第151話続・爪牙の迷宮 part1

151.続・爪牙の迷宮 part1




改めて爪牙の迷宮に挑んで3日目の夜。

今は8階層に降りる階段の前で野営をしている所だ。


初日は爪牙の迷宮の4階層に降りる階段の前で野営をし、2日目は6階層に降りる階段の前、そして今日の8階層前での野営と言う訳だ。

4階層までの道のりは先回の探索で経験した通りで特に問題は無い、魔物が現れても足を止めずにオレかアシェラが掃除していく。


4階層からもスライエイブが相変わらず鬱陶しかったが今更だ。苦戦する事も無く進んで行く。

5階層のファイアリザードも評判通り雑魚だった。オレの感想を言わせて貰うとウィンドウルフに爬虫類の動きをさせて少し固くしただけだ。


正直な話、ボーグに頼まれた皮以上に興味を持てる魔物ではない。今回はナーガさんへ事前にファイアリザードの皮の採取を話しておいたので特に問題も無く採取させて貰った。


6階層はマッドベアだ。思ったよりも皮膚が厚く体への攻撃は効果が薄い。

刃が通らない程では無いのだがオレとエルは眼、耳、首、心臓、を狙い少ない労力で倒していく。


アシェラはオレ達を見て「ズルイ!バーニア……」と呟いて魔法拳でマッドベアをミンチに変えていた。

アシェラが言った様にバーニアでの圧倒的なスピードと挙動があるから急所を狙えるのは確かだ。


すぐにアシェラの鎧も用意する予定なので、後少しだけ待って欲しいと思う。

それと6階層で久しぶりに宝箱を見つけた。例によってアシェラの魔眼で罠を解除して、中を開けてみるとミスリルで出来たナイフが入っており中々のお宝をゲットできた。


しかも効果は分からないがアシェラの眼には魔力で光って見えるらしく何らかの魔法具のようだ。


「アシェラ、効果までは分からないよな?」

「うん。魔力で光ってるのが分かるだけ」


「そうか。分かった」


先回の杖の様に魔力を込めても何も起こらない。


「帰ったら商業ギルドに鑑定を依頼しましょう」


ナーガさんは短剣を布でくるみ木箱の中へと入れていく。

因みに先回の杖だがブルーリング領に忘れてきた。魔瘴石を手に入れて領域を作ったらすぐに取って来るつもりだ。


7階層のガジャは前情報通り微妙な魔物だった。2メード程の小象がドスドス歩いてくるのだが、正面からの突進を盾で止められる程チカラが弱い上に動きも遅い……

こいつが何故7階層に出るのか謎だ。


それと7階層から転移罠が出て来る。オレ達は万が一を考え全員をローブで繋げたのだが……

ハッキリ言うと無茶苦茶、邪魔だった。


特にオレやアシェラの戦い方は素早さを生かして懐に潜り込み一撃を入れる。と言う物だ。

ロープで繋げられてはウィンドバレットを撃つ固定砲台ぐらいしかやれる事が無い。


そうやって7階層は何とか踏破して8階層の入口にやってきた。

因みに野営する前に”転移の魔法陣”が無いのを全員で確認してから互いのロープを外していった。


思い思いに寛ぐ中、オレは食事の準備を始めた。持ってきた保存食の状態を見て問題無い事を何度も確認していく。保存に失敗した食材を食べて全員ダウンなんて笑えない。

保存食を持って行くに当たり、ナーガさんと事前に相談した結果、探索の食事は全てオレが作る事になった。



今日は黒パンにフランクフルトを挟んで香辛料をかけた大き目のホットドッグとデザートにハチミツ漬けの器を1つ出す。

黒パンは固いので細かく切れ目を入れておいた。


「どうぞ」


オレが5個のホットドッグを1つずつ渡すと皆が珍しそうに眺め、恐る恐る口へと運ぶ。

切れ目を入れても固い黒パンをなんとか嚙み切って食べ始めると途端に驚きの表情を浮かべた。


「美味しい!」

「何これ……美味しい」

「アルド。美味しい」

「兄さま、美味しいです」


満足してくれた様でオレはホッとしている。


「ありがとう」


全員からフランクフルトに付いて聞かれたが特に母さんからの圧力がすごかった。


「アル、地上に出ても、これ作って」

「僕は大まかな作り方だけ説明しただけで、ここまでの味にしたのは料理長です」


「じゃあ料理長に言うわ」

「待ってください」


「何よ?」

「このフランクフルトは挽肉……クズ肉を使ってるんです。屋敷で出して貰うならお爺様と父様に話を通さないと最悪、料理長が罰せられます」


「……分かったわ。ヨシュアに話してみる」

「はい」


20分程でホットドッグを食べ終えるとオレの横に置いてあるハチミツ漬けの器に視線が集中している。

ハチミツ漬けは毎日夕食の後にデザートとして出しているのだ。


眠る前に楽しみがあるので、きっと良い夢が見られるだろう。


「じゃあ今日のハチミツ漬けを開けますねぇ」


そう言ってコルク栓を抜くと……レモの実。ハチミツレモン!!大当たりだ。

オレが心の中で喜んでいると女性陣のテンションが明らかに下がった。


「アル……なんでレモの実なんて入れたのよ。酸っぱいだけで食べられ無いじゃない……」

「え?あぁ……そうですか。じゃあ母様は食べないと言う事で良いですか?」


「何よ。アルは食べるの?」

「僕は勿論、食べますよ」


「……」

「他に要らない人はいますか?」


「やっぱり食べるわ……」

「え?」


「やっぱり、食べる。アンタが作った物ならレモの実でも美味しくなりそうな気がする」


女性陣が頷いている……くぅ、独り占めしようと思ったのにーー!


初日に渡した串を使って貰い順番にハチミツレモンを食べる。

あぁ、懐かしい。昔、部活で食べたハチミツレモンだ……母ちゃんに頼んで作って貰った……


「「「「美味しい!」」」」


全員がハチミツレモンの美味さに気が付いてしまった。


「アル!何これ。甘すぎず程よく酸っぱい……美味しいんだけど!!」

「そりゃ、わざわざマズイ物を作りませんから」


「それにしても……これは……」

「早く食べないと無くなりますよ」


オレの言葉にハッとした顔をして、氷結さんはハチミツレモン争奪戦へと飛び込んでいく。

我先に食べているが所詮はレモンの輪切り、一度にそんなに沢山は取れないのだ。


オレもハチミツレモンを頂く。美味い。あー疲れが取れるようだ……

程なくハチミツレモンは無くなり皆が寂しそうに器を眺めている。


「まだハチミツレモンは2つありますから大丈夫ですよ」

「ハチミツレモン。ンがどっから来たのか知らないけど後2つもあるのね」


「そ、そうです。僕は一番好きなのがレモの実です」

「なんでレモの実ばっかりにしなかったのよ」


「そこは果物によって保存性が変わるかを見極める為ですよ。母様。あくまで保存食ですからね?」

「わ、分かってるわよ。私も保存食の重要性は理解してるわよ」


「それなら良いのですが。何か嗜好品の様になってる気がしたので……」

「そ、そんな事無いわよ。アルは失礼ね」


母さんは脂汗を流しながら顔を背けてしまった。

女性陣はそのまま物陰に隠れて濡れた手拭いで体を拭いている。


オレも気持ちが悪いので首周りと顔をお湯で濡らした手拭いを使って拭いていく。


「エル、3日目だけど風呂が恋しい……」

「兄さま。早すぎますが気持ちは分かります。月を見ながらの風呂……早く魔瘴石を取りたいですね」


「ああ、そうだな。ここだけの話、今回の探索で取れないと地竜攻略自体が厳しいって話になる」

「そうですね……」


「その場合はお前かオレのどちらかがブル-リングに帰る訳だが……」

「はい……」


「その時はオレが帰る。お前はマールと一緒に学園をちゃんと卒業してくれ」

「何故ですか?!」


「大きな声を出すな」

「あ、すみません……」


「理由はいくつかあるが……ブルーリングにはアシェラはいてもマールはいないってのが大きいな」

「……」


「それと、お前は学園に入って騎士剣術の練度が明らかに上がった。それに比べてオレが学園じゃないと覚えられ無かった技術ってのはヒールとアンチパラライズだけだ」

「……」


「ヒールもローザとアシェラの欠損を修復して後は自分で練度を上げるだけだし、回復魔法に関してはルーシェさんに弟子入りすれば事足りる」

「でも人脈作りとか……」


「エル、その作った人脈と将来、戦う可能性があるのは理解しておいてくれ……」

「そんな事……」


「オレは正直、これ以上、知り合いが増えるのが怖い……」

「……」


「お前だけに言う。恐らく独立の時には大小はあれ戦いになるはずだ。その時にコンデンスレイと領域があれば戦いは一方的な物になるだろう……」

「……」


「今のオレには王都で出会った人達を焼き払えるだけの覚悟は無い……只、思うんだ……自分の大切な物……アシェラや子供……ブルーリングの人達……それらに危険が迫ればオレはきっとコンデンスレイを撃つだろう……」

「兄さま……」


「エル、オレ達は強くならなきゃいけない!」

「……」


「オレ達、兄弟に挑むのは愚かだと全ての人が思う程に……圧倒的に強く……」

「……はい」


「それが出来て初めて、殺さないといけない人を、少しだけ減らせるはずだ……」

「は…い……」


エルにオレが思っていた事を話してみた。恐らくはそんなにズレた事は話していないはずだ。オレ達は、これから先の時間に”今”覚悟を持つ必要がある……使徒になってしまったからには持たなければならない覚悟を……


そんなオレ達の会話を聞いている影が3つあったのをオレは気付けなかった。





母さん達が戻ってきて思い思いの場所に寝場所を確保していく。


「さあ、寝ましょうか」

「「「はい」」」


今日の見張りは最初にエルとナーガさん、次にアシェラと母さん、最後がオレだ。

オレが横になると当たり前だとばかりに、アシェラがオレに腕枕を要求してきた。


「アシェラ、明日はティグリスとミノタウロスと戦う。怪我しないでくれよ……」

「うん、アルドも……」


「ああ……」


そう言ってオレはアシェラを抱きしめ、アシェラもオレの腕を抱き締めながら眠りに落ちていく。

どこかからナーガさんの歯ぎしりが聞こえたが、寝たふりをさせて貰った。





固い床で寝るのもだいぶ慣れた、オレはアシェラに起こされゆっくりと覚醒していく。


「アルド、交代。大丈夫?」

「あ、ああ。大丈夫だ」


そう言いオレは水筒の水を一口、口に含む。

水を飲んだ事で一気に覚醒した。周りを見渡すとまだ迷宮は薄暗く夜の時間の様だ。


「交代します」


オレの言葉に母さんもアシェラも微妙な顔をするだけで眠りに付こうとはしなかった。


「どうしたんですか?」

「アル、さっきのエルとの会話。悪いとは思ったけど聞かせて貰ったわ」


「……皆が聞いたのですか?」

「ええ、全員よ」


「そうですか……」

「一つ良いかしら?」


「はい……」

「アナタ達が“使徒”で色々と重い物を背負うのはある意味、仕方の無い事なのかもしれないわ」


「そうですね……」

「只ね。もう少し周りを頼っても良いのじゃないかしら?」


「周り?」

「私にだってツテはある。当然ヨシュアにだって。お父様なんてもっともっとあるはずよ」


「……」

「ナーガだってギルドの受付嬢をしているし年の功で知り合いも多いはず」


いきなり後ろから声を掛けられた。


「ラフィーナ、年の功は余分よ……」

「ナーガさん……」


「そんな声で話されちゃGランクの新人でも起きるわよ。ねぇ、エルファス君?」

「はい……」


結局、全員が起きてしまった。


「アル、エル、アナタ達だけで戦う必要なんて無いの。勿論、自分のチカラは絶えず磨かないといけないわ。只、それと同じぐらい味方を作りなさい」

「「味方……」」


「そう、特別な事は必要ない。今までと同じ事をしていけば、きっとアナタ達に味方してくれる人が増えるはずよ」

「「同じ事……」」


「まぁ、ギルドでの態度は改める必要がありそうだけどね」

「「……はい」」


「少なくても、ここにいる人間とジョグナ君達はアナタ達の味方よ」


オレはエルと一緒に周りを見渡してからジョー達を思い出す。


「「そう…ですね……」」

「それと先の事は判らないわ。今、出来る事を精一杯やりなさい。それが自分のチカラになるはずよ」


「「はい」」


流石は氷結の魔女だ。伊達にもうすぐAランクのベテランじゃない。

心の中でお礼を言いながら、ハチミツレモンをナーガさんと奪い合っていた記憶が蘇る……


少し微妙な気持ちになったが気分は楽になった。


「ありごうございます。そうですね……エルと相談したら皆さんにも相談させてください」


皆は頷いて了承の意思を示してくれる。

そこからは、まだ時間がだいぶ早いので皆には眠ってもらう。


オレは1人で野営し母さんの言葉に、胸の中が暖かくなるのを感じた。

途中、2度程マッドベアとガジャが近づいてきたので野営地からなるべく離れた場所で倒しておいた。



朝になったら8階層。恐らく明後日の朝からは地竜戦になるはずだ。

改めて気を引き締めて絶対に誰も死なせない事を誓う……この人達の誰かが死ねば恐らくはオレの心も死んでしまう。


決意を新たに地竜の討伐を誓うのだった。





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