第154話続・爪牙の迷宮 part4

154.続・爪牙の迷宮 part4





オレンのハチミツ漬けを食べ終えると母さんが咳払いをし、話し出した。


「ゴホン。アル、これどうする気?」


正直、何も考えていない。今オレに分かるのは絶対に秘密にしないといけないと言う事だけだ。


「と、取り敢えず性能調査をしましょう」

「そうね。思ったより大した事無いかもしれないし……」


「そうですよ。しょうもない性能の可能性もありますから」

「……」


距離を無視できるなら今でも破格の性能である。これで量までとなったら……

まずは性能調査だ。ここは迷宮の9階層なのでミノタウロスが入るかを試させて貰う。


アシェラと一緒にミノタウロスを捜していると丁度1匹で歩いている個体を発見した。


「アシェラ。まずは生きたまま入るか知りたい。麻痺か睡眠にできるか?」

「やってみる」


そう言うとアシェラは拙いながらもバーニアを使いミノタウロスへと突っ込んだ。

後頭部を小さな手で掴み状態異常を付与したのだろう。


ミノタウロスはその場で崩れるように倒れ、気持ち良さそうに眠り始めた。


「麻痺も睡眠も入った」

「おお。麻痺が効くならアシェラにとっては雑魚だな」


「うん」


どうやらアシェラと一緒に居る限りミノタウロスは雑魚になり果ててしまう様だ。哀れ……

オレは早速、倒れたミノタウロスを穴に入れようとするが入る気配が無い。


大きさで引っかかっているのかも知れないが、小さな生き物など、ここにはいない。

生き物が入るかは保留にする。


オレは短剣を抜きミノタウロスを刺そうとするが刃が入っていかない。

仕方なく超振動を発動させて首を刎ねた。


今度は入りそうな気配があるのだが、どうも大きさで引っかかっているようだ。

色々と試していると、どうやら魔力を多く込めると穴も大きくなっていくらしい。


早速、魔力を込めて穴を大きくしていく。全魔力の1/4程を注いだ頃、やっとミノタウロスを穴に入れる事が出来た。

串を入れただけでは感じなかったが、ミノタウロス程の大きさの物を入れると魔力に違和感がある。


直ぐにどうにかなる感じは無いので取り敢えずは大丈夫だと思うが後で瞑想をして魔力を確認したい。


「戻ろうか」

「うん」


ここで、これ以上出来る事は無いのでアシェラに一声かけて野営地へと戻った。


「エル、ミノタウロス1匹を穴に入れてきたが、1/4の魔力を使った」

「1/4も……」


「ああ、この魔法は余り燃費は良く無いみたいだ」

「そうですか」


「それと穴にミノタウロスを入れてから、どうも魔力に違和感があるんだ」

「違和感?大丈夫なんですか?」


「ああ、問題無いと思う。ただ気になる事があるから瞑想状態で魔力共鳴をしないか?」

「瞑想状態で?僕は大丈夫ですが……」


オレはエルと手を繋いで瞑想状態に入る。考えてみればエルと瞑想状態での魔力共鳴は魔力操作を教えて貰った頃、以来だ。

10年近く前の事に少し感慨深い物がある。


瞑想に入ると魔力の違和感の正体は一目瞭然だった。オレの中に魔力で出来た部屋のような物があり魔力総量の1/4程の場所を占めている。

エルの魔力を隣に感じていたが瞑想を解いていく。


覚醒すると隣には苦い顔をしたエルが立っていた。まだ結論には早い。もう少し検証を進めようと思う。


「エル、魔力をくれないか?」

「はい……」


そう言いエルはオレの肩に触れてきた。


「兄さま、魔力を渡せません……」

「やっぱりか。じゃあ、ミノタウロスは出せるか?」


「やってみます」


エルは直ぐに魔力の穴を開け、魔力を注いで大きくしていく。オレがミノタウロスを入れた時と同じぐらいの大きさになった時、穴からミノタウロスが出てきた。


「エル、魔力はどれぐらい使った?」

「1/4ぐらいです」


「そうか……」


オレはミノタウロスの腕を超振動で切り落とし、エルに声をかけた。


「エル、この腕を穴に入れてくれないか?」

「分かりました」


エルは直ぐに穴を開けたかと思うとミノタウロスの腕を入れていく。


「じゃあ、この状態でまた瞑想しながら魔力共鳴をしよう」

「はい」


オレはエルの手を取り一緒に瞑想状態へと入っていった。

先程はオレの中に部屋があったが今度はエルの中に先程よりだいぶ小さい部屋がある。


調べたかった事が大体、分かったので瞑想を解いて徐々に覚醒していく。

眼の前には難しい顔をしたエルが立っている。


「エル、ミノタウロスの腕を出してみてくれ」

「はい」


エルは穴を開けミノタウロスの腕を出してくれた。

色々な事が分かったのだが自分の中でも纏めきれていないので考察を口に出してみる。


「エル、どうやら”穴”は物を入れると同じだけ魔力総量が減るみたいだ」

「そうみたいですね」


「”穴”から物を出せば魔力総量は戻るが、減った魔力は減ったまま戻らない」

「はい」


「魔力総量が減るのは”穴”に何かを入れた者だけ。もう片方には影響は無い」

「はい」


「入る物は生きている物以外は何でもいけそうな気がするが……検証が必要だな」

「そうですね」


「入れた物はオレとお前、どちらからでも出す事が出来る。只、出すには入れた時と同じだけの魔力を使う」

「そうです」


「あとは距離だが……オレは何となく距離は関係ない気がしてるんだ」

「僕もそんな気がします」


「今はどうしようもない。距離については王都に領域を作ってから、ブルーリングと王都で検証するか」

「そうですね」


穴の検証は取り敢えずは終了だ。今すぐに使える物では無いが、使い方によっては非常に有用だと思われる。

検証の終了を待っていたのだろう。母さんが話しかけてきた。


「アル、性能は横で聞いてたけど結局、どうなの?」

「そうですね。使いどころが難しいですが非常に有用かと思います」


「そう。例えばどんな使い方があるの?」

「例えばですか……オレがどこかで遭難して食料が無い時があったとします」


「ええ」

「アオに伝えて貰って穴に食料を入れて貰えれば飢えを凌ぐことができます」


「なるほど。他には?」

「他ですか。単純に倉庫として使えます」


「魔力総量が減るのに?」

「そこは魔力総量が減る量と入れる物の有用性かと思います」


「それはそうね……」

「減る量が大きさ、重量、材質、何で決まるのか戻ったら検証してみます」


母さんはそれ以上は特に何も言うつもりはなさそうだ。

オレは取り敢えずの検証にかなり魔力を使ってしまったのでナーガさんへと報告する。


「ナーガさん、今の検証で魔力を使いました。オレは残り2/3、エルは1/2しか残っていません」

「そう、満タンからそこまで減ったのね……」


「もう少し小さい物で検証するべきでした」

「ちょうど野営の時間だから問題ないわ」


それからは各自がそれぞれ野営へと戻って行く。

今日の野営はオレとエル、母さんとアシェラ、ナーガさんになった。


オレとエルの組み合わせは初めてだがお互いに先程まで寝ていたのだからしょうがない。

眠くなるまでオレとエルで見張りをするつもりなので、恐らくはナーガさんまでは回らないと思う。


皆が眠り始める時にアオが定時連絡に顔を出したが今日も”問題なし”だった。ブル-リングは今日も平和らしい。

皆を起こさない様に声は極力出さずに穴について考えてみたが、あの穴の性能ってぶっちゃけアイテムBOXの様な気がする。


かなり制限があるが可能性を感じさせる能力だ。王都に戻ったら中の時間が経過するかも調べてみたい。

領域と組み合わせて使えば、魔力の消費は無視できる。色々と夢がひろがりんぐ。




しかし、まずはアイテムBOXの前に地竜戦がある。

一番に思う事は誰が地竜と戦うかだが……エルが前に言っていたオレ、エル、アシェラ、その3人で戦うのが一番、現実的だ。


しかし母さんとナーガさんが納得するかどうか。保留にして10階層の目の前で揉めるのもモチベーション的にマズイ。

しょうがない、明日の朝食の時にでも話してみるしかないか……


小さく溜息と吐くとエルに聞こえた様で、こちらをチラ見された。

何でも無い。と小さく答えて辺りを見回してみる。


辺りには魔物の気配も無く落ち着いた物だ。

こうして迷宮の中だと言うのに、のんびりと見張りを続けていった。





アシェラに起こされ、ゆっくりと眼を開ける。


「おはよう。アシェラ」

「おはよう。アルド」


皆にも挨拶をして朝食の準備にかかり出す。

今日は地竜戦だ。少し炭水化物を多くする為に黒パンとフランクフルトのホットドッグと黒パンをもう半切れずつジャムに付けて食べてもらう。


「今日は地竜戦ですからね。炭水化物多めです」

「たんすうかぶつ?」


「何でも無いです。ホットドッグと黒パンですよ」


オレは皆に朝食を配って行き最後にジャムの入った器を置いた。


「アルが変な事言うのは、慣れちゃったから良いわ」


オレは母さんの言葉に苦笑いを返すしかできない。

朝食もそろそろ終わりの頃合いにオレは昨日の夜に考えていた事を母さんとナーガさんに話し出した。


「母様、ナーガさん、お話があります」


オレの様子を見て2人は真剣に聞いてくれるみたいだ。


「地竜戦の事です」


2人の雰囲気が一気に鋭くなる。


「申し訳ありませんが地竜にはオレ、エル、アシェラの3人で挑もうと思います……」


殺気すら出てると思うのだが2人は何も言わず黙ってオレを見ていた。


「すみません……」


オレが謝ると2人はお互いの顔を見合わせ苦笑いを浮かべ出す。


「私が戦力外とか……おかしいわよね?」

「私だってそうよ。奥の手の秘薬だってあったのに……」


「その秘薬は地竜に届きそうなの?」

「それは……無理でしょうね……」


「ハァ、しょうがないわね。”氷結の魔女”と”新緑の癒し手”は仲良くお留守番といきますか」

「ラフィーナ。その呼び名は止めて!」


母さんが肩を竦めている。

ナーガさんも二つ名があったのか……これだけ優秀なら納得だ。


「母様、ナーガさん、ここまで連れてきて貰っておいて……本当にすみません」

「アル、それ以上は私達が惨めになるから、もう止めて」


「はい。すみません……」


少し沈んだ空気にナーガさんが冗談っぽく話しかけてくれる。


「でも後世のお伽話には”エルフの癒し手”として私が出てくるかも…ね」




ナーガさんのお陰で沈んだ顔が少しだけ明るい表情になっていく。”新緑の癒し手”は皆の心を僅かではあるが確かに癒していた。





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