第332話ダカートの風 part2

332.ダカートの風 part2






夜が明けそれぞれが支度を終えると、狂虫の迷宮へ入っていく。

メンバーはオレ、カズイ、ラヴィ、メロウに加え、ダカートの風の戦士パーガスとザザイ、斥候のソーイ、魔法使いのウィズの計8人である。


「オレの5メード後ろを付いて来てくれ」


そう言って斥候のゾーイは、先頭を独特な歩法で進んでいく。

どうやら音を立てず、更に瞬時に動けるように、片足へ完全に体重をかける事なく歩いているようだ。


「罠への対策ですか?」

「そうだ。この歩き方なら落とし穴に落ちる事はないし、ガス系の罠も瞬時に動いて躱せるからな」


「なるほど。凄いですね」


オレの言葉を受け、ソーイはチラリとコチラを見てから話し出した。


「その短剣……お前は斥候じゃないのか?」

「あ、短剣は持ってるんですが僕は斥候じゃないんですよ」


「そういえば魔法を使っていたな。そっちが本職か……斥候がいないと無駄な戦闘が格段に増える。なるべく早く、腕の良い斥候をパーティに入れると良い。効率が上がって事故が減る」

「ソーイさんみたいな腕利きの斥候ですよね。誰かいると良いんですけど」


「おいおい、オレ達の目の前でさり気なくソーイを引き抜こうとするんじゃない」

「そんなつもりは無いんですが……」

「パーガスは誰も声をかけてくれないから、拗ねてるのよ。気にしないで」


「おい、オレだって声ぐらいかかるんだぞ!この前だって…………」


パーガスが話している途中で、ソーイが『警戒』のハンドサインを出した。

直前までの緩い空気が一瞬で張り詰め、全員が戦闘態勢に入る。


更にソーイはハンドサインを出していく……敵の数は3。距離は20メードほど。

全ての情報を伝え終わると、ソーイはパーティの一番後ろへ下がり周囲の警戒へと移っていった。


「じゃあ、先輩の格好いい所を見せてやるとするか」


そう言いながらパーガスとゾゾイが前に出て、ウィズがその後ろへと付いていく。

直ぐに前方に影が現れ、徐々に輪郭がハッキリと見えてくる。聞いていた通りマンティスだ……


3匹のマンティスが迫る中、ウィズは詠唱を唱え始め、パーガスとゾゾイはマンティスの動きを盾で抑え込んでいる。

直ぐに詠唱は完了し、ウィズの声が響いた。


「撃つわよ、下がって!」


パーガスとゾゾイは測ったように同時に跳びのき、ウィズからマンティスまで綺麗に射線が通る。


「ストーンキャノン!」


3つの岩の塊が何も無い空間から沸き出すと、岩はそれぞれのマンティスの頭めがけ、真っ直ぐに飛んで行く。

グチャッ……迷宮の中には酷く有機的な音が響き、マンティスの頭はその大半が吹き飛ばされていたのだった。






狂虫の迷宮も順調に1階層を越え、今は2階層に降りた所である。

ここまでの道中は、即席の混合パーティだとかえって危ないと言う事で、パーティ単位で交代して進んで来た。


そして戦利品の運搬だが、ダカートの風は全員がリュックを背負い人力車は無し。

オレ達はと言うと、ラヴィとメロウが前衛でカズイが後衛、そして何故かオレが人力車の上に人力車を積んで、ただ一人の荷物持ちとなっている。


何故オレが荷物持ちなのか……それはラヴィとメロウが強硬に前衛を主張したからに他ならない。

2人はダカートの風に……いや、パーガス個人に対抗心を燃やしており、ヤツ以上の活躍をすると言って聞かないのだ。


オレも実力を見せびらかして、面倒に巻き込まれたくもないので、しょうがなく荷物持ちに甘んじている。


そんな2人とは対照的に、カズイは今回 詠唱魔法使いと始めて腰を据えて話をしたそうだ。

それに同じ魔法使いと言う事で気にもなったのだろう。珍しく自分からウィズに話しかけていた。


「ウィズさんの魔法の威力は凄いですね」

「ありがと。ダガート村にね、凄腕の魔法使いが住んでたのよ。私はその人の最後の弟子なの」

「ギギ婆さんか……元気にしてるかねぇ」

「あの婆さんが寝込む姿が想像出来ねぇよ」

「違いない」


同郷だけあって4人共、全員がウィズの師匠と面識があるようだ。


「カズイ君は無詠唱派よね。私も練習してるんだけど、中々難しいわ……詠唱無しで魔力を動かすのが、どうも苦手なのよねぇ」

「ああ、その感覚分かります。逆ですが、僕も詠唱して魔力が動き出すと、上手く扱えなくなっちゃうんです……」


「詠唱派も無詠唱派も一長一短って事か……でもなぁ、軍なら魔力の共振があるから兎も角、やっぱり冒険者は無詠唱の方が融通が利くのよね。そこのアルド君だっけ? パーガスの剣を吹き飛ばした風魔法も、瞬時に出してたじゃない? 詠唱魔法には絶対に無理な芸当よ?」

「あー、あれですか……アルドは特別って言うか……僕もあんなに早く魔法は撃てませんよ」


カズイ達の魔法談義が、オレに飛び火しそうな気配を感じたので話を逸らさせて貰った。


「そう言えば、この狂虫の迷宮に出る魔物は、1階がマンティス、2階がマンティスとレッドクロウラー、3階がレッドクロウラーとマッドビーで良かったんですよね?」

「そうだ。レッドクロウラーは糸を吐かれると鬱陶しいが、動きも遅いし防御も弱い。まぁ、雑魚だな」


それからも特に問題も無く、ダカートの風に案内してもらう格好で、昼食の前には3階層にやってくる事が出来たのだった。


「よし、お前達ならここでも問題なく狩りが出来るだろう。ここからは分かれて狩るとするか」

「私達の方が沢山狩ってやる!」「絶対に負けないぞ」


何故かラヴィとメロウはパーガスに闘志を剥き出しである。

そんな2人を見てパーガスは、肩を竦めながら口を開いた。


「じゃあ、勝負するか? 制限時間までにどっちのパーティが多く狩れるか。負けた方は夕飯の支度をするってのはどうだ?」

「乗った。こき使ってやる」「私の舌は肥えてるからな。上手い物を作らないと許さないぞ」


本当にこいつらは……パーガスは突っかかって来る2人を面白がっており、遊ばれてる事が分かるらしく2人は更に突っかかると言う構図だ。


「じゃあ、4時にここに集合だ。危なくなったら呼びに来い。いつでも助けてやるよ」

「言ってろ!そっちこそピンチになったら呼ぶと良い!」「絶対に勝つ!」


こうして4時までの間、ハチ狩り勝負となってしまった。

相変わらずオレは、パーティの一番後ろで人力車を引いてカズイ達に付いて行く……


マッドビーは聞いていた通り、魔法使いがいれば雑魚同然であった。

カズイがウィンドバレットを撃っても、自分に当たる瞬間まで気が付く様子は無い。


羽を落とされた後はラヴィとメロウがトドメを差して、作業のように体の中から毒腺と魔石を取り出していく。

カズイにウィンドバレットを教えて2年。最初から比べると随分上手く扱えるようになっている。


「カズイさん、ウィンドバレットだいぶ上手になりましたね」

「そうかな? まだ2個しか待機状態に出来ないし、アルドみたいに細かな制御は出来ないんだけど」


「そこは修行あるのみですよ。僕も毎日 魔力操作の修行はしてますし、そう簡単に追いつかれるつもりはありませんから」

「アルドも修行し続けてるんじゃ、全然 差が埋まる気がしないなぁ」


カズイはこう言って苦笑いを浮かべているが、魔法使いとしての実力はウィズにも負けてないと思うのは、オレの気のせいなのだろうか?

それからも順調にマッドビーを狩って行き、キャンプ地に戻る頃には1台の人力車に毒腺と魔石をそれなりの数 溜める事が出来た。


「そろそろ時間ですね。戻りましょうか?」

「もうそんな時間か。アルド、魔石と毒腺は幾つになった?」


「しっかりとは数えて無いですけど、たぶん30個ぐらいだと思いますよ」

「30か……アイツに勝てるか?」


「それは分からないですけど、時間までに戻らないと不戦敗で負けちゃいますね」

「むぅ。分かった……」


不服そうな顔のラヴィと、お腹が空いてきたらしくどうでも良くなっているメロウが、酷く対照的だった。






オレ達がキャンプ地に戻ると、ダカートの風のメンバーは既に野営の準備を始め、夕食の準備を始めていた。


「おう、どうだった? しっかり狩れたか?」


パーガスは朝のように揶揄って来るかと思いきや、ごく自然に話かけてくる。


「しっかり数えて無いですが、恐らく30匹ぐらいだと思います」

「30匹か、大量じゃねぇか。なら毒腺は直ぐにそこの氷室の中に入れておけよ。冷やしておいた方が高く買い取ってもらえるからな」


「はい。因みにパーガスさん達はどれぐらい狩ったんですか?」

「ん? オレ達は10匹って所か」


「10匹ですか? あれから狩って?」

「あー、まぁ、オレ達はだいぶ前から野営の準備をしてたからな」


「野営の準備? 何で?」

「ウィズにこの氷室を作ってもらってたんだよ。流石のアイツでも、この大きさの氷室は魔力枯渇に成っちまったからな。それからはお留守番ってわけだ」


「え? そうだったんですか?」

「まぁ、のんびりさせてもらったと思えば悪くはなかったぜ」


そんなオレとパーガスの会話にラヴィが口を挟んでくる。


「お前、わざと負けたのか?」

「そんなつもりはねぇよ。勝負はお前達の勝ちだ。だから見ろ。しっかり夕飯の準備をしてるだろ?」


夕飯はスープに黒パン、キャベツの酢漬けと野営の定番メニューだ。

最初は微妙な顔をしていたメロウだったが、お腹が減っていたのか文句を言うのは止めたらしい。


「まぁ、良いだろう。その代わり、私は沢山食べるからな!これで量が少ないとか許さないぞ!」


パーガスは肩を竦めてメロウの言葉を軽く流している。

この状況に納得いかないのはラヴィだ。尚も額に青筋を立ててパーガスに詰め寄って行く。


「お前!私を舐めているだろう? もう一度、私と戦え!」

「は? オレは夕飯を作ってるんだよ。見て分からねぇのか? ここで模擬戦とか、埃が立つだろうが」


「手を抜いて勝ちを貰っても嬉しくない!今度こそ叩きのめしてやる!」

「知らねぇよ、んなこたぁ。勝負はお前の勝ちで、オレは約束通り料理を作ってる。それで良いだろ? 何が不満だ」


パーガスの飄々とした態度に、ラヴィの怒りは有頂天である……


「ラヴィ、もう止めておきなよ。流石にこれ以上はラヴィが悪くなるよ」

「くぅぅぅ……ムキーー!」


カズイが諫めるとラヴィは顔を真っ赤にして迷宮に奥に走って行ってしまった。

直ぐにメロウが追って行ったので問題無いと思うが……しかし、リアルで”ムキーー”とか言う人いるんだ……


くだらない事を考えているとメロウがラヴィを連れて戻って来る。可愛がってくれているのは分かるが、パーガスには少し注意をした方が良いかもしれない。

そう思い立ち上がった所で、小さな石がパーガスの腹に向かって真っ直ぐに飛んでいく。


「グハッ……な、何を……す……るんだ……ウィ……ズ……」

「黙って見てればちょっと調子に乗り過ぎよ。こんな可愛い子達にイジワルして……ねぇ?」


パーガスはいつの間にか起きていたウィズに、威力を落としたストーンキャノンを撃ち込まれていた。

こうなると既に勝敗は決してている……女性3人から詰められ、哀れパーガスは正座で夕飯をつくらされたのであった。




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