第155話地竜

155.地竜





オレ達は9階層の階段の前に立っていた。

目の前には10階層へと続く階段……薄暗く、まるで冥府へと続く道のように見える。


「降りてみます。待機出来る場所があれば戻ってきますが、そのまま戦闘になるかもしれません」


母さんが一瞬、悲しそうな顔をしたが、直ぐにいつもの表情へと戻った。


「分かったわ。頑張ってきなさい」

「「「はい」」」


ナーガさんに念の為にと6階層で手に入れたミスリルナイフを渡された。


「念の為にね。後、アシェラさんはこれを……」


そう言ってエルフの秘薬をアシェラの手に握らせている。


「エルフの秘薬の回復薬です。嫁入り前の顔に傷でも残ったら大変。これを飲めば1分だけ大抵の怪我は継続して治してくれるわ。それと3人に私の使える最大の付与魔法を……」


ナーガさんがかけてくれた付与魔法は物理ガード、魔法ガード、身体強化の3つだった。最大限の言葉の通り普段かけてもらってる付与よりかなり効果が高く思える。


「「「ありがとうございます」」」


ナーガさんにお礼を言い、一番防御が高いエルを先頭にオレ、アシェラの順番で階段を降りて行く。

10階層は1つの階層がそのまま広場になっていた。反対側が見えず、地平線すら見えそうだ。

実際はモヤのような物で遠くが見えないのだが、この広さがあれば戦闘に支障は無いだろう……地竜にとって。


ゆっくりと10階層に降り立つと領域が変わったかの様な感覚があった。

エルとアシェラが難しい顔をしている所を見ると二人も感じたのだろう。


「しかし広いな。地竜はどこにいるのか……」

「そうですね……」


「どうせ戦闘になるんだ。ソナーを使うぞ」

「分かりました」

「うん」


10階層が壁に囲まれた1つの広場なら、壁があるオレ達がいる場所は端になるはずだ。

中心に向かって局所ソナーを打つってみる……いた。


「中心に地竜がいた。こっちに向かってくる。母様達が降りてくるとマズイ。少し離れるぞ」

「はい。兄さま」

「分かった」


オレ達は階段から500メードほど離れて地竜を待った。

隊列は決めてあった通りエル、オレ、アシェラの順番だ。


1分程すると地響きを立てながら地竜が現れた。

いきなりのブレスを警戒したが初見殺しは無いらしい。


「エル、アシェラ、初撃のブレスは無いらしい。散開だ」

「はい」

「うん」


オレ達は空間蹴りで、すぐに散開していく。

地竜はオレ達がいた場所を走り過ぎ、壁にぶつかって停止した。


初めて見た地竜の第一印象は圧倒的。その一言だ。

生物としての格の違いを感じさせられ、自然と畏れが沸いて来る……


オレは飲まれそうな心を叱咤する為に、自分の頬を両手で叩く。

鈍い痛みに少しだけ冷静になれた。





全長は10~15メード程、全高は3……いや4メード、全体の大きさは10tトラックほどだろうか。トリケラトプスの様な見た目で2本角を生やしこちらを忌々し気に見ている。

少しばかり観察していると地竜はオレ達を地上へ落とす為にブレスを吐いてきた。


口が開いたかと思うと口の中に魔力の光が見える。恐らく相手に恐怖を与える為にわざと魔力を見せているのだろう。

口の中の魔力が臨界に達すると鉱物の弾の雨が噴き出してきた。


オレはバーニアを使って射線から逃げたがブレスの弾速は元の世界の銃弾に匹敵するほどだ。

余裕を持って回避出来る弾速では無い。


ブレスが当たらなかった為だろうか、地竜は大きな声で鳴くと今度は魔法を使ってきた。


使う魔法は当然ながらに土魔法。ブレス程の弾速は無いがそれなりに速い。

しかしバーニアを覚えたオレ達には楽に躱せる速さだ。


土魔法を使うぐらいならブレスを使えば良いはずなのに……恐らくブレスは連射が効かないのだろう。

ブレスのインターバルが分かると助かるのだが。


そろそろ地竜の動きも知れた。攻勢に移らせて貰う。


「攻撃を仕掛けるぞ。まずはソナーで敵の情報を集めてみる」


オレはそう言うと魔力武器(大剣)を出し地竜へ吶喊していく。

上空から体重を掛けて背中へと魔力武器(大剣)を突き刺す……刃先が表皮にギャリギャリと音を立てて滑っていく。


あれだけスピードと体重をかけた一撃がウロコの表面に僅かな傷を付けただけに終わった。

直ぐに空間蹴りで離脱するがソナーを打つのは忘れない……1回目


どうやら背中のウロコが一番固そうな気がする。

オレと入れ替わりにアシェラが左手に魔力を集め地竜へと向かって行くのが見えた。


オレとは違い背中では無く脇腹を狙っている。

アシェラは拙いバーニアを駆使して地竜の脇腹に取り付くと、貯めに貯めた魔法拳を炸裂させた。


地竜の体がくの字になって1メード程吹っ飛んだ。

流石の地竜も無傷とはいかない様で苦痛のためか叫び声を上げている。


魔法拳の跡を見ると僅かではあるが、ウロコが剥がれ地竜の肉が剥き出しになっていた。

オレはチャンスとばかりに魔力武器(大剣)を構え地竜へと突っ込んでいく。


悪い癖が出てしまった。まだまだ余裕があった地竜はオレへと顔を向けブレスの体勢を取る。

完全な油断。あれほど舐めプはダメだと言っていたのに……


どれ程、抑えられるかは分からないが魔力盾を展開して衝撃に備える。しかしブレスの音がするだけで一行に衝撃が来ない。

恐る恐る盾を消すとエルが盾に魔力盾を纏って地竜のブレスを防いでいた。


「スマン、エル」

「いえ」


オレは一度、距離を取り地竜を観察してみる。先ほどアシェラが与えた傷が徐々に回復していた。


「エル、アシェラ、こいつは回復持ちだ」


防御力がこれだけ高く、さらに回復するとか……

たったこれだけの間にアシェラが付けた傷は、ほぼほぼ回復されていた。


オレは一旦落ち着いて、まずは情報を得る事に専念する。

すれ違いざまにソナーを何度も打っていく。


合わせて10回程ソナー打つと大体の情報が取れた。

流石は地竜と言うしか無い。魔力はオレの10倍。膂力はエンペラーと同程度。魔法は恐らく土と回復を使う。局所ソナーに反応したのにも納得だ。


正に防御特化である。アシェラが作戦を変更して状態異常を撃ち込んでいるが毒、麻痺、睡眠、全てに耐性があるようだ。

このままではジリ貧になる……魔力の量が違いすぎる。持久戦は敗北と同義だ。


「エル、アシェラ、超振動を試してみる。これがダメなら一度9階層へ逃げるぞ」

「はい。兄さま」

「分かった」


エルとアシェラの返事を聞いてオレは魔力武器(大剣)に超振動をかけていく。

ヒィィィィィィンと聞き慣れた羽虫のような音がするとオレは地竜へと吶喊した。


狙いは首!超振動の刃を立て地竜の首へと魔力武器(大剣)を振り切る!

ギャリリリィィィと嫌な音がするが刃は確実に入っていく。オレは超振動なら地竜を倒せると確信した。


表面のウロコさえ抜ければ……あと2秒もすればウロコは斬れる……そうすればオレ達の勝ちだ!!

勝ちを確信した瞬間、魔力武器(大剣)の刃では無く、元になっている短剣の刃にヒビが……


魔力武器と地竜の競り合いに魔力武器の基になっている短剣が耐えられなかったのだ……

短剣の刃が砕け散り、同じように魔力武器の刃も砕け散っていく。その瞬間、オレの魔力は限りなく0になる。


予想外の出来事に驚く間も無く意識は暗闇へと消えていった……





周りの喧騒に意識が徐々に覚醒してくる……地竜との戦闘中だと思い出し飛び起きた。

辺りを見渡すと、どうやらここは狭い洞窟の中のようだ。


洞窟の出口には地竜がおり、此方を忌々しそうに睨んでいる。この洞窟の大きさでは地竜は入って来れないのだろう。

耳を潰されるかと思うほどの咆哮の後、地竜はブレスを吐いてきた。


エルはオレを護るように盾に魔力盾を纏ってブレスを防いでいる。

アシェラはと言うと、いつの間にかオレの鎧の右手を着けエルの後ろで魔力盾を球状に展開していた。


ブレスの一部が壁に当たり跳弾として飛んでくるのを防いでいるのだ。

それでも全ての攻撃を防ぐ事は出来なかったのだろう。エルもアシェラもぼろぼろだった。


「何で9階層に逃げなかったんだ!」

「すぐに逃げようとしたのですが、地竜が土魔法て階段を塞ぎました……すみません……閉じ込められたみたいです」


「塞がれた……」

「はい……」


「……ここは?」

「空間蹴りで逃げていたら洞窟があったので逃げ込みました」


オレを背負って塞がれた階段の土砂をどかし、逃げるのは無理だ。と判断したのだろう。

洞窟に籠もってオレが起きるまでジッと耐えてくれていたのだ。


オレを見殺せば他に方法もあっただろうに……


「二人とも……魔力はどれぐらい残ってる?」

「僕は後1割あるかどうかです……」

「ボクもそれぐらい……」


魔力があるのはオレだけ……この事実にオレは押し潰されそうな感覚を覚えた。

頭の中では”オレが地竜を倒すしかない””どうやって?””オレの持っている武器では途中で砕けてしまう”答えの出ない思考がぐるぐると回っている。


それでもエルとアシェラは、もう限界だ。地竜もそれは分かっているのだろう。洞窟を覗きながら次のブレスの準備をしている。

オレは短剣と予備のナイフを取り出して、ゆっくりと立ち上がった。


「兄さま、どうするんですか」

「超振動で地竜を倒す……」


「恐らく、武器が持ちません」

「……それでもここで、ジッとしてるよりはマシだ」


「せめて……ミスリルの武器があれば……」


オレはエルの言葉に、ふと思い出した事がある。

本来は持ってないはず……偶然に6階層で手に入れた……心配性のナーガさんに念の為と渡された……


オレは足元に転がっている自分のリュックを開けて、ゆっくりと”ミスリルナイフ”を取り出した。

エルもアシェラも存在を忘れていたようで、眼を大きく見開きながら”ミスリルナイフ”を見つめている。


オレは予備のナイフをしまい、右手にミスリルナイフ、左手に短剣を装備した。

これで倒さないとエルもアシェラも、勿論オレも全員が死ぬのだろう。


時間が経つほど有利になるのはアイツの方だ。

恐らくは回復しているだろうが、傷の1つでも残っていれば儲けもの。


オレが意を決して地竜に向かおうとすると、アシェラがオレの手に小瓶を握らせてきた。


「これは?」

「ナーガさんから貰ったエルフの秘薬。1分は回復してくれるみたい」


「そうか。ありがとう……」


オレはここぞと言う時に使う為に口の中にビンごと含む事にした。

噛み砕いて使えば切った口の中も秘薬で回復してくれるだろう、と脳筋の理論で他の事は考えない


ここを生き残らなければビンの破片がお腹の中に……なんて意味の無い事であるし、ミスリルナイフと短剣の二刀を持って秘薬を飲む余裕があるとは思えない。

だから噛み砕く。後は知らん!


「じゃあ、行ってくる」

「お任せします、兄さま……」

「アルド、頑張って……」


「ああ、任せろ!」


オレはそう叫ぶと秘薬をビンごと口に含み洞窟を抜け出していく。地竜は最後の足掻きとしか思っていないのだろう。エルやアシェラを無視してオレを追いかけてくる。

オレにとっては好都合。洞窟からなるべく地竜を引き離したい。


洞窟から500メードほど引き離すと、地竜がブレスを撃って来た。オレはバーニアで躱すがギリギリだ。

これ以上はキツイ。オレは覚悟を決め地竜へと吶喊した。


地竜はだいぶお怒りのようだ。地竜からすればオレ達なんて羽虫以下の存在なのだろう。

鬱陶しく周りを飛び回られ、生意気にも痛みを味わわされた。


はらわたが煮えくり返っているに違いない。

殺気を全身に浴びながら、オレは地竜へと真っ直ぐに空を駆ける。


狙いは首、ミスリルナイフに魔力武器(大剣)を出し、超振動をかけていく。

ヒィィィィィィン。魔力武器(大剣)が鳴くと”本当に羽虫みたいだな”と笑いが込み上げてくる。



地竜……お前はその羽虫に殺されるんだ……



もうすぐ首に届くと言う所で地竜は魔法を使ってきた。

質より量を優先したのだろう。石の礫が雨の様に飛んでくる。


オレは”避けられない”と判断し、口に含んでいた回復薬をビンごと嚙み砕き中身を飲み干した。流石に大きなビンの破片は吐き出させて貰う。

いくつかの細かい破片は飲み込んだだろうが、今はどうでも良い。


礫の雨の中、地竜の首へ全体重をかけた魔力武器(大剣:超振動)を振り下ろす。

ギャリィィィィィと嫌な音が響き渡るが、ミスリルナイフのお陰か先回の一撃よりずっと早く魔力武器(大剣:超振動)はウロコを断ち切っていく。


ここにきて初めて自分の死を想像したのだろう。

地竜の目には明確な恐怖が浮かび、嬉々としてブレスを吐いていた口からは断末魔が響き渡る。



懇願するような眼を向ける地竜を無視し、ウロコを斬った勢いのままオレは地竜の首を叩き落とした。




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