになるじゃないか。感傷は最初だけだよ。新しい僕がいれば直ぐに忘れられる……」


「もう良い!それ以上しゃべるな!」

「……」


「アオ……さっきも言ったがオレ達が戦って、お前が管理する。オレ達はそれで良いんだ……それ以上が必要になったら、その時にまた考えれば良い」

「分かったよ……」


話は終わった筈なのに、アオの表情は未だに固い……


「……まだ何かあるのか?」

「この戦いが終わったら一度、精霊王様の所へ行こうと思っているんだ」


「!!お前、まだ言うのか?」

「違う、さっきの事は関係ない。育ったスライムの主を倒せる使徒……アルド、君達は明らかに異常だ。これは精霊王様へ報告しないといけない。正直、僕ではどう判断して良いのか分からないんだ」


「……」

「だから、この一連の騒動が終わったら、少しの間、僕は出て来れなくなる」


「分かったよ。ただし約束してくれ。絶対に帰って来るって」

「ああ、約束する。必ずブルーリングへ帰ってくるよ」


アオはそう言うと、ゆっくりと消えていった。「ありがとう」と消え入りそうだが、嬉しそうな声だけを残して。





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