第286話グリム

286.グリム






アルドがグリムに飛ばされた次の日。

領主館のリビングに姐さん、エルファス、アシェラ達やクララ、ルイス達までいる中でエルファスから呼び出された。


「アオ、朝から呼び出して悪いんだけど、もう少し色々と教えてもらっても良いかしら?」

「事ここに至っては、僕に分かる事なら何でも話すよ」


「そもそも何でアルが上位精霊に危害を加えられたのか、そこから教えて頂戴」

「僕も完全に分かる訳では無いけど推測なら……」


「それで良いわ。お願い」

「うん。先ずグリム、アルドを飛ばした精霊の名はグリム、魔族の精霊だ。アイツは恐らく自分の使徒に対して愛情と罪悪感を持っていた。数百年も前にマナストリームに散った使徒の魂を未だに探すほどに……」


「数百年も前の魂……そんな事が可能なの?」


僕はユックリと首を振って答える。


「そんな事はあり得ない。きっとグリムも分かっていた筈なんだ。でも探さずにはいられなかったんだと思う……」

「精霊が使徒を……そんな事があるのね……」


「それじゃあ、先ずグリムが使徒の精霊になる時の話をしよう。魔族は人族、エルフ族、ドワーフ族、獣族の次、5番目の種族だ。過去の種族は元になる人族以外はそれぞれ特化した才能があった。エルフ族は魔法に特化した種族で、魔力量は全種族の中で1番多い反面、身体能力は一番低い。獣族はその反対、身体能力は一番高い反面、魔法の適正は一番低いんだ。アルドの友達のネロは獣族の中ではトップクラスに魔力が多い筈だよ。そしてドワーフ族だけど担当する精霊と同じでちょっと特殊な種族なんだ。ドワーフの適正はズバリ物作りだよ。手先の器用さとチカラの強さに、視覚、聴覚、触覚の鋭さと、物を作る事に特化している。苦手な物はそれ以外、敏捷が低く魔法は苦手だね」

「なるほど……そうすると人族は平均って所かしらね」


「そうだね。人族の可能性の先が他種族なんだ。人を大きく逸脱したらそれはもう人に連なる者では無いよ。でもね、グリムはそれを目指したんだ」

「人以上の人を目指す?」


「うん。身体能力、魔力量、その他全ての能力を人族以上にしようとね。そしてそれは叶ったんだ、重い代償の代わりに」

「重い代償って何?確かに魔族は人族より全ての能力が高いと言われてるけど……」


「それを説明する前に少し良いかな?アルドやエルファス、過去の使徒も皆、男性だったんだ。何故だか分かる?」

「そりゃ、子孫を残すためでしょ?女性が使徒ならマナスポットの解放って仕事もあるし、多くても6人……いや5人が限界じゃない?」


「その通りだ。ただね、魔族の使徒だけは違った。女性だったんだよ……名前はティリス。僕は実際に見た事は無いけれど、美しい女性だったそうだよ」

「女性が使徒?使徒って事はマナスポットを解放して建国までしたんでしょ?そこに子育てなんて……」


「そもそも何故女性が使徒なのか……それは子供が母体の中にいる間、精霊が加護を与え続ける事が出来るから……10か月の間、ゆっくりと加護を与え続ける事で、人でありながら人を越えた種族を作ろうとしたんだ」

「人を越えた種族……」


「しかし理想と現実は違う。ティリスは主を倒す旅の傍らで、行きずりの男と関係を持ち子を成そうとしたんだ。それはそうだろう、農家の娘がいくら自分が使徒だと叫んでも誰も耳を貸そうとなんてしない。しかもティリスは女性だ。過去の使徒は全て男性であり、エルフやドワーフ、獣族からも疑念の目で見られ続けた」

「壮絶な人生ね……私ならとっくに投げ出してるわ」


「普通は折れるはずなんだ。ただティリスはひたむきだった。そして紆余曲折の末、元気な2人の男児を生み育て終えると、その後の生涯を主の討伐に捧げたんだ」

「ちょっと待って、建国は?しかも子供は2人だけなの?」


「建国はその2人の子が成したんだよ。ティリスは子が成人すると精力的に主を討伐し、その中でも大きなマナスポットがある場所に国を作るよう2人の子供に告げたんだ」

「子供が建国を……」


「どの種族も程度の差はあれ、似た所はあるよ。個人で完全な国を新たに作るなんて本来は出来る訳が無い。アルドやエルファスはその点でも異質なんだ……話を戻すよ」

「……ええ、お願い」


「どの種族も似たような物とは言ったけど、魔族は2人しかいない。他種族の場合は男性が使徒だったから右肩上がりに種族は増えていった。年老いても子を成すだけなら可能だしね」

「それはそうね……改めて、女性の使徒……煉獄のような人生ね。ぞっとするわ」


「そして大きなマナスポットの下、魔族の人口も徐々にではあるが増えていった。でもマナスポットに無理をさせすぎたんだろう。人口が少ない事で充分に土地を活用できない。しかし種族全員を飢えさせないように土地へ祝福を与え続けた……そして最後は当然のようにマナスポットの崩壊だ。今の魔族の住む土地は、本来マナスポットの祝福を受けた豊かな場所だったんだよ」

「崩壊……アオ!アンタ、ブルーリングの土地にも祝福を与えてるわよね?まさか……」


「心外だ、姐さん!僕はマナの精霊だよ?マナの扱いでは精霊王様の次に上手いんだ。僕の祝福はマナの余剰分だけで、マナスポットには一切の負荷をかけていない!」

「そうなの?まぁ、そこまで言うなら信じるけど……」


「うーんと、どこまで話したっけ……マナスポットの崩壊だったね。そのマナスポットの崩壊の直後にティリスはひっそりと息を引き取った。「グリム、選ばれなければ私は普通の人族の娘だったわ……」とだけ言い残して……グリムはその言葉の意味を図り兼ねていた。ティリスの人生は決して幸せだったとは思わない。ただ僅かではあるが確かに楽しい時間もあったんだ。グリムはティリスに会いたいだけじゃなく、その言葉の続きを聞くためにも、ティリスの魂の欠片を探し続けたんだ」

「……」


「グリムはずっと感じてたんだと思う。ティリスの苦難は全て“人以上を望んだ自分のエゴ”からきてるのだと。そしてティリスの死後も魔族の人口は伸び悩んだ。後に分かった事だけど、全ての能力が高いからか、魔族は種として致命的な欠陥があったんだ。それは繁殖能力が低い事……これは魔族同士であれば更に顕著に表れ、魔族同士の婚姻であれば子が2人出来れば僥倖、4人も出来れば奇跡とまで言われるほどなんだよ」


全員の視線が魔族の女性リーザスに向くが、本人の頭には?が浮かんでいる……


「今思えばグリムはティリスに謝りたかったのかもしれないね。そうしてマナストリームを彷徨いながらグリムは少しずつ壊れていったんだと思う。そして今回のアルドの偉業……きっとグリムの中では、苦しみ抜いたティリスが一番の使徒では無いのが、許せなかったんだろう」

「ちょっと待って。確かにそのティリスって使徒には同情するわ。でもそんな勝手な理由でアルの右腕を切り落として、世界の何処かに飛ばしたって言うの?そんなの絶対に許せる訳が無いわ!」


「うん、姐さんの言うとおりだよ。ただグリムはもういないんだ。精霊王様の分体であるのに使徒を傷付けたから……もうその存在を維持出来なくなって消えてしまった。今頃、新しいグリムが生まれているだろうけど、それはもう別の存在だよ」

「待って、それじゃ私達やアルはやり返す事も出来ないの?」


「……うん、そうなるね。あの時のグリムはもういないんだ……新しいグリムに文句を言っても意味は無い」

「何よそれ……好き勝手やって最後は死んで逃げるって言うの? 冗談じゃないわ、ふざけないで!!」


姐さんが怒る気持ちは痛いほど分かる……僕も同じ気持ちだから。

そんな中、ライラを見ると僕の話は上の空で、左手の指輪の赤い光を縋るように見つめている。


アルドが飛ばされて、もう少しで丸1日が経つ。

この様子だといきなり窮地になるような場所に飛ばされた訳では無さそうだ。


少しだけ安心してから、再び姐さんに話しかけた。


「姐さん、アルドが飛ばされてそろそろ1日が経つ。恐らくだけど、直ぐに命の危険がある訳じゃ無さそうだ」

「そうね……」


「おおよその話だけど、アルドが飛ばされたのが、このウーヌス大陸なら帰ってくるのに、きっと半年から2年はかかると思う。ドゥオ大陸ならもっと……恐らくだけど、3年から長ければ10年……」

「上位精霊様はトーラス大陸なら帰って来られないって言いたそうね」


「……」

「ハァ……帰ってくるのに早くて半年、遅くて10年。そして帰って来られる確率はとても低い……アオが言いたい事は分かったわ」


「誤解しないでほしい。それでも僕にはアルドが絶対に帰ってくるような気がするんだ」

「それはアナタの能力である予知のチカラって事?」


姐さんの言葉に僕はゆっくりと首を振った。


「僕の予知はマナが動く物にしか働かない。これは純粋に僕の勘だ……」

「そう……」


そう言うと姐さんは全員を見回してから口を開いた。


「それじゃあ、皆、そろそろ解散にしましょうか。今は気持ちの整理が出来ないかもしれないけど、アオの言うように私達に出来る事、やるべき事をやりましょう」


皆が席を立って出ていく中、姐さんはアシェラ達の下へと歩いていく。


「3人共、聞いたと思うけど、これからの時間は長く辛い物になるわ。いっそアルを忘れて生きていく選択をしても私は何も言わないし、誰にも文句を言わせない。よく考えてみてほしいの……」

「お師匠!何でそんな事言うの?アルドは帰ってくる!」


「アシェラ、私はアルも大切だけど、アルが愛したアナタ達も同じぐらいに大切なの。実際、待ち続けるだけの生活は想像するよりもずっと辛い筈よ。私はアナタ達がそんな生活で壊れてしまわないか、それが心配なの……」

「……お師匠はなんでそんなに冷静なの……ボクには分からない」


「私もアルは心配よ……それこそ今から闇雲に探しに飛び出したいくらいに……でもアオに見せて貰った世界は私1人が探した程度でどうにか出来る物じゃなかった……それなら私は出来る事をする。それでもアルが命を落とすような事があれば、その時にこそ泣いて、悲しんで、暴れてやるわ。今からアルの死を想像なんてしてやらない!私はまず今を全力で生きるわ」


姐さんはアシェラからオリビアへと向き直って、話しかけた。


「オリビアも考えておいて」

「お義母様、お気持ちは分かりました。でも私はアルドの妻です。アルドが……し、死んだとしてもそれは変わりません!」


「そう……ありがとう」


そして姐さんはライラへと向き直った。


「ライラも……」

「私はアルド君が死んだら私も死ぬ。アルド君のいない人生なんて要らない……」


「ハァ……」


大きな溜息が響く……


「取り敢えず、グリムって精霊が壊した家が修るまでは、この領主館に住んでもらうしか無いわ。皆、それて良いわね?」


3人は渋々ながら頷いたのであった。





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