第333話交流会 part1
333.交流会 part1
迷宮でのマッドビー狩りを無事に終わらせてカナリスに戻ると、驚いた事に毒腺と魔石の報酬は金貨が数枚になる金額であった。
これはダカートの風の恩恵が大きく、氷室による鮮度の確保から始まり、狩場が他のパーティと被らないように陰で交渉をしてくれていたらしい。
どうりで午前中に狩りを切り上げたり、率先してサポートに回ったりしてくれたはずだ。
最初からカナリスでは新人である、オレ達の面倒を見てくれるつもりだったのだろう。
恐らくオレ達の実力が足りない場合は、適当な理由をつけて3階層でも一緒に狩りをしてくれたに違いない。本当に頭が下がる思いである。
それからもなんだかんだと交流会の始まるまではダカートの風に頼らせてもらい、何とか野宿生活は回避する事が出来た。
面倒を見てくれた彼らには、感謝してもしたり無いくらいだ。
そんなダカートの風だが、残念な事に交流会が始まるまでは、周りの声がウルサイらしくギリギリまでマッドビー狩りを続けるのだとか。
但し今回の交流会にはラヴィが出場するので、当日には応援に来てくれるそうだ。
結局、最後までパーガスが揶揄ってラヴィとメロウが突っかかるのは変わらなかったが、ラヴィ達も慣れてきた事からウィズ達も途中からは何も言わなくなった。
どうもパーガスには村にラヴィと同じ歳の妹を残してきたらしい。懐かしくてつい必要以上にからんでしまうのだとか。
こうして一時は野宿も覚悟したのだが、路銀も日本円で30万円ほどの余裕ができ、後は3日後に迫った交流会が終われば、グレートフェンリルへ旅立とうかと思っている。
「アルド、もう路銀は大丈夫なんだよね?」
「そうですね。これだけあればグレートフェンリルまでは足りるはずです」
「そっか。でも今回みたいにギリギリってことは無い?」
「そこは大丈夫だと思います。グレートフェンリルで両替をすれば2週間は宿に泊まれると思いますよ」
「それなら安心だね」
「はい」
カズイと呑気に話していたオレは、一つ重大な事を忘れていた。
ティリシアからグレートフェンリルに向かうと言う事は、当然ながら国境を越える必要がある。
その際には身分証の提示と、通行税を払う必要があるのだ。
身分証は、今回作ったティリシアの冒険者カードで問題は無いのだが、通行税は一体 幾らかかるのか……
本来はその金額も考慮して考える必要があるのだが、この時のオレは通行税の存在を綺麗さっぱり忘れていたのだった。
こうして大事な事をすっかり忘れて、旅の計画を一生懸命に練っていったのである。
順調に日々を過ごし、いよいよ交流会の当日がやって来た。
ラヴィは数日前から体調を調整しており、コンディションは最高である。
「私は先鋒で1番目らしい」
交流会は5対5の勝ち抜き戦で行われ、弱い者から順番に戦っていくのだそうだ。
この辺りはあくまでお祭りの出し物なので、変に順番を弄ると観客から文句が出るのだとか。
実際の実力はCの上位相当でも、ラヴィのランクはGである。先鋒に回されるのはしょうがない事なのだろう。
「副将と大将はAランクの人ですか」
「ああ。因みにヨコザは中堅で次鋒はぺーって名前の斧使いだ」
ぺーか……頭にショッキングピンクがよぎったが、これ以上はマズイ。
「ザージバル側も同じような感じなんですか?」
「どうもカナリスは舐められてるみたいでな。今年はAランクが出ないそうだ。代わりに全員がBランクだそうだ」
「それだと全体のレベルは吊り合ってるのか……Cランク2人とラヴィさんが、どこまで健闘出来るかが勝負になりそうですね」
「ああ、腕が鳴る!」
ラヴィは鼻息荒く自分の出番を待っている。ラヴィさん、試合が始まるのは、まだだいぶ先だと思いますよ。
ここからは選手同士のミーティングもあるらしく、オレ達は控室をお暇させてもらった。外は祭りだけあり、普段よりも沢山の露店が並んで変わった食べ物が並んでいた。
「アルド!あれは何だ?」・
「何でしょうね。聞いてみましょう。すみません。これって何を売ってるんですか」
「ん? これはピチの実だ。甘くて美味いぞ」
「アルド!食べたい、買ってくれ!」
「分かりましたよ。これを3つ下さい」
「ありがとよ」
オレはピチの実を受け取ると、少し凍るくらいまで冷やしてからメロウとカズイへ渡してやる。
「おー、冷たくて美味い!」
「これは美味しいね。夏にピッタリだよ」
オレ達の会話を聞いていたのだろう、さっきの露店のオッサンが話しかけてきた。
「おい、兄ちゃん。兄ちゃんは魔法使いなのか?」
「ん? あー、魔法も使えるかな」
「この露店の果物を冷やしてくれたら、さっきの金は返すぞ。どうだ、頼めないか?」
「お、やる!」
少し前までは深刻な金欠だったのだ。ここで断る理由は無い!
手をかざして露店の果物を、少し凍るくらいまで冷やしていく。最後に細かい氷も沢山出してやった。
「氷はサービスだ。おっちゃん」
「ありがてぇ。ほれ、さっきの金だ」
それからオッサンは大声で冷えた果物を宣伝して売っていく。この暑さでオッサンの露店には、あっという間に人だかりができていく。
その様子を見た他の露店のオヤジが、競うようにオレに声をかけてきたのは必然だったのだろう。
「おい、オレの店も冷やしてくれ」「ちょっと待て、オレのところが先だ」「おーい、オレのところを冷やしてくれたら大銀貨を出すぜ」「兄ちゃん、ちょいちょいって頼むよー」
全部の店の商品を冷やすなんて、オレの魔力がどれだけあっても足りるわけが無い。結果、オレ達は身体強化をかけて逃げ出したのだった。
「あー、びっくりした」
「ちょっと軽率でしたね。すみません」
「この果物は冷たくて美味い。アルドは何も悪くないぞ」
こんな時でもメロウはピチの欠片を口に入れ、シャリシャリ言わせて美味しそうに食べている。
何度か食べ過ぎて、眉間を押さえていたのはご愛敬である。
祭りを楽しんでいると、とうとう交流会の時間がやってきた。
街の真ん中の広場には仮設の闘技場が作られ、司会者の声に導かれカナリスの選手とザージバルの選手が並んでいく。
「さあ、100年に渡る因縁の対決がこれから始まるぜ。カナリス領は最近負けが込んでるからなぁ、そろそろリベンジと行きたいはずだ。更に今回はカナリス領での開催となった、これが有利に運ぶかは不利に転ぶかは、それぞれが実際の目で確かめてくれ。じゃあ、そろそろいくぜ、野郎ども!第112回交流会の始まりだぁぁ!!さて、ここで選手の紹介をさせてもらうぞ。先ずはザージバル領からだ…………」
ノリノリの司会者が選手を紹介していくが、どうやら噂の『リベンジャー』は参加していないようだ。ザージバル側の選手が全員紹介されてもリベンジャーの名前が出てこない。
「さてさて、お次はカナリス領の選手を紹介させてもらうぜ。先鋒は今回の交流会の紅一点、Gランクのラヴィだ。おーっと、Gだからって舐めちゃいけねぇ。あくまでティリシアではって前置きが付くぜ。なんとこのラヴィちゃん、フォスタークで腕を磨いて、故郷に凱旋したってんだからあなどれねぇ。今回は先鋒での参加だが実力は未知数だぜ。オレとしてはこんなムサイ試合じゃなくて、是非とも夜の交流会をお願いしたい所だ。お次は次鋒の…………」
ラヴィの紹介が始まると、辺りからは凄まじい歓声が響いている。どうやらホームだけあって、カナリス側の応援が多いらしい。
しかも紹介にもあったが、今回の紅一点という事で野郎の声援だけで無く、女性の黄色い声援も凄い事になっている。
当の本人は鼻の穴を膨らましてご満悦の表情だ。是非、油断せずに実力を出し切ってほしいものである。
「ラヴィさんはリラックスしてるみたいですね」
「うん。少し調子にのってるみたいだけど……怪我だけはしないでほしいかな」
「無いと思いますが、本当に危ないと思ったときは飛び込みますよ」
「そうだね。僕達は余所者だから。アルドの判断に任せるよ」
「はい」
この試合は審判もおり、欠損級の怪我をさせたり殺したりした場合は普通に罪になる。
余程の事が無い限りは問題は無いはずだが……ラヴィだしなぁ。余計な事をして相手を怒らせないとも限らない。
つい先日、パーガスを煽りまくって本気にさせた実績もある……一抹の不安を感じながらも、交流会が始まるのを眺めていたのだった。
「さあ、第一試合が始まるぜ。ザージバルからは期待の新人Bランク、騎士剣術のフェイだ!地味で特徴が無いなんて言っちゃいけないぜ。特徴が無いのが特徴じゃねぇか、なぁ?」
会場には笑いが溢れたが、当のフェイは気にしているのか頬がヒクヒクとひきつっている。
「対するカナリスは、皆が気になってるラヴィちゃんだ。出来ればもう少し見ていたいがGランクでは難しいか? オレとしては是非ジャイアントキリングを達成する姿が見たい所だぜ」
現代日本から転生したんじゃないかと勘違いしそうになる司会者の口上が終わり、いよいよ試合が始まった。
「始め!」
審判の声が響くと同時に、ラヴィはフェイに向かって突っ込んでいく。傍目にはやぶれかぶれの特攻に見えるが、ラヴィは80%ほどのチカラしか出していない。
オレから見るラヴィは、かつてないほど冷静に戦闘を組み立てている。
分からないものから見れば、力任せと錯覚する打ち下ろしから、我武者羅に大剣を振っているように見えるだろう。
逆にフェイの全ての攻撃を盾と片手剣で捌いている姿は、格下にわざと攻撃を撃たせているようにすら見えたかもしれない。
しかし、フェイはその実、必至になってラヴィの攻撃を凌いでいたのだ。
「お、重い……」
それは思わず出た泣き言に近かったのだろう。
徐々に一撃が重くなっていく……それはそうだ。ラヴィは80%の身体能力を徐々に引き上げているのだから。
これは決して相手を舐めているわけではなく、実戦の中では不必要なチカラをかけ過ぎず、最低限の動きで消耗を押さえる必要があるからだ。
オレと旅を初めて2年以上が過ぎ、日々常に身近にあった実戦の中で覚えた事である。
ラヴィからすれば生き残るために、必死で覚えざるを得なかった必然の知恵であった。
フェイは何度目かのラヴィの斬撃に盾を落としてしまい、綺麗に寸止めの一撃をもらってしまう事になった。
「参った……」
辺りには歓声が響き渡り、GランクがBランクを負かすというジャイアントキリングに沸き立っている。
しかし、当のフェイからすれば、この猛獣のどこがGランクなのか、Bに上がったばかりの自分にこの仕打ちはあんまりだと肩を落とすしか無かった。
せめてもの願いは、せいぜい格上を食い散らかして、自分の強さを知らしめてくれる事を願うだけである。
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