第153話続・爪牙の迷宮 part3

153.続・爪牙の迷宮 part3





ゆっくりと意識が覚醒していくと固い床に寝かされていた。

只、頭だけが妙に柔らかい。自分の頭へ手を延ばしていく。


「ひゃん!」


可愛らしい声に驚いて眼を開けると、アシェラに膝枕をされていた……っと言う事はさっきオレはどこを触ったんだ。

アシェラは顔を真っ赤にしてオレの腕と頭を抑えている。違うんだ。事故だ。わざとじゃ無い。信じてくれ。


オレは心の中で言い訳をしていたがアシェラは特に何をするでも無かった。

ゆっくり起き上がるとミノタウロスが一か所に積み上げてあり、さっきの部屋の中のようだ。


血や内臓の匂いが凄まじく気分が悪くなってくる。


「何でこんな場所にいるんですか?移動しましょう」


オレがそう話しかけるとナーガさんが答えてくれた。


「出来るならそうしたいんですけどね」


ナーガさんの言葉の真意が分からず周りを見渡してみる。

無い……出口らしき物が無い……


「閉じ込められた?」

「そうみたいですね」


オレはエルが寝ているの気が付いた。


「エルは……」

「超振動で壁を切っていたんですが魔力枯渇になって意識を失いました」


「エルでも切れなかった?」

「エルファス君が切っていたのが、あそこです」


ナーガさんが指差す方向には迷宮の壁に大きな斬撃の後が残っている。

オレは立ち上がりその傷を触ってみた。


普通の岩の様に見える。ナイフを出し削ってみたが壁の深い場所はまったく切れる様子は無い。


「範囲ソナーを使ってみます。ソナーの魔力が通る個所なら切れるかもしれません」

「!!お願いします」


どうやらエルは範囲ソナーを使わなかった様だ。

この部屋なら範囲は50メードもあれば十分だろう。オレは部屋の中心に立ち範囲ソナーを打ってみた。


意識を集中してどこかに魔力が抜ける場所が無いかを探す。

魔力が通る。四方を壁に囲まれているが右側の壁だけ一面、魔力が普通に通って行く。


「ナーガさん。こっちの壁……魔力が通ります」


オレの言葉に眠っているエル以外が驚き、アシェラが壁に近づいて行く。

右手に風の魔法を纏い振りかぶって拳を全力で叩きつけた。


凄まじい爆音と共に壁にはポッカリと大きな穴が開いている。


「流石です!アシェラさん」


ナーガさんがアシェラを絶賛している間に大穴はゆっくりとだが勝手に修復されていく。


「アシェラ、穴を広げてくれ」

「分かった」


再びの魔法拳で大穴は先程より大きく開いたがアシェラの様子がおかしい。


「どうした?」

「固くなってる……」


少し弛緩していた空気が一気に張り詰める。


「直ぐに脱出を!アルド君。エルファス君をお願い。ラフィーナ。最悪は食料以外、全部捨てていいから人力車を外へ。アシェラさんは穴の確保を」


オレ達は大急ぎでアシェラの開けた穴から外へ飛び出した。

局所ソナーをかけてみると周りの壁と変わらない程、魔力を通さなくなっている。


何とか脱出してからナーガさんに聞いてみた。


「ナーガさん、脱出に失敗してたらオレ達、閉じ込められて死んでたんでしょうか?」

「どうなんでしょう。穴が塞がる瞬間、ミノタウロスが壁から湧き出てくる姿が見えました」


「ミノタウロスが……」

「もしかしてミノタウロスを全滅させると1度だけ壁を壊せるのかもしれません」


「そんな罠があるんですか?」

「私は聞いた事がありませんが。そもそも転移罠にかかる人が滅多にいませんから……若しくは……」


「そうですか」


何とか転移罠を体験できて9階層にも来る事ができた。

そこだけ切り取ると順調な様だが今回はギリギリの戦いの気がする。


ミノタウロスの固さも想像以上だった。部屋に閉じ込められたのも想定外だ。

オレが気絶している間に母さん達が暖を取る為、焚火でもしてたらと思うとゾッとする。


壁からは、ご丁寧に枯木が生えていたのだから。

少し迷宮を舐めていたのかもしれない。気を引き締めなければ。





ナーガさんの判断で今日はここで野営する事になった。

少し早い夕食を作り始める。こんな時は暖かい料理を食べた方が良い。こんな時の冷たい料理は心が沈む。


オレはフランクフルトを串に刺し人数分を焚火で炙る。ドライ野菜と塩を落した干し肉でスープを作り黒パンとジャムの器を皆の前に置いた。


「これは迷宮の食事じゃないわねぇ」


母さんがジャムたっぷりの黒パンを頬張りながら呟いている。


「そうねぇ。そう言えば昔、迷宮に入った時の事、覚えてる?」

「ギルース達と潜った時よね?忘れる訳が無いわよ………」


母さんとナーガさんが昔話を始めたので、オレは隣に座るアシェラへと話しかけた。


「アシェラ、さっきは助かった」

「アルドの方が頑張った。ボクは2匹しか倒せなかった」


「魔力枯渇でリタイアしたけどな」

「かわいい寝顔だった」


寝顔とか……少し恥ずかしいが……オレはアシェラに聞きたい事があった。


「アシェラ、魔法拳ってどれぐらいの魔力を使うんだ?」

「うーん、難しい」


「難しい?」

「魔力を込めれば込める程、威力が上がる」


「そうなのか?」

「うん」


「最大威力は分かるか?」

「……」


「どうした?」

「……たぶんボクの腕も弾けるけど、ボクの魔力のかなりを込められると思う」


「!!絶対にダメだ!!!」


オレのあまりの大声に、和やかに話していた母さん達もオレを凝視してくる。


「どうしたの?アル」


母さんが訝しげな顔で聞いてきた

オレは母さんからもアシェラに釘を刺して貰うつもりで魔法拳の事を話してみた。


しかし、母さんは既に聞いていた様で特に驚きもしないで淡々と話だした。


「アル。アシェラに傷を負って欲しく無い気持ちは良く分かるわ。只ね、死ぬかもしれないって時に武器がある安心感はアナタも分かるでしょう?」

「それは……はい……」


「軽々しく使って良い物じゃないのは確かだけど、頭ごなしに否定するのも違うと私は思うわ」

「……」


「それに魔力操作の練度を上げれば腕を犠牲にしなくても何とかなるはずよ。修行しなさい」


オレの超振動にしてもアシェラの魔法拳にしても結局は魔力操作の練度を上げなければどうしようも無いのだろう。


溜息を1つ吐きアシェラを見つめた。


「結局は、まだまだ修行不足なんだ。オレもお前も」


アシェラが1つ頷いてみせた。

話に一息付いて横を見ると、エルが起きだしている。


「おはよう。エル」

「おはよう。エルファス」

「……おはようございます。兄さま。アシェラ姉」


エルは状況が分かっていない筈だが、まずは腹ごしらえだ。


「エル、フランクフルトとスープと黒パンだ。ジャムは何が良い?」

「じゃあ、オレンのジャムを」


「分かった」


オレンのジャムを渡しながらエルの眠ってた間の一連の流れを説明していく。


「範囲ソナーですか。全然、気が付かなかったです」

「しょうがない。オレもミノタウロスにソナーを打つのを忘れてた」


「あの状況はしょうがないですよ」

「まあな」


話が一段落してエルが転移罠の件を聞いてきた。


「それで兄さま。転移は使えそうですか?」


アシェラも母さんもナーガさんも興味深そうにこちらを見てくる。


「そうだなぁ。魔力もあるしちょっとやってみるか」


オレはまず魔力を活性化させ手の平の上に集めた。転移罠の時のような魔力の穴をイメージしていく……

暫く眼を閉じ黒い穴のイメージに集中しているとアシェラがオレの脇をつついてきた。


ゆっくりと眼を開けるとオレの手の平の上に魔力で出来た黒い穴がある。

なんだこれ……確かにこんな穴をイメージしたけど……何かヤバイ感じがする。


絶対に手を入れたくねぇ。

アシェラが突っつこうとするのを止めさせる。


「アシェラ、危ないかもしれないから触るなよ」


何時までも、こうしててもしょうがないのでフランクフルトを刺してあった串を穴に入れてみた。

串は穴に吸い込まれていき、消えてしまう。


何じゃこりゃ……ヤバイ魔法を作ってしまった気がする……

危険が危ないので、すぐに穴を消した。


「何か穴に吸い込まれて消えました。ちょっと危険な魔法かもしれません」


アシェラは細かい所まで魔力が見えていた様で自分でもオレのマネをして手の平に黒い穴をつくろうとしている。


「アシェラ、気を付けろよ」

「うん。大丈夫。危なかったらすぐに消す」


アシェラと話しているとエルがキラキラした眼でこちらを見ていた。


「分かったよ。魔力共鳴をしよう」

「はい!」


手を繋ぎ魔力共鳴を終えると、エルは直ぐに手のひらに黒い穴を作りだした。

オレが作った穴と同じぐらいの穴が出来た瞬間、穴から何かが飛びだしてくる。


エルはその何かを、すかさず手刀で払いのけてみせた。恐る恐る地面を見ると先程、オレが穴に入れたフランクフルトの串が落ちている。

ちょっと待ってくれ……


エルの穴から串が出てきたって事は2つのパターンが考えられる。


1つ目は、この場所の空間に穴を開けて、そこに何かを入れておけば誰でも、この場所に来れば出す事が出来るパターン。

2つ目はオレの穴とエルの穴が繋がっているパターンだ。


1つ目の場合は隠したい物があれば完璧に隠せるだろう。

2つ目の場合はちょっと今すぐ判断出来ない。距離を無視できると仮定するとオレとエルが揃えばコスト0で長距離運送が可能になる。


「ちょっと……思ってた物とだいぶ違いますが、これはこれで素晴らしく有用な技術です」

「アル、それって……」


「ちょっと実験をしましょう。エル。オレは少し離れた場所で穴に串を入れてくるから待っててくれ」

「分かりました」


念の為にアシェラも一緒に行ってもらう。


「アシェラ。1人だと万が一があるから一緒に来てくれないか」

「分かった」


野営地から15分程離れた場所で穴に串を入れてみる。途中ミノタウロスが1匹いたのでソナーを3回使い、大体の情報を取ってからアシェラに魔法拳で倒してもらった。


「アシェラ、戻ろうか」

「うん」


アシェラのミノタウロス相手でも全く変わらない戦闘力……尻に敷かれる未来しか見えねぇ。

帰りも同じく15分程で野営地へ戻ってきた。


「エル、穴を開けてみてくれ」


エルが手の平に魔力を集め穴を開けていくと、穴からは先程と同じ様に串が出てくる。


「「「「「……」」」」」


全員が何を言って良いのか言葉が出てこない。

ふと気が付くと今日はエルが寝ていたので、まだハチミツ漬けを食べていなかった。


現実逃避をするかの様に今日の分のハチミツ漬けの器を取り出しコルク栓を抜いて皆の前に置いてみる。

普段はワイワイ言いながらの取り合いになるのだが今日は全員行儀よく順番に食べだした。



オレンのハチミツ漬けを食べながら、この技術も絶対に秘密にしないといけない。と心に誓うのだった。




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