第152話続・爪牙の迷宮 part2
152.続・爪牙の迷宮 part2
朝になり皆が起き出してきた。
オレは見張りなので、改めて身支度をする事は無い。そのまま朝食を作っていく。
今朝は黒パンと干し肉、ドライ野菜のスープと魚の干物の炙りである。ジャムは好きな物を使って貰う。
干物は長期保存の為にカリカリに干してあるので最初はスープと一緒に煮込んでから取り出し軽く火に炙ってみた。
お椀も一番最初に全員に配ってあるので管理は個人に任せてある。
スープを注いで回って魚の干物の炙りを裂いて5等分して渡す。
どうやら魚の干物は微妙みたいだが、スープはかなり美味しいらしく黒パンを浸して喜んで食べている。
おかわりは自由だ。と言ったら母さん、アシェラ、ナーガさんまで急いで食べだした。
思わずエルと顔を見合わせ苦笑いを浮かべる。女性陣へスープを譲ってモチベーションのアップを図ろうと思う。
「では身支度をしましょう」
迷宮の中とは言え入る物もあれば出る物もある。オレはエルと迷宮の死角になっている場所へ移動して用を足し準備を完了した。
「さあ、行きましょうか」
ナーガさんの声に全員が頷き迷宮探索を再開していく。
今日は8階層と9階層の踏破を目指す。
虎の魔物のティグリスとミノタウロスがどの程度の強さかを早めに確かめたい。
オレの心配をよそに8階層の探索を始めると直ぐにティグリスと遭遇した。
ティグリスの見た目は想定の範囲内なのだが、問題は転移罠対策のロープだ……
動けない。
オレが悩んでいるとティグリスがエルに向かっていった。
エルは盾を上手く使いティグリスの攻撃を防いでいる。
「倒していいですか?」
エルが余裕を持って聞いてくるのをナーガさんは呆れた顔で答えた。
「えぇ。倒して頂戴」
ナーガさんの答えを貰ってからエルは、ティグリスの防御を確認するように少しずつ攻撃していく。
途中、水魔法ウォーターカッターを使ってきたが片手剣で魔法自体を切裂いていた。
オレは見ていただけで、エルは危なげなく横綱相撲でティグリスを倒してしまう。
「エル、どうだった?」
「そうですね……少し動きが速いですがそれ以外、特に変わった所は無いと思います」
「そうか。剣も通じたんだよな?」
「はい。僕の片手剣でも全力を出せば首を斬り落とせると思います」
「分かった」
オレ達の話を聞いて母さんとナーガさんが苦笑いを浮かべている。
オレはエルの戦闘を見て今日は自分の戦闘方法を諦める事にした。
左腕に魔力盾を出し、右手の短剣に魔力武器(片手剣)を出す。
軽く盾と片手剣を振り回してみる。即興だが、さっき見たティグリス程度の動きであれば十分に対応出来るはずだ。
エルはオレが盾に慣れていない事から自分と配置を変わってくれた。
今日はオレが左でエルが右だ。これで多少は盾が使い易くなる。
8階層はこの調子で危なげなく進んでいったのだが、そろそろ9階層。と言う頃合いに通路の端に転移魔法陣を発見した。
土が被って良く見ないと分からないのだが、アシェラが突然”地面が光ってる”と言い出しゆっくりと近づくと転移魔法陣を発見したと言う訳だ。
「転移魔法陣……」
「アルド君、まさか転移したいなんて言うんじゃないでしょうね?」
「いえ、今はあの時と状況が違いますから……因みに迷宮を踏破すると罠はどうなるんでしょうか?」
「殆どの罠は朽ちていくみたいね。只、転移罠だけは踏破した瞬間に効力を失うはずよ」
「そうですか……」
「……」
正直、次に転移をいつ体験出来るか分からない。出来ればこの罠を踏んでみたい……
オレが葛藤していると母さんが話し出す。
「そろそろ昼食よね?食べながら相談しましょう」
オレはその言葉に頷き転移罠から100メード程、離れた場所で昼食の準備を始めた。
今日の昼食はフランクフルトと黒パン、オヤツにドライフルーツだ。
オレがフランクフルトを茹でていると皆は黒パンに好きなジャムを塗って食べ始めている。
因みに人気はやっぱりイチゴジャムだ。きっと明日にはイチゴジャムは無くなるだろう。
「アル、どうしても転移罠を踏みたいの?」
ジャム争奪戦をしていた母さんが、いきなり話題を振って来た。
「絶対って訳じゃ無いんですが……」
母さんが食べる手を止めて真剣な顔で話してくる。
「アル、元々この迷宮探索は使徒と思われるアナタが望んだから始まったの」
「……」
「色々あって本当の使徒になったアナタが望むなら多少、面倒が増えるのは構わないのよ」
「……」
「将来、この事が原因でアナタ達が失敗でもしよう物なら世界が終わっちゃうんだから……」
「……」
「どうなの?アル」
「……」
「……」
「……もし……もし転移を覚えられれば……」
「……」
「カッコイイ戦闘が出来ます」
「…………は?」
母さんがアホの子の顔になっている。
「カッコイイ戦闘ができます!」
今度は俯いてコメカミを揉みだした。
「あー。ちょっと待って……」
「はい」
「アンタが転移罠を踏みたいのは転移を覚えられる可能性があるからよね?ここまでは良い?」
「そうです」
「で、その転移を覚える目的なんだけど……」
「はい」
「か、カッコイイからって事で良いのかしら?」
「その通りです!」
また俯いて、今度は両手で顔を覆いだした。
「ナーガ……私には理解不能みたい……変わって頂戴……」
母さんがナーガさんへ判断を任すみたいだ。
「えぇぇぇぇ。いやいや。無理よ。私にだって理解が出来ないわ。同じ使徒のエルファス君にお任せします」
今度はエルに任された……たらい回しにされてる……解せぬ。
「兄さま。僕は分かります。カッコイイ戦闘ですよね」
「ああ。絶対絶命のピンチに転移魔法で敵の後ろを取って逆転勝利を掴むんだ!」
「ボクも分かる。転移。良い!」
オレ達3人がワイワイと話してるのを母さんとナーガさんは死んだ魚の眼で見つめていた。
フランクフルトも茹で終わり全員に配って食べているとナーガさんが呆れた顔で声をかけてきた。
「エルファス君から聞いたんだけど、アルド君はカッコイ戦闘を目指して空間蹴りや短剣二刀を習得したって言うのは本当?」
「はい。本当です」
「そう……」
「……」
「分かりました。昼食が終わったら転移罠を踏んでみましょうか」
「え?良いんですか?」
「ええ。正直、カッコイイ戦闘の意味が全く分からないのだけれど今のアルド君の戦闘方法の中心にある物なのよね?」
「まぁ、そうです」
「それなら私如きが口を出す問題じゃないわ。後々、後悔したく無いから転移罠を踏みましょう」
「分かりました。何か無理を言ってすみません……」
「問題ないわ。考えてみたら後世の伝説になるかもしれない冒険譚なのよね……年甲斐もなくワクワクしてきちゃった」
「そうですか……」
オレとしては後世に名前が残るってのがピンとこないのだが……
昼食を摂り終わり休憩を取った。
いきなり地竜が目の前って事は無いと思うが可能性は0では無い。
装備を確認して何があっても大丈夫な様に準備を万全にしておく。
「良いかしら?」
全員の準備が終わったと判断してナーガさんが声をかけてくる。
「大丈夫よ」
「「「問題ありません」」」
「では、アルド君。転移罠を作動させて……」
「はい……」
オレはゆっくりと転移罠へと歩いて行く。
転移罠から1メード程まで近づくと魔法陣が光始める。てっきり魔法陣を踏まないと発動しないと思ったのだが、どうやらある程度の距離で自動的に発動するようだ。
「転移罠、発動しました」
オレの声に全員が身構える。
「エル、魔力を感じる為にオレは瞑想状態に入る。後は任せた」
「はい」
これは予めエルと話していた事だ。防御が高いエルに転移したばかりの対処を任せて、オレは瞑想状態に入る。
魔力を感じていると自分の足元に魔力の落とし穴の様な物が現れオレは穴に引きずられて行く。
引きずられたと同時に穴から排出された様な感じがある……なるほど。これが転移か……
もう、おかしな魔力を感じ無いのでゆっくりと瞑想状態を解いていった。
いきなりの怒号と戦闘音が鳴り響く。何事かとすぐに周りの状況を確認すると、大きな部屋に10匹の魔物と一緒に閉じ込められていた。
魔物は全てミノタウロス、9階層の魔物だ。
どうやら転移罠で9階層のどこか……しかも魔物の巣へと飛ばされたらしい。
「アル!応戦して!」
いつも飄々とした母さんの切羽詰まった声に事態の緊迫さを感じた。
「はい!」
この瞬間、転移罠用のロープなど付けて戦っていられない。短剣でロープを切ると空間蹴りで敵の群れへと突っ込んだ。
魔力武器(大剣)を出しバーニアを吹かす。
ミノタウロスとすれ違いざまに首を跳ねようと刃を立てて振り抜くが……押し負ける……思わず短剣を落しそうになるが魔力武器を消す事で何とか耐えた。
「固いです!」
「魔法も弾くわ!」
母さんの声に周りを見るとアシェラだけが魔法拳でミノタウロスの頭を弾けさせている。
「超振動を使います。オレに近づかないで下さい!」
それだけ言うとオレは魔力武器(大剣)を出し超振動をかけていく……実戦での6秒は果てしなく長く感じる。
ヒィィィィィィン……羽虫の様な音が聞こえた瞬間、オレはバーニアを吹かしてミノタウロスへと吶喊した。
ここからは時間との勝負。何とか魔力のあるうちに倒し切らないと……
焦る気持ちを押さえつけて一番近いミノタウロスの首を跳ねた……1匹。
バーニアと空間蹴りで過去に無い速さで宙を駆ける。
ナーガさんに向かおうとしたミノタウロスの心臓を後ろから刺し改造してもらったばかりの胸の噴射口からバーニア……2匹。
急停止して体にGがかかるが踏ん張って耐える。
固まってるミノタウロスへと突っ込んで3匹を一刀で纏めて切り裂いた……5匹
アシェラも2匹を倒したようで残りは3匹。エルが2匹を抑えているので後ろから首を跳ねさせて貰う……7匹。
残り1匹になった所でオレの魔力は底を付いた。
超振動が発動したままの魔力武器(大剣)を最後のミノタウロスへと投擲……
みるみるうちに刃が小さくなっていったがミノタウロスの眉間に刺さるまでは何とか持ったらしい……8匹。
何とかミノタウロスを倒し、安堵の息を一つ吐くと魔力枯渇で意識は闇の中へと溶けていった。
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