第156話魔瘴石

156.魔瘴石





地竜の首を叩き落としてから、一度だけ範囲ソナーを打った。

今のオレの魔力は2割を切っている。正直、体がだるくて気を抜けば意識を失いそうだ。


しかし、最後の仕上げがまだ残ってる。

魔瘴石。コイツを取らないと迷宮は活動を停止しない。放っておいて、また地竜が沸いたりしたら……


範囲ソナーで位置は分かった。最初に地竜が居た場所。10階層の中心へと向かう。

階層の中心に辿り着くと大きな祭壇の上に台座があり、5センド程の真っ赤な石が浮いていた。


祭壇を登り間近で見る石は血の様な赤で美しさよりも生理的な嫌悪を呼び起こす。

オレは嫌悪感に耐えながら、ゆっくりと台座に近づいた。そして……恐る恐る魔瘴石と思われる赤い石に右手を伸ばしていく……


右手が石に触れた瞬間、オレの指輪が青く光り出す。まるで指輪から出る青い光が魔瘴石を浄化するかの様に嫌悪感が徐々に消えていく……

気が付いた時には嫌悪感は消え、魔瘴石は台座の横に転がっていた。





オレは魔瘴石を拾い”穴”に放り込むとエル達がいた洞窟へと走り出す。

母さん達が気になるが今はエルとアシェラの元に一刻も早く戻りたい。


きっと母さんとナーガさんなら9階層から土砂を退かして10階層に降りてくれるはずだ。


洞窟へ到着するとエルは洞窟の奥に寝かされ、アシェラはエルを守る番人の様に洞窟の入口で立っていた。


「アシェラ、地竜は倒した」

「良かった……」


そう言ってアシェラはその場に座り込み、最後のチカラを振り絞るように囁いた。


「ごめん、アルド。少し眠る……」

「ああ、オレが見張ってるから安心して眠ってくれ」


「うん……」


アシェラをエルから少し離して寝かせる。近いとねぇ。ほら、オレが嫌って言うか……


洞窟は30メードほど奥に広がっていた。オレはエアコン魔法を使いながら洞窟の前に座りアシェラの変わりに見張りを続ける。

実はやせ我慢をしているが、オレの今の魔力は残り1割とちょっとしか無い。気を抜くと意識が跳びそうだ。


しかしエルとアシェラが起きるのに4時間はかかるはず……

オレがそれまで耐えられるか……不安はあるが石に齧りついてでも見張りを全うしてみせる!





2時間程が経ちオレの意識が朦朧としだした頃、母さんの声が聞こえた。


「アル、頑張ったわね。もう眠って良いわよ」


オレは聞きなれた母さんの声に身を任せそうになった……しかし、自分の頬を叩き……その声に反論する!


「ひょ、氷結さんがそんな優しい事を言うはずが無い……これは幻聴だ。耐えろ!オレ……」


少し怒気を含みながら、またも母さんの声が聞こえてきた。


「そ、そうなんだ……アル……今日は許してあげるから。眠りなさい。ね?」

「嘘だ!氷結さんはそんな優しくない……もっと……もっと……えげつない……はずだ……」


「…………良いから!さっさと寝ろっつってんのよ!」

「ゲフゥッ。こ、この容赦の無さは……本当に母様?」


その言葉を最後にオレはウィンドバレット(非殺傷)を腹に受け意識を手放した。





どれぐらい経ったのか……意識が覚醒すると膝枕をされていた。目の前にあるアシェラのお胸様を下から鑑賞させて頂く。だいぶ育ちましたなぁ……

感慨深げに眺めているとナーガさんが睨んできたので寝たふりは止める事にする。


「おはようございます」


まるで今、起きたかのように振る舞うとアシェラ以外の全員が、呆れた笑いを浮かべていた。


「状況を教えてください」


オレの言葉に全員が困惑の顔を見せる。


「逆に私達に状況を説明して欲しいんだけど」


考えてみれば地竜を倒した時も、魔瘴石を取った時もオレ1人しかいなかった。


「そう言えばそうでした。では最初から説明します。10階層に降りて…………」


オレはそこから10階層で起きた事を細かく説明していく。

途中、魔力枯渇でリタイアしていたので、そこの説明はエルとアシェラに任せた。





「…………と言う訳で母様の声が聞こえたと思ったらお腹に激痛が走って意識を失ったんです」

「そ、そう。お腹にね……」


若干、挙動不審の母さんを見つめていると露骨に話題を変えてくる。


「アル。そうだ。魔瘴石はどこにあるのよ。アンタの荷物漁ったけど、何処にも無かったわよ。まさか、無くしたんじゃないでしょうね」

「ああ。魔瘴石ならここに……」


オレはそう言い穴を出すと中から魔瘴石を取り出した。


「あ。なるほど。それならアルかエルにしか出せないわね」

「はい」


「魔力が減っちゃうけど、もう一度 穴に入れておきなさい」

「分かりました」


オレが穴を出して魔瘴石を入れようとするとエルが横から魔瘴石を奪って穴に入れてしまう。


「エル……」

「まだ掃討戦があります。転移罠が消えてる今、兄さまの方が魔力が要るはずですから」


「そうか……ありがとう」

「いえ」


掃討戦に移らないといけないのだが安心したら少々、お腹が減ってきた。


「ナーガさん、少しお腹が空きました」

「それはそうでしょうね。地上ではは20:00を回ってますから」


ナーガさんが懐から懐中時計を出して今の時間を教えてくれる。


「直ぐに夕飯にします」


オレは早速、夕飯に取り掛かり、残りの保存食の量を考えてみた。恐らく残りの探索日程は掃討戦と地竜の回収も合わせて5日程のはずだ。


「今日ぐらい贅沢しちゃいましょうか。ハチミツ漬けを2個出しますね」


母さん、ナーガさん、アシェラ、がキャッキャ言いながら喜んでいる。

オレはエルと顔を見合わせて苦笑いを浮かべた後、いつもより香辛料を多めに使いながら料理を作っていく。





夕食の後、少しでも9階層の掃除をしようと思ったのだが、母さんとナーガさんに止められた。

魔力枯渇で眠っていたとしても地竜戦の疲れは残っているはずだ。と言われてしまう。


確かに言われてみれば、今は無理をする場面じゃ無い。

言ってしまえば、ここからは消化試合である。安全マージンを十分に確保して行動しても罰は当たらないはずだ。


「分かりました。明日に備えて休みます」


母さんとナーガさんが笑顔で頷いている。

しかし気持ちは休むつもりではいるが、今まで寝ていたので全く眠たくない。


話合いの結果オレ、エル、アシェラ、で眠くなるまで見張りをして、そこから母さんとナーガさんに交代して貰う事に決まった。

母さん達が寝る準備に入り出した頃、指輪が光りアオが飛び出してくる。


「異常なーーーーし……」


アオがダルそうに空中で丸まりながら、いつもの報告をすると、そのまま帰ろうとしている。


「アオ、待ってくれ」

「ん?アルド、何か用かい?」


「ああ。迷宮を踏破したんだ」

「!!本当か?魔瘴石は?」


「手に入れた。これだ……」


オレは穴を出して魔瘴石を取り出した。


「……驚いた。魔瘴石だけじゃなくて空間魔法も覚えたのか……」

「ああ。転移罠を踏んで覚えたんだ。穴に入れた物はオレでもエルでも取り出せる」


「凄いな。そんな魔法は今まで見た事も聞いた事も無いよ……」

「そうなのか?」


「アルド、エルファス、君達は使徒が2人と言うだけじゃない。使う技も魔法も過去の使徒と比べても異質過ぎる」

「……」


「魔瘴石で領域を作ったら僕は一度、精霊王様に会って来るよ」

「精霊王に?」


「ああ。1週間程、出て来れないからアルドかエルファスのどちらかはブルーリングにいた方が良いかもね」

「分かった。考えておくよ」


「じゃあ、僕は戻るよ」

「ああ、ありがとう。アオ」


アオは短い前足を器用に竦めてから消えていく。

エルに魔瘴石を穴に片づけて貰い、暫くすると母さん達が欠伸をしだした。


「そろそろ眠らせて貰うわ」

「私も」

「「「おやすみなさい」」」


母さんとナーガさんは横になると驚くほど早く眠りについていく……地竜戦は何だかんだ言って半日程かかった。

9階層でオレ達を待つ間ミノタウロスの掃除や、待たされる者 特有の精神的疲労もあったのだろう。


2人に心の中でお礼を言い頭を下げておく。

母さん達が眠ったのを確認してから、起こさない様に小声でエルとアシェラに話しかけた。


「エル、アシェラ、改めて助かった。いきなり魔力枯渇で意識を失うなんて見捨てられてもおかしく無かった」

「僕達が兄さまを見捨てるなんて絶対にありえませんよ」

「うん。アルドはもっとボク達に頼っても良い」


「そうか……ありがとう」


エルとアシェラは照れくさそうに少し笑う。


「それと、少し相談があるんだ」

「何でしょう?」

「なに?」


「地竜の素材なんだが……これからもキツイ戦いがあると思うんだ」

「はい」

「うん」


「地竜の皮で全員分の装備を作らないか?」

「良いですね!」

「ボクは手甲も欲しい!」


「ああ、手甲も作って貰おう。世話になったジョー達の分も地竜の大きさなら十分に作れるはずだ」

「そうですね。ジョーさん達にはこれからもお世話になるはずですし」

「ボクは賛成」


「後は武器だな……超振動を使うなら最低でもミスリルが要るのが分かった」

「そうですね。魔力武器があるので今まで防具にしか目が行って無かったですから……」

「ボクも手甲にミスリルが入っていると、たぶん魔法拳の威力が上がると思う」


「じゃあ明日の朝、ナーガさんと母さんに話してみるか」

「はい」

「うん」


それからオレ達は迷宮全般での事、地竜の事、休みがそろそろ終わる事、ここ一連の怒涛の騒動を話しながら夜は更けていった。





次の日の朝、朝食を作りながら昨日の夜に、エルとアシェラに話した内容をナーガさん達に話してみた。


「………っと言う訳で地竜の皮でみんなの装備を作ってはどうかと思うんです」


オレの言葉に母さんとナーガさんはお互いの顔を見合わせて苦笑いを浮かべている。


「マズイですか?」

「いえ。マズくは無いけど3人は本当にそれで良いの?」


オレ達は何が問題なのか分からないが、取り敢えず頷いてみせた。


「そう。3人が良いなら私達に文句は無いわ。ジョグナ君達もきっとお礼を言うはずよ」

「お礼?ですか……」


正直、どこか話がかみ合わない。オレが何か見落としが無いか考えていると、ナーガさんが説明してくれた。


「今回の地竜ですけど3人で倒した。ここまでは良いですか?」

「はい」


「流石に迷宮主を倒したメンバーには分配で便宜を図らないと不公平になります。ここまでも良い?」

「はい……」


「問題はその割合だけど……ジョグナさん達は地竜の運搬と4階層までの魔物の掃討。私とラフィーナは9階層までの付き添いと掃討、地竜の運搬。これを考えると一般的に地竜の分配はジョグナさん3人で5分、私とラフィーナで1割5分、アルド君達3人で8割って所かしら」

「え?そんなにですか?」


「ええ。相手は地竜です。本来は掃討戦での素材の分け前だけで、地竜の分け前は0でもおかしくないぐらい」

「そうなんですか……」


「ですので地竜の皮で鎧を作って貰うのは、本来の報酬からすると貰いすぎになってしまうんです」

「なるほど……ただ、これからの事も考えて、やっぱり全員に鎧を作りたいと思います」


「分かりました。アルド君達からの気持ちって事で処理します。後は地竜討伐の名誉ですね。ドラゴンスレイヤーともなれぱ引く手あまたでしょうから……」

「そうなんですか……」


「ただ、これは一般的な話です。これをそのまま世間に公表して良いのか良く考えないと……」


ナーガさんはオレ達が目立ち過ぎると普段の生活に支障が出ないか心配してくれているのだ。

この話は母さんに頼りたい。


「一度、お父様に相談しましょ。王様へは報告する事になるとしても、一般に言うかどうかは判断が難しいわ」

「そうよね。普段の生活に支障が出かねないものね」


「ええ。どっちにしても今回の件は私とナーガが主導で討伐した事にしましょう」

「え?私?無理よ。地竜って……ドラゴンスレイヤーって事でしょう?無理無理!」


「名前だけよ。新緑の癒し手なら問題無いわ」

「なによそれ……怖がられて男の人が寄って来なくなるじゃない……」


「今でも寄って来ないじゃない。一緒よ。一緒」


ナーガさんが恐ろしい殺気を放ち始めた……これなら地竜も逃げるのでは無いだろうか……


「ご、ごめんなさい……ナーガ……少ーしだけ言い過ぎたかも……」


あの氷結さんが脂汗を垂らして謝った!


「ハァ。分かったわよ……ブルーリングで素敵な男性を紹介してよね」

「わ、分かったわ。氷結の魔女の名にかけて素敵な男性を用意するわ」


氷結さんが小声で”最悪はアルかエルに押し付ければ良いか”と恐ろしい事を呟いていた。





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