第287話出会い part1

287.出会い part1






いきなり魔族の上位精霊が現れたかと思うと、意味の分からない事を叫ばれ、マナスポットで何処かに飛ばされてしまった。

改めて辺りを見回しても、荒野が広がるだけでここが何処なのかは全く分からない。


いまだに精霊に対して怒りが収まらないが、今は一刻も早く何処に飛ばされたのかを知らなければ。


「くそっ、落ち着け……先ずは情報だ。ここが何処か……アオと連絡が取れない以上、人を探さないと……」


先ずは情報、次に安全地帯の確保だ。もう少し日が傾けば優先順位は逆になるのだろうが……

早速、人の痕跡を探すために空間蹴りで空高くへと駆け上がっていく。


かつて無いほど上空まで駆け上がって行くと、砂塵が舞う層を抜けて視界が一気に開けた。

しかし眼下には見渡す限りの荒野が広がるだけで、街や村らしき人の営みを感じさせる物の姿は見つからない……


「ダメか……せめて休める場所の確保をしないと……」


遙か遠くを見ると、うっすらと森が見える。今の時間と太陽の位置から恐らくは南西の方向だと思うが。

人里が無い以上、休息が出来る場所の確保だけでもしないと。


それにこのまま砂塵の上から探せば、もしかして村の1つでも見つけられるかもしれない。

運良く空間蹴りの魔道具も身に付けているので、このまま森を目指して砂塵の上を駆けていく事に決めた。


空を駆けながら砂塵が舞う地上を観察していると、今まで見た事も無い狼の魔物やサソリの魔物、それにコボルトの姿がある。

反対にフォスターク王国のどこでも見られる魔物である、ウィンドウルフやゴブリン、オークなどの姿は見られ無い。


植生がガラリと変わるほどの距離……やはりかなりの距離を飛ばされたのだと気落ちしていると、前方から微かにワイバーンの姿が見えてくる。

お前はいるのか……とワイバーンの姿を見て、少し安心しながら短剣二刀を抜こうとするも、右腕が無い事を思い出した。


「左手しか無いのを忘れてた……」


誰に言うでも無く一人言を呟くと左手だけ短剣を抜き、バーニアを吹かして一気に加速していく。

バーニアの勢いのままワイバーンとすれ違う寸前、魔力武器(大剣)を発動し、そのまま切り裂いた。


ワイバーンは右の翼を切り落とされて錐揉みしながら地上に落ちていく。

オレはそれを一瞥だけして、再び森を目指して空を駆けていった。






結局、森に着いたのは夜中になってからだった。

大き目の木の枝に降りて一息つくと、リュックの中から黒パンと干し肉を取り出して、昼食兼夕食兼夜食を食べ始める。


気が張り過ぎて空腹にすら気が付かなかったのだろう、結局、黒パンを2つ干し肉を3つも食べてしまった。


「腹が減った事にも気が付けてなかったのか……自分で思ってるよりオレは焦っているんだな。先ず今日は休んで、朝になったら人の痕跡を探そう」


そう自分に言い聞かせハンモックを編み始めるが、片手では普段のようにどうしても上手くいかない。

しかし今この場で回復魔法を使い、腕を修復して魔力枯渇になるわけにもいかない訳で……しかも修復に失敗した場合は切り落とさないといけない。


誰も頼る相手がいない今、その場合は自分で自分の腕を切り落とす必要がある……ブルリと一度だけ震えると、腕の修復は後回しにする事を決めた。






ゆっくりと覚醒していく……何か獣の鳴き声のような音で起こされてしまった。


「何だ?何かいるのか?」


木の下を見るとコボルト達が群れを成して、オレがいる木も囲んでいる。どうやらコボルトは犬の頭に人の体だけあって鼻が良く、夜でも活動出来るのだろう。


オレの匂いが木の上からするので集まって来たようだ。


「ハァ、そろそろ魔石が厳しいから、本当は狩らないといけないんだけど……」


元々ミルドへ買い出しに行くだけのつもりだったので、魔石の予備など持ってきてる筈も無く……魔石の残りは空間蹴りの魔道具に入っているだけしかない。

それも昨日の昼から夜中まで使い続けたために、魔石入れの箱には魔石が1/4しか入っていないのだ。


「倒すのは良いけど、あれだけの数から魔石を取るのはちょっと……」


相変わらずオレはグロが苦手なのである。倒すのは良いが死体をギタギタのグチョグチョにして、魔石を取り出すなんて……

こんな事なら嫌がらずに冒険者ギルドで、魔物の解体の講習に出ておけば良かった。


眼下の30匹ほどのコボルトに溜息を吐いて、騒がしさから逃げるようにオレは別の木へと移動していく。

100メードほど離れた木に降り立ち、朝食に黒パンと干し肉を齧った。悪魔のメニューは相変わらず酷い味だが、この追いつめられた状況からかいつもより少しだけ美味しく感じるから不思議である。


そして、この悪魔のメニューも1日3食を食べるとして、残りの食料は4日分しか無い。闇雲に人の痕跡を探し続けるのは悪手だ。

魔石の事もある。今日は拠点となる場所を探して、出来れば魔石と食料の確保に専念しようと思う。


ふと気が付いたが、ここはフォスターク王国よりだいぶ暑い。元々のフォスターク王国の場所が分からないが、ここの方が赤道に近いのだろう。

森の植生も日本のテレビで見た亜熱帯の植物が多い気がする……本当に帰れるのだろうか……


朝の準備を終えると、オレは頭を振って再び空へ駆け出していった。






拠点を探し始めて2時間ほど経った頃、崖の中腹辺りに入口が4メードほどの洞窟を発見した。

崖にある拠点なら、飛べない魔物の脅威は圧倒的に減らす事が出来る。


早速、洞窟に入ると獣臭が鼻を突き、何かの食べかすやら骨やらが散乱していた。


「これは先客がいるなぁ」


食べかすの大きさから、先客はそれなりの大きさだろう。それこそワイバーンほどはあるに違いない。

ここが嫌な思い出しかない風竜の巣で無い事を祈りつつ奥に進んでいくと、ワイバーンの皮が落ちていた。


「アイツ等って脱皮するんだな。爬虫類なのか……トカゲなのか……」


ここがワイバーンの巣なら申し訳無いが、オレが使わせて貰おうと思う。ジャイアニズムを全開にして食べかすやら骨やらを崖の下へ捨てて行った。

結局、住めるようになるまで掃除をして、近くの水場や森の地形を調べていると何時の間にか日が傾いている……ここの主は一体いつ帰って来るのか、改めて考えていると、来るときに倒したワイバーンの姿が浮かんできた。


もしかしてここの住人はアイツだったのかもしれない……向こうからしてみれば出会うなり斬り付けてきて殺されて、しかも家まで奪われるとか……オレなら絶対に化けて出るレベルだ。

流石に不憫になって木の棒に名も無きワイバーンの墓と書いて、洞窟の一番奥に立ててやった。


これで化けて出てくるなよー。心の中でそう呟いてから黒パンと干し肉を食べ始めたのだった。






衣食住の住は何とかなったが、残りの衣と食は1人では限界がある。この温暖な気候なら葉っぱだけのアダムスタイルでも凍える事は無いはずだが……オレの人としての尊厳がヤバイ。最後の手段として頭の片隅には置いておこうと思う。

冗談は置いておいて本当に人を探さないと……強がりを言えるうちに、帰れる希望だけでも掴みたい。


その日から狩りで食料の確保と魔石の補充をする日と、人の痕跡を探す日を交互に繰り返した。

そして飛ばされて10日が経った頃の事。


拠点の近くは探し尽くした気がする……この辺りに人の手が入っている様子は無かった。

そろそろ拠点を移動するのが良いと思うが、どちらに行けば良いのか……そもそも本当に人はいるのか?


オレは学校でも家でも人、エルフ、ドワーフ、獣族、魔族が1つずつ国を持っていると教えられただけで、それ以外に国があるなんて話は聞いた事が無い。

もしかして本当にそれ以外に人が住んでいないとしたら……そしてオレが飛ばされた土地がそのどことも遠く離れているとしたら……


背中に冷たい物が走り、涙が込み上げてきそうになる。


「まだだ。絶望するのは全てをやりきってからで良い。まだ10日だ。大丈夫。きっと上手く行く」


自分に言い聞かせるように声を出し、オレはワイバーンから奪った拠点を後にした。






森の恵みはオレ1人ぐらい余裕で養えるほどの実りがあった。

スイカやバナナのような果物から、ウサギや魚、慣れてくればソナーを使い1時間もあれば1日の食料は簡単に確保できる。


住む場所もワイバーンの住処以降は木の上で眠る事にした。

これはワイバーンが可哀そうだったわけでは無く、2~3日捜索すれば直ぐにその土地を離れるのに、掃除やら何やらの手間が勿体なくなったからだ。


「オレ、だんだん野生化してないか……野生の使徒が現れた!なんてな」


くだらない独り言でも言わないと、気が狂いそうだった。もう10日以上、誰とも会話をしていない……黙り込むとアシェラやオリビア、ライラの顔がチラついてくる。


「絶対に帰る!絶対にだ!」


嫁達の顔がチラつくたびに、大きな声で決意を叫んで何とか精神を保っていた。

そんな生活が更に10日、飛ばされて20日が過ぎる頃に事態は急変する事になる。


その日も空間蹴りで森の上空から人の痕跡を探していた時、コボルトの群れが何かを追いかけているのを見つけたのだ。


「何だ?アイツ等何でも食うからな。また集団で狼の魔物でも追いかけてるのか?」


何気にコボルトの追いかけている物を見ると、何と人が追いかけられているではないか。

人数は全部で4人、2人がレザーアーマーを着こみ、1人は弓使いなのか布の服を着ている。最後の1人は魔法使いらしくローブを着ていた。


弓使いは怪我をしているらしく片手を下げ服には赤い染みが大きく広がっている。

魔法使いが弓使いを抱えて逃げている中、レザーアーマーの戦士2人は下がりながらもコボルトを防いでいた。


あれでは直に全滅する!コボルトは犬の鼻を持っている……空から見ると、血の匂いに引き寄せられて集まりつつあるのが良く分かった。


「ここは助けて恩を売るべきだ!コボルトども、オレのために死んでくれ!」


約1ヶ月ぶりに人を見た感動で、思わずゲスい事を口走りながらコボルトへ吶喊していく。

両手に魔力盾を出すと、リアクティブアーマーを起動した。


バーニアを吹かし、そのままの勢いでコボルトの群れの最後尾に突っ込んだ!

先ずは右!リアクティブアーマーが発動してコボルトの1/3が吹き飛んでいく……


更にバーニアを吹かし、次は左のリアクティブアーマーを発動する。

2度の爆発でコボルトの群れの2/3を戦闘不能に追い込むことに成功した。


「大丈夫ですか?」

「あqwせdrftgyh」


これは獣人語だ。良く見るとレザーアーマーの2人は獣人族と魔族の女性だと気が付いた。改めて獣人語で話しかけてみる。


「大丈夫ですか?」

「お前は誰だ?人族って事はファーレーンのヤツ等か?」

「まぁ、待て。今はそんな事よりコボルトを片付ける方が先だ」


「分かりました。助太刀します」


そう言い終わると、オレはコボルトの群れの中へ飛び込んで蹂躙劇を始める。

先ずは一番近い敵の首を薙いでからソナーを打ち込んだ……膂力は成人男性と同じくらい、魔力はほぼ無し、犬だけあって嗅覚が発達しており、追跡型のハンターのようだ。恐らくは群れで行動して獲物を追い詰めるのだろう。


今回は運が悪かったな。ゴブリンに嗅覚が発達した程度の魔物であり、片手とは言えオレの敵には成り得ない。

群れの中をスルスルとすり抜け首を薙ぎ、頭を突き、胸を抉っていく。


残り10匹もいなかったコボルト達は、ほんの数分もすると全てが息絶えて物言わぬ躯となっていた。


「もう大丈夫です。これだけコボルトの血の匂いがすればコイツ等は暫く寄り付かないはずです」


ここ1か月でコボルトの習性は何度も見ている。コイツ等は仲間の血の匂いがする場所には寄り付かない。


「そんな事は知っている……そんな事より何だお前は……これだけのコボルトを隻腕で蹂躙するだと……」

「僕は道に迷っただけなんです。怪しい者ではありませんので、どうか落ち着いてください」


「お前が怪しくないだと、ふざけるな!人族の子供がこんな場所に1人でいて、更に隻腕で30匹近くのコボルトを蹂躙するお前の何処が怪しくないって言うんだ!」

「そう言われましても……」


獣族の女戦士と話していると後ろから魔法使いの声が響く。


「ダメだ!リースの血は止まったが意識が戻らない……くそっ!」


全員の目が血に染まった服を着た弓使いへと注がれたのであった。





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