第142話爪牙の迷宮 part1

142.爪牙の迷宮 part1




オレは今、賢狼の森の中で人力車を引いている所だ。

人力車はパーティの真ん中で引く事になる。オレから見て前にエル。右に母さん。左にナーガさん。そして後ろにアシェラだ。


この人力車だが、なんと魔道具らしく乗ってる荷物に対して引くチカラは驚く程に軽く済む。

冒険者と言ってもS級ともなれば領地持ちの貴族の様な生活になるらしいので恐らく過去の冒険者が魔道具職人に開発させたのだろう。


それと戦闘になった場合のフォーメーションだが人力車を中心に戦う事になる。食料を奪われては探索処では無いからだ。

オレのパーティでの位置も少し変更があった。ジョーがエルに変わったおかげでオレは完全に遊撃で動く事を許可して貰えたのだ。


オレの遊撃に当たっては母さんがナーガさんへ”地竜への攻撃方法を修行させる”と説明していた。

こうしてオレはバーニアと超振動を少しでも習熟させる事だけに集中しての探索になる。


そして万が一に魔力枯渇になった場合は人力車の端に積まれる事になった……

扱いに思う所はあるが、他のメンバーにかなりの負担を強いているのに文句は言えない。


母さんの話では超振動以外にアシェラの魔法拳なら地竜に届く可能性があるらしい。

アシェラ1人に負担がかからないように何としても確実に習熟させて地竜戦に間に合わせなければ……


それと超振動だがナーガさんにはまだ見せていない。取り敢えずは”何でも切り裂く刃”と説明している。

戦闘になれば嫌でも見れるのでもう少し待って貰いたい。





こうして特に問題も無く爪牙の迷宮へと到着したのだが、入口に数人の人影が見える。

恐らくは他の冒険者なのだろうが盗賊の可能性も捨てきれない。


少しの緊張感を持って迷宮の入口へと向かう。


「お久しぶりです」


開口一番、声をかけてくる者を見るとジョーだ。


「ジョー。お前、何で……」


オレが声をかけるとバツが悪そうに頭を掻いている。

以前ワイバーン騒ぎの時に世話になったゴドと言う男がジョーの隣に立っていた。


このゴドはオレがギルドで世間話が出来る数少ない相手でもある。


「ハッ。こいつがお前等のサポートをしたいんだとよ」


ゴドの言葉にジョーは益々バツが悪そうに頭を掻く。

オレは改めて思う。ジョーはこう言うヤツだった。最初に会った時も。ワイバーンの時も。ルイス達の付き添いも。以前の迷宮探索も。


「母様、ナーガさん、どうしましょうか」


ジョーの男気は嬉しいがオレは迷宮探索のサポートと言っても何をするのか全く分からない。

ここは経験豊富な2人に任せた方が良い。


「ジョグナさん、本当にサポートをして貰えるのですか?」

「はい……オレなんかの実力で地竜相手には邪魔にしかならない。只、サポートならオレにも出来るはずだと……」


「そう言って貰えると助かります。では少しお話を………」


そうしてナーガさんとジョーが何処まで、どんなサポートをするか決めていく。

ジョー達のパーティは3人。全員がCランクだ。前衛職のみで魔法使いはいない。


手持ちの食料は10日分。水は近くに川が流れているのでそこで補充する予定だそうだ。

話し合いの結果、ジョー達に頼むサポートは荷物運びに決まった。


3人であれば4階層の入口までは問題無く辿り着けるらしく、そこから地上までの戦利品を運んで貰うのだ。

必然的にオレ達のキャンプ地も4階層に入ってすぐの場所に決まった。


1~2日に1回、キャンプ地まで来て木箱に入った戦利品を地上まで運んで貰う。

何か足りない物があれば、木箱の中に必要な物を書いた紙を入れておけば2~3日で用意してくれる。と言う。


直接、手渡しでの荷物の受け渡しは出来ないのでどうしても木箱に入れてのやり取りになる。

当然、魔物に壊される事も出てくるはずだが、そこは必要経費だ。


そこも厭うのであれば、キャンプ地にも人を配置する必要がでてくる。

実際、迷宮探索を専門にしている冒険者は幾つものパーティで寄り集まってクランを作りキャンプ地にも人を配置しているらしい。


クランと言うのはパーティ同士の協力関係で、ギルドに申請すれば作る事が出来る。

目的の為に一時的にクランを作る者から、新人の育成から教育まで全てをクランで行う者まで千差万別だ。


オレ達の協力体制もギルドに登録していない非公式のクランと言う事になるだろう。

ナーガさんとジョーで戦利品の分配も決めていた。10日経って一度、王都に戻った時には正式にクラン申請をするそうだ。


ジョー達のキャンプ地は迷宮の中では無く入口になる。


「じゃあな。ジョー行って来る」

「ああ、無茶するなよ」


オレ達はジョー達が簡単なテントを張っている横を抜け迷宮へと入って行く。





迷宮の中は以前と変わり無く10メード程の幅の洞窟が続く。前に見た資料には一番狭い所でも5メードはあると書いてあったので人力車は問題無く通るはずだ。

今回は前回と違って本気の迷宮探索である。雑魚のウィンドウルフは瞬殺して2階層への階段へ向かう。


2時間ほど歩くと階段を見つけた。


「ここで一度、休憩をとりましょうか。アルド君、エルファス君、昼食の用意をお願い」


ナーガさんに声をかけられ女性達は奥の行き止まりへと向かって行く。

オレとエルはジョーとは違う。何も見ずに言われた昼食の用意をしていると15分ほどで女性陣が戻ってきた。


オレとエルは何も言わずに昼食を食べ、さっき女性陣が向かった方とは逆に進んでいく。


「エル、ここら辺で良いだろう」

「はい」


交代で見張りをし用を足していく。

改めて思う。パーティは信頼関係が無いと難しい。


トイレ1つでこれなのだ。食事の量、役割分担、休憩の取り方、そして報酬の分配。

身内でも争いになりそうな条件が山盛りだ。


そんな事を考えて皆の元へ戻った。


「2階層は確かボアが出る様になるんでしたよね?」

「そうです。ウィンドウルフにワイルドボアが出る様になります」


「ボアなら食べられますね」

「そうですね。ただ迷宮の中で火を使い過ぎると毒が出ると言われています」


「毒?」

「はい。煮炊き程度なら問題ないようですが魔法で大きな火を使うとアンチポイズンも効かない、無臭の毒が出ると……」


「あぁ、一酸化炭素か……」

「え?いさんかたるそ?」


「あ、いえ、何でも無いです。分かりました。火は使わない様にします」

「……はい」


ナーガさんと母さんがオレをジト目で見てくる。つい口から出てしまった。気を付けねば。


「アル、魔力の残りはどれぐらいなの?」


実はここまでの道程で魔物は殆どオレ一人で倒している。バーニアの習熟の為だ。

やはりバーニアとオレの戦闘の相性はすこぶる良い。


思ったのは前方、胸にも噴射口が欲しい。急速離脱するのに何度か欲しかった。自力でもバーニアは使えるがやはり噴射口があった方が反応が段違いに良い。

王都に帰ったらボーグにもう一度、改造を頼まなければ。


「超振動も何度か使ったので半分を切ったぐらいです」

「そう。もう少し減ったらアルは人力車行きね。弱い敵でアルの抜けた後の戦闘を試しておきたいの」


「……分かりました」


オレはやはり人力車へ直行らしい。確かにオレが抜けて誰かが人力車を押すとなると普段は3人で警戒する事になる。

なるべく早めに試したい。と言う母さんの言葉には納得だ。


休憩が終わり、2階層まで降りてみる。見える範囲に魔物はいない。見張りにナーガさんを置いて1階層まで戻ってきた。

オレとエルが人力車を持ち、母さんが木箱1個、アシェラが木箱2個を持って再び階段を下りて行く。


チラっと見るとアシェラは木箱を軽々と持っているが前が全く見えていない。

最悪は転んでも空間蹴りがあるのでひっくり返す事は無いだろうが……不安だ。


何とか無事に荷物を運び終え、人力車へ荷物を積みなおす。


「では行きましょうか。引き続き私が地図で誘導しますね。まずは右の通路を真っ直ぐ……」


ナーガさんは本当に優秀だ。探索に必要な物を全て用意してあり必要な時に出してくる。

木箱の底にはロープも用意されていた。7階層以降は転移罠も出てくるので、その対策だろう。


ナーガさんがいなければ全滅はしないまでも道が分からなくて逃げ帰っていた可能性もある。

オレ達は早過ぎず、遅すぎず、それなりの早さで迷宮を進んで行く。


2階層に入って6度の戦闘の後、オレの魔力は1/5程になっていた。


「ナーガさん、魔力枯渇です」


オレの言葉にパーティは一時停止する。


「エル、手を出してくれ」

「はい」


エルの手を握ってバーニア、超振動の修行の成果と残り少ない魔力を絞り出して渡した。


「兄さま!」

「どうせ魔力は寝れば回復するんだ……万が一だよ」


「……ありがとうございます」


オレは少し微笑んでから人力車の隅へと寝転がる。


「アルド君、苦しくない?」

「はい…大丈夫です……」


正直、魔力枯渇で意識が飛びそうだ。オレの魔力は1/10ほどしか無い。


「すみません……あとを…頼み…ます……」


オレの意識は闇に沈んで行った。




意識が戻ると広場の様な場所の隅で寝かされていた。


「アルド、おはよう」

「おはよう…アシェラ…」


アシェラはオレの頭に膝枕をして座っている。

全く寒くない所を見ると恐らくエアコン魔法を使ってくれていたのだろうか。


「アシェラ、魔力は大丈夫か?」

「うん。ここは馬や荷馬車の上と違って空気がそんなに流れない」


「そうか。ありがとう」

「うん」


オレ達のやり取りをナーガさん以外は微笑ましい物を見る様な眼で見ている。

対してナーガさんは俯いてなにやらブツブツと呟いていた。


”私に春はいつ来るの?””アルド君、私を食事に誘うって言ってたのに”

これはダメなナーガさんだ。オレはすぐに話題を変える。


「ここはどこなんですか?」

「……え?あぁ、ここは3階層に降りる階段の前です」


ナーガさんの視線の先には壁にぽっかり穴が開いて、その先には階段が続いていた。


「オレが寝てからはどうでしたか?」

「やっぱり進む速度は少し落ちるけど特に問題は無かったわ」


「良かった」

「ただ、深い階層になると厳しいかも知れない」


「そうですか……」

「そこの見極めは相談しながらにしましょう。必要なら修行の期間をとっても良いのだし」


オレ達の事情を知らないナーガさんは時間に縛られた考えは無さそうだ。

これは情報を話していないオレ達の責任になる。


そうして話しているとオレの指輪が光り出しアオが飛び出してきた。


「アルド、定時連絡だ。”問題なし”僕はこの言葉以外、忘れちゃいそうだよ。うん?ここは……迷宮か。魔瘴石を取りにきたんだね。なるべく早く取ってきてよ」


それだけ言うとアオは消えていく……あいつは本当にマイペースだ……

オレ達の視線は今、ナーガさんに集中している。


「な、な、な、、、」

「な?」


「な、何あれ??青いタヌキが喋った!いえ、飛んでた。ラフィーナ、あれは何なの!」


ナーガさんの様子にオレは視線を合わせない様にするしかなかった。

母さんからアオの話を聞いてはいたが、ナーガさんはいつもの適当な話だと思い信じていなかったそうだ。


「ナーガ、私は言ったわよ。”朝晩に喋る青いタヌキが出る”って」

「聞いたけど……聞いてたけど……普通、信じる訳ないよね?」


「そんなの私は知らないわ。私はちゃんと言ったもの」

「えーーーーー」


迷宮の中にナーガさんの叫びが響く。今日はここで眠って明日の朝から3階層に挑戦だ。

どこまで潜るかは、その場その場の判断になる。


しかし、無理はしない。どこかでする必要はあるだろうが今じゃない。





酸欠に焚火程度は問題無いようで焚火を焚いて暖を取る。入った時にも思ったが迷宮は外よりだいぶ暖かい。

ナーガさんに聞いてみると一年通して殆ど気温が変わらないらしい。


皆は思い思いに寛ぎながらがら眠りに落ちて行く。

因みに見張りの順番はオレ、ナーガさんとアシェラ、エルと母さんの順番だ。


ナーガさんがアシェラやエルと会話をしたいらしく、今回はナーガさんとアシェラがペアになった。

何故、見張りがオレからで1人だけなのか。それは先程まで魔力枯渇で寝ていたからだ。


おかげで全く眠たく無い。ナーガさんからは”眠くなったら代わる”と言われたが朝までオレが見張るつもりだ。

きっと明日も魔力枯渇で寝る事になる。負担をかけるオレからのお詫びと思って欲しい。


この爪牙の迷宮は所々に壁から枯木が生えている。それを薪にして焚火を焚いているのだ。

ナイフを取り出し魔力武器(大剣)を出す。素早く超振動をかけ枯木を斬り倒す。


魔力武器(大剣)だけ残して超振動を切ろうとしたのだが魔力武器ごと消してしまった……

今の数秒の間で魔力を5%程消費してしまう。


まだまだ修行が必要だが今は魔力を残しておかないと見張りに支障がでる。


こうして途中から睡魔と戦いながら朝まで見張りを務めた。





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